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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
開戦編
84/184

霧中の隘路 後編

 霧中の隘路 後編







 2



 冷気と暖気の境界に歪みが生じる。


 淀んでいた空気を乱したジェダは、格子の隙間からシュオウの背中に体重をのせた。


 「派手に暴れたね」

 その声は、現状をまるで反映していないかのように軽かった。


 「…………」

 シュオウは床を見つめる視線を固定したまま、返事をしなかった。


 「驚いたよ……君の行動にじゃない、君が仕損じた、という結果にだ。君を手こずらせるくらいだから、存外、相手は手強かったらしい」


 シュオウは怒りを露わにして、

 「あれはッ――」


 振り返って見たジェダのしたり顔を見て、自身が挑発に乗せられたのだと気づき、声を殺した。


 「寸前で手を止めたそうじゃないか。どうあれ、その決断は正しい。どんな理由があろうと、突然輝士を斬り殺す、なんてことをすれば、ただ事ではすまされないからね」


 抑えようのない殺意に駆り立てられた。気づいた時には、仲間を無下に死に追いやった相手の前で剣を振り上げ、その顔を凝視していた。


 ――あの顔、だ。


 怯えた顔。ただ恐怖するだけ、死へ至る傷を負い、自身の結末を悟った小動物のようだった。あの一瞬、完全に無抵抗だった相手を殺すのは簡単な事だった。それを望んでいたはず。だが、振り上げた剣を下ろす事は、出来なかった。


 どうしたかったのか、どうしたいのか。頭の中は茫漠ぼうばくとしてしるべもなく、迷い彷徨う思考には、ただ戸惑いの感情だけが付きまとう。


 「未遂だが、君の立場は非常に危うい状況にある。上の者達には即時、君を断罪するだけの正統な理由がいくつもあるからね」


 「……これから、俺はどうなる」


 「穏便に事が運べば、王都に身柄が運ばれ、そこで裁きを受けることになるだろう。解っていると思うが、罰が重いものになることは間違いない。どう甘く見ても、結果は命に関わるだろう」


 「そうか……」


 行動を起こした、最後まで手を下さなかったとしても、それをなかったことにはできない。


 「だけど――」


 含みを持たせ、ジェダが言葉を紡ぐ。


 「――絶望するにはまだ早い。君にはまだ、希望を含む行動の選択肢が二つ残されている。一つは裁きを受けるより前に、君に目をかけているアデュレリア重将に助力を願うこと、もう一つは……」


 シュオウはジェダの言を遮り、

 「サーサリア、か」


 背中ごしに、ジェダが頷く所作が伝わる。

 「なにより強力な助けになる。君とサーサリア王女の関係性を考えれば、問答無用でこれに縋るべきだ……どうするか、考えを聞いておきたい」


 ジェダの助言は正しいのだろう、そう思ってはいても、今回の悲劇を防ぐ事ができなかったのはなぜか、その原因への思いが、あの、いつも悲しそうに、縋るように見つめてくる、サーサリアの顔を思い出させる。


 即答できるような答えを、自身の中に見出すことはできなかった。


 「……今は、わからない」


 シュオウは率直な思いを告げた。


 「時間はある、とは言えないな。成り行きに身を任せるというのであればそれを止める事はできないが、君は僕にそれを許さなかっただろ――自分だけはそうしたい、なんて酷く横暴だと思うけどね」


 ジェダは言って立ち上がり、


 「ここの世話役としては上が指定した従士達が担当をまかされたようだ、気を遣うよう、金目の物を握らせておくつもりだが、全面的に信頼を置ける連中じゃない。現状、出入り口はシガとレオン・アガサスが見張りについている。アガサス重輝士には身を挺して君を守ってくれた恩もあるし、この事も含めてあの家の人間達は本当に義理堅いな」


 「全員戻るように伝えてくれ。俺に、警護はいらない」


 「だが――」


 「自分の身は守れる。シガは皆の側につけておきたい。世話と…………それに、死んだ奴らの葬儀を手伝うように伝えてくれ、これは命令だ」


 「……承知した。急ぎで情報を集めたかぎり、たしかにアスオン・リーゴールが、今回の無理矢理な命令を下した事に間違いはないようだ。が、本人がこれほどの不合理を望んでしたとも考えにくい。誰かが彼に、余計な入れ知恵をしたのかもしれない。証拠はなにもないが、誰が容疑者かは、言うまでもないだろう…………すまない、今回の凶行は、僕への当てつけの意味が含まれていた可能性もある」


 だが、アスオンが決定を下し、それを行った事に変わりはない。その思いが、強く噛みしめた奥歯から全身へと伝わった。


 ジェダは鉄格子を握り、

 「僕は命令を実行に移すよ。諸々の作業に従事するために、一旦ここを離れることになる。君の考えがまとまるのを待って、また話をしにくるさ」


 ジェダの去り際、視線を向けてその背を見たシュオウは、彼が肩を不自然にかばうように歩いている事に気づいた。


 「痛むか」


 振り返ったジェダは笑みを浮かべ、

 「あたりまえだろう? 骨を戻される時に叫び声をあげるのを必死に堪えたんだ。まったく、あの一瞬でよくやるよ、君は本当に器用な奴だ」


 ジェダの微笑みと軽口につられ、シュオウは微かに顔の緊張を解いていた。


 不思議なことに、行き場を求めて不安定に揺らいでいた感情が、僅かに落ち着きを取り戻していた。僅かにでも平静さを取り戻したその時になって、シュオウは忘れていた重要事を思い出す。


 「彼女は――」

 とシュオウは問うた。


 その言葉だけで察したジェダは、微笑して頷いた。


 「大丈夫だ、無事でいてくれたよ」


 シュオウは伏し目がちに、ほっと息を吐き、

 「……よかった」


 「君は自分のことだけに集中していればいい――」

 ジェダは柔くそう言い、牢部屋の奥へ視線をやる。

 「――しかし、ここは外より騒がしいな」


 苦笑するジェダの視線を追って牢の中から奥を見やる。その瞬間、洪水のように騒がしく言葉をまくし立てる者達の声が、耳の中へと押し寄せた。




     *




 戦場から戻り、負傷した輝士達のため、上階の広間は臨時の救護室として利用されていた。


 そんな状況下、バレン・アガサスは傷を負った輝士達が漏らす声を、壁際に立って遠目に耳を傾けていた。


 「リーゴール司令官代理が、例の従士長に襲いかかられたという話、本当なのか」


 「事実だよ、どこもその話で持ちきりさ。私兵と使用人を無許可で戦場へ連れ出された報復という話だが、リーゴール重輝士は健在らしい」


 「いっそ、斬り殺されてしまえばよかったんだ、前代未聞の大敗だぞッ――」


 足に大仰な包帯を巻き付けた輝士が、怒鳴りながら厚手の上着を床に叩きつける。


 「――ここへ配属されたときは皆喜んでいたんだ。ターフェスタは勝てる相手だった。土産話を王都に持ち帰り、結婚に向けて箔をつけるのに丁度いい催しだったんだ。それがなんなんだ……ただ無様に背を向けて逃げただけ、追撃されていれば全滅もありえたんだぞ。生きて戻れたのはほとんど奇跡だッ」


 激しい音と怒声に、周囲が静まりかえる。若干の間を置いて、寝台に横たわる別の輝士が、


 「しかたがない、燦光石が相手だったんだから」


 また別の者が、

 「それをわかっていて、こちらから挑んだんだ。策があると、それが当たり前だと思っていたのに」


 「アスオン・リーゴール、あの男はまた自分だけさっさと逃げ出した。初戦のときもそうだっただろう、取り残された者達に救援の手すら差し伸べず、皆を見捨てた。リーゴール家の無能な跡取りを引き立てるための戦場で、どうして我々が使い捨てにされなければならないッ。多くが死んだ、初戦で家族や恋人を失った者達も……」


 皆、言葉は少なくとも、語られる内容に同調するように、首を揺らしている。


 「初戦の被害は狂鬼による不運として片がついた。だがこの戦いは完全に失策だ、王都に持ち帰り、リーゴール家は評価を受けることになる。グエン公は公平なお方だ、きっとただではすまされないさ」


 「忘れたのか? リーゴールの後ろ盾はサーペンティア、グエン様であろうと、指先一つで片をつけられる相手じゃない」


 その家の名が出た途端、皆が現実に引き戻されたかのように、怯んだ様子で顔を沈めた。


 ムラクモの貴族社会で生きていれば必ず大家の名に萎縮する瞬間がある。見慣れた光景だ、とバレンは俯瞰し、思う。


 まるで直前の会話をなかったことにするかのように、皆が再び戦場での評価を口々に語り出す。しかしそのほとんどは指揮官への愚痴と罵詈雑言の類が含まれていた。


 「諫めずともよろしいのですか、この状況を見過ごしているなんて、父上らしくありませんね」


 背後からレオンが語りかける。


 バレンは下顎に皺を寄せ、語らう輝士達へ視線を向け、

 「なにも、言葉が浮かばんのだ」


 常であれば、上官へのささいな愚痴などは問題になどなりはしない。が、集団で寄り集まり、口汚く罵りの言葉を交わし合うことは軍全体の士気に悪影響を及ぼす。経験豊富な上級輝士として、バレンは本来こうした場面では上官をかばい、下の者達を叱りつける立場にあるが、まるで自らの立ち位置を見失ってしまったかのように、この場ではただの傍観者として淡々とこれを見過ごしていた。


 レオンは輝士達を見て視線を細め、

 「正直、彼らの語らいに参加したい気分です。あの戦いは完全に上の失策だ、元帥のお決めになった配置の通り、父上が適切に補佐としての任についてさえいればここまでの事には――」


 「他人事ではすまされない。言うとおり、私は元帥直々に当地の司令官補佐を仰せつかった。結果に対し、その責を追求されることになる。降格ですめば御の字だが…………軍でのお前達の行く道も険しくなるだろう、苦労をかけることになる……」


 「ご心配には及びません、父上と同じように、地道に積み上げていくだけですから」


 偽りなく、不安を抱いていない様子の息子を誇らしく思いつつ、バレンは問う。


 「従士長の様子はどうだった」


 「直接は会えていませんが、ジェダ様によれば問題はないと。シュオウ殿は警護を望んではいないということで、追い払われてしまいました」


 「そうか……たしかに、露骨に見張りに立っていては、リーゴール将軍に対し角ばかりが立つが」


 実際、バレンは刑の強行をあまり心配してはいなかった。いかに罪状があろうとも、シュオウはあのサーサリア王女が気にかける相手という噂が未だに燻っている。道理の通らないことをすれば、逆に咎人に堕とされるのは将軍の側にもなりえる。保身と計算によって現在の地位に就いた身であるからこそ、息子を襲った相手であろうとも不利を招く行動をとってまで排除しようとすることはないだろう。


 「どうなるのでしょうね、これから」


 しみじみと呟くレオンを見やり、バレンは視線を沈めて深く頷いた。


 先の戦闘で大敗を喫し、大勢の兵を失った。戦力の損耗は激しく、銀星石率いるターフェスタ軍に攻め込まれれば、拠点の防衛も危うい状況だろう。


 ――だというのに。


 バレンは深く、そして音を殺して息を吐く。レオンの言葉を聞いたとき、それが現状のムツキを指して言ったのか、捕らわれの身となったシュオウの事を指して言ったのか、迷いが生じていた。


 古参の重輝士としてなにより軍全体の在りように心を配るべき状況にあって、バレンの心はしかし、一人の青年の身の安全を一番に気にしているのだという事を、深々と自覚する。


 レオンは真剣な顔でバレンを見つめ、

 「やはり、事態が不穏な方向へ流れてしまわないように、この件を速やかに後方へ届けるべきだと思います。ユウギリにまだ王女殿下がご滞在されていれば、親衛隊の助力を期待できるでしょう」


 バレンは強面に、密かに笑みを浮かべていた。息子のレオンもまた、恩人である従士長の身をなにより気にかけているのだと知れたからだ。


 「もっともだが、我らはサーペンティアの監視下に置かれている。どさくさ紛れであろうと下手な行動を取れば、リーゴール将軍に不要な刺激も与えかねん、慎重になるべきだ。お前はテッサと共に引き続き下の者達の世話に戻れ、現状では手がいくらあっても足りないはず」


 レオンはたしかに頷き、

 「わかりました、父上は――」


 「従士長の罪状について、家を上げて処罰の軽減を働きかけたいと申し出てきた者達がいる。彼らと話をつけ、署名をまとめる手はずを整えるつもりだ」


 サーペンティアの名を盾にするリーゴール将軍を相手に、シュオウの助命を願い出た者達は、あの奇跡の救出劇の現場に居合わせた者達だった。そのことを素早く察したレオンは、顔に僅かな明るさを取り戻し、承知を告げて去っていった。


 息子が去って行くのを見つめながら、バレンは一つ、不透明な不安要素を頭に思い浮かべていた。


 越権行為を隠すため、情報の流出に気を配っていたゼラン・サーペンティアのムツキに戻ってから一切の動向が、まるで窺い知ることができていなかったのだ。




     *




 シガは一人、黙々と死を迎えた者達の身体を、中庭の外へと移動させていた。


 まるで古くなった道具をまとめて捨てるかのように、壁際の日陰の中に、雑に遺体が転がされている。


 目を開けたまま苦悶の表情を浮かべて身体を重ね合わせる者達の顔が並ぶ。血と戦場の残り香も混じり合い、ここはもう、かつてのムツキを思い出せぬほど、陰惨な気配に覆われていた。


 目の前に置かれたソバトの遺体を前に、シガは鋭い犬歯を剥きだして悲痛に声を漏らした。


 「くそ……ッ」


 彼は気さくで仕事もよくこなす男だった。肩を並べて幾度も食事を共にしたし、何度も直接稽古の相手もしてきた。


 ソバトだけではない、ここに並べられた多くの遺体の中には、シュオウの隊にいた者達が混じっている。


 見知った顔がいくつも見える。彼らの声を思い出す、所作の癖や匂い、断片として聞き知った過去や未来への希望も。


 言葉にならぬ怒りを感じ、シガは歯をむき出したまま強く拳を握りしめた。その手に、そっと大きな手が重ね合わさる。


 「お前、か……」


 クモカリだった。沈めた顔に涙を浮かべ、死んだ者達を前に、静かに肩を揺らしている。


 「あたしのせいよ……みんなに頼りにされていたのに、なんにもできなくて……」


 悔恨を口にするクモカリを前に、シガは前歯を隠し、徐々に怒りを静めていった。


 身体が大きくとも、クモカリが戦闘には不向きな人間であると、シガは知っている。置かれた状況を思えば、結果のすべては仕方のないことだったのだとわかっていた。


 シガは重ねられたクモカリの手を振り払わずに、

 「こっちはいい、向こうで寝てろ」


 クモカリは首を振り、

 「もう、散々寝たわ。シュオウがあんなことになっちゃって、じっとなんてしてられない」


 そこへ、突然ジェダが姿を見せた。ジェダは手にした命核を砕くための道具を見せながら、


 「調達してきた。数が多いから一つで足りるか心配だが。石を砕く前に、それぞれの記録を残しておいたほうがいいだろう。顔と名前が一致しない者が多いから、君達に協力をしてもらいたい」


 ジェダの声は軽やかで、整った顔には薄らと優雅な微笑みのような表情が張り付いている。何事もなかったかのような態度と所作に、シガは言いようのない苛立ちを感じ、声を荒げた。


 「なんとも思ってねえって面だな……ッ」


 ジェダは一瞬、言葉の意味を理解できないといった様子で首を傾げ、


 「ああ、なるほど――」

 肩を竦めて、

 「――たしかに、彼らの死に関してはとくに思う所はない」


 シガは瞬時に手を伸ばし、ジェダの襟首を捻り上げる。


 「あれだけ一緒に居て……飯を食って、訓練をして……ッ、それで顔も名前も覚えてねえだとッ」


 強烈に怒りを示すシガに対し、踵が浮き上がるほど襟首を掴まれたジェダは、氷のように冷めた態度を変えることはなかった。


 「真実を言った。僕にとって、そこに転がっている者達は、シュオウが関心を寄せているという事以上の興味はない。死んだのならなおさら、あとは粛々とすべきことをするだけさ」


