恐怖
交渉と言わずにお願いという言葉を使った、もう俺には覇気すらなくなったのかもしれない。でももう俺の出来るでろう活動限界を遥かに超えている、この上にレベル3の悪霊を一人で相手にしろなんて、不可能を通り越している。
だが、俺に逃げるという選択肢は無い。飛鳥と約束したからだ。それで毎回、頭を捻って考え抜いて、状況を打開してきた。今回だって、今回だって……。だが、流石にこの状況はどうにもならない、無茶が押し通らない。
だから俺に出来る最後の抵抗は、敵に懇願する事だけだ。
「頼む、あの二人を見逃してくれ。俺が代わりに死ぬ」
俺はこの時にどんな顔をしていたのであろう、俺の声はどんな感じだったのだろう。何もかも空虚に感じて、訳が分からなくなっていた。誰かの為に命を落とす、陰陽師としては当然の事、人間としては偽善者。では特に何もしない陰陽師としては……勿論タブーだ。見方によってはこれも立派な逃走だしな。
でも俺に言える言葉がこれしかなかったのである。もうその他の言葉を言ってしまったら、絶対に言ってはいけない言葉を言ってしまうのではないか、そう思う。『助けて』とか、『帰らせて』とか。意味の無い、そして仲間を裏切る言葉を言ってしまうから。
それか、この場から逃げ出して格納庫に逃げ込むかだ。そんな事をしたら俺の自尊心は崩壊する。俺は落ち毀れとして育ったから、自分を律する事が苦手だ。俺は鶴見と理事長を見捨てた事を、『しょうがなかった事』だと思えない、絶対に。
だからこんな事しか出来なかった。
でも。いや、やはり。現実は無情にも俺を裏切った。
「うん、嫌だ。私相手にそんな生温い、馬鹿みたいな話が通じると思うな。君は死ぬし、君の仲間も死ぬか、私の奴隷かのどっちかだ。私に戦略的な妥協は無い。侵略とは、相手の全てを奪う事。君はいくつか、頭の中で大切に思っている物があるようだが、私はそのすべてを根こそぎ奪うのだよ」
駄目だった、無駄だった。まるで効果などなかった。
「じゃあ……俺は……どうすればいい?」
宿敵を前にして、なんて情けない言葉だろう。自分で自分を疑う、俺はこんない虚しい人間だっただろうか。いつのも意味のない虚勢はどこだろう、根拠の無い自信はどこに消え去ったのだろうか。
なんで俺の頭には、『恐怖』の一文字で埋め尽くされているのだろうか。
「お兄さん、もういいです。早く格納庫に逃げ込んで下さい。もう充分です、お兄さんはもう完璧に働いてくれました。もうこれ以上の無茶は止めて下さい」
……そうかな……、それがベストだよな。
そう思い、心のどこかで『俺の責任じゃない』とか、『俺は精一杯やった』とか、そんな言葉で恐怖を塗り替えた。情けない姿は変わらないが、一歩踏み出す活動意思を持てるかもしれない。
だが、この時に思いもしていない奴が、俺の理解できない事を喋った。
「……黙ってろ!! チビ!! 貴様はそこでジッとしていろ!!」
驚いた、今なんと言った? 綾文功刀は?