妥協
「私のお母さんを騙したのは、そして誑かしたのは、やはりそこのゴキブリでしょうか。お母さんは確かに今の時点では不幸な側の人なのかも知れませんが、これから私という光の導きによって、本物の幸せを手にする予定だったのです。それをお母さんに中途半端な幸せで妥協させて、私を消滅させる魂胆だったなんて。万死に値します。だから、お前は後できっちり殺す」
……渡島さんを殺す? どうして……。
私が不幸でなくてはならないという思考だったのも、それを改めたのも、全て渡島さんは関係ないというのに。
「止めなさい、母親命令です。これ以上、私以外の誰かを苦しめないで」
「却下だよ、お母さん。だってこの男を殺さないと、私達は幸せになれない」
私のいた位置から、瞬間移動すると渡島さんの前に現れた。
「渡島搭吾。私のお母さんを傷つけた罪、死を持って償って貰うよ。当然だよね、だってあなたは無駄な囁きで私の世界一大切なお母さんを傷つけた。さっき見ていたでしょう、お母さんが私に刀を振りかざす姿を。私のお母さんはそこまで意識が錯乱しているんだよ、お前のせいで」
先ほどまでの笑顔は消え失せていた、そこにあったのは怨念に塗り固められた化け物の顔だった。その怨念の矛先は真っ直ぐ渡島さんの方向を向いている。
「いいのか?」
渡島さんは小さな声で、悪霊に震えることも臆することもなく、かといって睨み返す訳でもなく。ただ優しそうな顔で、優しそうな声でこういった。
「俺が死んだら、君はこの世界に産まれてこられないぞ」
「はぁ?」
私も意味が分からなかった。渡島さんは何を考えているのだろう。
「いいか、よく聞け。俺はこれから音無晴香さんに告白する。だから君のお父さんはこの俺だ。だから君がこのまま俺を殺せば、俺と晴香さんの子供である君は生まれてこれなくなる。だから俺を殺すことでは、君はお母さんを幸せには出来ない」
…………。
何、今の。苦し紛れの良い訳にしてもやり過ぎではないだろうか。
私に告白する、そんなことを本気で言っているのだろうか、私は別に……。
「おい、もっとマシな嘘が思いつかなかったのか」
「嘘じゃない、本当だ。俺は本気だ、本気なんだ。俺は絶対に諦めない。例え何千回振られようとも、例え何万回無視されようとも、絶対に晴香さんを幸せにしてみせる。俺が初めて好きになった人だから」
……何だろう、この今の発言による気まずい雰囲気は。
「……いや、そんな……。違う、お母さんはお前なんかと結婚して幸せになんかならない」
け……結婚? 冗談も大概にしろ、どんな茶番だ。
「いいや、今はまだ好感度が低いだけだが、いつか必ず相思相愛になって見せる。晴香さんを幸せにするのは、この俺だ!!」