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奇声

悪霊。私と行弓君の目の前には、悪霊がいる。


 長い髪、鋭い爪、薄い目、白い服、黒いオーラ。


 「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ようやくスロースタートで橇引行弓は走りだした。思いっきり悲鳴をあげて。

 彼は初めて、悪霊と対面することになった日になるのだろう。これでちょっとは危機感という物を学んでくれるとさいわいだ。あと、この悲鳴で烏天狗がこの異常事態を把握してくれると助かる。私の助けになんか来なくていい。せめて一時の間、行弓君を保護してくれるだけで十分だ。


 「えっと、こんにちは。悪霊さん」


 悪霊は答えない。ただにっこりと笑って、行弓君の後を追うこともなく、立ち尽くしている。ぼーっと、ただ嫌なオーラを漂わせているだけだ。


 「があああああ?」


 「何でしょうか? 何と言ったのですか?『命乞いはどうした?』ですか? それとも、『お前、食ってもいいか?』ですか? 生憎、私はこんな山ガールみたいな恰好で巫女服を着ていませんが、陰陽師の一人です。ピンチは私ではなく、あなただと存じます」


 はったりである。悪霊相手に私一人で退治できる訳がない。せめて、行弓君が烏天狗に出会うまでの時間稼ぎである。こっちの妖力には限界がある、私のこの山からの脱出用の妖力くらいは残しておきたい。会話で時間が潰せるなら、願ったり叶ったりだ。


 「くぉ、っここここここ……ご?」


 「すみません、誰かに翻訳して貰って下さい。伝わりません」


 随分と積極的に話掛けてくる悪霊だ。別に一般的な悪霊が言葉を発しない訳ではない。奇声をあげるなんて毎回だし、その音波自体を攻撃に応用してくる時すらある。だが、なぜだ。奴はまるで私に問い掛けているかのようなモーションをしている。あの言葉に何の意味があるというのだ?


 「悪霊さん。ここなら安全だと思っているなら大外れですよ。この場所には、悪霊よりも恐ろしい、妖怪の住処となっていますからね」


 「ごごごご、ご。ここここおおおお?」


 そもそも、この悪霊は何が目的で私の前に現れた? 無差別攻撃ならどうして私より遥かに弱い行弓君を真っ先に狙わない? 烏天狗が目的でも無さそうだ。ただ陰陽師が少なそうな居場所に避難してきただけなのだろうか?


 それとも……私が目当て?


 「おっ、おおおおおおおおおおおか」


 「はい?」


 「おっ、おかっ……、おかぁ、」


 「はぁ?」


 「おかあさん」


 その瞬間、時が止まった気がした。頭の中から何か重要な警戒がオーバーヒートした感触がある。こいつ、私に向かって何と言った?


 はあぁぁぁぁぁぁぁ!? いつから私は一児の母になったと言うのだ!!


 「違います、私はまだ二十一歳の独身です。子供なんていません」


 いや、まさか何かの能力なのだろうか? 私の体を乗っ取る為の策略だろうか?

 いずれにせよ、困った限りだ。


 「しょう……こ。ある」


 証拠と言ったのか? そんなものがあったらなら、逆に見てみたい限りだ。

 私がお腹を痛めていない以上は、紛い物のでっちあげに決まっている。


 すると悪霊は姿を変え始めた。ゆっくりと、まるで霧に包まれるように。

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