取引
「何だよ、その交換条件とは」
「はい。ざっくり言いますね。私の能力をあなたに差し上げます」
差し上げます? さっきの絶対回避の能力の事か。不慮の事故を予感し回避できる、そりゃあある意味は不死身の体を持つよりも生存確率が高そうな能力だ。
だが、それを俺にくれるだとぉ? どういう風の吹き回しだ。たかが俺如き、第三世代の力を使えば、いくら戦闘特化の悪霊じゃなくても楽勝で勝てるはずだ。俺の情報を拵えてきたなら、俺が雑魚だということも知っているはず。ここ最近の戦績まで知っているなら話は別かもしれないが。
「どうしてそこまでして」
「愛は何よりも勝る。私は彼女の為なら全てを擲つ覚悟なんですよ、って理由が半分。もう半分はこんな人間離れした能力のせいで、私は人間になることが出来ない。正直、困っているのです。私はこの能力のせいで愛を見極められてしまうのだから」
またもや訳の分からない事を…………。
「この能力ですね。実は回避の幅が身体的外傷だけではないのですよ。精神的なものでもあるんです。他人の嘘が分かっちゃうとか、腹の内が読めるとか、そういう厄災というか悪意までも、私には違和感として手に取るように分かるんです。まあ何を企んでいるとかまでは分からないんですけどね」
なるほど、厄災なんて曖昧な表現をしていたが、ただの反射神経を研ぎ澄ます能力ではないのだな。
「で? 欲しくないです? この能力?」
そりゃあ…………凄い能力だから手に入れたら…………。
「って、そんな挑発に引っ掛かるかよ!! バカバカしい」
騙されるな、俺よ。奴が取引の条件を守るなんて保証はどこにもない。俺が最優先すべき事項は、どんな副作用があるのかも分からない得体のしれない能力を手に入れることではなく、悪霊の脱出を防ぐことと、相良の身の安全を確保することだ。
「…………お願いします」
「嫌だ、絶対に嫌だ!!」
真面に戦ったって勝てっこない。逃げることは飛鳥との約束で禁止されているが、今の俺がなすべき最善の策は意地を張らずに仲間を呼ぼう。これなら逃げたことにはならないはず。
「火車!! バイクモードだ!!」
脱出して理事長室まで逃げる。そうしたら理事長が奴を………。
何をしているんだよ、あいつは。
「お願いします。せめてあの人に会わせて下さい」
土下座……しやがった。別にそんな事を頼んだ覚えはなかったんだが。顔を下げているこの時が逃げるチャンスだろうか。
「行弓よ。今更、ワシの意見なんか聞いてくれるか分からんが。歴戦のカンから言って奴は本当に戦闘能力は皆無じゃ。いるんじゃよ、世の中には。ああいう一点にのみ異常なまでに特化している化け物が。あの渡島の小僧を呼んだからと言って、奴にもあの悪霊は倒せない。奴もこちらを倒せないがな」
珍しく烏天狗が俺に助言を与えてくれた。