衝突
陰陽師と契約した場合に妖怪の名前は式神に変わる。契約というものは、一対一ではなく、一族として。つまり式神の所有権は実際に扱う人間だけではなく、その血を引く者の全てにあり、ゆえに力とは陰陽師にとって一族の勢力そのものを指す。
妖怪にとっては忍びない話である。エンドレスで解放されないのだ、しかも陰陽師の家庭には若い頃から<妖怪は道具>という考え方を受け継いでいくという悪しき風習がある。悪霊退治の相棒なんて考えをしている人間は一人もいない、奴隷扱いもいいところだ。かつて俺にも契約している式神が存在した。しかし今はいない。主従関係に俺の方が耐えられなかった。
御上の家に到着した、相変わらず金持ちだ。家というよりも城と表現したい。まず、玄関に到着するまでの庭が広い。木製の橋の架かった池とかある。昔の話だが御上に仕事でこき使われすぎて、怒りまくった時に、深夜にこっそり家の中に潜り込みこの池の金魚を網で捕獲し皆殺しにしてやった。その後すぐにバレテ怒られたのだが。
と、過去の苦い思い出を振り返っているとなんとまあ向こうからやって来てくれた。御上家の一人娘、御上よつば。自転車に巫女の服装のまま乗りながらかなりのスピードを出している。真っ黒の髪に亀のヘアピンを着けていて、顔は……童顔ながら獲物を狙う鷹の目をしている。
標的は俺で間違いないようだ、轢き殺したいらしい。自分の家で殺人を遂行するとはなんとまあ、などと勝手に予想していると本格的に距離がまずくなってきた。もちろん俺も誇り高き男子高校生だ、たかが小学生になったばかりの七歳児に尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない……というのは嘘で体が動かない。
鬼神スキル――『宵氷』
確か対象者の動きを封じる奥義。このスキルの発動者は自転車を運転することに専念しているよつばではない。残る可能性としては……奴だ。
俺の視線に映った少女、御上家の専属使用人かつよつばのお側役、そして俺と同じ日に陰陽師になり、俺とは違うエリート。日野内飛鳥さん。悔しいが彼女は陰陽師としての格が違う、この拘束を自力で脱出することは不可能、そして二人とも話が通じる相手ではない。つまり、俺は大人しく自転車の餌食となった。激痛と共に訪れる不幸、池にダイブ。そのまま、金魚の餌にされると思った。比喩表現ではなくマジで。
「痛ぇ。なんつーか、全身が痛い」
そんな悲劇の俺を華麗に無視して、二人でハイタッチとかしてやがる。
「よく来たぞ、行弓!! ごぶさたじゃ」
「あれ? 行弓君かなどうしたの? 全身水浸しだね、金魚にでも生まれ変わりたかったのですか?」
最悪コンビは今日も絶好調で嫌な感じである。