 「こいつらの前でよくも言ったぜ、前から気にくわねえ野郎だが、今日ほどそう思ったことはねえ。その人形みたいに張り付いた面をぶん殴って、目を潰して耳でも引きちぎれば、少しは悲しそうな態度がとれるんだろうなッ!」


 ジェダは目を細めて睨み返し、

 「やってみればいい。手を出した瞬間に細切れになった自分の腕を見て後悔するのはそっちの勝手だ」


 「二人ともやめてッ――」


 叫び声に釣られ、ジェダとシガは視線をはずしてクモカリを見た。


 「――お願い、今はみんなを安らかに送ってあげたいの」


 ジェダとシガ、両者は視線を合わせることなく顔を背ける。


 ジェダは、ふんと息を一つ吐き、

 「僕はそのためにここにいる、思いは違えど、目的は同じはずだ」


 シガは強く拳を握り、

 「黙ってろ、てめえの声は聞きたくねえ」


 各々が葬送のための作業に従事する。誰も目を合わさず、誰も声を出さなかった。




     *




 ジュナ・サーペンティアは寝台に突っ伏したまま、顔を上げようとはしなかった。


 隅で縛られたまま、とくにすることもないハイズリは、ジュナの様子を観察していた。


 彼女は本来、華々しいサーペンティア一族の者として羨まれ、敬われていたはずだが、持って生まれた石の性質のため、その存在自体がないものとして隠されてきた。


 華麗なる大貴族の家から、間違っても白濁した輝石を持って生まれる者が出てはならない。外に知られれば、家名は傷つき、醜聞で公子公女達の縁談にまで影響は及ぶ。


 毒を内に秘めるのは蛇の流儀である、が毒を包む袋が破けてしまえば、体は中からじわりと蝕まれ、死を迎えることとなる。そんな間抜けな死に方を、サーペンティアが黙って受け入れるはずもなかった。


 ジュナは長らく監視下に置かれ、監禁されていた。風を統べるサーペンティア家に生まれながら、まるでその資質を持たず、平民達と同じ石を持って生まれたために、その存在を知る者達からは劣った出来損ないとして認知されていた。


 そうしたジュナという人物評を耳に入れていたハイズリは、しかし彼女と間近に対峙した時に大きく戸惑いを感じていた。彼女は若く、美しく、しっかりと芯を持って自身の行動を決定している、強い人間に見えるのだ。不自由な足で、囚われの身として過ごしていたという弱々しい印象は、アデュレリアの番犬を従えて脅された瞬間にすっかり上塗りされていた。


 しかし、ジュナの腹が立つほど飄々として見える態度が崩れる瞬間が訪れた。それは、戦場に出た者達が多く死に、生存者も命からがらに戻ってきたという、その報を耳に入れた時である。


 ジュナと対峙した瞬間、まるで怜悧な毒蛇に睨まれたような心地がしたが、他人の死に心を痛めて縮こまる今の姿を見ていると、まるで見当違いの恐怖心に囚われていたのではないかと疑念を抱く。


 ――けど。


 今でもはっきり、目と心の奥に焼き付いている。ひとの命になど、微塵も価値を見出していないという、あの冷淡な所作の一つずつを。


 命の危険など、家業の性質故に覚悟の上である。が、あの一瞬、自らの無事を願わずにはいられなかった、あの一瞬の恐怖が、ただの見せかけだったなどとは、到底思えないのだ。


 影の中を生きる人間を口先だけでやりこめたジュナと、他人の死を悲しむ今の彼女は、まるで矛盾した別の人間のように思えてならなかった。


 「変なやつ……」


 何の気なしに小声で本音を零すと、


 「変な名前」


 音もなくいつのまにか隣に立っていたリリカがそう返してきた。


 ハイズリという名に愛着があるわけではない。若い娘が持つ名としては不自然であることも自覚している。通常ならなにも思うことはないが、しかし相手が敵対する組織の者であれば、話は別だ。


 「うっせえ、殺すぞ」


 整った顔の面影すらなくなるほど、ハイズリは敵意を剥き出して据わった目でリリカを睨み返した。


 リリカは動じた様子もなく、死者のように変化のない顔色で視線を合わせて離さない。


 少ししてリリカは肩の力を抜き、

 「本当の名前なんですか」


 ハイズリは黙して睨みを利かせていたが、まるで手応えを感じないリリカに毒気を抜かれたように顔を戻し、深く息を落とした。


 ――ばかばかし。


 意地を張ったところで、生殺を握られているのは自分の側なのである。この場合、相手が同業の人間である以上、脅しをかけたところでただの虚勢としか見られはしない。


 ぼうっとした目で未だじっと見つめてくるリリカに、ハイズリは呆れた心地でそれを見返していた。なにをしているのかと思えば、彼女はどうやらただじっと、返事を待っている様子なのである。


 ハイズリはたっぷりと間を置いて、

 「…………そうだよ」


 「親がつけた名、ですか」


 「ちげえよ、うちらはずっと昔に死んだ身内の名前を使い回すんだ」


 「それで、ハイズリ……? 他になかったんですか、もっとこう、女性っぽいというか」


 「……あったよ、けどうちにはまわってこなかったんだ」


 リリカは微かに肩を震わせた。見れば、無表情に見える顔に、僅かに笑いを堪えたように頬に力が込められている。


 ハイズリは下唇を突き出して、

 「笑えばいいよ、ガキの頃にさんざからかわれてんだ」


 リリカはまた無表情になってハイズリを見つめ、

 「笑ってはいません。お互いの群れどうしをよく認知しているはずなのに、知らないことが多いのだ、と思ったら、なんだか面白くて」


 侮蔑の意図はない、と態度で表明するリリカ。僅かな沈黙を経て、ハイズリは唇を尖らせる。


 「前に仲間と言ってたんだ、ハイズリなんて、最初にこの名前を持ってた奴は絶対ブサイクな男だろうってね。うちみたいな生まれの人間にはお似合いの酷い名前だよ」


 「気に入らないのであれば使わなければいいのです。あなたが使っていたユギクという名前、あなたの容姿にとても似合っているように思えました。あの隊の人たちにも好かれていたじゃないですか」


 ハイズリは痛みを堪えるように一瞬顔を歪め、


 「皮肉にしか聞こえねえ…………うちのことなんてどうでもいいさ、他人のことより自分達の事を考えてなよ。いつまで余裕でいられるか、一人捕まえたからってなんの意味もないんだからさ」


 敵意を剥きだしてハイズリが言うと、リリカはジュナのほうへ視線を向けながら、


 「でも、向こうは手を止めたじゃないですか」


 「や、それは……」


 「あなたの命に価値を見出した者がいた。その可能性を持ち出したのはお嬢様で、上手くいくとは思っていませんでしたが、結果は違いました。よかったじゃないですか、あなたは自分で思っている以上に誰かに愛されているということです。主の命令よりもあなたの無事を優先したのですから、正直意外でした。愚かで残虐な蛇の手に、身内を守ろうとする温情があったなんて。主の影として生きる者としては、三流の業であると思いますが」


 ハイズリは顔を引きつらせ声を荒げる直前、必死に感情を抑え込む。


 「あっそ、せいぜい勝ち誇ってな」


 しかし、


 ――どうすんだろ。


 一方は仲間達へ、そしてもう一方は眼前に見えるジュナへ向け、先を思う。自然、頭の中ににやついた照れ笑いを浮かべる幼なじみの顔が思い浮かんだ。影蛇と無手を束ねる非情なガザイがなぜ、標的を追い込む絶好の機会を逃したのか。いくつかの想像は思い浮かんでも、どれもまさか、という気持ちに行き着いてしまう。だが、戦場から戻っているであろうゼランが、未だ進展のない現状を許すはずはない。


 「ゼラン様が戦場から戻ったんなら、これからサーペンティアが本気で攻めてくる、あんた怖くないの? あんたらが目の敵にしてるサーペンティアの血統に連なる人間のために命をかけるなんて、理不尽だとか思わないのかよ、今のうちに、うちを解放してさっさと逃げちまえよ」


 「お断りです、この身はただの道具、主の意のままに行動するのみ、ですから――とわッ」


 ――くそ、むかつくけど。


 密かにアデュレリアの暗部に属するこの娘に、抗い難い好感を抱き始めていた。生まれは違えど、同じ景色を見て生きてきた者であると肌で共感を覚えてしまったのだ。だが、それらしく言葉を吐いたリリカは、最後に謎の一声を上げると、手足を上げて妙な格好をきめ、彫像のようにぴたりと動きを止めていた。無表情だった顔には、妙に誇らしいキメ顔が張り付いている。


 ハイズリは呆然とその様子を呆れて見ながら一言、

 「あんたもめちゃくちゃ変なやつだよ」




     *




 「いまなんと言ったッ!」


 ゼラン・サーペンティアの私室に怒号が響く。壁に叩きつけられた杯が割れ、貴族の医師ヨウカが顔を手で覆い飛び散る破片から身を守った。


 「ゼラン様、ご無理をされては……」


 ガザイは冷たい床に膝を突いたまま主をなだめる。しかし、ゼランは醜く顔を歪め、興奮した様子で息を荒げながらヨウカを睨みつけていた。


 ゼランは気を失った状態で戦場から戻った。が、帰還に安堵するよりも先に、負傷した右腕のあまりに惨たらしい有様に、ガザイは言葉を失った。


 ムラクモで三指に入る貴族家の公子のため、ヨウカは他の者達を差し置いて治療に当たった。結果、命に不安を抱くほどの状態にはないとわかり、ほどなくしてゼランも目を覚ました。だが、


 「なにも感じない……指一本とて動かせない……」


 さきほどから、ゼランは呆けた顔で同じ言葉を口ずさむ。負傷した右腕の骨は、上から下まで粉砕されていた。現場を見てきた者達の報告によれば、銀星石の主プラチナ・ワーベリアムによって負わされた傷であるという。


 無謀にも、燦光石を相手に無防備な突撃をかけたという話を聞けば、むしろ腕一本の負傷で帰還できたことを幸運と喜ぶべきなのであろう。が、これまで権力ある家と伯母に守られ、安全な場所でぬくぬくと生活を送ってきた箱入りのゼランにとっては、生還を喜べるほどの余裕は微塵も残されてはいないのだ。


 現在、ゼランは激高しているが、それは板木に固定されていることとは別に、まるで感触を感じない右腕についての容態をヨウカに問いただした結果に起こったことだった。


 ゼランの気を荒立たせないため、ヨウカは真実を隠して治療に当たっていた。が、しつこく状態を聞き続け、家の存続までも脅しにかけたゼランに屈し、ヨウカはついに真実を告げた、右腕は、二度と使い物にならないかもしれない、と。


 ゼランは水を貯めた杯を持ち、縮こまる老医師に中身をすべて浴びせかけた。


 「二度と動かせないなどと、そんなことがあってたまるかッ。こんな体でどうして蛇紋石の後継筆頭が名乗れるものか! 跡目を狙う弟妹達をどうして押さえ込めると…………」


 先を思い、ゼランの言葉は徐々に力を失っていく。


 ヨウカは濡れた体をそのままに、

 「その右腕、あまりに酷い傷を負ったせいで気の巡りが断たれているのだと思われます。根気強く治療に専念し、良薬を取り寄せ、各地の名湯を巡りますれば、いずれは……」


 ゼランは歯を剥き出し、晶気の風を巻き起こした。圧のある風はヨウカの痩せた体を壁際へ吹き飛ばす。


 「だらだらと治療のためだけに生きてなどいられるか。この身は蛇紋石を継ぐ選ばれし人間だ。もういい、ヤブ医者め、貴様になど用はない、目障りだ、今すぐ消え失せろ!」


 晶気を用いて害を加えたゼランに、ヨウカは怯えきった様子で悲鳴を漏らし、這いずるようにして部屋を出て行った。


 部屋に二人きりとなり、自然ゼランの鋭い視線はガザイを捉える。ガザイは体の芯から凍えるような感覚に身震いをした。


 「無様な大敗だった……指揮官はリーゴールの屑どもだったとはいえ、この身に火の粉が降りかかる可能性もでてきた。父上に盾となっていただくためにも、今すぐアレが必要だ。首尾を聞かせろ、失せ物の身柄、確実に押さえているのだろうな」


 静寂の中、ガザイは伏礼をして顎を引き、唾を飲み込む音を必死に隠した。


 「……我ら一同、果敢に事に当たりましたが、対象の発見には及ばず。アデュレリアの飼い犬の激しい抵抗にもあい、未だ事を成してはおりません。ですが、確実に追い込んでおります、逃げ場のない深界の拠点の中であれば、もう間もなく――――」


 ザン、と耳元で重たい風の音が聞こえた。直後、こめかみの上が焼けたように熱く、激痛が走る。頭から零れ落ちる鮮血が床に流れ落ちる。ガザイは伏したまま、大きくなっていく血だまりをじっと凝視した。


 「ただ一つの事だけ、至れり尽くせりで状況を整えてやってもなお、貴様らはただ一人の身柄を押さえることもできないというのか」


 ガザイは血だまりの上から頭をこすりつけ、

 「お許しください、今少しの時をお与えいただければかならず……!」


 ゼランは寝台に腰掛けたままガザイの頭を蹴り飛ばし、


 「黙れ! もう一泊たりともこんなところにいられるか。早々にアレを捕らえてサーペンティアに戻り、医師にこの腕を治させる。もはや手段は選ばん、ジェダを捕らえろ、奴を拷問にかけ居所を吐かせる。言わなかったとしても、身内の危機を知ればアレのほうから身を差し出すはずだ」


 ガザイは血に濡れた頭を上げてゼランを見やり、

 「ですが、このような閉ざされた場所で派手な行いをすれば、周囲の視線が――」


 「手段は選ばないと言った。ただちに駒を集めろ、王家ではなく、サーペンティアに忠誠を誓う輝士達を厳選し、ジェダを捕縛しろ。逆らえばこの場で貴様の首をはねてやるッ」


 ゼランの血走った眼からは、知性も冷静さも感じられない。自らの失態を知ったうえで招いた結末に怯えているようでもあった。


 ガザイは切り傷の痛みを表に出さず、極めて落ち着いた声音で、

 「荒事でジェダ様を捕らえるとなったとき、そのまわりに侍る者達が抵抗してくるやもしれません」


 「全員始末しろ! 奴につく人間はすべてサーペンティアの敵と見なす。必要なことはすべてやれ、小事の許可は事後にくれてやる」


 揺るがない目に睨まれ、ガザイは覚悟を決める。冷静さに欠いた無理のある命令だとしても、諫めればゼランの言葉通り、その瞬間に首が離れ、また別の者が同じ命令を受けるだけなのだ。


