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KURO~気まぐれネコは事件と遊ぶ~  作者: 天笠恭介
第二章 ネコ《少女》はネズミの巣を捜す
9/18

その4



 図書室そのものではなく、実は隣接する図書準備室に用があるという静先輩と一つ約束をして別れ、僕とクロは二人で図書室に足を踏み入れた。


 試験に向けての準備だろうか。図書室内のテーブル席では教科書やら参考書を広げている生徒がちらほらと見受けられる。

 試験勉強とくれば図書室篭りというのも定番過ぎて面白味が無いが、かといって別に面白みがあったらどうという事もないので、僕は早速目的の人物を探す。


 ところで、明らかに勉強に来てもいないし本を読みに来ているわけでも無さそうな男子生徒のグループが複数存在するのが気になる。その見た目からしてこういった場所に縁が無さそうな連中に見えるのだけど、はてさて。


 そんな違和感を覚えながらも、とりあえず僕は図書室内に首をめぐらせた。予定通りなら貸し出しカウンターにいそうなものだったのだが、出入り口からすぐのそこには別の女子生徒がいるだけで、金井昌子の姿がない。


 何度か図書室の中を見渡して、僕はさらなる違和感に気が付いた。先の縁遠い男子グループが、それぞれヒソヒソと会話しつつもそろって同じ方向へ視線を向けていたからだ。

 ちょうど僕のいる位置からは死角になる方向なので、そこが見える位置まで移動してみると、はたしてそこには本棚の前で背伸びをしている金井昌子がいた。眼鏡におさげ髪という写真そのままの出で立ちだ。

 どうも返却された本を棚に戻している最中らしい。小柄な彼女にとっては棚の最上段はギリギリ届くか届かないかという微妙な高さになっていた。

 台を使えばいいと思うのだが、一生懸命になりすぎて回りが見えていないのだろう。たまにぴょんぴょん跳ねているのがちょっと可愛い。


 そして、彼女が跳ねるたびに写真では分らなかったその豊満な胸が激しく揺れるのが刺激的に過ぎた。

 なるほど。先の男子連中はこれが目当てという事なのだろう。今日会った女性の中でダントツに大きい。そちらの好事家にとっては垂涎の代物だ。静先輩をグレープフルーツとするならこちらはメロンだろうか。

