一環
……放火? 私が陰陽師機関を嫌に感じている。確かに私は、陰陽師機関に自分が本物の振払追継ではないことを隠している、それがバレればどうしようと感じていないと言えば、嘘になる。
だが、何の為に自分を偽ってきたか分からない。悪霊の魔の手から人々を守るのが、我々陰陽師の役目であり、その一環として私達のような本部からの潜入員みたいな存在が必要なのだ。私一人が犠牲になれば、それで全てが丸く収まる。私が人格を失えば、笠松陰陽師機関は首尾よく運営されるのだ。
私一人の『欲』の為に、全てを犠牲にする訳にはいかない。
「私のせいで誰かが傷つくのは了承しかねます。私は自ら犠牲になると決めて、陰陽師になりました、今更全てを逃げ出せないのです。私以外の人を襲うのは止めて下さい。そんなことをしても私は喜びませんよ」
この子が娘だと言うのなら、私の話を聞いてくれるかもしれない。
「えー、でもそしたら私が産まれてこれないよ」
……確かにそうかもしれない。いや、間違いなく私が不幸のままなら、この子はこの世に産まれてくることは出来ないだろう。しかし……。
「諦めて下さい。あなたも振払追継なら……不幸を受け入れるのです。私達家族の宿命です。私は犠牲になる為に産まれてきたのです、あなたも犠牲になって生まれてこないで下さい」
我ながらひどい母親だと思う。私は母親失格だ。我が子に向って犠牲になれだの、産まれてくるなだの。とても人間の考える発想じゃないと思う。だが……ここまで言わないとこの子はきっと分かってくれない。
「ふふふ、はははは。お母さん、それは絶対に娘に言っちゃきけない台詞だよ。”産まれてくるな”なんてさぁ。お母さんは本当にもう。仕方ない、強行突破だ。私はお母さんを幸せにする為なら何だってするよ。お母さんが幸せにならないのも、私が産まれてこないのも……。絶対に認めない」
駄目だ、何を言っても私の覚悟を理解してくれない。
そもそもこの悪霊を倒すには、私が心を乗り越えなくてはならない。これは私がまだ、不幸なままでいるということを覚悟できていない証拠だろうか。
どうして、この悪霊は消えてくれないのだ!!
「……いや、違いますよ。晴香さん。この悪霊は晴香さんが『不幸のまま生きる』なんて思ってたんじゃ、いつまで経っても消えないですよ。そもそも、俺の解析データ上、一人で乗り越えること自体が不可能だ。ここは俺に一旦、任せて下さい。バトンタッチです」
いつの間にか大盛りのラーメンを完食していた渡島さんが、首を突っ込んできた。日頃がお喋りなだけに、何故今日に限って黙っているのかを不思議に思っていたが、ようやく会話に加わるか。