孵化
「無理ですよ、妖怪と和解するなんて。一方的すぎます、あまりに理に適ってません」
「確かに今の世代の人間には無理かなって俺も思います。でもまだ教育されていない子供達ならどうにかなるかもしれない。妖怪って子供が大好きなんですよ、だから子供のうちに妖怪と良好な関係を作っておく教育をすればいいんです。悪霊はまだ覚醒に時間がかかる、軽く千年の時を経ての反撃ですから、そうそう準備は整っていないはずなんです。だから、今の段階から手を打っておけば」
そうだ、そこに気になっていた。悪霊の強化についてだ。強化ではなく、進化なのかもしれないが。
「すみません、悪霊が変わるという点がいまいち分からないのですが」
「あぁ、じゃあそこの説明をします。悪霊は今、進化の時を迎えています。二度の敗北って言いましたよね、悪霊は二度の変化をしました。一段階目は妖怪の姿、巨大な姿と黒い炎が特徴。突然、現れては村を破壊し人を殺す。そういう生き物でした」
古い文献にもそう書いてあった。悪霊退散をモチーフとされた絵画には、いつも妖怪とさほど変わらぬ化け物の絵が描いてあった。
「二段階目は人間の姿、我々が相手取っている奴等の姿です。奴らは現代に入り、その在り方を一新しました。”呪い”という物を撒き散らすだけではなく、圧縮することに成功したんです。悪霊の誕生というのは、前世の膨大な恨みを抱えた死者の魂が卵となって孵化することを言います。これは今も昔も変わりません。一般的な青色の炎の魂、前世に悪行を積んだ為に変色した赤色の炎の魂。そして悪霊の原石である黒色の炎の魂。だが、その存在は怒りや憎しみを巨大化に利用するのではなく、能力に利用し始めたんです。闇に潜んだり、亜空間を形成したり、姿を晦ませたり、人間に憑りついたり、民家に居座ったり、奴等はその動きをがらりと変えてきました。現役の陰陽師であるお二人なら分かりますよね」
確かに、悪霊を退治するのは随分と苦労することだ。たかが一体でも時間がかなりかかる、しかも複数人いないと危険で仕方がない。発見、結界、捕獲、攻撃、退治。この流れまでにどれほどの時間がかかるだろう。まだ巨大化して町を襲ってくれた方が、手っ取り早く作業が終わるかもしれない。体が大きいほうが技の命中率は跳ね上がるに決まっている。人間サイズなんて当たらない攻撃の方が多いくらいだ。
奴らは隠れることを知っている、闇に紛れることも知っている。そうして我々を翻弄してくるのだ。やっとの思いで発見してもフルパワーで抵抗してくる、結界を壊すし、捕獲の網から逃げ出すし、攻撃を躱すし防ぐし、反撃だってある。
正直、この悪霊退散は本当に骨の折れる作業だ。
「あの……でも、今の説明ってこれまでのことですよね。悪霊がこれまで以上に強大な能力を兼ね備えるということですか?」
「いや、能力というか……スペックは変わりません……おそらく。ただ、存在の仕方が変わるという訳です。妖怪、人間ときて奴らの次なる変身は……」