動機
娘は私の方を向き、ゆっくりと歩き始めた。瞬間移動できるくせに何を考えているのだろうか、威圧効果を狙っているなら本当に困る。
昨日までの私は、この悪霊が『悪霊らしい振る舞いをせずに、娘らしい振る舞いをしている』ことに、困っていた。だが今の私は『娘らしい振る舞いをせず、悪霊らしい振る舞いをしている』ことに困惑している。何なのだ、この手の平の返し様は、あまりに異常に感じる。
「中にいた皆さんはどこにいるのですか?」
「ん? 私のお腹の中。食べちゃった。ちなみにお母さん達より先にここにやってきた連中も皆食べた。だからまだ全然、生きているよ。大丈夫、大丈夫。そんな取るに足らないモブキャラはどうだっていいんだよ。私はお母さんとこれから遊びたいんだよねっ」
いや……ねっ、じゃないだろう。食べたって何だ、食べたって。
その小さな体のどこに人間が入るのだ、いやそもそもこいつは概念的な存在じゃなかったっけ、三次元物質でもなかったはずだ。飲み込めるのか、そもそも。そしてまだ生きているという点がどうしても信用出来ないのだが。
「えっとね、お母さん。もう聞かれるのは目に見えているから、先に言っておくけどさぁ。何でこの建物を壊したかっていう話と、どうやってこの建物を壊したかっていうことについて説明するとさぁ」
それは確かに質問するつもりだった。が、向こうから説明する気になっているのも気になる。どういう風の吹き回しだ、私の反感を買うとか考えないのか。
「先にこの破壊力の説明何だけど、陰陽師機関の最強鉄壁であり、本来悪霊のフルパワーでさえ破れないって設定の守護結界だけどさ。実は私はお母さんから怨念を奪っていたのです……ってこれはお母さんの心の引き出しの中にあったから、知っているか」
心の中に引き出し。第三世代型の悪霊は住まう人間の心の中に住み着く。それだけではなく、心の中まで覗くことが可能だ。まあ這い出て自由に行動することも可能って知ったのだが。この悪霊は私の心情だけではなく、知識まで奪えるということだな。
「だから私は今までの悪霊なんかとは比べ物にならないくらい強いのです……ってこれも知っているか。じゃあ破壊している光景を見ても驚いてくれないか」
いや、出来るだろうという憶測は出来るのだが、驚いていない訳ではない。動機が分からない点で驚いているのだ。
「という訳で、何故こんな地獄絵図を作ったかというと、私の力が弱まったからとでも言っておこうかな。栄養供給源がいなくなったから、それを発散する前に、一気に使ってしまったんだよ」