安堵
「くるぞ……」
奴等の姿はそのまま変わっていないが、あの悪霊に操作させている事が良く分かる。まずもう妖力の波長が既に妖怪じゃない、これは悪霊の波長だ。しかも目が充血と言うか稲光を纏っていると言うか、とにかく俺の知っている状態じゃない。
「おい、奴らを倒すよりも本体を殺す方が手っ取り早いし安全じゃないのか」
「行弓君。その考えは間違っている。それが正しいならお兄さんが既に殺しているよ。でも駄目なんだ、あの山椒魚も実は綾文功刀そのものじゃない。あの山椒魚は奴が隠れている殻だ。あれにも何か秘密がある」
まあ、倒せるタイミングになったら理事長が始末してくれるだろう。俺の役目はそんな一か八かの精密作業よりも……奴らの足止めだ。
激しい二匹の咆哮と共に豚の方が槍、馬の方が斧を持ってこちらへ突進してきた。ちゃんとここにいるメンバーで誰がどいつと戦うか、作戦会議をしていないのにそんな事を気遣ってくれないのは分かっている。いつもの俺なら真っ直ぐに火車の車輪モードで逃げ出すのだが。ここは……。
「行弓君。こっちだ、こっちだ」
取り敢えず体制を立て直す為に、下手なことはせずに格納庫の中に逃げ込むことにした。既に鶴見と追継は避難を完了させている。俺もダッシュで格納庫の入り口まで走った。馬頭鬼の武器を持っていない手が俺の体を掴もうとした直前に、ぎりぎり間に合って中に入れた。
「早速、死ぬかと思ったぞ」
理事長が阿部清隆の魂を中に放った、それも重要な任務の一つだから第一関門突破って感じかな。だが今の俺達の置かれているこの状況に安堵なんてありえない。馬頭鬼に捕獲されていたら自分がどうなっていたか、不安で仕方がない。逃げ込んだのは良いが、閉じ込められた。綾文功刀を倒せないまま、膠着状態に入ってしまった。
「どうしようかねぇ、その場凌ぎってこのことを言うと思うんだ」
「仕方ないだろ、何も考えなしにあんな怪獣を倒せない」
パッと見ただけでも分かる、俺の身長の五倍はあった。一反木綿の時にもあった巨大さ故のアドバンテージだ。意外とスピードも速いし、何よりの恐怖は奴等は戦闘経験者であるという事だ。
本来の妖怪の存在は『人間を驚かせる事』のみだが、稀にいるのだ。ああいう戦う為に産まれて来た妖怪が。牛頭鬼と馬頭鬼は一時期に地獄の門番や霊界の監視役を経験していたりする。火車と同じで役割を持っている妖怪だ。
奴等の役割は単純、規則を乱す者の削除……もっと簡単言うなら『戦闘』だ。戦う事が奴等の仕事であり、生きている意味である。だから武器を持ち、鎧を被り、巨大な体躯をしている。だから弱点としては、これと言った能力は無い。だからこそ、俺みたいな狡賢く勝利を掴む奴には苦手な相手だ。だって能力の封じてが存在しないのだから、逆手に取りようがない。
今まで対人戦というか、人相手に戦っていた事が仇になった。今までの中で一番厄介な相手かもしれない。