 「御意のままに、必ずや」




     *




 「おい、返事をしてくれ! まったく、聞こえていないのか――」


 誰かが自分を呼んでいる。それは女の声で、張りのある自信に満ちたこの快活な音色を、シュオウの耳は覚えていた。


 「我が君! 非常事態であれば是非このクロムに、クロムにご用命をォォ――」


 別の牢から、変わらぬクロムの妙な発言が繰り返される。この声もまた、妙に懐かしさを感じずにはいられなかった。


 シュオウは鉄格子に頭を預けながら、

 「聞こえてる」

 小声で呟くと、二人の男女の声が一斉に重なり合った。


 譲らない二人の声が、ぶかっこうに重なり合う。場は、ほとんど騒音が響くだけとなっていた。


 「ようやく返事をいただき、クロムは安心いたしました!」

 「黙れ、お前に言ったんじゃない!」


 がやがやと言い合う声を無視して、シュオウは混乱の元凶へ向け呼びかける。


 「クロム――」


 「は、なんなりと!」


 「――静かにしてくれ」


 言った途端、クロムはぴたりと声を止めて沈黙を守る。この従順さがどこから湧いて出ているのか、未だに首を傾げていた。


 「一言でこいつが黙った……?」


 シュオウは驚く声の主へ向けて、

 「たしか、リシアの輝士、だったな――」


 「声だけでこのミオトに気がつくとはさすがの慧眼、まさしくその通り」


 「……どうして、こんなところにいる」


 シュオウが疑念を投げかけると、また別の誰かが深く溜息を吐く音が聞こえてきた。


 ミオトは呆れたという声音で、

 「こっちが聞きたいことなんだが……我々はリシアより、先の戦いで英雄的行いをした貴殿に対しての謝礼の品と教皇聖下の感謝の御言葉を届けるため、特使として派遣されここまで参上したのだ!」


 誇らしげに言うミオトに対し、シュオウは気の抜けた声で、

 「それで、こんなところで囚われの身になってるのか」


 ミオトは声を尖らせ、

 「そっちのほうこそ! ようやく所在を知れたと思えば、突然牢に放り込まれて、驚いたのはこっちのほうだ」


 たしかに彼女の言う通りだ。お互いおかしな状況で、同じ空間の中に閉じ込められている。深界で一時、運命を共にしたリシアやターフェスタの者達とは、いずれ再会するにしても、それは戦場だろうと思っていた。


 「……謝礼や感謝なんて必要なかった。戦っている最中の相手の下へ、わざわざ届けにくる必要はなかっただろ」


 シュオウの言葉に、今まで溜息でしか気配を感じなかった男の声が、


 「何度もそう言ったのだが……」


 ミオトのつんつんとした声が、

 「黙れルイ! これは礼儀の問題だと言ったはず。リシアは聖なる教義と伝統によって成り立つ神聖なる組織。故に、信徒が受けた恩には正統なる手段で報いるのが聖輝士の長たる者の勤めなのであるッ。が、そもそもこの状況はムラクモ側の不義理によって生じたもの。なんなんだここは、リシアの正式な特使であり、あの氷長石様からの入国許可を得た我々を問答無用で牢へ放り込んだのだぞ」


 聞き覚えのある石名に、シュオウはミオトらが歩んできたおおよその道行きを知る。シュオウらがユウギリへ向かった際には、ミオト達はまだムツキへ到着していなかった。その後、シュオウが留守にしている間に訪れたのだとすれば、対応をしたのはムツキの序列最上層に位置する者達になる。が、実質裏でサーペンティアの名を持って権力を発揮していたゼランが意思決定をしたのであれば、アデュレリア当主の名が、まるで効果を発揮しなかったのも頷ける。


 シュオウは溜息を吐き、

 「めんどうな時に来たな」


 ミオトはやや声を落とし、

 「……いったいなにがあった? 身内に囚われるなど尋常ではないのだと察する事はできるが」


 さらに奥の牢の中から、

 「俺も聞きたい、なにかやらかしたのか」

 バリウム侯爵ショルザイが、野太い声を響かせながら聞いた。


 「……上の人間に、剣を向けました」


 シュオウの告白に、話を聞く者達が息をのむ。


 ショルザイはうわずった声で、

 「――で、仕留めたのか?」


 シュオウは視線を泳がせ、床を見つめる。

 「……いえ」


 ミオトが神妙に、

 「平民の身で輝士に斬りかかったとなれば、おおよそ思いつく限り、どの国であろうと死罪を言い渡されるには十分な理由になるな……」


 ショルザイが喉を唸らせ、

 「違いない。だが、それだけの理由はあったんだろう?」


 「それは――」


 言葉を選びつつ、シュオウはこれまでの経緯を話し始めた。話をしている相手の姿が見えないせいか、他人へ伝えているようで、実際には、まるで鏡に映った自分へ語りかけているようにも感じられる。


 大勢の命が失われた。だが、それはわかっていたことだ。戦争という殺し合いの状況であれば、数え切れないほどの命が消えていく。


 ――なのに。


 シュオウは無意識に強く拳を握りしめていた。目を尖らせ、奥歯を強く噛み合わせる。怒りはより一層、彩度を増していた。


 「心より、哀悼の意を表する。惜しい者達を亡くしたな」


 ミオトの言葉にシュオウは、


 「……ありがとう。でも、そっちから見れば、俺は仲間を殺した敵になる。憎くないか、俺が」


 話を聞く者達から息をのむ気配が伝わった。


 ミオトは重く口を開き、

 「……あれは戦場でのこと。互いに相手を倒そうと、覚悟を決めて戦った結果のことで、意味のある死であったと信じている。怒るとすれば、死んでいった仲間達を活かせず、生かすことのできなかった、指揮官である我が身へ向けるべきだろう」


 その言葉が、胸に深く浸透する。


 自分は今、怒っている。彼らを守れなかった己の弱さに、そしてその結果を導いた元凶に。


 黙って耳を傾けていたショルザイが、

 「話を聞いたかぎり、復讐に手を上げたのも頷ける話だ。が、軍という組織の中では序列と階級がすべて、従士長の身で輝士の、それも司令官と同権の人間を襲ったとなれば、それを許せば他の者達に示しがつかなくなる。人を率いる立場にある人間は、下の連中に舐められたら終わりだからな」


 大罪を犯した。その現実は重く、現在いまにのしかかる。


 不幸な話の末に、皆の言葉が途切れ、静寂が降りる。そこへ、クロムが控えめに声を上げた。


 「我が君……発言の許可を求めます……」


 「……なんだ」


 「御身を軽んじ、所有の兵を身勝手に捨てられる。そのような国であれば、捨ててしまえばいいのです」


 常の興奮しきった獣のような態度ではなく、クロムは落ち着いた声音でそう言った。


 「捨てる……?」


 「世界は広い、故に人材を求める国や地域も数多存在するのです。国とはただの区切り、人は神のお造りになった世界であがく駒、どこにいようと、生きていることに変わりはありません」


 ミオトが興奮した声で、

 「馬鹿にしては気の利いたことを言う。たしかにその通りだ、それほどの腕がありながら死罪に怯えて過ごすなどもったいない、いっそムラクモを出て傭兵として身を立てる道も考えてみてはどうだろう。そうだ、よろしい――私が聖下に願い出て、聖輝士隊の下に雇い入れてもらえるよう働きかけをしてやろうッ」


 ルイが慌てて、

 「ダーカ隊長、そんな無茶な約束を――」


 クロムは声を弾ませて、

 「選択の一つとして、我が故郷ターフェスタもご検討を。なにしろあそこは有象無象の巣窟、我が君ほどの傑物であれば、結果を得ることなど造作もないことッ」


 ショルザイが舌打ちをして、

 「悪かったな、有象無象で。だが、悪くない案だ。生きて故郷へ戻れるのなら、俺が義兄上に雇い入れるよう強く推してやる。諸侯であり義弟であり、太子の叔父である俺の命に加え、リシア聖輝士二人を救出したとなれば、そのくらいの褒美は安いものだろう。ついでに、カルセドニーの名を持つこの馬鹿も、まあ、おまけ程度には価値がある」


 瀑布を挟んだかのように、周囲の音が遠ざかる。


 ――ムラクモを、出る。


 今まで考えたこともなかった言葉が、頭の中に張り付いた。


 ムラクモで過ごしてきた日々を思えば、すべては気まぐれと、成り行き任せの結果に起こった事である。捨てるように深界での生活から離れ、戻った王都で日銭を求めた。親しい友ができ、仕事を持ち、誰かを助け、助けられ、多くの出会いの果てに今が在る。


 ジェダが語っていた二つの道に、三つ目の選択肢が現れる。が、惑いはさらに加速した。


 急速に音が耳へと帰ってくる。


 ミオトが、

 「ここを指揮する連中は不穏だ。正式な特使を問答無用に閉じ込め、戦闘員でもない者達を戦場へ引きずり出し、死に至らしめる。そんな奴らなら、突然の思いつきで捕虜を殺そうと手を出すかもしれない。私はそんな間の抜けた死に方は絶対に嫌だ」


 語り合う話を聞くに、彼らはまるで、本気でシュオウの裏切りに期待しているようだった。希望的な未来を見出し、シュオウにもまた、その道しか選択肢はないのだと思い込んでいる。だが、彼らは知らない、シュオウにはジェダの提案した通り、活路がまだ残されているのだと。


 迷いはより深みへと墜ちていく。


 ――それでも。


 ただ、一つだけはっきりとわかっていることがある、ジェダの提示した活路に逃げ込めば、復讐を果たすことはできなくなるのだ。


 シュオウは深刻な顔で息をのむ。


 新たな道に、新たな選択。両極に分かれる二つの選択肢を見出した。


 「迷って当然だろうな、故郷を捨てるという覚悟は並大抵のことではない」


 ミオトの心配は僅かに的外れな想像を含んでいた。シュオウにとって、ムラクモは故郷と呼べる場所かどうか、あやふやである。


 「迷っている……そんなときは天意に問うのが最良。あの肉棒男に我が賽を壊されてさえいなければ……ッ」


 シュオウは、

 「占い、か」

 静かに呟いた。


 迷いの生じる重要な決定事を自分の意思ではなく、運に委ねてしまう。考える事に疲れを感じていたこともあり、それも悪い方法ではないのかもしれないと思った。


 苦渋に満ちたクロムの言葉にミオトが反応し、

 「二択を占いたいというのであれば、私の制服にお婆さまが縫い付けてくださったカトレイ金貨が一枚ある、これを使えばいい」


 クロムが鼻息荒く、

 「素晴らしい……凡百の無能のひとりにすぎないと思っていたが、思っていたよりも使えるではないか、お嬢さん」


 「おじょ?!――お前、自由の身になったら一発頭を殴ってやるからな」


 衣服を破く音がした。ミオトが格子の隙間から、金貨を握った手を伸ばす。


 「そっちへ投げる、いくぞ」


 放られた金貨を受け取りながら、シュオウは現状をおかしく思っていた。なにも言っていないのに、彼らは勝手にシュオウが国を捨てることを迷っていると思い込んでいるらしい。


 「我が君、それを天へ向けて投げ、空中で受け止め、表か裏か、どちらかを占うのです。結果がどうであれそれが天意となりましょう」


 シュオウは金貨を真上に向けて放った。表と裏、交互に入れ替わりながら高速で回転を続ける硬貨の様子も、微風に揺れる木の葉のように、ゆったりとした動作で眼に映る。


 表裏の入れ替わる硬貨の様子に集中していると、冴えた思考が頭を巡った。余分な枝葉がなくなり、ただただ純粋な心の奥の感情だけが研ぎ澄まされる。


 ――よく見える。


 怯える顔と、下ろさなかった剣。なにを不快に思っていたのか、その答えがはっきりと見渡せる。


 ぱし、と小気味よい音を立て、金貨が手の中に収まった。


 クロムが瑞々しい声で、

 「どちらが出たのですか……ッ」


 シュオウは手の平の中にある硬貨を見て、

 「…………裏、だ」

 そこで気づき、思わず笑い声をあげた。


 ミオトが不思議そうに、

 「なにを笑っている……?」


 「決めてなかったんだ――」


 表と裏、それぞれに答えを用意しておかなければ、占いにはならない。間の抜けた話だが、しかしシュオウはこれでいいと思っていた。


 「――どうするかは自分で決める」


 シュオウは立ち上がり、格子を強く握りしめた。




     *




 乾いた夕刻の風がムツキに吹き付ける。


 昼の間、空を七色に彩った亡骸は、もうほとんど片付いていた。


 ジェダは仕事に追われていた。死んだ隊の者達を記録に残し、それを終えた者から命核を砕いて天へと送る。そうしていると、負傷兵を診る者達から指示を求められ、その取り仕切りまですることになったのだ。


 重傷を負った者は、そうでない者よりも場所をとる。下級の兵士達に許された区画では収まりきらず、中庭に天幕を用意し、そこを溢れた者達の臨時の寝床にした。


 その他、多くの雑用に追われている間に、夜がもうそこまで近づいている。ユウギリから休むことなく帰還し、また休みなく動き続け、シュオウの動向に気を揉んだ。しかし、ジェダは疲れを感じる暇がないほど、気を張り詰めていた。


 ――動きがない。


 ムツキから強引にジェダ達を追い出したゼランの動きがまるで見えなかった。集めた情報によれば、戦場で負傷を負って帰還した後、姿をほとんど見られていないのだという。


 身動きがとれぬほどの大けがを負ったのだとしても安心はできない。功を求めて戦場に出て、大敗を喫して逃げ帰ったという記録は、なにひとつ欠ける物なく生きてきた選ばれた人間にとって、大きな傷となるだろう。


 手負いの生物は、すべての意識を保身へ注ぐ。今のゼランは、ムツキへ来たばかりの頃のゼランよりも、より切迫した事情によってジュナの身柄を欲するはずである。


 ジェダは窓越しに映った自分の姿を見る。映っていたのは、険しい顔で肩を強ばらせた自分の姿だった。


 陰の気に覆われたムツキを歩き、シュオウの下へと向かう。牢の前で身構える番兵に賄賂を入れた小袋を握らせ、


 「問題は」


 番兵は首を振り、

 「いえ。お言葉通り、質の良い食事と水を用意し、暖にも気を配りました」


 ジェダは黙して頷き、番兵の肩を叩いて奥へと向かう。


 最後に見た、弱々しく俯くシュオウを思い出しながら通路を行く。牢の中へ入ったとき、まるで来訪を知っていたかのように、シュオウが立って出迎えた。その顔を見て、ジェダは一瞬呼吸を止める。


 「ふ――」


 笑みがこぼれた。まるで猛獣のように猛々しい、あの鋭い眼光がそこにある。その姿は、敵地のど真ん中で堂々と立ち、手を差し伸べていたときを思い出させた。


 「……考えがまとまったようだね。ユウギリまでの連絡役にはシガが最適だろう、あの男なら――」


 シュオウは瞬きもせずジェダを凝視し、突如手を伸ばして襟首を掴み引き寄せた。鉄格子越しに、息がかかるほどの距離で強く睨み、


 「どうするか考えた。ずっと考えて、考え続けた。お前の言葉は正しい、俺は助けを求めればいい……でも、それをすれば、もうしたいことが出来なくなる」


 予想だにしなかった言葉にジェダは問いかける。


 「したいこと、とは?」


 「頭の中に一つだけ残ったんだ。先の事じゃなく、今やりたいこと――途中で止めた剣を、最後まで振り下ろす。俺の物に手を出した、アスオン・リーゴールに報復する」


 まなじりにも口元にも、強い怒りの色が滲む。


 ジェダはほんの僅か、靴の踵を後ろへ擦った。


 「……それをすれば、公明正大に君を守る手は消えてなくなるだろう。たとえそれが氷長石であっても、未来の天青石であろうとも。安全な道をすべて捨てる、きっとその覚悟があっての発言なんだろうね。君の望みを果たしたとして、その後はどうするつもりだ」


 ジェダは試すように、鋭くシュオウへ視線を穿つ。


 「この国の人間を手にかければ、もう、ここにはいられない。別の場所へ全力で逃げる。ここに囚われているバリウム侯爵とリシアの聖輝士をターフェスタへ送り届ける。そこで別の新しい道を探したい」


 鋭い視線はそのままに、


 「……すべて失う事になるんだぞ、君を慕う者達も、築いてきた誰かとの関係も、ムラクモ王国軍従士長という身分も」


 シュオウは睨む眼の力をさらに強め、

 「俺の弱さが仲間を死なせた。このままでいても、また同じ事を繰り返すかもしれない。誰かに言われるままに動いて、自分の行動を選択することもできない。嫌なんだ、俺はもう、誰の言うことも聞きたくないッ」


