葛藤
私の怨念を吸い取り、本来の割り振られた悪霊以上の能力とパワーを持っている。だが妖力に変換した怨念は、体内にいつまでも貯蔵出来る訳ではない。ある程度は垂れ流すことになる。だから私が常に人生に不満を感じた状態でいない限り、いつまでも無限に必要以上の力を維持出来るのではない。そういうことか。
「人間にも妖怪にも悪霊にも、個人としての保持しておける限界の妖力は決まっている。それ以上は持っておけない訳ではないが、限度を超えた力がただ理由もなく体の中にある場合に、時間が経つにごとに妖力は減っていく。だから陰陽師は無暗に妖怪から妖力を奪っても仕方ないのであり、第三世代型の悪霊もその類だったって訳か。なるほど、昨日までの上機嫌は晴香さんから問題なく妖力を吸い取れる状態にいたからか。だが今は、それが出来なくなっている」
「そう、お母さんが幸せになってしまったから。仕方ないから今までの悪霊の力に戻る前に、無駄に捨てるくらいなら使っちゃおうってことで、この建物を破壊してみたの。効果は絶大だったね、だって今のお母さんは困惑して焦っている、自分が幸せになってしまったせいで、こんな事態になったってね。お陰でまた少しずつ力が回って来たよ、これでまた私は強くなった」
……そうか、私は『私が幸せになったせいでこんな事態が起こった』と考えているのか。狂気の沙汰だな、これでは昨日の私と変わらなく、この悪霊の中で葛藤し続ける栄養源でしかないではないか。
「全てあなたの思う壺だったんですね、私は母親としてあなたの手の平で踊っているだけだった訳ですか。あなたと私がこんな残酷な関係だったなんて。あなたは私の娘じゃない、私の娘に擬態した悪霊だったのですね」
「違うよ、私は悪霊で娘なんだよ。大好きなお母さん」
どうして母親と呼ぶ存在をここまで苦しめていて、平気でそんな言葉を言えるのだろうか。私は裏切られたのだ、幸せにするという言葉は、私を救済するというニュアンスではなく、ただ家族を装い効率的に怨念を回収する為の都合の良い見せかけだったとは。
「晴香さん、落ち着いて下さい。お兄さんが思うにこの子は今、晴香さんから供給できる力を失っている状態です。あの時の自分に戻っちゃ駄目です。晴香さんは幸せでいいんですから」
「違う、違う。お母さんは不幸せのままでも大丈夫だよ。すぐに私がお母さんを幸せにするから。むしろ中途半端に落としどころを着けて、納得しちゃ駄目。たとえ今は悲しくても、きっと私達家族の邪魔者を全て排除しきった時に、本当の幸せが訪れるはずだから」