取り柄
それは圧倒的なまでの強さの格の違いを見せつけてやるという意味だろうか。よくある貴様程度では、全力を持ってしても傷一つ付けることは出来ないとかいう奴か。奴からは、何かそんな感じはしなかったのだが。
「じゃあ……はい」
さて、まあどんな裏工作があるとは考えられるが、とにかく俺へ巡って来たチャンスには変わりはない。ただで一撃を嚙ませるとは思ってもいなかった。
俺の出せる最大火力は勿論、烏天狗の掟破りな妖力によって注入された火車の戦車モードでの砲弾である。だが、あれは発動するまでに大幅な時間が掛かり、その間に俺が無防備になる。実践では使えない奥義のようなものだ。仲間のサポートがあったら可能かも知れない。
「俺も陰陽師の端くれなんで、遠慮なくさせて貰います。烏天狗!! 火車!!」
話は聞いていたとばかりに、火車も烏天狗も作業を開始した。二体とも俺が思っているよりも遥かに緊迫した表情をしている。悪霊を前に、提案してきた条件を鵜呑みにして悠長に大技を発動しようとしている俺の方が間違いなのかもしれないが、奴は本当に何もしてこない。グラサンとマスクのせいでよく表情が分からない。
腹の中で嘲笑っているのか、それとも狡猾にチャンスを狙い澄ましているのか、それとも予想通りに俺など眼中になく気にも留めていないのか。
「行弓ちゃん、遠慮は無しだ。相手が相手だからね」
「あぁ、殺す勢いで行くぜ!! 火車!! 烏天狗!!」
充電が溜まった戦車の砲管が狙いを定める。これで倒せるとまではいかないと思う、奴はあれだけ余裕をかましているのは何か理由があるはずだ。だが、それを上回る予想外の破壊力を見せつけてやる!!
「戦車ですか~、いいですね。殻に籠って遠距離攻撃とは実に人間らしい。ですが、私はもっと人間らしいんですよ」
さっきから何を意味の分からないことを。この一撃で、その余裕ぶった態度ごと吹き飛ばしてやる。
「ぶちかませ!!」
轟音と共に発射されたその一撃は、見事に……捉えてはいなかった。爆発したのは渡り廊下の先にある庭のような場所にあった大木だ。焼け焦げた大木は爆音と共に地面へ折れた、被弾しなかった部分に炎が燃え広がっていく。
奴が何をしたというわけではない。ただ五、六歩ほど右にズレただけである。躱したというべきか、それでは説明がつかない。俺の砲弾は捕獲禁止レベルの妖怪である烏天狗のパワーが注ぎこまれていた。威力もそうだが、スピードだって目で追えるレベルじゃないはずだ。
なのになぜ俺が奴の回避した仕方を知っているかと言うと、奴が砲弾から弾丸が発射される前に移動していたのを目撃したからだ。奴は紙一重のギリギリのラインで安全地帯を確保したのだ。まるで未来予知でもしていたように。
「御免ね、私は攻撃力やらスピードもさながら、防御力や回復力にも長けていないんだ。あんな怖いのを真面に直撃したら死んじゃうよ。だから避けさせて貰った。それだけが私の取り柄だからね」
避けることが取り柄だと、俺はてっきり奴が見えない妖力の壁で防御してみたり、喰らった後に信じられないスピードでの再生とかを想像していたんだぞ。それを……ただ躱しただけ?
「私の悪霊としての能力だよ。『緊急回避信号(エマ-ジェーシーコール)』って名前なんだ。どうだい? とっても人間らしいだろう」