 心臓が強く跳ねた。


 本人が理解して言っているかはわからない。だが、シュオウが語った望みはまさしく、ターフェスタで見た夢の光景の一端を思い起こさせた。


 ――そうだった。


 傍若無人な振る舞いでターフェスタで暴れ回っていたシュオウの姿。自分の思いを誰かに押しつけ、否応なくその手を握らせる絶対的な威風を兼ね備える立ち居振る舞い。誰かの顔色を窺い、保身を最優先にして生きる姿など、シュオウには似つかわしくないのだ。


 肉食の飢えた獣を思わせる隻眼に、さらに意思の光が強く宿った。


 シュオウは激しく猛った顔で歯を剥き出し、


 「こそこそと逃げて出て行くつもりはない。復讐を果たして、堂々と力を示して向こうへ行く。だが、そのためには俺とシガの力だけじゃ足りない――」


 シュオウはジェダをさらに引き寄せる。痛みを伴うほど強く、冷たい鉄格子に身体が押し当てられた。


 「――お前は使える。それでも、行く先はターフェスタだ、無理矢理に付き合わせることなんてできない。それをわかっていても、お前をここで手放したくない……そうならいっそ、ここでッ」


 襟首の掌握が、ぎりと音を立てて強くなる。


 石化してしまいそうなほどの睨みを受けながら、ジェダは視線をはずすことなく微笑した。


 「……その殺意を、なにより光栄に思うよ」


 「約束する、時間はかかっても、必ずお前の望むものを用意する。だから――」


 ジェダは震えるシュオウの手にそっと手を当て、


 「不要な気遣いだ。僕がそう言ったところで、きっと他の誰も信じはしないだろうが、僕は君に従うと決めているんだ。言っただろ、君はただ僕に、望むことを命じればいいと。その言葉に偽りはない」


 シュオウの掌握が、徐々に力を緩めていく。


 「俺についてこい、お前の力が必要だ」


 淀みなく出されるシュオウの言葉を耳に入れ、ジェダは輝士の礼に乗っ取り、恭しく頭を垂れ、返答を告げた。


 「仰せのままに」




     *




 牢部屋を出てしばらく歩き、明かりの届かない廊下の隅で立ち止まって天井を見上げる。微かに開いた天井の隙間から、黒い小石を結んだ紐が垂れ下がっている。ジェダが風を起こして石を結んだ紐を揺らすと、少しして、石がくいっと、数度持ち上げられた。


 ジェダは人気のない暗がりの中で、

 「彼女に伝えてくれ、まもなく、事態が大きく動くことになった。詳細は――――」


 言い終わると、音もなく紐が引き上げられ、吊り下げられていた石が、ぴたりと天井にその身を寄せた。


 ――さて、と。


 次に話すべき相手を思い浮かべ、僅かに憂鬱な気を感じている自分に気づき、ジェダは静かに自嘲した。


 その相手がどこにいるかを知らずとも、探す事に難はなかった。強靱で大きな肉体を誇るシガは目立つ。見かける者達に話を聞けば、居所へたどり着くのは簡単なことだ。


 昼と夜の間の空気に覆われた外、城門の影の中にいたシガへ、ジェダは気軽に声をかける。


 「やあ」


 シガは鋭く睨みを利かせて、

 「てめえの面は見たくねえ、話しかけるな」


 ジェダは片手を腰に当て、微笑した。

 「悪いがそうもいかない、僕個人の話ではなく、君の雇い人からの要望だからね」


 シガは僅かに怒気を収め、

 「あいつが……?」


 ジェダは頷き、

 「彼の決めた事と、これからの事を伝える――――」


 詳細を告げられたシガは、ドンと足を鳴らして勢いよく立ち上がり、両の拳を強く握りしめた。剥き出しの鋭い犬歯に、見開かれた目と、戦意に満ちあふれた顔相がそこにある。


 「難しい仕事になるが――」


 同意の確認を口にしようとして、ジェダは言葉を止める。一瞬にして戦場にいるときと同じ顔になったシガを見れば、無駄なことだと理解できたのだ。




     *




 「これより、ジェダ様の身柄を確保、拘束する」


 ゼランの部屋に集められた六人の輝士達が顔を見合わせ、息をのんだ。全員が部屋の奥に座すゼランへ視線を向ける。


 ゼランは負傷した腕を外套の下に隠しながら語り出す。


 「ジェダはサーペンティアに対し、謀反に等しい罪を犯した。穏便に事を収めようと努めたが、奴はそれに抗い、今も追求を逃れ続けている。我が身が戦場へ出ている間に心変わりを期待したが、もはや手段を選ぶ時は過ぎた、ここからは力尽くで状況の改善を試みる。お前達にはその手伝いを頼みたいが、この行動が周知されれば不名誉な噂もたつかもしれない」


 六人の輝士達はいずれも代々サーペンティアに仕える臣下の家系である。彼らは蛇紋石後継者筆頭というゼランの地位、そしてジェダの置かれた不遇な立場もよく知っていた。中には戦場から命懸けでゼランを連れ帰った者もいる。


 驚き、戸惑いながらも、拒否の意思をみせるものは誰もいない。間断なく、一人が前へ出て頷いた。


 「御意志に従います。我らの忠誠、我らの名誉は、常にサーペンティア家と共に在ります」


 輝士達はその場に膝を折り、ゼランに対し、一斉に任務の承知を告げた。


 「よく言った。その言葉、忠誠、このゼラン・サーペンティアは生涯忘れることはない」


 礼をして顔を伏せた輝士達は誰一人として、ゼランの浮かべる歪んで醜悪な顔を見た者は居なかった。




     *




 ガザイは輝士達と自らの部下達を率いて、一つの場所へ向かっていた。


 「下へ降りるのですか? ジェダ様なら自室へおられるのでは」


 階段を下るよう言ったガザイへ輝士の一人が問う。


 「ジェダ様はお一人ではない、まず外堀から埋めるのだ……」


 「若君が抵抗される、と?」


 ガザイは唇をすぼめて頷きを繰り返す。


 「ジェダ様の置かれる身にたてば、大人しく指示に従うかは五分五分といったところ。抵抗に遭えば、東地でも傑出した力を持つ輝士を相手に戦うことになる。慎重に慎重を重ね、薄皮一枚分ほどにでも、達成への道を積み重ねる」


 思い浮かべるのは眼帯をした男の姿。おそらく、サーペンティア家に降りかかった災厄の根源であり、晶気を操れぬ身でありながら、恐ろしいほどの強さを秘める謎多き人物だ。


 ――過小評価はせんぞ。


 件の男とジェダは、まるで親密な友のように共にいる。その人物が、ジェダの危機となった時、救いの手を差し伸べるのは容易に想像できることだ。たとえその身が牢に繋がれていようとも、安心することはできなかった。


 ぞろぞろと人数を揃えて現れたガザイらに、牢の見張りについていた従士が慌てて立ち上がる。


 ガザイは部下へ指示を飛ばし、

 「止めおけ」

 手慣れた所作で、二人の部下が従士の身体を床に押しつける。


 ガザイは無言で自らの目を指さし、通路の左右へ二本指を差し向ける。部下達は頷いて素早く行動し、通路を塞ぐ形で左右に二名ずつが見張り役として配置された。


 ガザイは残る輝士達へ、

 「立場を越え、ゼラン様の名代として命じる。中に入りしだい、隻眼の男を見つけ全員で命を奪う。とらわれの身であろうと一切の油断を捨てよ、濁石と思い加減をするな、相手を凶暴凶悪な狂鬼と思い全力で取りかかれッ」




     *




 通路の奥から気配が伝わり、耳を澄ませた。


 ――足音。


 シュオウは聴覚を研ぎ澄ます。聞こえる音は複数人、瞬時に人数を把握できないほど大勢の足音だ。


 訪れた者達の姿が目に入る。


 「いたぞッ、まずは動きを封じるのだ!」


 先頭にいた老人、ゼラン・サーペンティアに仕える蛇の手のガザイがシュオウを指さしそう叫んだ。


 後続の輝士達が殺気だった目で睨みを利かせる。シュオウは即座に身構えた。だが、三人の輝士が晶気を用い、牢部屋の中で風を巻き起こす。圧のある強風がシュオウを襲った。


 「ぐ……ッ」


 鋭さはなくとも、重さを感じる強風が、シュオウの身体を壁際へ押しつける。前へ進む事も、屈むこともできず、三人の輝士が巻き起こす強風により、シュオウはその身の自由を奪われた。


 ガザイは鋭くシュオウを睨みつけ、

 「良い頃合いで罪を犯してくれた。罪人が相手となればこの件にも後々大義が宿る。風蛇の家の安寧のため、その命をちょうだいする」

 早口に告げ、上げた手を振った。


 シュオウの眼に、はっきりと映る。控えていた輝士達の手の周囲に、発光する粒が集っていく。


 ジェダがそうしていたように、風を操る輝士が得意とする、刃のような鋭さを持つ発光する風の晶気が放たれる。その形が形成されていく様子、輝士の腕から離れる風刃の動きのすべてを把握できていても、針で留め置かれた虫のように身動きが取れない状況で、普段通りに攻撃を躱すことは難しい。


 風刃はたしかな殺意を持って向かってくる。状況は死を覚悟するのに十分である。必然として、選択を迫られた。


 ――捨てるか。


 風に圧される現状で正常な動作をとることは至難だが、力を一瞬に込めて振り絞り、身体が壊れることを厭わなければ、僅かによじる事くらいは出来るかもしれない。だが、三方向から向けられる風刃を躱す隙間は限られる。それを避ける段階へ身体をずらすことができたとしても、無傷でやり過ごすことは不可能だ。


 緩やかに流れる光景を視ながら、一瞬に思考する。


 ――腕か、足。


 どれかが千切れる。何本残す事ができるか、出血の量、生存を果たした後の敵への対処。めまぐるしく思考が巡る。


 思考を終えるより、風刃が到達するよりも早く、突如状況が激変した。


 床と天井、それぞれから同時に厚い石壁が伸び、鉄格子の前でシュオウを守るようにそびえ立つ。石壁が強風を受け止め、その瞬間ふっと身体が軽くなった。


 戸惑うガザイ、サーペンティアの輝士達に対し、奥の部屋からよく通るショルザイの野太い声が聞こえてきた。


 「盛り上がっているところを悪いが、その男には返していない借りがたっぷりと残っているんでな」


 ガザイが震える声で、

 「馬鹿な……なぜ敵国の捕虜が封じもなく……?!」


 「それが、ここへ来てからずっとでな。すぐに知られるものと思っていたが、ここを統括する連中はまるでここへ寄りつかない。自分の目で見なければ駄目なことが多いのだと、今更ながらに学ばせてもらった」


 ガラガラと、牢の壁が崩れ落ちる。轟音が部屋の中を埋め尽くした。


 ガザイは焦りに満ちた怒鳴り声をあげ、

 「か、かまうな、石壁を破壊しろ! 奴が優先だ、ただちに標的を殺せ!」


 自由を取り戻し、シュオウは即座に動いた。前に向かって走り、一番端の鉄格子の根元を蹴り上げる。上手く力をかければ格子がはずれるよう仕掛けておいたその場所に、狙い通り人が一人通れる程度の隙間が生じた。


 外へ飛び出た瞬間、最前列にいた輝士の腕を掴み、ひねり上げて顔面を床に打ち付けた。勢いを殺すことなく、その隣にいた輝士にも攻撃を加え、一瞬にして意識を奪う。


 「くっ!」


 奥にいた輝士が剣を抜こうとした、だがその直後、側面の壁が轟音を立てながら崩れ、重たい破片が頭部に直撃した輝士は、剣を抜き取る前に、瓦礫の下敷きとなってその場に崩れ落ちた。


 ショルザイのほうへ一瞬視線を向けると、彼が手を当てた壁伝いに、発光する粒が壁を這う蔦のように伸び、先の壁面の一箇所へ集中している。


 急な事態に、急襲を仕掛けてきた輝士隊は冷静さを失った。残ったのはガザイと三人だけ。ガザイはにじり寄るシュオウを前にして、腰を抜かしたように後ずさった。


 「に、逃げろッ――」


 消え入りそうな声で出されたガザイの指示により、三人の輝士達は気絶した仲間達を置き去りにして高速で逃げていき、姿を消した。


 「逃がせば事態が知れ渡る、追うか?」


 ショルザイの問いに、シュオウは首を振って否定する。


 「どのみち、こうなる予定でした。俺はこのまま外へ出て、ここを出るための支度を整えます」


 ショルザイは真剣な目でシュオウを凝視し、

 「そりゃ、そうなればありがたい、という希望を語りはしたが……本気、なんだな? 裏切りは、ただ事じゃすまされんぞ」


 シュオウはただじっとショルザイを見つめ返し、

 「最初から望んでいたわけじゃない。でも、行きたい道へ進むと決めたら、それを避けられそうもありません」


 ショルザイは深く頷いて、

 「そうか」


 シュオウは一瞬、軽妙な微笑を浮かべ、

 「当てにしています」


 ショルザイは悪戯小僧のように歯を見せて笑い、

 「俺を生きたまま故郷へ帰してくれるのなら、だが。まかせておけ、全力を尽くすことを約束しよう」


 二人で頷きを交わしあっていると、隣の部屋から片手に封じを施されたミオトが、鉄格子の隙間からにゅっと顔を出した。


 「誰かを忘れていないか? 栄えある聖輝士隊の長である、このミオトを!」


 再会したミオトは以前はつけていなかった、華やかな眼帯で片目を覆っていた。その隣に疲れた顔をした彼女の副官、ルイも姿を見せる。


 「逃亡の相談ならば、我らも共に。まずはここから出していただきたいが」


 ルイの要求に対しショルザイが、

 「いいだろう、離れてろ――」


 だが、ショルザイが晶気を使うより先にシュオウは鉄格子の一つを握り、手前に引き上げながら根元を強く蹴り上げた。小気味よい音を上げ、古びた鉄の棒はカラカラと音を立てて地面に転がる。通れる程度の隙間が生じた。ミオトがまっさきに隙間に身体を通し、外へ出る。


 「なぜ、こんな仕掛けがある?」


 呆れた顔で問うミオトに対し、シュオウは視線をはずし、

 「経験から学ぶことがあるんだ」


 ミオトは悔しそうに顔を歪め、

 「う……聞きたい、どんな経験をしたのか……ッ」


 後に続いて牢から出てきたルイが一言、

 「……後にしてください」


 ショルザイは服についた埃を払いながら、

 「さて、自由になったはいいが、ここからどう逃げるか。馬を確保して門を出たとしても、さっきの連中には知られている、すぐに早馬を出され、戦地でもまれたムラクモ輝士共に追い回されるだろうな。アリオトまでの一本道を、振り切れる保証はどこにもない」


 シュオウはまなじりに力を宿し、

 「こそこそと逃げ出すつもりはない。なにに怯えることもなく、堂々とここを出て行く。そのためにムツキを制圧する」


 一同の顔に驚嘆と疑念の表情が張り付いた。


 ミオトは両手をあたふたと振って、

 「なにを言って――どれだけの兵士がここに蠢いているのか、わからないわけがないだろう?」


 「やりようはある、それに俺には仲間がいる。シガ一人でも相当な数を相手にできる」


 ルイは険しい顔で、

 「六家の一人を倒したあの南方人か……?」


 シュオウは頷き、

 「シガと、ジェダ、それと――」

 視線を別の牢部屋へと向けた。


 シュオウが目を向けた方へ、全員が視線を集める。


 片腕と足をつなぎ止められたクロムの姿があった。静まるようにと、シュオウが求めてから、クロムはまるで別人のように大人しく、その存在を忘れそうになるほど静寂を保っていた。ひさしぶりに見るその顔は、以前よりもげっそりと痩せて見える。目の下は暗く、どこか病み上がりな雰囲気を漂わせていた。


