機嫌
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残念ながら私は、あの馬鹿男のせいで休暇が取れなかったので、山登りなる健康的な運動をする羽目になった。しかも一人の小学生の保護者として。進入禁止エリアにわざわざ許可を取って。
と、いう訳で今の私は、巫女服ではなく登山ファッションにリュックサックを持って、進入禁止の黄色い看板の前にいる。左手には私の手を不機嫌そうに掴んでいる橇引行弓君の姿が。
本当なら橇引行弓君に何故この山に登ってはいけないかを説明し、納得して頂いて万事解決といきたいところなのだが……相手は小学生だ。大人の『やっちゃいけません』なんて受け入れてくれるはずがない。もう何度も危険性を説明し、諦めるように言ったが、聞き入れて貰えなかった。と、同時に別の危険性も発覚する。もしもこの場は説得出来たとしても、いつの日に心変わりして自分一人で山に行ってしまうか分かったもんじゃない。まだ、ちゃんと大人に行先を伝えてくれる間に、一緒に付いて行ってあげて、満足して貰うしかない。
「何で仕事休みの休日まで機関の人間に見張られるんだよ」
まあ、不機嫌の理由はそこだろうな。本当はこの子は自分一人で烏天狗に会いに行くつもりだったのだろう、命知らずめ。
この橇引行弓君と日野内飛鳥さんだが、主に見回りや最近に出没した悪霊の探索をする私はあまり彼らのその後の詳しい詳細を知らない。だが、噂で聞いた話では日野内飛鳥は笠松町陰陽師機関の設立以来の天才だとか。頼もしい仲間が増えてくれて、私としては嬉しい限りだ。
正反対に橇引行弓君は案の定、『使えない屑』呼ばわりされている。
「ちくしょう、あの御上っておっさん。いつか絶対に復讐してやる。池の鯉でも虐殺してやろうかな」
不満がある気持ちは分かる。だが気付いてくれ少年よ、私達だって君のような存在は不満だということを。
「あと、教育係の松林だよ。馬鹿みたいな顔している癖して偉そうに。知っているんだぞ、お前が『巫女服の女の子が好きで陰陽師になった』ってことを」
「……そんな情報をどうして知っているのかな」
「え? そんなの渡島さんが松林から『男同士、腹を割って話そうぜ』と言って仕入れた情報を俺にも教えてくれただけだよ」
へぇ、あいつは仕事をサボりながら、そんな裏切り行為をしていたのか。
というか、松林君。私の君への真面目な青年というイメージは崩壊したよ。
「でもさぁ、何で陰陽師は妖怪をまるで奴隷みたいに扱うの?」
「教育を受けましたか、そうです。私達は妖怪をまるで奴隷のように思っています。共存よりも、差別の方が、陰陽師としての意識を高められるという考えがベースです」