軍人
「それじゃあ、頑張って」
その言葉と共に、リーダーは追継と鶴見の乗っていた車に乗り換えて、アジトに行ってしまった。最後の最後まで俺に笑顔を振り撒いて。
俺と五百機さんはそのまま車に乗って、話し合いの会談へと向かう。
「ハードな仕事ばかりで申し訳ない。いざとなったらちゃんと自分が捕虜であることを訴え、私を見捨てて保護して貰うんだぞ」
『いざとなったら』。考えたくない言葉だ。その状況に陥った場合に、俺はともかくとして、五百機さんは恐らく無事じゃ済まないだろう。
「俺は紳士ですから。例えどんな状況になっても女性を見捨てるっていう選択肢はないですよ。もし本気で最悪の事態になったら、最後まで一緒に逃げます。自分だけ助かろうなんて、そんないい根性はしていないですよ」
それに俺がいくら正式な陰陽師に指定されていなく、百鬼夜行のメンバーだと認知されていなかったとしても、確実に安全に助かるなんて保証はない。向こうが非情な人間の場合、俺も確実にひどい目にあうだろう。
「君は本当に軍人には向かない性格だな」
いや、ただの陰陽師の高校生に軍人の思想になれ、って言われても無理があるよ。それに俺はもう闘いから逃げないと決めた、陰陽師の全ての機関を相手取るくらいで逃げ出すほど、俺と飛鳥の交わした約束は希薄は物ではない。
「そうだな、だが私は君と同じ発想にはならないよ。私は……いや何でもない。始めからこんな気持ちでは碌な話し合いが出来ないな。まあピンチなったら一緒に慌てようか。どうせここで何を話しても敵の動きなんか分からないんだ。じゃあ今回話し合うことについてなんだが、基本的に言葉を交わすのは私一人だ、君は黙っていて貰って構わない。全ての受け答えは私がする。君に話掛けられた時だけ、それらしきことを言っておいてくれ」
「了解です」
阿部家の人間に直接会ったことは一度もない。だが、どういう人間か、聞いたことがある。たしか霊界側の京の都に存在する天主閣にその身を置き、全ての悪霊退治の総指揮をとっているとか。
その強さは計り知れず、何の鬼神スキルやお札による作業抜きで、現界と霊界を往復できると聞く。さらには何人もの強力な護衛隊がいて、その城を落とすなら、日本中の妖怪を全て従えても不可能とまでいわれている。
逆を言うと、ここが消えてしまえば陰陽師という概念すら消え失せるということだ。統括する王座が墜落すれば、裏の世界の住人が現世に跋扈する。日本の終わりだ。
あくまで俺の小さい時に教わった知識だ。嘘か誠かは、定かではない。
今回は俺にも目的地がどこか分かる。
裏の京都、霊界の都。天主閣、『御門城』。