 ちらりと隣のクロを盗み見ると、何か珍しい物を見るように小さく視線が上下していた。彼女自身は持っていないそれに興味津々といったところか。

 宗也あたりならこのまま観察し続けるのも悪くないと言い出しそうだが、そういうわけにも行かない。僕は堂々と金井昌子に近づき、


「あの、すみません」


 ようやく本を棚に押し込んだ彼女に声をかけた。


「え? あ、はい。何でしょうか?」


 金井は物怖じせずにはきはきととした口調で答えてくる。どこか引っ込み思案な性格を想像していたが、ただの偏見だったようだ。

 しかし、そうなると奥山宏美に怒鳴られて泣かされたという話はどういう事になるのだろうか。


「えっと、ちょっと聞きたい事があるんだけど。少し、時間とれないかな?」

「聞きたい事、ですか? えっと――」


 不思議そうに首を傾げた彼女の視線が横にずれ、僕の隣にいるクロへ向く。


「ああ、その子と一緒っていう事は、貴方がA組のシロさん……でよかったですか?」

「え? ああ、うん。へえ、そう伝わってるんだ」

「ええ。A組に猫のコスプレをさせた女の子を飼っている男子生徒がいるって、結構噂なんですよ?」

「何かそこだけ聞くと、僕がそっち系の変態か何かに聞こえるんだけど……」


 なぜ誰も彼もクロの格好が僕の趣味という認識をしているのだろうか。断じて違う。良く似合ってるし可愛いと思うけど、別に強制はしていない。


「違うんですか?」

「違う。ってか、仮に僕がそういう変態だったとして、何で普通に対応してるの?」

「私、趣味は人それぞれだと思ってますから。自分自身にそういう事を押し付けられでもしない限り、嫌悪する意味が無いと思いません?」


 さも当然の事のように、金井昌子が持論を述べる。珍しいものの考え方をする相手だった。


「とまあそんな話はさて置き、何か聞きたい事があるんでしたっけ?」

「ああ、そうそう。えっと、昨日亡くなった二年の奥山宏美……さんって覚えてる?」


 奥山宏美の名前を出した途端、どちらかといえばにこやかだったはずの金井昌子の顔に嫌悪の色が混ざった。しかしそれは一瞬の事で、次の瞬間には元に戻ってしまう。


「ええ。今日のニュースで自殺って見て驚きました」

「自分に食って掛かってきた相手だから?」

「…………その事って、もしかして噂か何かになってます?」


 底冷えするような声だった。先ほどまでの当たり障りのない雰囲気はどこかに消し飛び、周囲の気温が低下したような錯覚を覚える。

 表情に変化はない。けれど、確実な変化が起きていた。


「いや、まだ噂にはなってないと思うよ。言い忘れてたけど、僕は新聞部でね。亡くなった奥山先輩の関係者にいろいろ話を聞いてるんだ。奥山先輩、亡くなるちょっと前から色んな人と会ってたみたいで、これが結構大変なんだ」


 僕はその変化に気が付いている事を悟らせないよう、あえてそのままの状態で話を進めた。変化に気がつかない鈍い相手だと思ってくれれば最良だ。


「ふーん。そうなんだ。うん、確かに奥山先輩は私の所に来たよ。それで変な言いがかり付けられちゃって、普通に相手をしても面倒な事になりそうだったから、ちょっと気弱で泣き虫な演技をして帰ってもらったの。それ以降は全然会ってないかな」

「何て言われたの?」

「えっと、何だったかな。確か『あの人と付き合ってるのか?』だったかな。いきなりで何の事かさっぱりだったけど」


 雰囲気をそのままに、金井昌子がよどみなく答える。この受け答えの中に嘘が混じっているような気配はない。ただ、嘘が混じってないだけでおそらく隠している事、こちらに言っていない事はありそうだ。


「やっぱり、みんな同じ質問をされてるんだな。でも、あの人って言うのが誰か分からないんだよね。金井さん、心当たりない?」


 さらりと嘘を混ぜつつも、ひとまず僕の口から天夜先生の名前を出すのは避けておく。常識的に考えて、今この状態でその関係性を僕が知っているのは恐ろしく奇妙に映るだろう。下手に警戒を強められるのは面倒だ。


「ううん。全然ない」


 金井昌子がぶんぶんと首を横に振った。


「だって私、付き合っている男の人はいないもの」

「なるほど。それは確かに分からないね」


 僕は頷いて相手に同意する。

 その後二、三のあたり障りのない質問をして、


「あ、そういえば――」


 僕はちょっと思い出したというように、


「金井さん、朝は五時くらいに家出るの?」


 さりげなく、流すように質問する。


「……えっと、どういう事?」


 金井昌子は受け流そうとして、若干失敗している。わずかに、口元が引きつっていた。


「昨日の朝五時に金井さんが家を出るのを見たって人がいてさ。ずいぶんと朝早くに家を出るんだなと思って。家は学校から二十分くらいなんでしょ? いくらなんでも早過ぎないかなって思ったわけ」


 事件当日の足取り。あまりにも早くに家を出たのにはそれなりの理由が伴うはずだ。例えば、誰かを殺したりとか。

 ここで金井昌子がどういうごまかしをするのか。そこが重要なポイントだ。


「……あ、えっと、私ね、朝は散歩してから学校に行くの」


 わずかな逡巡のあと、彼女の口から出たのはそんな言葉だった。


「散歩?」

「うん。私の家犬を飼っていたんだけど、つい最近死んじゃってさ。まだ習慣で散歩の時間に目が覚めちゃうから、運動がてらにちょっと、ね」


 ふと、寂しそうに目を伏せる。まるで本当に愛犬の事を思い出して感傷に浸っているようだが、静先輩のリサーチではそんな話は一言も出ていない。

 もし金井昌子の言っている事が本当であれば、静先輩の調査で引っかかっているはずだ。

 つまり、今の話は何かを隠すための嘘である可能性が非常に高いと見るべきだろう。はたして彼女は何を隠しているのか。


 相手の反応を観察しつつそんな事を考えていると、後ろのほうからひそひそ声が聞こえ始めた。


「おいおい。俺らの乳神様泣かせてるぞあいつ」

「うわまじかよなんだよあいつ」

「俺知ってるぞ。あいつ一‐Aのシロとかいうやつだ。隣にいるコスプレ妹系猫少女を自宅に囲ってる変態だって噂だぜ」

「ああ、いたな。ってか、確かあいつ三年の朝霧先輩にも可愛がられてたよな?」

「え? マジ? あの綺麗なお姉さん系グラマラス美女とお近付きなのか?」

「かたや豊満ボディのお姉さん。こなた獣っ娘属性付つるぺた妹ちゃん。ってか何その擬似姉妹丼展開。死ね」

「この上我らの乳神様にまで手を出そうってのか? お?」

「天誅だな。やつの帰宅ルートはすぐに調べがつく。決行は明日の下校時刻でいいか?」


 何かとんでもない誤解をされているような気がする。が、確かに今の状況は僕のせいで金井昌子の表情が曇ったと取られても仕方がないだろう。そういえば周囲から僕に集まっている視線がかなり鋭い気がする。

