適性
冗談じゃない、どんな大義名分があって私の邪魔をしているのだ。私は橇引行弓君の安全を思って最善の策を取ったまで、適性の無い子供が陰陽師になれば、きっと無駄死にする、悪霊に殺される、そうでなくとも烏天狗に殺される。
駄目だ、絶対に駄目だ。私達の生きている世界は、決して根性や気合いで成り立つ世界ではない。大事なのは、適性。それのみだ。
「その手を離して下さい」
「…………、追継ちゃん。この少年は確かに適性はないよ。戦うことには特化出来ないだろう、だがこれからの陰陽師の世界には彼のような強さを持った人材が必要だと思うんだ」
……、力が無い子供でも無理矢理に騙して陰陽師にし、頭数のみを増やし、死人を増やしてでも任務成功を優先するという魂胆なのか。いくら人材不足でも、そんなことが許される訳がない。
「……これでも俺は本家の陰陽師になるまでは、真面目で真剣で神経質な性格で。周りにも自分にも厳しく、甘えも容赦も許さず、ただ陰陽師としてだけの人生を歩み続けた。後悔しながら、皆を妬みながら、悲しみを押し殺しながら、ただ任務を遂行するロボットだった」
初めてだ、渡島さんのこんな顔を見るのは。
真剣な顔というより、悲しげな顔をしている。
「だが、本家での生活で分かった。この世界は崩壊する、陰陽師は次の悪霊の進化に適応出来ない。一般人も陰陽師も妖怪も全滅する。世界が変わろうとしている、悪霊は数千年に及ぶ二度の敗北から立ち直ったんだ」
進化? 適応? 二度の敗北? さっきから何を言っているのかさっぱり分からない。
「このままじゃ日本が危ない、この危機的状況を打破する為には、彼のように妖怪と親しい関係を築こうとする人間が必要不可欠だ。もういがみ合っている状態じゃいけないんだ、陰陽師は変わらなくてはならない。本家の人間に言っても誰も信じようとしない。悪霊の長年の沈黙により発生した汚点だというのなら、悲しい限りだが……」
……この男は何がしたいのか?
取り敢えずこの橇引行弓君を陰陽師に引き入れたいのは分かる。しかし、理由が全く理解不能だ。冗談を言っているかのように聞こえた。
彼は何を危険視しているのだ、何が怖くて行弓君が必要なのだ?
何一つ、分からない。
「下らない、妄言は……」
自分でその続きを言うのを止めた、この男の先ほどの台詞は真剣その物だった。妄言を言っている時の、テンションとは明らかに違う。
私は膝を落とし、目線を行弓君に合わせて。彼は一切、視線を逸らそうとせず、瞬きもせず、ただ私を見ている。
「きっと不幸になりますよ、貴方は」
「ならないよ、俺は友達を幸せにするんだ。だから俺もきっと幸せになる」
……祈るしかない、この子供が大事に至らない前に現実に気付いてくれることを。この子が大人になったら、きっと分かってくれるだろう。この世界は才能だけが全てだということに。