移動
その言葉と共に、がしゃどくろの容赦のない拳が、俺に向かって飛んできた。しかも両手使っての連射。その破壊力により、砂浜に大きな穴が開いて砂埃が舞う。
俺はというと、防御なんて発想に至る訳もなく、鬼神スキル『鋸貝』で一目散に逃げ出した。しかし厄介なことに、鋸貝はランダムな瞬間移動のスキル。反応速度の速さが自慢の能力だが、弱点として自分でもどこにワープするのか、分かったもんじゃない。そもそも本来は『移動』を目的とした能力であり、『回避』を目的とした能力ではない。俺が応用しているだけだ。このアイディアを与えてくれたのは村正先生なのだが。
「鋸貝か、なるほど。反応速度だけでも補おうって訳か。だが、お前はその能力の神髄を誤解していねぇか? そいつは、戦闘中にいざ死にそうになった時に、命からがら逃げ出す為に考案された鬼神スキルだ。一発一発の攻撃を躱す為にある訳じゃねえ。お前のステータスが低すぎて、逃げ出す為の距離を出せないみたいだな。だが、今度は回避に使えるって訳か、速度はかなりあるスキルだ、習得自体も比較的簡単だしな。いかにも雑魚らしい小細工だぜ」
そんなことは村正先生から、嫌ってほど言われたよ。そしてこの能力の弱点も知っているよ。ランダムってのは、本当に困ったものなのだ。もし、単純に後方にだけ移動出来ていたとしたら、俺はあのラッシュを少しの妖力で回避できていた、しかし俺は全てのパンチを一回ずつスキルで避けたことになる。ただでさえ少ない俺の妖力がすぐ空になってしまう。コストパフォーマンスが最悪だ。
ただ、勝利の女神は俺に微笑んでいるらしい。
だって運良くも、最後の拳を避けきった後、俺が辿り着いた先は、松林の真後ろだったのだから。
「何ぃっ!!」
「くらいやがれ!!」
俺は反撃に必要な準備までは完了していなかった。烏天狗が火車を風で飛ばしつつ、上空に逃げていたから。俺を連れていかなかったのは、少ない可能性を掛けてこの接近した状況を作る為である。
俺はさっきのがしゃどくろと同様に、拳を固めて松林の背中に思いっきり叩き込んだ。ただのパンチである。だが、高校生の拳を妖力や鬼神スキルで一切、ガードせずに、ろくな受け身もなくダイレクトに受けたのだ。
奴は無様に地面に両膝をついて、倒れこんだ。因みに言っておく、俺の手だって痛い。だが、俺達の目的は相手を怯ませて、隙を作って貰うことだ。
俺は即座に奴の上に圧し掛かると、胸ぐらを掴んだ。さすがに奴も全力で、俺を掴みにくる。しかし、俺の作戦はお前に接着した時点で、完了している。
お前の妖力を頂くぞ。