挙手
クラスが違うのだから、俺と鶴見の担任の先生は違う。ここで鶴見ともお別れのようだ、たった一人で男装を隠して学校を送るがいい。俺はどうしてやりようもない。
ってな訳で、担任の先生に連れられて教室の前まで来た。今さらたいして緊張などしない、これからのお仕事の事を考えると、クラスの仲間との楽しい触れ合いなんて想像できないからだ。陰陽師たるもの孤立は付き物、下手に甘えた根性は捨てよう。
「転校生、入って」
その声と共に静かに目を瞑りながら教室の中に入った。
「どうも、橇引行弓です。よろしくお願いします」
抑揚も無くあっさりと言ってみた、下手に好印象を与える必要はない。根暗だと思われて結構、ここにいる連中と仲良くつるむつもりなど俺には無い。
で、ゆっくり視線を前方に合わせてみると…………いた。
何というか、普通にいやがった。目目連なる妖怪、隠されている雰囲気など全くなく、まるでクラスの一員のように俺を見つめてやがった。
存在した場所はなんと後ろの黒板、障子の上に目が張り付いている物とばかり思っていたが、奴が他の物質にも同化出来る習性を忘れていた。目玉の大きさは直径一メートルほど、人間のサイズなど遥かに超えている、いまにも黒板をはみ出しそうな勢いだ。何より不気味なのは、なんというか目玉から脅威や悪意を感じないのである。普通はそんなホラーな映像を見せられたら俺だって恐怖を感じるはずだ、特に俺みたいなビビリは。なのにこの根拠のない安心感はなんだ。
まるでこの教室が、この妖怪によって守られているかのようだ。
「橇引君、驚かせてしまってすみません」
眼鏡をかけた先生が、俺の肩に手を添えた。
「大丈夫ですよ、あの目の事は気にしないで下さい。君も直ぐに成れます」
……馬鹿な、確かに俺が見えているということは、少なくとも俺と同じで正面を向いている先生には、あの怪物の目が見えているだろう。陰陽師が鬼神スキルで隠していたりするなら別だが、俺の素人の直感からしてあれには何も施しはない、間違いなく一般人にも視認できる。
それ以前に、今こいつは『君も』と言った。つまりあの目目連はこのクラスの連中全員が把握しているという事であり、存在を理解しているという事だ。
このクラス……いや、この学校は一体どうなっているんだ。
今更言う事ではないが、陰陽師は一般人に妖怪を視認させては絶対にいけない。なのに、目目連の陰陽師はその条例を違反していることになる。
「……どこだ」
「どうかしましたか? 橇引君」
「出てこい、陰陽師。この中にいるなら!!」
俺だって陰陽師の端くれだ、こんな不足の事態を黙って見過ごす訳にはいかない。これで犯人が暴ける訳がないという事を後から気付いた。もっと言うなら念力で叫べばいいだけの話だったと後から思った。
まずい、ついノリで恥かいた!!
だが、俺の予想を遥かに超えるクラスメート達の反応が返ってきた。
何と全員が右手を高らかに頭上に挙げたのである。