浸食
「出てきなよ、悪霊。もう原型を留めておくのはきついだろう」
原型!? 何をリーダーは言っているのだろうか。
「妖怪が契約を解除するには、数千年前同様に妖怪が悪霊化するしかない。だが本来、陰陽師に縛られているであろう妖怪が、そもそも死ぬことすら出来ない妖怪が、単体で悪霊化することは不可能のはずだ。君はあらぬ人間に手を貸したようだね。数千年の活動休止もそろそろ打ち止めって訳かい。まあ、操られているだけの君に、こんなことを言っても無駄かもしれないけどさ」
さっきからリーダーは何を言っているのか、正直分からないが、何となく分かってきたこともある。あのカワウソは契約を解除する際に、ある程度妖怪から悪霊になったのではないか、完全にではないが、半分くらい。
「ぐるぅぅぅぅぅぅぅぅ」
机の下から這い出てきたのは、既に先ほど対話をしたカワウソの姿ではなかった。茶色の毛は全て漆黒に染まり、異常なまでに犬歯が伸びて、目が大幅に鋭くなりなぜか赤い光を放っている。変わり果てたその姿には、もう一つの特徴が。それは、……肩に……カワウソの肩に、何か黒い炎がくっ付いている。
「あーあ、これは危険だねぇ。僕が処理をする。全員、この部屋から出ずに、出来るだけ僕から離れて」
そう言いつつ、ズボンのポケットからお札を取り出した。
「可哀想に。だけど……これは、諦めて貰うしかない」
先にカワウソが動いた、といってもパートナーである陰陽師が欠けていて、暴走状態であるカワウソに複雑な動きは出来ない。ただの突進からの噛み付き攻撃だ。だが、リーダーは一切躱そうとしない。
「ぐっ、ぐぐぐぐぐぐぐ」
既にガードが入っていた。そこには鹿のような姿をした黒い式神がいつの間にか現れていた。角でカワウソの前歯をバッキリ粉砕し、小さいからだを食器棚へ突き飛ばした。
「うおぅ、うぉう、うぉう、うぉう」
「痛いかい、でも大丈夫。ちゃんと回復させてあげるから。と、その前に……君がこのアジトに来た理由って何だい? 誰からの命令かな?」
今回のリーダーの声のトーンはマジだ。まだ静かなトーンで悟らせるような声だが、その声の中には底知れない恐怖を感じる。
「君に聞いているんだよ、肩に引っ付いている虫、お前は何をしにこの場へ来た。あの世へ強制送還される準備は出来ているよなぁ。百鬼夜行だって陰陽師の機関の一つだ。悪霊退散だって重要な任務の一つなんだぜ。これ以上、僕をイライラさせるな。こんな僕を部下の前に晒したくないんだよ。さっさと……」
「ぅお」
「喋れや!!」
リーダーの式神の角がカワウソを貫いた。