楽観
相手が悪かった、百鬼夜行の戦闘を専門分野にする極めて恐ろしい敵。
俺が相手取るにはあまりに厳しい。根性論や気合いでどうにかなる相手ではなかった。鶴見牡丹のように能力で秀でていたなら、俺にまだ勝機はあったかもしれない。時間を稼いで弱点を探し見つけたら、勝てるのだから。だが、奴は純粋に強い。ただただ戦闘力がある。
式神のレベルは同じ、いや火車を扱っていることを考慮すると俺の方が下。鬼神スキルの知識や技の数々も奴には及ばない。陰陽師としての基礎妖力の差なんて尋常じゃないほどある。戦闘経験も雲泥の差だ。
「勝てる訳ねぇだろうが、お前に」
起き上がろうと手を砂浜に押し付けていると、奴が目の前まで来ていた。
「俺はなぁ、何もお前と違ってなんの根拠もなく、ただお前を罵倒していたんじゃないんだよ。確固たる理由があってお前を屑呼ばわりしているんだ。俺はお前からみたら嫌味な奴にみえるかもしれねぇが、俺はこの百鬼夜行の中で一番お前に対して優しいかもな。消えていいって言っているんだ、これから始まる強者が強者を喰らう戦争から逃がしてやるんだ。お前は陰陽師の世界を楽観視している。この腐りきった世界を全く理解していない。お前を騙してこの世界に放り込むのは簡単だ、ただ……、おい」
俺は話の半ばでありながら、匍匐前進で前に出て、うつ伏せの状態から奴の足を必死で掴み、顔を上げて睨み付けた。
「その腐った世界ってのは、お前が作ろうとしている世界だろうが。俺の思い描く世界と一緒にするな!!」
「だからそのお前の世界とやらが、現実から逸脱したなんの信憑性のない、淡い幻想だって言ってやっているんだよ!!」
掴んでいた右手を思いっきり踏みつけられる、軽く血が出た。
「お前の下らない茶番に共感するほど、俺は平和な世界の住人じゃねぇんだ。お前は俺達が今から喧嘩を売る相手すら分かってないだろ。この腐りきった世界を作り上げた王だ。そいつを倒すには細かい犠牲に構う時間なんかねぇんだよ」
「ストップ!!」
観客席から大声が聞こえた。リーダーがその声の主である。
「そこまでだ、ここでタイムアップとさせて貰う。松林、今すぐにその足をどけろ。試合は終わった」
まるで勝ち誇った目で俺を見下ろすと、ゆっくりとワザとらしく俺の手を押させていた足を放した。
「おい、まだ俺は戦える!! まだ終わっちゃいない!!」
リーダーが俺に駆け寄るとにっこりと笑って言った。
「だから言っているだろう、これは決闘ではなくて模擬戦だ。君は十分戦ってくれた。負けたとか思う必要はないよ。実際、いい勝負だった。元から僕の頭の中には、君に戦闘に参加して貰う予定はないしね。これでいいのさ」
いい訳が無い、こんな終わり方じゃ俺が敗北者みたいじゃないか。
「そんなことはないです、続行させて下さい」
「駄目だ、許可しない。本来戦うこと自体が僕はよしと思っていなかった、それを無理して戦わせてあげたんだ。これ以上の我が儘は聞かないよ。あの馬鹿が行弓君には知らないでおいて貰おうと思っていたことまで、口を滑らせようとしていたしね」
六話終了