 にたりと笑ったクロムへ、

 「大丈夫、か?」


 「問題ありません、勝ちました」


 クロムの言葉の意味がよくわからないまま、シュオウは問う。


 「なにができる?」


 「どんな事であろうと」


 「今からムツキ内部を強襲する。怪我人や抵抗しない人間は傷つけず、輝士達を中心に、武装した連中を無力化したい」


 クロムは頷いて、

 「ご命令とあらばどんなことであろうと――我が君」


 じっとクロムと目を合わせる。揺るぎない瞳と表情を見届け、シュオウはショルザイへ牢の開放を求めた。


 ショルザイは不思議そうに首を傾げ、晶気を用いて壁を崩し、隙間を作る。


 ルイがショルザイへ手を差し出し、

 「侯爵閣下、お手数ではありますが封じの解放を願います」


 ミオトも同じく手を並べ、ショルザイは二人の手袋を固定する留め具を石壁の隙間に挟んで破壊する。


 晶気を取り戻したルイがクロムの拘束一式を外すと、前へ出たクロムが即座にシュオウの前で跪いた。


 シュオウはクロムを見つめ、

 「シガはわかるか?」


 クロムは憎しみを込めて拳を握り、

 「はいッ、奴が死ぬまで忘れません」


 「協力しろ」


 ミオトが快活に、

 「よろしい! 脱出劇の支度は調った。我が力は解き放たれ、これより磨き上げた剣技を用い、悪逆なるムラクモ輝士達の成敗を――」


 ミオトが部屋の出口へ颯爽と足を踏み出した直後、シュオウはミオトの服の襟首を掴み上げ、引き留めた。


 「……へ?」


 間の抜けたミオトの声。呆然と様子を見つめるルイ。


 シュオウは、

 「出せ」


 錆びた鉄の部品のように、ミオトはギギギと首を回して、

 「な、なにを……?」


 シュオウは眼光鋭くミオトを睨めつけ、

 「煙だ」


 「けむ――霧、のこと、か?」


 「深界で使っていた、あの晶気だ。広範囲に、できるなら拠点全体を。あの煙があれば動きやすくなる」


 シュオウはぞんざいに掴んだミオトをぐいと振る。


 前を向いたミオトはぼそりと、

 「各国の精鋭が集いし聖輝士隊を率いるこの華麗なるミオトを、まるで道具のように扱っている……不敬だ、失礼だ、無礼だッ、なのに、なぜだかちょっと心地良い……?」


 明星でも見つけたようにぼんやりと視線を上へ滑らせるミオトへ、

 「早くしろ」


 シュオウが催促した直後、白く濁った深い霧が周囲へ広がった。




     *




 ここにいろ、と言い残し、シュオウは牢部屋を後にした。続いて外へ出て行ったクロムもいなくなり、霧で覆われた室内には、ショルザイとルイ、ミオトの三人だけが残されている。


 「行ってしまったな、ルイ……」


 「はい、ダーカ隊長」


 「私はてっきり、もっと派手に共闘をするのかと……」


 「ここに待機し、自身とバリウム侯爵の身をお守りするのが我らの役目かと。あの男はダーカ隊長の晶気も頼りにしておりました」


 ミオトは瞼を大きく開き、

 「たしかに……ッ。よろしい、ならば限界まで我が霧の晶気、このムツキを覆い尽くしてくれる。私はひたすら散布と維持に集中する、警護はまかせたぞ、ルイ! 敵が現れたならば、神の名の下に斬り捨てろ!」


 「は――おまかせを」




     *




 輝士達がぞろぞろと部屋を出て、食堂に向かって歩いていた。

 誰かしらが自発的に扉を叩き、通路に立っている者達へ声をかける。


 「どうしたんだ?」

 「食堂へ集まるようにとの指示がでたらしい」

 「全員がか?」

 「ああ、とにかく集合せよとのことだ」

 「いったい誰からの命令だ」

 「さあ……私はサーペンティア家からの指示だと聞いたが」

 「サーペンティア……なら、急ごう」

 「まだ話が行き渡っていないようだ、途中で見かけた者達に声をかけていくぞ」


 命令が下り、輝士達へ集合が呼びかけられたという。


 アイセは日中、シュオウの隊の者達を中心に、怪我の手当や食事の手配、葬儀の手伝いなどに奔走し、疲れ切っていた。

 同じく作業で体力を削り、ほとんど目を閉じたシトリを引きずりながら、一旦自室へ引き上げようとしていた最中に、食堂へ向かう輝士達の群れに遭遇し、集合を呼びかけられたのだ。


 「なんで、こんなときにわざわざ……」


 シュオウ達と共にユウギリへ留め置かれた間、ムツキは戦場へ出て二度目の戦いを終えた後だった。話に聞くかぎり、惨憺たる結果を招き、大勢の従士、そして少なくない輝士の命が失われたという。


 城塞のどこを歩いていても、すすり泣く声が聞こえてくるほど、戦場での傷は生々しい。怪我人への処置も完全には終わっていない状況で、なぜわざわざ大規模な集合をかけるのか、疑問に思った。


 ――シュオウのことも気がかりだというのに。


 食堂には多くの輝士達がすでに集まっていた。


 なにがあったのか、どのような目的か、各々がこの集いへの思いを口にする。


 少しして、最後に部屋に入ってきた人物を見て、皆が言葉を止めた。


 注目を一身に浴びるジェダ・サーペンティアは、流麗な所作で腰に手を当て、食堂に詰めた輝士達の人数を数え始めた。


 「まあまあの数だな。従順なる諸君に感謝するよ、ちなみにこの集いの主催者は僕だ」


 ざわついた空気が場に広がった。サーペンティア家の人間であろうとも、ジェダの階級は冠のない輝士にすぎない。特別な役職もなく、軍の中では、ここに集っている多くの者達と同等の立場にすぎず、口先一つで皆に集合を命令できるような立場にはないのだ。


 皆の戸惑いが冷める前に、また部屋にぞろぞろと人が入ってきた。その中にクモカリや見知った者達の姿を見つけ、アイセはさらに首を傾げる。


 周囲を見渡して戸惑った様子のクモカリへ、アイセは手を振って合図を送った。


 アイセはすぐに駆け寄ってきたクモカリへ、

 「どうなってるんだ?」


 「それが、よくわからないのよ、彼に強引にここへ連れて来られて」


 クモカリの指したほうに、シガの姿があった。全員を中に誘導した後、大きな身体で入り口を塞ぐように立っている。


 広々とした輝士のための食堂に、彩石を持たない平民の身分にある兵士らが、連れだって中へ入ってきた。


 たまらず、輝士の一人が手を上げて聞いた。


 「ジェダ様、これはいったいなんの集まりなのでしょうか」


 ジェダは薄ら笑いを浮かべ、

 「君達も知る者が多いはずの従士長、シュオウの意思により、これより我々は、このムツキの制圧を試みる」


 突然の宣言に、部屋の音が完全に消失した。


 アイセは口を開けたまま、

 「…………え?」


 眠たそうに目を閉じていたシトリは、はっきりと目を見開いている。


 「ちょっと、待ってよ、何を言ってるの……」

 クモカリが腰を浮かせた。周囲の者達からも一斉に戸惑いの声が上がり始めた。


 騒然とする場で、シガが拳を振り上げた。強靱な肉体から放たれる凄まじい拳の一撃で、厚い石壁が轟音を上げて吹き飛ばされる。


 女達の悲鳴が響き、場はまた静まった。


 ジェダは側に置いてあった箱の蓋を開け、中から縄を取りだした。


 「これから皆を縛り、拘束する。全員その場で両膝を落として手を見えるように掲げてもらいたい。抵抗をしてもかまわないが、君たちの中で、僕の力を知らないという者は少ないはず。もし行動を起こすなら今が好機だ、逆賊を討伐すれば英雄になれるだろう。だが言っておく、戦場でそうしてきたように、敵には力を行使する。ジェダ・サーペンティアの異名を知っていれば、結末がどうなるか、想像するのに難はないだろう」


 ジェダは全員の意思を確認するかのように見回した。声を上げる者は誰もいない。一人、また一人と、指示されたとおりに膝を落としていく。


 やがて全員が指示に従い、手を上げながらひざまずいた。


 ジェダは適当な相手を指定して立たせ、

 「拘束を手伝ってもらう、縄を一繋ぎで、奥の人間から結ぶように。方法は適当でかまわない」


 彼らに指示を送り、ジェダ本人も縄を手に取った。そのまま、アイセ達のほうへと向かって来る。


 近寄ってきたジェダへ向かってアイセは、

 「本気なんですか……」


 ジェダは表情を変えず、

 「本気だ。決定したのはシュオウで、僕達はそれに従っている。さあ、手を後ろへ回してくれ、君たちは僕が直接拘束する」


 シトリが強くジェダを睨み、

 「私達も? なんで?」


 「特に君たちの動きを封じるように、シュオウが強く求めたんだ。これは絶対にしなければならない事の一つだった、君たち二人がここへ集まっていてくれて探す手間が省けたよ」


 アイセはシトリが後ろ手に縛られる光景を見ながら、

 「私達が、仲間、だから……加担していると思われないように……?」


 「彼はこれからムツキの上層部を襲撃する。そしてここを制圧し、捕虜をターフェスタへ送り届ける。ムラクモにとって、ここからとるすべての行動が重大な裏切り行為になる。後には引けない選択に、君たちを巻き込む気はさらさらないんだろう」


 ジェダの説明を聞いているだけで血の気が引いた。


 アイセは自身の手に縄をかけるジェダへ、

 「待ってくださいッ、シュオウと……彼と話がしたい、お願いします!」


 ジェダは手を止めず、

 「引き留めるつもりだろうが、彼は決定を下したんだ。無駄なことに時間を消費していられるほどの余裕はない――」


 アイセはジェダの手により交差させた手首を縛られていた。隙間は少なく、痛みを感じるほど締め付けが強い。


 ジェダはそのままクモカリにも同じように縄で縛り、

 「君たちはこのまま大人しく待っていればいい。傷を負うこともなく、この件に加担していないことは他の多くの者達の証言からも得られる。すぐにいつもの日常が戻ってくるだろう」


 ジェダは柔く伝えつつ、突然腰に差した短剣を取り出し、クモカリとアイセの間に投げつけた。咄嗟に身体を避けるが、短剣は素通りして床の隙間に突き刺さっている。


 「なにをして……」


 アイセが疑念を伝える前に、謎の行動をとったジェダは無言で出口へ向かい、シガへ声をかけた。


 「重要なところは見届けた。あとのことはまかせる。君が僕の部下なら詳細な指示を伝えるところだが――」


 シガは敵にでも向けるような視線をジェダへ当て、

 「てめえの言うことなんざ少しでも聞くもんかよ」


 「だろうね……僕は自分の仕事を片付けてくる。そっちもやりたいようにやればいい、結局、目指すところは同じだ」


 言って去って行くジェダへ、シガは強く鼻を鳴らして視線を逸らした。そのまま大きく部屋の奥へ踏み込むと、皆が怯えたように身をひいた。


 「お前らを見張ってられるほど暇も手も、道具も足りねえ。お前らの中には力を使って拘束を解けるやつもいるだろう、そうしたいなら止めはしないが、この部屋の外で同じ面を見かけたら、その場で殺す。それでもよければ好きにしろ」


 短く脅し文句を吐いたシガは、早足で部屋を出て行った。その気配が遠ざかっていき、なにも聞こえなくなった途端、縛られた輝士達が一斉に声を上げた。


 口々に皆が喋る言葉の中でも特に、ジェダの裏切りに驚いている者達が多い。


 「どうするんだこれから」

 「どうするって……あの南方人の言ったとおり、こんな拘束すぐに解けるじゃないか」

 「なら解いてすぐに鎮圧に向かうべきじゃないのか」

 「待ってくれ、奴らは我々が逃げる手段を持っているとわかっていて放置していったんだ。それはつまり、我々をまるで脅威とは思っていないということじゃないのか」

 「ジェダ様も、あの傭兵も、直接この目で戦いを見たが、二人とも尋常じゃなかった」

 「僕達が劣っているというのか、いくらサーペンティアとはいえ、そこまでとは……」

 「見てないからそう言える。血塗れ公子の名は伊達じゃなかった、ジェダ様はたった一人で幾人もの敵の精鋭を悠々と片付けていた。あの傭兵にしたって、どこから見つけてきたのか、初戦でターフェスタの強兵を片手で斬り殺したというじゃないか。そんな連中と戦って本当に勝てるのか?」


 威勢良く言葉を交わしていた輝士達が肩を落として怯えを見せる。静けさの中、アイセは隣にいたシトリに身体を押され、前のめりに倒れ込んだ。


 「おい、なにを――」


 シトリはジェダが残していった短剣の刃に、手首に巻き付けられた縄を擦り始める。


 シトリは苦しげな顔をして、

 「あいつほんとむかつく、わざわざこんなめんどくさい事して」


 ぞっとする心地を抱えながらアイセは、

 「待てシトリ……その縄を切ることの意味がわかってるのか……」


 周囲の者達もすぐに気づいた。輝士達から刺すような視線を向けられているにも関わらず、シトリは気にした様子もなく器用に縄に切れ目を入れていく。切れ目の入った縄を引きちぎったシトリは立ち上がり、無表情にアイセを見下ろした。


 「きっともう、ムラクモにはいられなくなるんでしょ。全然私のことなんて見てくれてないけど、今までよりもっと遠くへ離れちゃったら、もうその機会だってなくなるじゃん。だから、どこまででもついて行くの、あのムカつく奴に試されなくたって、最初からそう決めてるんだから」


 アイセは顔を歪めて、

 「そんな…………」


 静観していたクモカリが立ち上がり、

 「あたしもお願い、はずすのを手伝ってちょうだい」

 背中をシトリへ向けると、あっさりと縄は切り落とされた。


 アイセは驚いてクモカリを見上げ、

 「クモカリ……その意味をわかってるのか?」


 クモカリは縄の跡がついた手首を摩り、

 「シュオウの思い詰めた顔が忘れられない。きちんとみんなを守れなかった自分の責任のような気がして、ほっとけないのよ。それに彼には命の恩がある、あたしはまだ、ちゃんと返せていないし。それにもう、ムラクモにいなきゃいけない理由もなくなってるのよね」


 深界踏破訓練で見たシュオウの姿が思い浮かぶ。あのときの恐怖と、救われてからの安堵の心地、そして憧れと感謝の念を思い出す。


 クモカリの言葉を聞いて罪悪感がうずいた。シトリのように即断できない自分を否応なく俯瞰してしまう。


 内心を察したように、クモカリがアイセの肩に触れ、

 「あんたは無理しないでいいの、立派な家があるし、ここへ来てからずっと、まわりの目にも耐えながら彼を助けてた、十分よ。シュオウだってそれを思ってこうしたんじゃない」


 ここへ連れてこられたシュオウの隊の者達の中でも、解放を求める者達が声を上げ始める。その多くは雇われの傭兵達だった。


 各々が支度を整える、誰もアイセを気にする者はいない。淡々とした皆の態度に、事の重大さを理解しているのかと大声で問いたい気持ちになった。


 シュオウは大事を起こした。ムツキを制圧するのだというが、ほんの数人でそんなことができるのかと、多くの者は信じはしないだろう。だが、彼の力を知っていれば、現実に起こりうる事だと理解できる。拘束を解いた彼らはそれに協力するのだ。実際に事を成就すれば、ムラクモにいられなくなる。シュオウ達は異国の地で新たな道を見つけ、生きていくのだろう。だが、このままじっと待機していれば、そこに自分は存在しない。


 悔しさと、寂しさを同時に感じた。それらの感情がない交ぜとなり、モートレッド家と家族、失うものへの恐怖を薄くする。


 ――いやだ。


 浅い呼吸を整える余裕もなく、アイセは腰を浮かせていた。シトリとクモカリに見つめられ、


 「私も……行く……」


 クモカリは目を細め、

 「いいの……?」

 と問う。


 アイセは歯を食いしばり、

 「シュオウがいなければ、ここまでの日々はなかったんだ。その彼が命を賭けて行動をしている最中に、保身のためだけに一人でなにもせずにいるなんて、私はそんな人間になりたくないッ」


 シトリが微笑し、クモカリから短剣を取って、アイセの縄を切り落とす。


 「青白くなった顔で言ったってダサいんだけど」


 アイセは唇を震わせながら、

 「う、うるさい……ッ」

 後ろで固定されていた手を前へ戻した。


 輝士達の視線を肌で感じる。囁かれる声が、

 「……アウレール家も、モートレッド家も終わりだな」


 不穏な言葉が耳に届く度、アイセは肩を震わせながら支度を進めた。


 そんなアイセを尻目に、一人淡々と準備運動をするシトリに、クモカリが聞いた。


 「聞く必要ないかもしれないけど、あんたも本当にいいの? 家のこととか」


 シトリは準備運動を止め、東の方角へ身体を向け、まるで光を浴びるときのような所作で両手を大きく広げ、目を閉じて言った。


 「パパの悲鳴が聞こえる…………」


 満足そうに言うシトリへ、クモカリはあきれ顔で、


 「あんたって変な子」


 いつも通りのやり取りを交わす二人に、僅かに凍えるような緊張がましになった。


 外の様子を確認するため通路を覗くと、薄らと霞がかかり、視界が鈍くなっていた。


 ――霧?


