二代
振払追継がどんな人間か、と聞かれてもあまり分からない。
始めて会話をしたのは俺が陰陽師になって二年目だった時である。あのときはただの優しいお婆ちゃんみたいな人だった。ただひたすら雑務ばっかりを任されていたあの頃、俺の暇潰しの話し相手になってくれた。よく御上の愚痴を聞いて貰った。一緒に茶菓子を食べながら、楽しかった日々だった。
だが振払追継は極端に自分という存在を示そうとしない人間だった。話はいつも聞く側で、普通お年寄りなら語りたくなるであろう、自分の過去の恋愛話や自慢話など、一切話そうとしなかった。あの頃の俺は、あんなに仲が良かった彼女の事を他の地域の陰陽師である、という情報以外をまるっきり持っていなかった。本名も知らない。
俺は彼女とお別れする直前に、なんとなく悟った。この人は若い時に自分という存在を失ったのかもしれないと。変化で自分を隠し続けた結果、自分を見失ったのだと。彼女にとって化ける作業は、仕事そのものだった。化けることが生きることだった。だから彼女は自分がないのだと。
これが人を騙し続けた人間の末路だった。
「祖母は引退しました」
俺の知る限り、目の前にいる人間は振払追継のはずなのだが。祖母だと。
「私は二代目振払追継です。以後、お見知りおきを」
そこにいた少女はぺこりと頭を下げ、また上げた。まじまじともう一回見てみるが、違いが見当たらない。
「引退したって、じゃあ俺の知っているあの人は」
「今は地元でゆっくり生活しています。あっ、貴方の式神は私が受け継ぎましたので、ご心配なく」
知らなかった、孫がいるとか、陰陽師を引退したとか。過去の相棒が別の人間の手に渡っているとか。
だが、振払追継を責める資格などない。機関から去った人間の俺が意見していいことじゃない。
「祖母の話通りです、変な人。本当に微弱すぎる霊力ですね。式神と契約したって話を聞いたからはるばるこんな田舎まで学校サボって、出張しに来たのに」
サボるな、学校。陰陽師だってちゃんと学校は行かなきゃダメだろ。
「確かに俺は式神契約を果たしたが、それが何か」
彼女の目がいきなり怖くなった。無礼な態度をとったからか。
「おいおい、何だよ。その目は」
「気づかないですか。何で式神からちゃんと霊力を供給してないのかって質問していることに」
何でって、そりゃ俺が特に何もしない陰陽師だから。とか言ったら肩の上の狐さんに焼かれるな、俺。
「おい、そう言えば。お前のせいで女性僻変態扱いされたじゃね-か」
「馬鹿ですか、もし一般人とのトラブルが発生したら鬼神スキルで対応すればいいでしょう。ちゃんと霊力を供給していれば、記憶操作など難しい術じゃないはずです」