譲歩
綾文功刀の返事は早かった。
「いいよ、見せてあげる。少し待っていな、私の山椒魚が持ってきてくれる。じゃあ君達の要求を呑んであげる代わりに、こっちの要求の準備をしようか。もう一度、格納庫のある場所に移動するよ。けっけっけ」
俺は小さく頷く。これでいい、安全に格納庫に迎えるなら助かる限りだ。追継の不安そうな顔をしている、だが圧倒的に不利な俺達には、チャンスが到来するまでは奴の要求に従うフリをするしかないのだ。
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格納庫の前にはまた山椒魚がいた、鶴見と理事長はあの山椒魚も倒せなかったのか、それほどまでに妖力を回収した綾文功刀は強いという事になる。いや、山椒魚にも何か仕掛けがあると考えたほうがいいな。
面倒な事にあの二人は山椒魚の目の前で倒れ込んでいた。遠目での判断だが気絶していると見える、これでは上手く奴の隙をついて格納庫に逃げ込もうとしても、通り道であの二人を回収しにくい。何かあの山椒魚の注意を引いて、あの二人を回収しなくては。
「まだ名前を聞いていなかったね。まずは挨拶をしようか、山椒魚の中でのご挨拶は無礼千万であるからね。では、改めて。私の名前は綾文功刀、悪霊さ」
「……橇引行弓だ」
「二代目、振払追継です」
随分と余裕の姿だな、早く異能の魂が欲しいと焦ったりはしないのだろうか。御門城の方が終戦したなら、俺達を援護するために助けに来るんじゃないかと、頭に思いついていないのか。
なんか、さっきから馬鹿にしたような態度ばかり取っているのが気に入らない。何が挨拶だ、こんな状況じゃないならお前となんか会話したくないんだよ。だが、奴の気分を害さない為に譲歩してやっているがな。
奴は頭が良いタイプの悪霊だ、何もかも俺の考えの範疇を超えている可能性が高い気がする。今の俺の考えも既に見抜いていると考えていた方が良い、さらに奴は援軍の可能性も計算の中に入れているはずだ、それでいて戦況が逆転しないと断定できる何かがあるんだ。
そうだ、これでいい。もっと最悪のパターンを考えるんだ、現状を絶対に楽観視してはいけない、俺の駄目な癖だ。奴は能力で強いタイプの悪霊だ、だからその能力を詳しく見極めて行動する。
「追継。少しの間だけ奴の言う事を聞くフリをしないか。奴の思い通りになんて動く気はないが、無暗に打って出る時でもない。今はとにかく奴を欺く方法を考えるんだ」
先ほどと同様に、奴に聞こえないような音量で話し掛ける。
「お兄さん、正気ですか。何か秘策があると思っていいですか」
「ねーよ、そんな都合の良い物は。でもまだ諦めてないから安心しろ」