幻覚
「じゃあアジトに帰って戦果報告をしよう。今日、我々が陰陽師の世界与えた影響は大きい。君の質問もなかなか良い枷になった、やはり君は素晴らしい。それから日野内飛鳥君。君もこれから人質として我々のアジトに同行して貰うよ。それから……」
「おい!!」
この後の行動の説明をしている五百機さんの声を阿部が怒声で掻き消した。
かなりお怒りの様子だ、血管がはち切れるんじゃないかってくらい怖い顔をしている。息が荒くて本当に豚みたいだ。
「あぁ、お前。まだいたの?」
「俺様は現陰陽師界の王であり、総指揮官であり、全ての頂点にして至高。その俺様がこんな屈辱を受けたのは初めてだ。死ねと言っても死なんなら、直接、この手でお前達を始末してやる」
やっぱり馬鹿だ、頂点と至高って意味は一緒だろう。続け様に言えば何でもカッコいいとでも思っているのか。
「殺してやるぞ、礼儀を知らない奴隷以下の猿共!!」
やつは叫んだ瞬間、あたり一面が突然、霊界から現世に戻った。
これが阿部家の基本性能である。術式抜きでの空間移動。
「馬鹿共め、俺様が寝間着だったからお札を持たないとでも思ったか。攻撃してこないとでも思ったか、この馬鹿共め。そう思わせることが目的だったのだ……は?」
始めの風景は対して霊界の風景と変わらなかった。金ピカの障子、畳、箪笥。ただ布団の中にあったのは、恐らく阿部の奴が所有するお札である。だがこちらの世界に連れて来られた瞬間に、ありえない現象が起こった。
移動してきた場所は風景は変わらないが、そこには畳の上に数億枚にも及ぶお札が、撒き散らされた。いや、違う。部屋の中だっていうのに……上から降ってきた。お札がまるで粉雪の如く金色の光沢を白く彩っていく。
このトリックを仕掛けたのは奴じゃない。
「待て待て、なんだこれは!?」
やっぱり慌てている、大慌てで布団にへばり付き、紙を拾っては捨て、拾っては捨てを繰り返す。
「どこだ、どこだ!! 俺様のお札!!」
「さて、これで完全に御門城に用は無くなった訳だな。私の最後のミッションもクリアしたし」
俺はこのような光景を始めて見たのではない。ダモンのラジオを壊した時と同じ原理である、つまりこれは『幻覚』なのだ。
「私の捕獲不能レベルの妖怪である『蜃』の能力だよ。本体は貝のような形の妖怪なのだが、どんな幻覚にでもなれるのが特徴でね。自慢じゃないが、百鬼夜行随一の攻撃範囲を持つ。この幻覚は殺人にも応用出来るんだけど……あの哀れさに免じて許してあげよう。いつまでもありもしないお札を探し回るといいさ。本物は既に私の『蜃』が回収させて貰ったよ」
そう、阿部清隆の持つ式神の回収も任務に一つだったのである。俺も知らなかったけど。それにしても統領様を騙すほどの幻覚とは。リーダーの言うとおり、五百機さんは最強だ。
「さて任務完了だ。帰還しよう」
俺と飛鳥への幻覚は解いて貰った。そこには何もない布団の上を真っ青な顔をして動き回る、惨めな英雄の子孫がいた。
7話終了