突撃
その言葉を言い終わった直後だった、私の妖力が異形の物に反応した。
何者かが、この結界の中に侵入した。妖力の波長からして、恐らく私達のような陰陽師ではない、人間の鼓動にしては、あまりに早すぎる。
「……近づいてくる」
こちらに走ってきている、間違いない。不気味な妖力の物体は、その潜在的な鼓動の速さと共に、全速力での疾走と、正体不明の興奮により、鼓動が逆立っている。
「おい、どうしたんだよ。追継さん」
振り返ると、私以上に不安そうな顔をした行弓君がいた。恐らく私の危機感を察知したのだろう、握っていた手の圧力もこの山に入った時より、強くなっている。
もし、突撃してきている奴の正体が、この町に逃げてきた悪霊だったとしたら、私一人で倒せるだろうか? 本来、悪霊退散というのは陰陽師が何人も集まってする仕事である。私一人の力ではどうしようもないかもしれない。それに私の横には、橇引行弓君がいる。彼を守りつつ戦うなんて、不可能だ。
どうする? まさか、この山に入る為の適当な言い訳が実際のこととして起こるなんて。すでに緊急信号は本部に送ったが、この山の中では助けを呼んでもすぐには駆けつけてくれないだろう。
「救援……。行弓君、今から言うことをしっかり聞いて下さい。今からあなたは一人で烏天狗の元に行きなさい」
「えっ? どうして? 何かヤバいのが近づいて来ているんだろ!!」
「事情が変わりました。行って烏天狗に保護して貰いなさい。何と下らないことを言ってもいいから、とにかく烏天狗の傍から離れないで。……、私はあなたが烏天狗に会えるまでの時間を稼ぎます」
あの妖怪は面倒ながらも、強さだけは天下一だ。自分の縄張りに侵入してきたものなら、例え悪霊でも容赦しないだろう。烏天狗が橇引行弓を見て、どう思うか正直怖い。もしかしたら、想像通りに行弓君を傷つけるかもしれない。
でも、悪霊よりは危険性が少ないだろう。不本意だが、頼れる存在がもうそこにしかない。私は渡島さんと約束した、橇引行弓を烏天狗に会わせると。
「でも、それじゃあ追継さんが!!」
「私は大人です。いざとなれば脱出くらいお手の物です。それよりも早く逃げて下さい。貴方の望みを叶える為に、ここまでしてあげているのですよ。貴方が烏天狗にさえ会えれば、私は特に会わなくていいのです」
そうだ、彼が烏天狗にさえ会えばそれでいいのだ。私は君が烏天狗に出会ったと同時に、この山から抜け出し救援隊と共に帰ってきます。
「分かった、じゃあ俺が烏天狗を呼んで助けに帰ってくるから」
烏天狗はそんなことはしない、って今言っても仕方ないな。
「早く行って下さい。じゃないと!!」
行弓君が私に背を向けたその時に……丁度。奴が舞い降りた。