 通路一面を埋め尽くすその霧は、徐々に濃さを増していた。




     *




 一人通路を行くジェダは、徐々に濃さを増していく霧に気づき、足を止めた。


 ――これか。


 シュオウが言っていた通り、彼が行動を開始すれば、一目でそうとわかると聞かされていた。


 霧を操る晶気はターフェスタに加勢していたリシアの輝士が使っていたことを思い出す。シュオウは捕虜の協力を取り付けたのだろう。


 霧の濃度はさらに増す。視界のすべては白く霞み、もはやすぐ目の前のもの以外、ろくに視界が通らなくなっていた。


 ――優秀だな。


 晶気を操っている者への評価を思う。その時、背後に突然人の気配を感じた。振り返ると、男女複数人の姿が、霧の中にぼんやりと浮かび上がった。彼らはしかし、様子がおかしかった。


 「僕になにか用か」


 男女の後ろから、血走った眼の若い女が姿を現した。女は苦しそうに肩を揺らして息をしながら、


 「ハイちゃんを、あの人を返せッ、今すぐに返さないなら、この女を殺してやる」


 憎しみを込めてそう告げると、複数人の中に紛れた一人の女が、刃を自身の喉元に当てた。彼女は医師として雇われていたはずのクダカという女だが、これだけの負傷者が戦場から戻ってきたというのに、その姿を見たという者が誰もいなかったのだ。


 他の者達も、まるで自分の意思を失ってしまったかのように、フラフラとその場に立ち尽くしていた。


 「無手の者か……なるほど、ということは、ガザイが捜索の手を緩めたのは君のおかげだったというわけか」


 女は否定をしない。急かすようにクダカの握る刃を首元へ押し当て、


 「殺すって言ったんだ、早く返せ、返せ返せ返せ!」


 ジェダは吹き出すように笑い、

 「よほど人手を選ぶ余裕がなかったらしい。その様子じゃ、この仕事に適性がないようだ。教えておこう、従属する主の家に属する者の事くらいはきちんと把握しておいたほうがいい――」


 ジェダは一振り、手を横薙ぎに払った。瞬間、操られている様子の男の身体がバラバラになって崩れ落ち、悪臭を放つ血塗れの肉塊となって床を汚す。


 女は怯え、後ずさった。


 「君が人質として価値があると思っているものだが、僕にとってはどうでもいいものなんだ。今この瞬間に君を殺す事は簡単なことだが、生かしておいているのは、少なからず君のおかげで僕の大切に想う家族が安全に過ごすことができたことへの感謝でもある。ただし――」


 ジェダは晶気を用い、発生させた風を瞬時に糸のように細く凝縮し、女の手足、喉の周囲ギリギリに張り巡らせた。


 「――交渉を始めよう。君の命と望む物、どちらも提供する代わりに、僕らの手伝いを頼みたい」


 女は状況を察し、完全に身動きを止めて、

 「て、つ……だい……?」

 かいた汗が粒となって顎から床へと落ちていく。


 ジェダは頷き、

 「今はとても忙しい、なのにまるで手が足りていないんだ。難しいことは頼まない、君のような出の人間には慣れていることさ、その力を活かして少し働いてくれれば十分、手間を一つはぶくことができる。断ってもかまわないが、君の想う相手が、そこの死体よりも凄惨な死を迎えることになるだろう」


 初めからすべての弱点を剥き出しにして近づいてきた相手だ、ジェダは彼女が断らないとわかっていた。


 一時の間も置かず、女は泣き出しそうな顔で、


 「仰せのままにいたします、若君様……」


 服従の言葉を告げた。




     *




 霧の奥から走ってくる二人組の輝士が、通路の中心で両手を広げたシガの姿を見て足を止めた。


 「非常事態だ、道を塞ぐな!」


 「うるせえ」


 変わらず道を譲らないシガの態度に、輝士達は訝りながら顔を見合わせる。


 「その行動、この得体の知れない晶気の霧と関係がある、のか」


 シガは犬歯を剥いて笑い、

 「あると言ったら」

 広げた両手をたたんで握った拳を突き出す。


 輝士達は無言で身構え、剣に手をかける。

 「ならば力尽くで――」


 だが、それを抜き放つよりも早くシガが飛び込み、片方の輝士の胸元を拳ですくうように打ち上げた。輝士の身体は藁人形のように軽々と真上へ吹き飛び、高い天井に鈍い音を上げてぶつかり、そのまま床へと落下する。


 殴り飛ばされた輝士は微動だにせず、すでに呼吸をしている様子もない。


 もう一人の輝士は剣を握って刃を鞘に収めたまま、腰を抜かして倒れ込む。青くなった顔で横目に絶命した仲間を見て、震え上がった。


 シガは輝士を見下ろし、

 「雇い主がな、抵抗しないやつは殺すなって言ってるんだ。お前はその剣をどうするつもりだ、抜くのか?」


 輝士は震える身体で必死に首を横に振り続ける。緊張のせいか、剣を握った指を離すことができず、もう片方の手で一本ずつ指を必死にはずしていった。


 シガは戦意を喪失した輝士の襟首を掴み、子猫のように持ち上げて睨みを利かせる。


 「いちいちこんな事を繰り返すのも面倒だ、お前を生かしてやる、他の連中に状況を伝えて回れ。抵抗しない奴は食堂に集合しろ、他の場所にいる奴は戦意があると見なし、見つけ次第殺してやるってな。わかったか?」


 青白い顔で輝士は頷き、

 「わか、わか、った……」




     *




 「はっはっはっは――」


 クロム・カルセドニーは笑いながら走っていた。それは開放感と高揚感からくる無意識の所作である。


 クロムは喜んでいた、天啓により得た主君に仕えることができる初めての機会を得たことにだ。


 敵地の城塞の中を高速で駆け抜けながら、途中に幾人もの青い軍服を着た者達とすれ違う。彼らは皆ぎょっとした顔で振り返り、


 「お、おい、待て!」


 と剣を抜いて追ってくる。


 「このクロムを素早く敵と見抜くとは、やるなッ」


 賞賛の言葉を送りつつも、興奮しきったクロムは気づいていなかった、自身がターフェスタの軍服を纏っていることに。


 クロムは息も切らさず走り続け、やがて備品を収納する倉庫部屋へとたどり着いていた。見張りはおらず、鍵もかかっていない。重い扉を押し開けて中に入り、スンスンと音をたてて鼻を鳴らした。


 「そこか」


 乱雑に置かれた品々を押しのけ、目当ての箱を開く。そこにきちんとしまわれていた白い弓を手に取り、頬をすり寄せた直後、入り口からばたばたとムラクモの輝士達が息を切らしながら飛び込んできた。


 「いたぞ……こんなところに……武器を持っているぞ」

 「脱走し武装した捕虜だ、かまわん晶気を使うぞ」


 クロムは瞬時に身構える。取り戻した弓を手に持ち、

 「我が君は無抵抗の者を殺めるなと仰せになった。彼らは敵意を剥き出しにしているが、主君の要求を凌駕する結果を出してこそのクロム。故に殺生なくこの場を収めてこそ我が力を示すことができるというもの――ッ」


 クロムは心の中で言うべき考えのすべてを口から吐き出していた。


 「なにをごちゃごちゃと――」


 強力な晶気を生み出し、襲いかからんとするムラクモ輝士達へ向け、クロムは弓を持って構える。そして、


 「ほあァッ!」


 絶叫を上げたクロムは、手にした弓を持ってムラクモ輝士達に殴りかかった。その瞬間、ターフェスタが誇る国宝、雪虎を木材として切り出して作られた極上の弓は、ただの木の棒へと成り下がっていた。


 だが、棒でどつくという単純な攻撃も、類い希な身体能力を持つクロムにかかれば、高い攻撃力を秘めた必殺の一撃となる。実際、輝士との対決を意識していたムラクモ輝士達は不意打ちに戸惑い、総崩れとなった。一撃、一撃と素早く木の棒はムラクモ輝士達の顔面を強打し、一瞬にしてこの場を支配する。


 弓を背負って肩についた埃を払い、クロムは鼻歌を歌いながら濃霧の中をゆったりと歩き出した。



 

     *




 ムツキを覆う霧の中で、各所から怒号と轟音、悲鳴が聞こえてくる。


 ムラクモの貴族家、ギオウ、モンフォル、キッシル、ゼイドルクの各家の若き輝士達は連れだってこの混乱の渦中に身を置いていた。


 「本当に戦いが起こっているのか……」

 「あのシガとかいう名の南方人の傭兵、あれが暴れているという話、事実みたいね」

 「どうするんだ」

 「どうするって、取り押さえるしかないだろう?」

 「他にもいるかもしれないじゃない」

 「あの傭兵の雇い主の従士長が首謀者? 今日、司令官代理に斬りかかったとかいう」

 「繋がっているな、だとしたらあの周辺の人間達は皆裏切り者になっている可能性が高い」

 「まさか、ジェダ様も?」

 「……いや、そんなまさか、な」


 口々に状況を整理しながら忍び足で進む四人。先頭を行くギオウ家の輝士が皆をその場に止め、


 「待て……聞き覚えのある声が聞こえる……アイセ・モートレッド」


 通路の先に、通路を照らす明かりを受け、明るい金髪をしたアイセの姿が辛うじて見て取れる。その周囲にはひげ面の大男、晶士であるシトリ・アウレールらしき人影、それに彩石を持たない傭兵達が数人行動を共にしているようだった。


 「あいつら……件の従士長が雇っている私兵達と共にいるぞ」

 「やはり、思っていた通りだったな」

 「どうする?」


 ギオウ家の輝士が身を屈めながら前へ進み、

 「私が仕留める。不意を打ち、一撃で全員を討つッ」

 腹の底に力を溜め、晶気の構築を始めたその時、


 「ほァァ!」


 突如、反対側の通路から、ターフェスタの軍服姿をした男が奇声を上げながら現れ、アイセ達に襲いかかった。手にした白い弓を木剣のように振り回すその男が不意を突いたにもかかわらず、


 「なッ?!」


 アイセは瞬時に上質の晶壁を作り出し、鋭い一撃を未然に防いだ。


 弓を持った男は風の壁にはじきとばされながらも体勢を立て直し、

 「素晴らしい、とても良い反応をしているではないか、お嬢ちゃん」


 アイセは晶壁を維持したまま、

 「お前、ターフェスタの!」


 「我が君の命により、気絶するまでしこたま殴らせてもらう!」


 「誰が殴らせるか! 待て、勘違いするな、私達は――」


 そのやり取りを呆然とみていた四人は、突如背後から聞こえてきた人の気配にぎょっとした。


 「くる、くるぞ、あいつだ!」


 霧の中に特段大きな人影が見える。


 四人の輝士達の脳裏に、戦場で暴れ回っていたその男の姿がよぎった。武装した輝士を、まるで人形を千切るかのようにいとも容易く殺していた姿を、だ。


 「ど、どうす――」

 「一時撤退だ、行け、行け!」


 四人は精一杯に小さく丸めた身体で、転がるようにして通路に面した一室に逃げ込み、扉に頑丈なかんぬきをはめた。


 四人は必死な形相で壁際に張り付き、息を殺す。


 一人が小声で、

 「なんで隠れた?!」


 「機を見るためだ、逃げたんじゃない……」


 「逃げて正解だ、あいつはまともじゃない、正面からやり合うのは愚策だ」


 「だからといって見過ごすつもりなんてないぞ、相手は裏切り者の大罪人、討ち取れば大手柄だ、あの馬鹿げた戦場で負わされた不名誉を洗い落とし、華々しく王都へ戻れる」


 「よし、全員で一斉に晶気を見舞おう、この霧だ、視界が悪いのは向こうも同じ、不意を突けば確実に倒せる」


 四人はそれぞれに顔を見て頷き合った。一人が腰を上げて扉へ手を向けたその時、


 爆音と共に、鍵をかけた扉が吹き飛んだ。完全に解放された入り口から、猛った顔で見回しながら姿を現した。


 四人は怯んで後ずさりながらも、

 「怖じ気づくな、や、やるぞ!」

 それぞれに晶気を操り、戦闘態勢をとる。だがその時、


 四人のすぐ真横、突如発光する晶気の塊が壁を突き破り、目の前すれすれを通り抜けた。その晶気は矢のような形状で、鋭く空気を切り裂き、外壁に面した外側の壁を突き破る。部屋の中に冷たい外気が流れ込んだ。


 人それぞれ、様々な晶気の有り様を見てきた輝士であれば、その威力を見て理解する。豪速でありながらはっきりと矢の形状を認識でき、厚い石壁を二枚抜いたその威力、その晶気を創造した者が、どれほどの高い能力を持っているかを。


 四人が作り出した晶気を放つ寸前で硬直していると、シガが入り口のほうへ顔を向け、怒鳴り声をあげた。


 「おまえ、邪魔する気か!」


 解放された入り口から、さきほどの弓を持ったターフェスタ輝士が姿を現し、


 「邪魔とは心外、不本意ながら私は君に協力しなくてはならないのだよ、それが我が天運を計る道具を破壊した憎き相手であろうとも、我が君の命であれば、このクロムは忠実にお言葉を実行するのみ」


 クロムはさっと視線を四人へ向け、

 「さて、ムラクモ輝士の諸君。その手にある晶気、使いようによっては即座に命を落とすことになるが、今後の予定を聞かせてもらいたい」


 クロムが白い弓を構えると、さきほど壁を貫いた晶気の矢が即座に構築された。引き絞った弓と呼応するように、まるで現実の矢のように晶気の矢はクロムの手に吸い付いて四人を狙う。


 シガがクロムから視線をはずし、ぎろりと四人を睨んだ瞬間、


 ギオウ家の輝士以外の三人が晶気を消し、その場に膝をついて両手を挙げた。


 「降参する、命だけは……」


 次々に命乞いを口にする仲間達に、ギオウ家の輝士も膝を折って手を上げた。


 遅れて入ってきたアイセが驚いた顔で視線を向ける。四人は咄嗟に顔を隠すように項垂れた。




     *




 破壊に伴う激しい音がそこかしこから聞こえる。


 「父上……」

 心配そうにテッサが呟く。


 バレンはテッサと共に一階の通路の片隅に身を置いていた。そこへレオンが息を切らして現れ、

 「父上、乱ですッ、あの南方人が暴れていると」


 バレンは置かれてあった木箱に腰掛けた。腕を組んで、

 「まさかとは思ったが」


 「シュオウ殿が加担を?」


 問うたテッサにレオンは首肯し、


 「そういう事らしいが、僕も詳細はわからない。皆混乱していた、情報も錯綜している。各所に散っていた輝士達が集まって討伐の支度をしていると聞いたけど……大事になるぞ、これは」


