蚊帳
日本三大狸話というものがある。証城寺の狸囃子、分福茶釜、刑部狸、この三つだ。狸の伝承は主に四国地方の多く存在すると言われ、狸は城を守護する為に808匹もの化け狸が存在し、四国最高の神通力があったらしい。
今回の障子に閉じ込められる現象も狸が絡んでいる。その名前を『蚊帳吊り狸』という。出身は同じく四国の徳島県、やはり狸の伝承にふさわしい場所なのだろう。この怪異には対処法が存在する、決して慌てることなく、心を平静に保ち、力強く蚊帳をめくっていくと36枚目で外に出られるという。
だが、今の俺に平静を保てるだろうか。俺の後ろからはあの目玉が追い掛けてくるのだから。
俺は頭を真っ白にしていた、火車をバイクに変形させても動きはしないので、自分の手で障子をこじ開けた。追い掛けてくるのは一匹じゃない。目に映った三十体くらいの目玉の軍勢だ。上手い具合に障子を伝って俺達を尾行している。
あの目は攻撃と移動を同時には使えないだろう、という甘い希望が沸いた。この場が奴の作った空間である以上は、あの目玉からは逃げきれないだろう。なら走って奴に狙いを定められる時間を与えないという戦法だ。
「くそ、もうとっくに36回以上は障子を開けたのに、出口がまったく見えねぇ。どうなってやがるんだ!!」
俺の予想が正解だったのか、一応は攻撃は来ない。だがこのまま逃げ回るだけじゃ俺の体力が底を着くだけだ。何かしらの反撃をしなくては。
「……そうだ」
お札をポケットから背後にいる目玉には背中で見えないように取り出した。火車の般若モードをそのまま真後ろに叩き込こむ。あの目の何体かをここで破壊することが出来れば、この空間からの脱出のヒントが見つかるかもしれない。何よりこれ以上の鬼ごっこは願い下げだ。
「くらえっ!!」
体を急転回して目玉達と向かい合う。まだ先ほどと同じ狂気に満ちた目で俺を睨んでいるが、いつまでもビビっていたところで始まらない。
般若モードの火車を今丁度、通り抜けたばかりの障子に叩きつけた。不意打ちは成功である。鈍い音を立てて、木製の脆い壁は容易く崩壊した。
「よし、何体かは消滅しただろ」
追い掛けてきた全ての目玉が潰れたとは思っていない、ヒットしなかった奴が横に脱出しただろう。だが、半分くらいは持っていったは……ず……?
そんなことはなかった。
「うふふふふふふふふ」
俺は奴を倒してなどはいなかった、むしろ足を止めたのは失敗だったと思う。俺を囲む部屋の全ての障子に目玉が出現した。目を離した隙に、先ほど破壊した障子も再生してそこにもびっしり目玉が。
「おーいつめた」