希望
私の希望……そんな物はない。先ほどに渡島さんに『欲を持って生きろ』と言って貰ったが、私はまだ人生に欲という物を見いだせていない。欲も希望も似たような物だろう。私に希望なんて物はない。
この悪霊は自分のことを『希望』だと言った。そんなはずはないと否定してしまうのは簡単だが、この悪霊は私の心の中を把握している、何せ中に入ってしまっているのだから。もし私の希望とやらが本当にこの悪霊ならば。
いや、着眼すべき点が違う。私の希望は『この世に存在しない何か』ではなく、『この世に誕生しないであろう何か』である、私の子供ということだ。
つまり私は幸せになりたいとか思いながら、幸せになってはいけないと言いながら、心にまだ希望を残していた、ということになる。子供という幸せの形として。
「恐ろしい話ですね、自分で想像しながら身震いしましたよ。まさかこの私がそんな思いを隠していたなんて、いや諦めていたと言うべきですか」
「お母さん、私が概念的に生まれたのではなく、お母さんから生まれたということも理解して頂けましたか?」
いや、結局は私の概念から生まれたということになると思うのだが。
この子の解釈は理解出来た。私は将来、この子を産むということになる。だから……この子は私のお腹から生まれるビジョンしかない。だから自信を持って私を母親だと呼べる訳か。つまりこの子は未来からきた私の希望ということになる。
「でもお母さん、私を産まないんでしょう。お母さんは幸せになっちゃいけないから。お母さんの希望である私が誕生してしまったら、お母さんは幸せになってしまう。それは振払追継として禁則事項に引っ掛かる」
……それは……。
「お母さんは幸せにならない為に私をこの世に存在させないようにする。だから私はね、後だしジャンケンをしたの。お母さんが私を産まないと明確に決断する前に、私から生まれて来てやることにしたの。お母さんが幸せになろうとしていないなら、私が無理矢理にでも幸せにしてあげるの」
生まれてくることが出来ないことが分かっていたから、先に生まれていてやった。『この世に存在しない何か』になる前に、自分から『存在する物』になった。
「私はお母さんが大好き。私にはお母さんしかいない。だから……絶対に、どんな手を使っても私はお母さんを幸せにする。今までお母さんの中で心情変化を観察していたけど、やっぱりお母さんを不安にさせる陰陽師機関。あれはいらないね、あの辺はまとめて放火しておこう。お母さんにはこれから、世界最高の幸せを味わって貰う」