恩義
俺達三人の間は、奇妙な空間になっていた。
俺を本気で守ろうとしてくれている飛鳥に対し、今更『俺さあ、実は正式な百鬼夜行のメンバーになったんだよね。今からの会談も、人質の役を演じるってだけで、本家の人達に協力する気とか全くないんだよね。あと飛鳥と一緒に地元に帰るのも無理っぽい』、とか言えないよ。
だからといって、俺は嘘をつくのも苦手だし。感情に任せて喋るんじゃなかった。大人しく許可が出ても、黙っているべきだった。
飛鳥の気持ちを無駄にはしたくないなぁ。しかし、妙案が思いつかない。
「行弓君、こうなったからには仕方ないだろう」
「五百機さん、……飛鳥、安心しろ。今のは全部ウソなんだ。俺は人質じゃなくて、人質のふりをしていただけなんだ」
「……はぁ。つまり行弓君は自分の意志で人質になっていると?」
飛鳥は素早く涙を袖で拭き、俺の顔を見た。
「そうだ、俺はもう百鬼夜行のメ、ぐふぅっ!!」
一瞬で距離を詰めた飛鳥が俺の頬を殴った。女の子なのに、グーで、思い切り振りきって。あまりの驚きに、こけて尻餅をついてしまった。
「……馬鹿。やっぱりあの約束を真っ当していましたか。人質になっていたと聞いて、安心していたのに」
安心……? どういうことだ?
いや、待て。そうだ、五日前に俺は百鬼夜行に入る条件として、振払追継と烏天狗を返して貰う約束だったんだ。確かそのやり取りの現場に飛鳥はいた、話も聞いていた。だから始めから飛鳥は、俺がもう百鬼夜行の仲間に入っているかもしれないと覚悟していた。だが、五百機さんとの話の流れで俺は仲間ではなく捕虜になったと聞いた、だから俺がまだ百鬼夜行に入っていないことに安心していた。でも結局俺は百鬼夜行のメンバーになっていた。
あーーー、だんだん飛鳥が俺を殴った理由が分かってきたぞ……。
条件を交わした本人であるはずの俺自身が、その交渉について忘れていたなんて、そういや俺って無理矢理に入ったっていう設定だったな。
「一生懸命に仕事場に適応しようと努力して、自分がどうやって百鬼夜行に入ったかなんて、完全に頭から消えていた」
俺は笠松町を救う為に百鬼夜行に入った、つまり今の俺の状態は、あの町を救う為に俺に力をくれた百鬼夜行への恩返しみたいなものだ。しかし、あの爆発自体も百鬼夜行が原因で発生したものである。恩義を感じる必要など一切ないのではないか。
「行弓君、目を覚まして下さい。百鬼夜行に操られてはいけません」
……だが、この三日間。俺は百鬼夜行の全員と触れ合い、その組織の全貌を知った。嫌いな奴もいたし、全面的に信用してはいない人もいる。だが、比較的に良い人ばかりだった。一人一人の考え方は違えど、皆が妖怪と仲良くする未来にしようと活動していたのは事実だし、俺を心から心配し、信頼し、仲間だと呼んでくれた。確かに俺は無理矢理に百鬼夜行に入ったが、そこから先の楽しい共同生活に何の不満もなかった。
「行弓君、私を信じてくれと言ったはずだ。百鬼夜行は君の敵ではない。君と同じ志をもつ仲間だ」
……俺はどうすればいい? 二人ともの意見を尊重したい。
どうすりゃいいんだよ!! 俺は!!
「ちょっとそこの御三方」
ふと声が掛かった。そこには俺の身長の半分くらいしかない、侍の様な着物を着て、二足歩行をしている顔が蛙の妖怪が俺の腰あたりを掴んでいた。ここの従業員の式神の一体とみて間違いないだろう。
口論に力を入れ過ぎて、全く風景を見ていなかったが、ここは悪霊退散の為の武器やお札。特製の巫女服などを作る作業場。そんな忙しい仕事の真っ最中の式神さん達の目の前で、こんな大声を出したら……。
「よそでやって下さいまし」
そうなるはな、普通に考えて。