模倣
悪霊は妖怪、人間と時代ごとに姿形を大幅に変えてきた。それはその時代ごとに、そのフォルムが人間を絶望させるにあたり、適していたからである。だから今回の進化もこの時代に一番適した進化を遂げた。案外、奴らは自分の強化という物に対して貪欲なのかもしれない。
奴らの今回のモチーフは『この世に存在しない何か』というか、概念や感情などそういう簡単に名称しがたい物になった……と思っていた。それはそれで合っているのだろうが、奴等にはそんな漠然とした物よりも、もっと模範とすべきコピー対象があった訳だ。姿は似らずとも、能力やシステムを模倣されたのだ。
奴らは今回の進化にあたり、私達のような陰陽師をコピーしたのである。
「皮肉な話ですね、全く。私達は悪霊よりも先に、奴隷化や差別主義などの汚いことに手を染めていたなんて。そして唯一、悪霊に対抗する手立てだった切り札は、奴らの手札にも入ってしまったことになります」
そうだ、奴らを貶す権利を私達は持ち合わせていない。だって陰陽師は妖怪に対し、全く同じことをしてきたのだから。
しかし、今までどうにか悪霊を撃退出来ていたのは紛れもなく、陰陽師が妖力供給の力を持っていたからだ。その一点に尽きる。
その今までの勝因は、全ての勝利への切り札は、…………悪霊も手にしてしまった結果になる。本当に絶望すべき状態だ。
「このままあの子に妖力を奪われ続けたら、私はどうなるのでしょうか? 渡島さん」
「……さぁ。取り敢えず悪霊化かもしれませんね。あの悪霊の『あなたを幸せにしてから飛び立つ』の意味がなんとなく分かった感じですね。本当にこれは…………お兄さん的にもお手上げです。まさかここまで完璧に追い詰められるなんて」
いや私はまだ誤解をしている、自虐しなくてはならない点がもう一つある。あの子は悪霊として私を無理矢理に妖力を奪ったり、奴隷扱いしたり、突き放したりしたりなど一切していない。あの子は私を母と呼んだ。
あの子が『この世に存在しない何か』として、そう生まれてきたという設定だと思えばそれまでだが、もっと私にとって都合の悪い何かとしての姿で生まれてきても良かったはずだ。なのに、あの子は私を奴隷にする訳でも、使役する訳でもなく、純粋に母親として捉えていた。曲りなりにも私を幸せに導いてくれた。
我々は……悪霊よりも、醜い存在なのか。
正義を掲げ、平和を語り、理不尽で間違った論理を、勝利の為の犠牲と都合の良く解釈する。自分達の平和の為に、実に一千年間という時を、罪を重ね続けてきた。これが人間の現実だ。