平常心
時々、思い返す。この空虚に満ちた人生にいかような価値も無いということを。
私が何を間違えたから、こんな人生になったのだろうか。
名前を伏せ、素顔を隠し、心情を殺す。
私はこんなことを何故やっているのだろう。
別に母は、先導者ではあったものの、別に私に自分の代わりになることを強要していた訳ではなかった。母の入れ替わってくれというお願いを、私は断らなかった。押し付けられた訳でもなく、ただ流れるように振払追継を名乗った。
これは使命だと思ったから。運命だと思ったから。
人間にはある程度、生まれた瞬間から『すべきこと』という物が決まっていて、私の場合のノルマなのだと思っていた。
「悪霊を倒すには……私が死ぬしかない」
私は独り言を口にした。今回の悪霊の実態を知っているのは、私だけである。第三世代型の悪霊の特質を知っているのは、私の母と渡島さんだけだ……と思う。
機関の人間にこの概要を全て余すことなく説明すれば、結果は簡単だろう。私に『自害しろ』という命令が出て今回の案件終了だ。母にこのことを言ったらどうなろうだろう、ちょっとあの人だけはリアクションが予想出来ない、私の母なのに。で、あと一人は……あの男なのだが。
言うべきか、言わないべきか。
いや、違う。あの男は私が山に行く前に悪霊に気を付けろと言っていた。
悪霊がこの町に来てから、なんの動きもなくただ機関の人間が総動員で動き回ったというのに、未だに何一つの手掛かりも無い。だが、あの男だけは……渡島だけは……始めから悪霊がどこの隠れているか知っていたのではないか。あの男は私の心の中に悪霊がいることを知っていて近づいていた。私を救う為に。
「この前はありがとうございます、追継さん。行弓君の引率。ちゃんと行弓君は烏天狗に会えたらしいですよ。で……えっと……まあ、あれですね。悪霊に会っちゃったらしいですね。まさか本当に出会うなんて……追継さん?」
「……知っていたのですか? 私の心の中に悪霊がいたことを」
「……はい。お兄さんはその道のプロですから」
やはり百も承知だったのか、私の中にある悪霊を倒す為に、私に何回も話しかけたり、気を引こうとしていたのか。
「……私が死ねば奴は消えます。そうですよね」
「……そうですね、そういうことになりますね。でも駄目ですよ、自殺なんて。言ったはずです、悪霊の思う壺だと。絶対にあなたはお兄さんが守ります。だから気を落とさないで」
気を落とすなと言われてもな、今の瞬間にも私の心の中に悪霊は住み着いて、私の憎悪を吸っているのだ。そんな環境で平常心を保てという方が無理だろう。
平常心を保っているけどさ、私だから。