 二人の子供達に見つめられ、バレンは重く口を開く。


 「あの無謀な戦いを止められなかった。恩義ある者が大切にする者達を、守り切ることもできなかった。我が事として責を感じずにはいられない」


 難しい顔をして固まるバレンに、テッサが恐る恐る聞く。


 「どう、されるおつもりですか」


 バレンは視線を下げて口を歪め、

 「重輝士として、兵をまとめて謀反を鎮圧せねばならない。裏切りは大罪、罪を犯した者達を討ち取り、即断で処刑、生け捕りが可能であれば石落としの刑を受けさせる。やらねばならないことはわかっている、だが、あの者は部下達と、我が子を救ってくれた大恩人だ――――」


 若人達を束ね、上位の階級にある輝士として、適切な行動をとらねばならない。バレンはそれを理解していながらも、しかし動くことができずにいた。


 繰り返し、同じ光景が頭に浮かぶのを止めることができない。絶望を受け入れた直後、希望を背負って現れた、神々しいとさえ思ったあのときのシュオウの姿を。


 バレンは両手の拳を強く握りしめ、二人の子供達の前で膝を落とし、頭を下げた。


 動揺する二人へ向けて、

 「お前達にはすまないと思っている、だが、我が子らの命を救い出してくれた大恩ある相手に、剣を向ける気にはなれん。私はこれより、シュオウ殿に加勢する。同じアガサスの家名を背負うお前達には大きな苦労をかけるが、父は深界の毒に当てられ狂ったと言え。元帥は英明なお方だ、父の罪を子に問うことはなされないはず」


 バレンは目を閉じ、頭を下げた。すると、両脇から抱え起こされ、


 「おやめください父上」


 穏やかな声でレオンが言った。


 「そうです、もとより私達アガサスは三人で一つ、当主である父上の決定ならば、お供させていただきます」


 テッサが笑みを浮かべながらそう言った。


 バレンは二人を交互に見やり、

 「お前達……しかし……」


 レオンが手を離し、

 「あの方に恩を感じているのが父上だけだと思わないでください。僕からすれば姉と父を救ってくれた人物でもあるんです」


 テッサも強く頷いて、

 「私も同じ。恩ある相手の非常事態に、黙って見過ごせばアガサス家の名に傷がつく」


 バレンは潤んだ瞳を隠すように顔面に力を込め、

 「すまん、二人とも、感謝する」


 湿った空気を遠ざけるようにレオンが戯けて肩を竦め、

 「恩返しを最大の目的のようにおっしゃっていますが、結局の所、父上はあの人に惚れてしまったのではありませんか」


 くすくすと笑うテッサ。バレンはつられたように顔に皺を増やし、

 「そうかもしれんな。軍人として、戦場で死ぬことを望んでいた。どうせなら、あのような男に背を預け、死にたいと思ったのだ」




     *




 降伏させた四人の輝士達へ、食堂へ向かうようにシガは命じた。その際、次に同じ顔を見れば問答なく殴り飛ばす、という脅しを受けた四人は、叱られた子供のように何度も首を振り、承知を告げて去って行った。


 一仕事を終えたシガは、アイセ達の前で握った拳を見せ、


 「お前らどっち側だ」


 その途端、シトリがシガの足を踏みつけた。


 「いッてえな――」


 シトリは冷たくシガを睨み、

 「ばっかじゃないの」


 クモカリが進み出て、

 「そうよ、そういうの愚問っていうの。あたし達がシュオウの敵になるわけないじゃない」


 「知らねえぞ、わざわざあんな面倒なことに付き合ってやったってのに」


 目をそらして言うシガに、クモカリは柔らかく微笑んだ。


 「ありがと、心配には及ばないわ」


 アイセがぐいと身を乗り出し、

 「シュオウは今どこにいるんだ?」


 シガは、

 「さあな、あいつが牢に入れられてから一度も見てねえ」


 クロムが咳払いをし、

 「我が君ならばすでにお一人で上へと向かわれた」


 「上?」

 と、アイセ。


 「リーゴールとかいう名の者を倒すために出られたのだろう。あのご様子、酷く怒りに満ちておられた」


 アイセやその他の者達も息をのみ、沈黙する。


 アイセは喉を重く鳴らし、

 「本気、なんだな。ムラクモの重輝士、それも司令官代理の地位にある人間を殺しに行くなんて……」


 シガはふんと鼻息を吐き、

 「当然の報いだ、あいつがやらねえなら、俺がひねり潰してやる」


 「手伝いにいく」

 簡潔に一言そう言ったシトリに、アイセも同意した。


 「そうだな、上階には右軍の精鋭輝士部隊もいるはずだ、すぐに駆けつけて援護を――」


 シガがアイセの前に手の平を突き出した。


 「やめとけ、あいつに援護なんて必要ない」


 アイセは、

 「止めるつもりか?!」


 「行ったって無駄だ、あいつは必要ならそう言ってる」


 「でも!」


 クロムが腕を組んで頷き、

 「我が君の望みはこの拠点の支配、協力を望むのであればそちらに力をまわしたほうがいいのではないかね」


 アイセは大きく手を振り払い、

 「制圧って、こんな少人数でそんなことができるはずが――」


 突然、クロムとシガが部屋の入り口を鋭く睨んだ。その先から、


 「人数差があろうと不可能ではない」


 言いながら、バレン・アガサスと、テッサ、レオンの三人が姿を見せた。


 咄嗟に構えるシガとクロム。しかしバレンは淡々とした態度で、

 「敵ではない、我らアガサス家はシュオウ殿に加勢する」


 アイセは驚き、

 「本気、なのですかアガサス重輝士」


 シガは睨みを利かせ、

 「お前ら生粋のムラクモ人だろ、信じろってのか」


 クモカリが声をあげ、

 「この人達は戦場であたし達を守ろうとしてくれたのよ、信じられるわ」


 バレンは首肯し、

 「目的はこのムツキの制圧か?」


 問われたシガは躊躇いがちに頷き、

 「……ああ、抵抗する奴らを探し出し、潰していってるところだ。降伏か無抵抗の連中は食堂へ集めてる」


 「ならば、場当たりで対処していても無駄に時間を浪費するだけだな。降伏を申し出た者達全員を見張り世話をする人手もない……監視下に置けないのであれば、気を変えた者達の反抗にあうやもしれない」


 「ならそいつらも殺すだけだ」

 シガは犬歯を剥いて見せた。


 「死傷者は可能な限り減らす、無益な戦いは避けながら目的を達する」


 「どうするおつもりですか」


 アイセの問いにバレンは、


 「自分達の足でここから出て行かせる。もともと皆が疲弊している、いまさらムツキのために命を賭けようとするほど、兵の士気は高くない。彼らに理由を与えてやろう、戦わずに去るための状況と動機をな。輝士の数が減るほどに、抵抗を諦める者達も増えるだろう」




     *




 食堂に集められていた降伏した者、初めから反抗の意思を見せていない者達が東側の門前へと連れ出された。


 皆を誘導するアガサス家の面々を見て、ムラクモの輝士達は驚きを隠せなかった。


 「重輝士、正気なのですか?!」


 裏切り者達に協力するバレンへ、誘導される輝士が問いかける。バレンはいつもの強面ではっきりと首を振った。


 「皆が同じ事を聞く。何度でも言うが、覚悟の上の行動だ、報告の際にはそう伝えるがいい」


 「ご自身で築かれてきたアガサス家の名誉が地に落ちますよ……」


 「合理を越える意義を見つけることもある」


 バレンの態度は、その行為を恥じているわけでもなく、いつもと変わらぬ態度で淡々と場を仕切っていた。


 「一班を五名の編成、班ごとに水筒と携帯食を持っていくように」


 そう指示するバレンの声は、まるで訓練の指示を出す教官のように聞こえた。


 アガサス家、モートレッド家、アウレール家、各々に属する者達が物資を渡し、間隔をおいて白道へと送り出された。


 「行け、ユウギリへの無事な到着を祈る」


 送り際のバレンの言葉を耳に残しながら、ムツキを追い出された輝士は、治まらない苛立ちと不安に声を上げた。


 「馬も持たせずによく言う……正輝士となって、まさか徒歩で深界を歩かされるとは」

 「唯々諾々と言われるままに従ったが、本当にこれでよかったのか」

 「ジェダ様に加え、あの南方人の傭兵だ、戦場での戦いぶりが頭に浮かび、動くことができなかった」

 「退くべきじゃなかったんだ。人数差を考えろ、まとまってかかれば、いくら相手がずば抜けた強者だろうと確実にやれたはずだ」

 「距離を置いて待機し、後から来る者達と合流する、か。投降した輝士の中に、右軍の精鋭隊はいなかったな――」


 会話を交わす五人の輝士達が、一瞬足を止め、顔を見合わせた。だがその時、鋭く空気を切り裂く音が背後から迫る。音に気づいた瞬間、五人の真横すれすれを、一条の閃光が走り抜けた。


 全員が咄嗟に振り返り、背後を見やる。


 ムツキの門前に、米粒のように小さく見える人影があり、その者は白い弓を構えていた。


 「晶気、か……?」


 震える声で一人が呟く。


 「あの距離、だぞ」


 疑わしい、そう一人が口にした直後、眼前からまた、矢のような閃光が迫る。躱す、という判断に体を動かすよりも早く、その閃光は到達し、また五人の真横を通り抜けていく。さきほどよりも晶気は顔の間近を通り抜け、耳に強烈な風切り音を残していく。


 輝士達は振り返り、空中を駆け抜ける閃光を見た。


 「放たれた晶気が消えるところを見ていない、どこまで伸びたかわからないぞ」

 「あれはターフェスタの軍服だ」

 「見えているんだ、桁外れに腕の良い弓兵か……」

 「今までの二発を、わざとはずした、のか……」


 生か死か、そのどちらかを完全に掌握されている感覚に、五人は顔色を悪くした。


 輝士達はムツキのほうへ顔を戻さず、

 「数を揃えて反撃に出て、勝てたとしても、奴らを相手に全員無事にはすまないだろう。五人か、十人……それ以上が、死ぬかもしれない」

 「結局、責を問われるのはリーゴールだ。あんな連中のために僕らが命を賭ける必要は、ないッ」


 その後、五人は言葉を紡ぐことなく歩き出した。足取りは重くとも、迷いの一切は消えていた。




     *




 ガザイは混迷する城塞の内部を慎重に移動していた。


 城塞の内部は濃霧に支配されている。一歩先にある光景ですら霞んで見えづらく、まるで先の見えない闇の中を歩いているのと同じ状況である。


 霧の中、止めどなく悲鳴と怒号が遠くに聞こえる。偵察に出た部下からの報告で、音の正体を知ったガザイは、遭遇を避けながら、右軍の輝士達、それに部下達と共に最上階を目指した。


 広い階段を、音を立てないように昇る。すると、耳に響く音が、厚い壁をへだてたように遠くなったのを肌で感じた。


 「まだここまでは来ていないな」


 だが安心はできない。ガザイは襲撃にしくじった、もくろみはすでにジェダに知られている可能性が高い。


 ――ジェダ様が追い詰められていると感じれば、一か八か、捨て身でかかってくるやも。


 部下や一時預かりの輝士達が、黙ってガザイを見つめている。指示を待つ彼らに対し、


 「まずはゼラン様の無事をたしかめる。この霧だ、油断せず慎重に歩を進めるぞ」


 全員が黙して頷いたその直後、


 「ぐが……ッ」


 部下の一人が醜く喉を鳴らし、その場に膝から崩れ落ちる。喉を必死に押さえる手を、血塗れの女が真顔で押さえつけた。


 「な?!」


 蛇の手の部下達が姿を見せた。だが、彼らはウルガラの能力によって操られ、この城塞内部に潜伏していた者達だった。彼らは武器を手に持ち、各個に同士討ちを始めた。


 霧の奥におぼろげに、見知った顔が浮かび上がり、ガザイは吠えた。


 「ウルガラ、きさま正気なのか!」


 ウルガラの顔は死相が浮かんでいる。長時間、能力を使い続けて複数人の意識を支配し続けているせいだろう。本来、正当な生まれにはないウルガラの能力は安定に欠けており、使いどころはかぎられていたが、これだけの人数を的確に押さえ操るという技を、実際に彼女はやってみせていた。嬉しい誤算である以上に、しかしその発露となっている現状は最悪だった。


 声をかけても、ウルガラは黙したまま手を止めようとはしない。一人が殺され、また一人、また一人と部下達の数が減っていく。


 ガザイはウルガラを指さし、戸惑う輝士達へ告げる。


 「やつが元凶だ、狙え、殺せ!」


 優れた輝士達が一斉に晶気を構築する。だが、彼らはすぐに構えた手を下ろし、がっくりと項垂れた。直後、今まで操られていた者達が、糸が切れた人形のように、ばたばたと床に倒れていく。


 一人の輝士が、ゆったりと頭を上げると、その顔には大粒の涙が浮かんでいた。ガザイを睨むその目に、月のない夜よりも暗い、恨みの籠もった双眸に寒気が走る。


 「よくも私の愛する妻を……ッ、返せ、返せ、返せ、あいつを返せェ」


 独身であるはずの輝士は恨み言を吐き出し、長剣を抜き放つ。


 ガザイは恐怖し、後ずさった。


 輝士は剣の先を突き出して、ゆっくりと距離を詰めてくる。刃がガザイの喉元まで近づいたその瞬間、ウルガラの体がふらふらと揺れ、突然がくりと膝から崩れ、床に伏したまま動かなくなった。


 操られていた輝士達もまた、床に倒れ込む。


 ガザイは素早く倒れた部下の手から短剣を奪い、ウルガラの下へ駆け寄った。


 限界を迎え、意識を手放したウルガラの首に短剣の刃を当てるが、


 「――!?」


 階下から誰かが昇ってくる気配を感じる。


 ――まずい。


 ガザイは老いた体に鞭を打ち、すべてを置き去りにして、その場から逃げ去ろうとした、だが――――


 「……うッ」


 そこに、あるはずのない風の気配を感じとる。


 「無駄に勘が良い、そのまま行けば恐怖せず死ねただろうに」


 ガザイの額から冷や汗が流れ落ちる。振り返り、そこにいる人物へ頭を垂れた。


 「若君様……ご無事でなによりでございます……兄上様がご心配をされておられます、どうか、私と共にまいられ――」


 ジェダは笑みを浮かべた。その微笑は凄絶なほど冷ややかで、どんな色も窺えない。


 ――知っている。


 目の色を変えず、無表情に獲物を狙う蛇の顔。


 命を乞う、ガザイの頭はその感情だけが支配した。平伏するため、膝を折ろうと体を倒す。が、その途中でガザイは奇妙な光景を見た。


 下を見たはずの視界がぐるりと天井へと向く。そのまま視界が回転し、床が見え、また天井が見え、また床が見える。ぐるぐると視界が即座に入れ替わり、途中に酷く血に塗れた人体の破片がいくつも見えた。


 ――そうか。


 ようやく止まった視界に、まるで価値のない物を見るような、冷たい視線を送るジェダの姿がある。その背後に、もう一人の人物がいた。


 ――失せ物が。


 最後の思考は、その一言で終わる。薄れ行く意識の中で、ここ数日の間、なにより求めていたものが自ら姿を見せた事をおかしく思った。




     *




 「ジェダ」


 愛する者の声に呼ばれ、ジェダは微笑みを返した。


 「まさか、ここまで来るなんて」


 ジュナは片脇に杖を挟み、片側をリリカに支えられながら、そこにいた。


 「気になって、じっとしていられなかった。だって、今からお兄様に会いに行くのでしょ」


 「ああ、それが僕の――僕達の、今最優先でやるべきことだからね。驚いただろ、突然こうなって」


 「ええ、外の世界はやっぱり刺激が多い、一瞬で大きく状況が変わっていくのね」


 ジェダとジュナ、双子の会話は穏やかに交わされる。それは仲の良い兄弟のやりとりにも聞こえるが、二人の立つ間には、血と切り刻まれた老人の肉塊、悪臭を放つ臓物が散らばっている。


