不自然
「消えろ、ゴキブリ。お前なんかとは話さない」
「え、そんな。ちょっと待ってよ。お兄さんとも……」
「じゃあね、お母さん。また直ぐに現れるよ。その時にはきっと……私を愛してね。お母さんは私のお母さんだから」
会話をあっさり拒否した悪霊は透き通るようにして消えた。他のお客が今の光景を見て誰も驚かないのは、あの悪霊が概念的な存在で『いる』状態を、『いない』状態に変えたから、そもそも妖力が無い人間は消えたことを認識することすら出来ないからであろう。ただ不自然に、食べ終わって汁だけ残ったラーメンの後が、ちょこんと置いてあるだけであった。
「どうしましょうか、晴香さん。あいつ、逃げやがりましたよ」
どうすればいいかなんて、渡島さん以上に困惑している私に、分かる訳がないだろう。あの子が本格的に機関に対し攻撃を始めたら、時間的な余裕が無くなる。
「渡島さん、あの子に何を言うつもりだったんですか?」
「え……、俺が君の父親になるって。…………、いや違うんですよ、そんなに睨まないで下さい。そりゃ俺だって晴香さんとそんな関係になれるなら嬉しいけど、やっぱり難しいかなって。だからあの子に存在を肯定してやれる別の誰かが現れればいいかなって」
私はあの子の存在を否定した。産まれてくるなとはっきり言った。
「私の代わりに犠牲になるおつもりですか。私のやってきたことと何が違うんですか。あの子はあなたが父親になった程度で、行動を終えるような悪霊じゃないと思いますが。あの子は絶対にあなたを受け入れない」
「でしょうな、でも俺だって諦めない。俺は晴香さんを何が何でも守るって決めたんだ。晴香さんが少しでも楽になるなら、悪霊を娘にするなんてお手軽な物ですよ。まあ俺の説得力にも、奴の精神力的にも難しいでしょうが」
すると勝手に立ち上がって、レジの方向に向かった。カウンターに並んだ中で私だけが完食できてなかったが、ラーメンはもう伸びきってしまい食べれたもんじゃない、仕方ないので私も立ち上がった。
「三人分を払っておきました。ゆっくり食事をさせてあげられなくてごめんなさい。全ての件が片付いたら、また三人で食べに来ましょう」
三人で……、か。
私と渡島さんはラーメン屋を出ると、店の前で立ち止まった。
「すいません、今日はお見送りができません。急用が出来ました。……これはお兄さんからのお願いなのですが、ちょっと頼み事がありまして。あなたのお母さんである音無晴江さんに、晴香さんを産んだ時の話を聞いておいて貰っていいですか? きっとヒントになると思うので」
何っ、……母親について。そうだ、私は母親からも目を背けていた。私は『振払追継は幸せになったらいけないから』という理由で子供を持とうと思ってなかったが、母親は振払追継でありながら私を産んだことになる。
「渡島さんはどこに?」
「あの悪霊を追いかけます。言ったでしょう、諦めないって。お兄さんの鑑定からして、今の奴は晴香さんの心の中にはいませんから。正確な位置までは掴めてませんが、方角くらいは分かります」