消滅
私の娘、金髪で狐耳のフードを着ていて、私の若い時の姿と全く同じコピーだ。
「あなたのお陰でこんな姿になりました。全く世話の焼ける娘ですよ。母親にこんな目に合わせて…………」
私の心の中には別に嫌悪感や怒りがあった訳ではない。今の私は『しょうがないなぁ』みたいな、間の抜けた何ともいえない感情であった。私のこの子に対する気持ちは複雑ではない、今の時点では貫徹している。
あった当初は娘だと思えなかった、悪霊だからという理由でこの子をうっとうしく思っていた。触れ合う内に、幸せについて学習し、この子を娘ではあると思い始めた。しかし、私は娘だと思っていたのではなく、きっと心のどこかでこの子を迷惑に思っていたのだろう。
だから、『母親だからこそ、私が消滅させる』なんて的外れなことを言った。それはきっと自分が幸せになった時のイメージを、思い描けなかったからだろう。
この子は……悪霊でも、この世に存在しない何かでもない。
大切な私の娘だった。掛け替えのない、大切な私の宝物だった。
「もう一度、お母さんと呼んでくれませんか?」
「……お母さん? どうして泣いているの? もう大丈夫だよ、あいつらは私が食べたからもう追ってこないよ。それに私がここにいるから、もうこの先にどんあ不安なことがあっても安心だよ。愛してるよ、お母さん。幸せにするよ、お母さん」
違う、私は幸せにして欲しい訳でも、娘から愛されたい訳でもない。私はこの子にそんなことを求めているのでは、決してない。
「………、お母さん。お母さんは私のこと嫌いだよね。私は悪霊だし、お母さんの陰陽師としての仕事の邪魔をしたし、お母さんの仲間には直接的に被害を与えたし、お母さんの職場は体当たりで破壊したし、お母さんも巻き添えで悪霊にしたし。お母さん、実は私のこと嫌いでしょ」
そうだな、今までの私なら、そう思ったかもしれないな。今まで通り、愛の無い私の状態ならば。だが、私には娘を咎める資格は無いのだ、だって私は都合の良い理由を着けて、あの子を消滅させようとしていた。母親が娘を守ろうとしなかったのだ。寧ろ私があの子に『私のことが嫌いでしょう』と、尋ねなくてはならない立場ではないか、私はあの子に対して嫌われるようなことしかしていないのだから。
「…………嫌いじゃないですよ、私達は家族じゃないですか」
「お母さん……、そうだね。うん、お母さんと私は家族だよ」
私に飛び切りの笑顔をプレゼントしてくれた。一点の曇りもない完璧な笑顔だった。あくまで推測だが、きっとこの子にとっては堪らなく嬉しいことではなかったのではないか、あの顔がそう物語っているように感じる。
「ですから、私はあなたを幸せにします。母親として、それが私の生まれてきた理由です。きっと私はあなたを幸せにする為に産まれて来たのでしょう」
「えー、私がお母さんを幸せにするって言ったでしょ。そしたら私はお母さんの幸せそうな顔を見ることで、私も自動的に幸せになるのだから」
「いいえ、それは違いますよ。だって私はあなたに出会えたことが幸せでしたから、それだけで十分ですから。あなたの今の笑顔だけで私は幸せになったんです。……だから、今度は私があなたを幸せにします。…………晴菜」
名前を呼んだ、私が名付けた名前を。音無晴菜、どうだろうか?
「私の名前だ…………、私の名前だ!! 私の名前は音無晴菜なんだ!! 嬉しい、お母さんが私に名前をくれた、これで私は他の誰でもない、私自身としての個人になれる!! ありがとう、お母さん。私こそ、心が一杯で十分に満たされたよ!!」
「いえ、贈り物はもう一つあってですね」
私は渡島さんの方を向いた。渡島さんも分かっていたと言わんばかりに、袖から御札を取り出した。このお札には麒麟の入っている。
「晴菜、あなたを人間にする」