矛盾
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戦闘がまた開始した。俺はもう既に戦闘スタンスを保つほどの何かは無い。体力は限界、妖力は完全に枯渇、おまけに用意しておいた御札までも失った。正直に言って俺に残された手段なんてもうない。
綾文功刀はまだ体力を完全に温存している、妖力は……あんだけの複数人を操っていたのだから、少しでも減っていると祈りたい。しかし、奴は手下を捨てるごとに妖力を回収するとか言っていたな。これじゃあ減ってないと思っていいだろう。
つまり誰がどう考えても俺に勝算なんかない、絶対に勝てる闘いではない。そう判断するだろう。奴の能力を誤解している奴は。
悪霊は武器を使わない、素手で戦う。しかし、下手な拳法など使う訳ではない、首を絞めたり念力が基本だ。家庭で使う包丁を使う事もあるがな。とにかく奴は既に妖力を溜めて掴みかかるしか攻撃手段が無いのだ。
武器を使えないのは俺も同じだ。曇裾で全ての御札を使い切ったので、もう一体もの火車を出せないし、蓮柱ですら使えない。だから俺も拳を固めて殴り掛かるしかない。
俺は奴が動くより前に走り出した。ただの高校生のするダッシュである。よもや陰陽師のような行動ですらない。そしてその数秒後に綾文功刀も走り出した。
擦れ違い様、奴は俺の顔面を目掛けて拳を放った。それは生身の人間なら首から上が消えてしまうだろう。だが、俺が奴の攻撃を素手で受け止めた。その瞬間に俺と奴は立ちどまった。よく見える、綾文功刀が信じられないという顔をする様が。
「あんたの願いは、『他人を支配する事』じゃない。あんたは他人と同等になりたかったんだ。それがあんたの生前の願いだ。差し詰め、あんたは過去の時代の人間だろう、使用人か奴隷だったんだ。そしてそのまま人生を終え、怨念を持って現代に蘇った」
綾文功刀の顔が豹変する、まるで自分の過去を思い出したように。過去の記憶がフラッシュバックしたように。使用人だったという推測はただの推理だが、どうやら記憶のトラウマはビンゴだったようだな。
「だが、散々な目にあったお前が願った事は復讐だった、表向きはなぁ。今度は自分が支配してやる立場になろうと考えた。そんな可測はここに来るまでに立っていた。だが、あんたの能力はあまりに不自然だった。絶対服従させている割には、操られていた方は心を失っていない。個を持って戦っていた。あんたの味方にはなっていたようだがな」
奴はおそらく自分で自分の能力の欠陥に気付いていない。奴自身でさえも知らなかったのだ。この大きな矛盾に。
「最初は能力自体の『縛り』が少ないのかと思った。操作能力としての拘束力が少ないのかと。だが、あんたの能力は弱かったんじゃない。あんたは自分の頭で知らず知らずの内に拒絶していたんだよ。『支配する事は駄目だ』って。あんたは命令に従う下僕が欲しかったんじゃない、自分と同じ立場の、一緒に笑ってくれる相手が欲しかっただけなんだ!! 生前のあんたの願いは、欲していたものは、復讐なんかじゃない、友達が欲しかったんだろ!!」