 周囲を騙すこれがおそらくは演技である以上、金井昌子は強かに役者だと言わざるを得ない。


「どうしたの?」

「え? ああいや、その……ごめん。なんか嫌な事を思いださせちゃったね」

「あ、ううん。いいの。嫌って言うより、ちょっと悲しいだけだから」


 目じりに溜まっていた涙を手で拭い、金井昌子はまたにこやかな笑みを作った。事情を知っていなければその健気な態度に好感以外は持たないだろう。


「えっと、話はそれで終わり?」

「ああ、うん。ありがと。助かった」

「どういたしまして。それじゃ、私まだ仕事があるから」


 そう言って仕事に戻ろうとした金井昌子を、


「に」

「え?」


 クロが彼女の制服の裾をつまんで引き止めた。


「えっと、何かしら?」


 少し戸惑った表情で、金井昌子がクロに尋ねる。しかしクロはそれには答えず、


「わ……」


 突然金井昌子にずいっと近づき、スンスンと匂いを嗅いだかと思うと、ぺたりと自分の頬を相手の頬に密着させてすりすりと頬ずりを始めた。


「え? え?」


 わけもわからず疑問符を点灯させる金井昌子には構わず、クロはしばらく頬ずりをし続ける。

 その仕草は、クロが公園で遊ぶ時に動物や幼稚園児くらいの小さな子供によくやる行為だ。ませた男の子の中にはそれ目当てで足繁く公園に通ってる輩もいる。


「それって、私が小さい子供だと思われてるって事ですか?」

「いや、それはないと思うんだけど」


 いくら小柄とはいえ、金井昌子はクロよりもやや背が高いしそこまで童顔ではない。となれば、いったいクロは何をしているのだろうか。

 僕自身もその行動を図りかねているうちに、クロは唐突に頬ずりを止め、最後にペロリと金井昌子の頬を舐めてその傍を離れた。


「えっと……」


 相変わらず疑問符を点灯させ続ける金井昌子に対し、クロはにっこりと笑みを作って、


()()()()()()()()()()()()()


 そう言った。全くもって意味が分からない。


「ああ、ごめん金井さん。こいつ時々こうや――金井さん?」


 意味不明な行動について謝ろうとして、僕は金井昌子の表情が驚きに染まり、化け物でも見るような目でクロを見ている事に気が付いた。


 え?


 その様子に驚き、僕が何事かと尋ねようとしたところで、


「金井さーん。ちょっと貸し出し多くなってきたからカウンター手伝ってー」


 いつの間にか男子生徒の長蛇の列が出来ていた貸し出しカウンターの女子生徒から、ヘルプの要請が飛んで来た。


「わ、分かりました。すぐ行きます。えっとごめん。ちょっと忙しくなっちゃったからこれで」


 これ幸いとばかりに、金井昌子は逃げるようにして貸し出しカウンターへ向かっていった。その姿を視線で追うと、カウンターに並ぶ男子生徒が僕の方へ嘲りの視線を向けている事に気が付く。


 なるほど。連中の目的である金井昌子観察を長時間僕が邪魔した腹いせというわけだ。余計な事をしてくれる。


 けれどおおよそ話は聞いたし、前情報に誤りがある事も分かった。どこかでもう一度情報を整理した方がいいだろう。

 僕は隣でニコニコしているクロを見る。僕にはまだ分からないが、クロは金井昌子に関して何かを掴んだ。そしてそれは彼女にとって知られたいものでは無かったのだろう。

 この場で何を掴んだのか聞いてもいいが、今は注目を集めすぎている。あとで静先輩に報告する時にでも確認すればいいだろう。

 そう結論付け、僕はクロを連れて図書室を出る。


 その過程で貸し出しカウンターの前を通る際、背中に痛いほど視線を感じ、その内の一つが氷のように冷たかったのが分かったが振り返りはしなかった。

 何かいろいろと、さらに面倒な事になりそうな気がした。



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