プロローグ
基本的にフェアな推理が出来るような形で進めて行きたいと思います。
途中で犯人の目星がついたとしても、推理小説の性質上、ネタバレになるような発言等はお控え頂けると幸いです。
それでは、一人の少年と黒猫の推理劇。お楽しみいただければと思います。
学校指定の制服に身を包んだ少女の姿は、まだ人気のない校舎の中にあった。
グランドでは先ほどまで朝練の運動部がわいわいと部活にいそしんでいたが、ちょうどこの時間はランニングで校外に出てしまうため、一切の雑音は聞こえない。
この一時は、まるで世界が動きを止めてしまったかのような静寂が支配する。
少女が歩を進めるたび、タンタンと足音がリズムを刻む。彼女は迷いなく校舎の中を進み、とある階段の前で歩みを止めた。
体の向きを変え、少女はゆっくりと階段を登る。踊り場で反転し、すっと視線を送る先には、屋上への出入り口がある。
それを確認して、少女は制服のポケットに手を入れる。中を探り引き抜かれた手には、一本の鍵。可愛らしくデフォルメされた猫のキーホルダーがついていた。
鍵をぎゅっと握り締め、少女はおまじないをかけるようにその手を胸に当て、わずかにうつむく。
数秒ほどそうしてから、彼女は意を決したように顔を上げ、残りの階段を登りきった。
扉に鍵を差込み、ガチャリとロックを解除する。少女の手は、わずかに震えていた。
やや錆ついた音を立たせて扉を押し開き、少女は早朝のややひんやりした空気にその身を晒す。
屋上には何もない。外周を全て二メートルほどの高さを持つ金網に囲まれている他には、ただコンクリートの床がひろがるのみだ。
いや、出入り口の搭屋から出てすぐ右手。金網の一部が破損しており、フェンスの体をなしていない場所がある。白のビニールテープが貼られ、『危険近づくな』というお手製の看板がゆらゆらと風に弄ばれていた。
少女の視線は、そんな看板の下に向けて固定される。
ビニールテープの向こう側。屋上の縁に、重石を乗せられた白い便箋のようなものが置いてあった。
それを確認すると、少女はどこか焦ったように小走りで壊れたフェンスへ近づき、躊躇なくビニールテープを潜る。
そっと重石をどかし、綺麗に折りたたまれている便箋を手に取った。
大切なものを手放すまいとするかのように便箋を胸に抱き、その後で少女は慎重に便箋を開いた。
「……え?」
便箋を開いた少女が驚きの言葉を吐き出した直後、彼女は背後から衝撃を受けて縁に足を引っ掛けるようにして前方に、支えのない向こう側へと体を投げ出した。
宙に舞う少女の体。風を受けてぱっと広がる髪。その一瞬だけ切り取れば、まるで天使が天空より舞い降りたかのような芸術的な一枚になっただろう。
天使の顔は、これから襲い来る恐怖に酷く歪んでしまっているだろうが。
甲高い悲鳴が空しく響き渡り、数秒と立たぬ内に聞こえたぐちゃりという不快な異音と共に、ふっつりと途絶えた。