否定
「俺は『生きる』ということは、お兄さん的に言うなら幸せを追及することだと思う。幸せになることは俺の人生の目標なんだ。だから今日はここに来てくれた皆に、俺が幸せになる魔法を教えてあげよう。これが陰陽師の職場だ」
渡島さんは小学生を引き連れて、予定しておいたコースを歩き始めた。
全く訳が分からない、何が幸福追求だ。それなら幸せの為に真面目に仕事をしてくれって話だ。
あの説明で何が分かったというのだ、だだあいつが愚鈍で馬鹿だってことをアピールしているだけじゃないか、陰陽師の仕事内容についても結局語ってないし、いや語られても困るのだが。
その時だった。不意に後ろから声が聞こえた。
「あいつ絶対、ニートだよ」
そこにいたのは、男の子だった。身長からして年中組だろうか、リュックを背中にからっているのと卑屈に濁った目で渡島さんを眺めているのが特徴的だ。直感的に気付いた。この子は何か他の小学生と違う、他の子は渡島さんのことを面白いお兄さんとしか思っていないが、この子は彼を否定的に見ているのだ。
「お父さんから聞いたんだ。仕事をしないで、遊んでばっかりいる悪い奴のことをニートって言うんだって。あいつは絶対、ニートだ。陰陽師のニートだ」
特に何もしない陰陽師……その単語が私の頭の中に過ぎる。
ニートか、確かに的を射ているかもしれない。奴の場合はしっかり金だけは貰っているので、ニュワンス的に完全一致とはいかないが、だいたい同じような物だろう。分かる人には分かるのか、こういう人間の存在が。
渡島さんは仕事をしているふりが上手だ、直接被害を受けている私と指揮官である御上さんを除けば、誰も彼のサボり行動には気づいていないくらいに。
だが、意識して観察すればこれは容易に発覚する。
「この催しに来てくれてありがとう、歓迎するよ。あの男は気にしないで、どこの世界にもあんな奴はいるものなの。今日は楽しんでいってね」
その男の子は何も返事をせず、ただ黙って下を向いた。
「……、陰陽師って実在するの?」
……くそう、あの馬鹿のせいでこんな質問が……。自分たちが陰陽師だというのは勧誘する子にのみ言うのであって、私達はこの子達にとってただのガイドスタッフだという肩書だったのだ。そうそう口にするなって昨日の段階であれだけ言っておいたのに。関係ない一般人を陰陽師の世界に引き込まないって基本鉄則を忘れたのか、あの男は。
「さぁ、お姉さんにもちょっと……分からないかな」
「……友達になりたい奴がいるんだけど」
その子は私の目を始めてみた。
その子の目は遠目で見るよりもしっかりしていた、先ほど卑屈に濁った目と表現したが、撤回しよう。
「俺の家の近くの山に妖怪がいるって噂になっているんだよね。友達になりたくていろいろ本で調べたりしているんだけど。陰陽師になったら友達になれるかなぁ」
陰陽師が妖怪と友達、この少年には申し訳ないが、陰陽師という世界はそんな甘いシステムをしていない。妖怪は奴隷も同然、ただの武器なのだから。
リュックの中から本を取り出し、私に見せてくれた。『妖怪図鑑』というタイトルである。そして少年は分厚いページをせっせと捲り、附箋の張っているページで手を止めた。見開き一ページに載っていたのは、あの妖怪だった。
『烏天狗』。確かにこの地方にいる妖怪だが、この妖怪は強大な妖力が原因で捕獲不能対象の妖怪だったはず、我が機関でも完全に放置状態だ。捕獲はおろか友達になろうなんて、絶対に不可能に決まっている。いや、会えるかすら怪しい。
烏天狗は人間嫌いだから、過去の人間との因縁のせいで山へ閉じ籠っているのだから。
「どうしてこの妖怪と友達になろうとしているか、教えて貰ってもいい?」
この質問、若干レッドカードな気がする、妖怪なんて単語をあまり使うべきじゃないというのは分かっている。しかし、もしこの一般人である少年が妖怪と積極的にかかわろうしているなら、それは見過ごせない。危険が伴うかもしれないからだ。
「えっ? 決まってるじゃん。山で一人ボッチなんて可哀想だからだよ。俺が友達になってあいつを救ってやるんだ」
妖怪を救う? 聞いたことがない。妖怪を倒したいとかなら、まだ理解出来たかもしれない、妖怪と友達になりたいなんて……どうかしている。陰陽師の根本を間違っている。
この子は野放しにしちゃ駄目だ、もし立ち入り禁止の場所に足を踏み入れ、烏天狗の逆鱗に触れたら……この子にどんな危険が降りかかるか分かったもんじゃない、その時は私の失態だ。そんな馬鹿げた幻想は始末しなくてはならない。
「……君のお名前を教えてくれるかな」
「名前? 橇引行弓だよ」