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薄々

人間は何に憤りを感じるかは分からない、何に苦しんで生きているか分からない。傷つけた側は、その痛みを死ぬまで理解できない事もある。


 「私は死ぬまで不幸だった。結婚なんかしたくなかった、母親になんかなりたくなかった、夫のいいなりになんかなりたくなかった。でも仕方なかった、逃げ場なんかなかったし、助けてくれる人なんかいなかったし、息子も娘も素っ気なかったしね。私は……」


 涙が見えた、滞りない痛みからの涙だった。正式名称は『悔し涙』だっただろうか。とにかく俺の目にはそう映った。高校生だから当然のことなんだが、俺には奴の味わった苦しみという物が理解できない。可哀想だなってくらいには感じるが、ここで『痛みが分かる』と思うのは、間違いなくただの自惚れだろう。


 では、俺は奴に何がしてやれるだろうか。ただの高校生に何ができるだろうか。この人の事を少しでも理解する事が俺には出来るだろうか。


 「あんたが何で悪霊になったかは分かった。何に苦しんでいたのかも。でもさぁ、自分が苦しい思いをしたからって、他の関係ない誰かを傷つけていいって話にはならないだろう。今の現代社会は男女平等になってきているよ。安心して諦めてくれないかな。あんたも薄々は仕返しなんか駄目だって分かっていたから、俺を生かしてくれているんだろ」


 俺は奴を倒せるなんか始めから思っちゃいない、だからこのまま戦意喪失してくれればそれでいい。上手くいけばこいつも人間に対し、敵ではない存在になってくれるかもしれない。倒せなくても、俺一人の力でそこまで出来たなら十分だ。まさかリーダーも俺だけに、倒してこいなんて要求はしないだろう。


 俺の力量から考えてここまでが妥当だ。よし、なんとか説得してこいつを無害な領域まで追い込むぞ。


 「あの、綾文功刀さん。もう自分に正直になっていいじゃないかな。ほら、面来染部だって人間に対して無害に生きて行こうとしています、だからあなたも普通に生きればいいんじゃないですか。これ以上に無意味な戦闘は止めましょう。あなたは世界の侵略者なんかじゃないはずだから」


 また黙ってしまった、これから何て言葉を考えていると……ついに奴が動いた。妖力を拳の先に集中して俺の手を弾いたのと同時に、俺は後方へ吹っ飛ばされていた。地面との摩擦力だけで静止した俺だったが、左腕はスライディングで擦り傷が出来ていた。制服が夏服で露出しており、むき出しだったのだ。


 痛みなんかどうでもいい、問題は綾文功刀が攻撃を再開した事である。俺がこの程度の傷で済んでいるという事は、まだ本調子ではないようだが、これでは奴が本気になってしまうかもしれない。


 「陰陽師が悪霊を逃がす訳がないだろう。どうせ君にじゃなくても殺されるに決まっている。君が嘘を言っているとは思わない、だが私はこのままじゃいられないだろう。そもそも『悪霊として生きる』というフレーズが、既に矛盾している。だから……」


 奴の涙が収まった、そして顔付が一瞬にして変わった。そこにいたのは今までの綾文功刀じゃない、初めて顔を合わせた時の顔でも、余裕ぶっていた時の顔でも、過去の事を思い出し怒った顔でも、まして涙に埋もれた顔でもない。


 そこには……正真正銘の悪霊の顔付をした、本物の悪意が目の前にいた。

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