 戦場を切り取ったような悲惨な空間に、顔色一つ変えずに会話をする二人をよそに、ジュナを支えるリリカは、吐き気を堪えているように顔色を悪くしていた。


 ジェダは剣を抜き放ち、気を失っているガザイの部下、そして輝士達の首を刃で突き刺した。だが一人だけ、少女のように若く見える女だけは見過ごされる。


 ジュナは、

 「この子は?」


 「人知れず、敵の作戦を阻止してくれた功労者だよ」


 ジュナとリリカの視線が、気絶した少女へと集まる。


 「この子が、そう……」


 「期待していた成果には及ばなかったが、彼女は約束を守った。僕が約束した報酬は彼女の命と、彼女が大切に思うものの無事だ」


 ジュナは柔く微笑み、

 「それなら、その約束は守れそう」


 ジェダは頷いて、

 「じゃあ、行こうか。シュオウの様子が気になる、手早くすませてしまおう――」

 嬉しそうに笑みを浮かべ、

 「――もう、あれを生かしておく理由はなくなったからね」




     *




 「どうなっているんだ、この霧はいつまで続く、ガザイからの報告はまだか!」


 自室で少数の輝士を従えるゼランは、先ほどから続く異常な事態に気を揉んでいた。


 ゼランは苛立たしげに足を揺らしていたが、思い立ち、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。


 「もういい、ここにいても状況がわからん。司令官の下へ向かう、現状を把握し、方策を練る」


 ゼランの前で輝士が膝を折り、


 「ゼラン様、いましばらくお待ちを。城塞内部を謀反人と敵国の捕虜が動き回っているという情報があります。御身をお守りするためにも、人員の確保ができるまではどうかここで」


 ゼランは輝士を睥睨し、

 「十分に待った、指揮所で私が直接指揮を執る、そこをどけ!」


 輝士を蹴り飛ばし、ゼランは急くように通路へ出た。慌てて、他の者達が後を追う。


 ――ジェダめ、まさかとち狂ったのか。


 それは薄々感じていた事で、ガザイにジェダの拘束を命じてすぐに、ムツキに濃霧が広がったことに、繋がりがあるようにゼランには思えた。


 だがまさか、反抗するわけがない、という気持ちも未だ残っている。ジェダはサーペンティア家に対し恭順を示してきた、なにをされても最後には卑屈に微笑し、ただ自らの劣った存在としての運命を受け入れる、それがジェダという人間なのだ。


 深い霧に僅かな先ですらまともに視界が通らないなか、ゼランは苛立ちにまかせ、風の晶気を用いて霧を外へと吹き飛ばした。だが、


 「忌々しいッ」


 霧はまるで動じた様子もなく、またどこからともなく周囲を白く染め直す。


 縋るように後をついてくる輝士が、

 「牢に入れられていた聖輝士隊の長は、戦場で霧を操っていたという話を聞いたことがあります」


 ゼランは頬をひくつかせながら歯を剥き出し、

 「あの無礼な馬鹿女か、速やかに処刑しておくべきだったのだ」


 その時、輝士がゼランの軍服を引っ張り、強引に足を止めた。


 「なにをッ――」


 「ゼラン様、お待ちください、先に人影が、ァァ――」


 輝士は不自然に言葉を乱す。振り返る、すると背後から小さく、風の音が鳴った。シュッと、左右になにかが通り抜ける気配を感じる。その瞬間、目の前の輝士達の体が、バラバラに切り刻まれ、誰一人悲鳴を上げる間もなく、肉塊となって崩れ落ちた。


 ゼランは驚き、呼吸も忘れてその場で硬直する。背後から、コツコツと靴を慣らす音が聞こえ、


 「お待たせいたしました――兄上」


 聞き慣れた声にゼランは喉を鳴らしてゆっくりと振り返る。


 「ジェダ……きさま……」


 悠々と立ちはだかるジェダ、その背後にいるもう一人の姿を見て、ゼランは息をのむ。


 「お前ッ!」


 ジェダの双子の姉、ジュナがいた。よく似た顔で、二人揃って薄気味悪い薄ら笑いを浮かべている。


 「くうッ……」


 ゼランは高速で晶気を構築した。手刀のように振った手の先から、鋭利な風の刃が放たれる、はずだった。


 「な、に……!?」


 なにも出ない。手刀はただ空しく空を斬っただけ、だが確実に晶気を創り出した手応えはあったのだ。


 ゼランはまた同じ所作を繰り返した。だが、出ない。晶気の創造は叶う、しかし放ってもその先がないのだ。


 ジェダが一歩足を踏み出し、微笑した。


 「何度やっても無駄ですよ、同じ事象を操る者同士で戦えば、より力の強い側が勝つのは道理。そしてその差が圧倒的である場合、相手の生み出した物にすら干渉する事が可能なのです。と、言うほど簡単なことではないのでしょうが」


 言葉を聞いて、ゼランは腹の底から寒さを感じ、後ずさった。


 「そんな、ばかな、お前如きが――」


 「あなたはこれまで、多くのものに守られて生きてきた。現実を直視するのは辛いでしょう、ですが僕のほうはとても気分が良い。兄上にはわからないでしょうね、明らかに自分より劣った相手が、勝ち誇った態度で接してくる滑稽さと、それを黙って受け入れなければならなかった屈辱を」


 笑いながら近づいてくるジェダにゼランは恐怖した。叫びをあげながら、連続で風の晶気を創り出す。頭に思い描く鋭く力強い風刃はしかし、その姿を一度も現すことはなかった。


 後ずさり、やがて背後に壁が迫る。ジェダは重たい風を通路いっぱいに巻き起こし、ゼランの体を壁へと吹き飛ばした。足が浮く程の圧力、重さを感じるほどの風の強さ。


 「う、そだ――うそ、だ――」


 これほどの力をジェダが使えるはずがない。


 「現実を直視するときがきたのです、ゼランお兄様」


 ジュナが言うと、体を支えていた者から手を離し、杖を置いて、床の上を腕の力で這いながら距離を詰めてくる。片手には短い護身用の短剣が握られていた。


 ジェダの手元から吹き付ける風の質が変わる。その風は左右に分かれ、ゼランの手足だけを狙ったかのように吹き付け、拘束する。その繊細な晶気を操る術は、あまりにも傑出した才の片鱗を思わせた。


 ジュナはゆっくりと這いずりながら、言葉を紡ぐ。


 「お兄様は悪い人です、私がほんの些細な試みにしていたことを大きく膨らませてしまった。あの方にはほんの少し、いじわるな役をしてもらえればそれでよかったのに、あなたが突然現れて、すべてを変えてしまった。そのせいで、私とジェダが大切に思う人を傷つけてしまいました。もっと上手にやれたはずだったのに――」


 意味のわからない事をジュナは言う、その顔に、もはや微笑は消えていた。


 「――でも、その結果に私は満足してしまっている。多くの人の運命を変えてしまった、でも、少しも後悔をしていない。私達が持って生まれた血はとても愚かしい、冷酷で打算的で、ひとのことなんてなんとも思っていない。それがサーペンティア、度し難く、冷たい蛇の血を受け継ぐ一族です」


 ゼランの足をジェダの風が床に引きずった。腰が落ち、尻をつけながら手足を無様に押さえつけられる。這いずりながら近づくジュナと同じ視線の高さとなり、その手にある刃物を見て、より恐怖が増した。


 「やめろ、くるな、くるなッ!」


 「あなたが憎かった、私達にないものをすべて持っているお兄様が……」


 殺意に満ちたジュナの血走った眼が、真っ直ぐにゼランを捕らえてはなさない。


 ジュナはさらに距離を詰めつつ、

 「他の人達も連れてきてくださればよかったのに……みんな大嫌い、私の自由を奪って、お母様を死へ追いやって、私の大切な弟に、ずっと酷いことをし続けたッ」


 息がかかるほどの距離になる。ジュナは片手で体を支え、もう片方の手でゼランの太股に刃を突き立てた。


 「ぎゃああああッ」


 足腰の不自由なジュナの力は弱かった。刃は浅い部位を傷つけたのみ、致命傷にはならないが、刃物で斬りつけられる痛みは、ゼランにとっては未知の体験となり、正気を失わせる。


 ジュナは刺した刃を抜き、また刃を突き立てる。膝、すねを何度も突き刺し、それはやがて腹や胸へと至る。


 身体中を半端な刺し傷が侵していく。痛みを感じながら一切の身動きができない状況で、ゼランはひたすらに悲鳴だけを上げ続けた。


 傷は浅くとも、無数に刺され、大量に血が流れ出ている。


 強制的な眠りへ誘われるように、意識が鈍くなっていく。ジェダの風による強固な拘束は、いつのまにか消えていた。だが、もう体を動かす力を感じない。


 ジュナはそれでも刺すのをやめなかった。跳ね返る血を浴びながら、


 「さようなら、愚かで無能なお兄様。これからも私達は生きて努力を続けます。経験を活かし、次はもっと上手にやれるように……」


 瞼を下げながら、ゼランは自分を見下ろすジェダを見ていた。死にゆく過程で、見下していた弟の顔には、見た事もないほどの無色透明な、なんの色もないただの真顔が張り付いていた。




     *




 「現状の確認は、報告はまだなのか!」


 司令室でニルナ・リーゴールが叫んだ。


 「濃霧によりここからでは状況が一切確認できず、階下に送った者達も、未だに誰一人戻りません……」


 部下の言葉にニルナは唇を震わせる。


 城塞のどこかで大きな音が鳴った。その音が聞こえる度、司令室に詰めたムツキの上層部の者達は震え上がる。


 音の原因も、誰がしていることなのかも、逃げ込んできた者達の報告により、把握はしている。だが、ニルナは現状を未だ受け入れる事ができずにいた。


 「本当にその南方の輩が暴れているとして、ムラクモ輝士、それも右軍の精鋭隊をもってしても討ち取れないというのか……だとしたら、なぜそんな得体の知れないものが我が軍にいる……」


 ニルナは瞳を揺らしながら、自身の肩を抱いてさする。


 アスオンは部屋の片隅に座り込み、膝を抱えていた。


 アスオンは虚空を見つめたまま口を開き、

 「母上はご存じではないのですか、シガという男です、初戦でターフェスタの武将を容易く討ち取りました。あの……従士長に雇われている傭兵です」


 ニルナは微かに首を傾げ、曖昧に頷く。結局のところ、ニルナは戦争への関心を持ってはいなかった。軍や拠点の全容を把握できておらず、まかせている部下達にしても、あくまで内務に長けた者達を中心に揃えられた人員ばかりで、彼らもまた、真に軍の状態を掌握している者はいない。


 「僕がやるべきことだった、なのに、間違えた……なにもかも……申し訳ありません母上、私は、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまいました、ここへ来る……きっと、かならず……ッ」


 アスオンは頭を抱えて地面に突っ伏した。


 「アスオン様ッ、お気を確かに……」

 悲痛な声でトガサカが駆け寄る。


 ニルナは雷に怯える子供のように頭を抱える息子の姿を情けなく感じ、がっくりと肩を落とした。


 だが、一介の従士長を相手に怯えるアスオンを責める気にはなれなかった。事ここに至り、ニルナは始まりからの事を思い出す。


 ――兆候は、あった。


 はじめから、あの男は並の兵士らとは大きく違う性質を持っていた。多くの兆候があり、耳に届いた噂話の類もあった。当時の自分は、それらの情報すべてに一切の意味を感じていなかった。


 だが、今ならわかる。あの若き従士長が、決して存在を無視してはならないほどの強い影響力を持った人物だったということが。


 堅物で骨の髄まで軍のために尽くしてきたアガサス重輝士に、道理を曲げて命乞いをさせた。精鋭揃いのムラクモ輝士、そしてターフェスタの輝士でさえ、束になっても相手にならないほどの力を持った傭兵を従えている。ジェダ・サーペンティアは、まるで仕えるように側にいた。次代のムラクモ王、サーサリアが戦場の最前線にまで足を運んだのも、今ならその目的がはっきりと理解できる。


 ニルナは、華々しく優雅さと気品、強さを兼ね揃えていたアスオンが、弱々しく怯える姿に絶望感を抱いた。


 ――遅かった。


 知る事が、知ろうとする事が。


 「将軍、あの男が!」


 部下が叫んだ。守備についていた輝士達が通路へ出て行くが、いくつかの物音がした後、その男は無傷で司令室へと足を踏み入れた。


 ――シュオウ。


 ニルナは初めてその名を心の中で呟き、手をなぎ払った。


 「裏切り者だ、やれッ!」


 部下達が一斉に攻撃的に晶気を創造し、仕掛ける。が、シュオウはまるで、それらの攻撃が予めどのようにして繰り出されるか、わかっているかのように回避行動をとる。そして、身近な輝士の腕をとり、引き倒した勢いを利用してその腕をへし折った。


 それは、まるで仕込まれた演舞の様子でも見ているようだった。指先一つで人体を破壊する輝士の技がまるで意味を成していない。シュオウはその手で輝士の体や衣服に触れた瞬間、相手は倒れて悲鳴を上げ、戦意を喪失してしまう。その力の差は圧倒的だった。


 ――知らなかった。


 自身の軍に、これほどの人間がいたことを、改めて思い知る。彼はその時代に名を刻むかもしれない存在。それを英雄と呼ぶのなら、その怒りを買った者がどんな末路を辿るのか。


 まだ無事ですんでいる部下達は、目の前に現れたシュオウに怯えきっていた。晶気を向けようという者はもはやおらず、長年連れ添った部下達は皆、壁際で身を寄せ合い、縮こまっている。


 シュオウはその注意を、すでにアスオンへと向けていた。顔は激しい怒気の色が支配している。


 ニルナは歯を食いしばり、晶気を構築しようと身構えた。しかし、


 「すまない、少し遅くなってしまった――」


 部屋の入り口からジェダ・サーペンティアが姿を見せる。ニルナはジェダの片手にぶらさがるモノを見て、震え上がった。


 ジェダはシュオウと視線を合わせ、

 「――僕の用事は終わったよ。こんなもので申し訳ないが、これが少しでも君への償いになればと願っている」


 ジェダは片手に持った生首を掲げて見せる。苦悶の表情で固定された死相を晒すゼラン・サーペンティアの首だった。


 ジェダはまるで価値のない物のように、兄の生首を床の上に放り投げた。


 転がる生首を前にして、戦意を失った部下達が一斉に悲鳴を上げて目をそらした。


 「ジェダ、様……いったいこれは……」


 呼びかけに、ジェダは横目だけを向ける。寒々しい冷気を感じる視線を受け、ニルナは思わず一歩退いていた。


 シュオウは生首への注意をすぐに捨て、再びアスオンを激しく睨めつける。そして一歩前へ踏み出したその瞬間、


 「汚らわしい賊めがッ、坊ちゃまに指一本触れさせはせん!」


 刀を手にしたトガサカがシュオウへ襲いかかった。老いたトガサカの一撃は躱され、空を斬る。


 相手が老人とはいえ、シュオウは他の者達と同じように痛打を負わせた。流れるような体捌き、一挙手一投足のすべてが完成された芸術作品のように目を奪う。


 トガサカは悲鳴を堪えつつも、へし折られた腕を押さえながら床の上に倒れた。


 「トガ……サカ……」


 怯えきったアスオンが僅かに顔をあげた。


 シュオウはトガサカの握っていた刀をアスオンの目の前に投げ、


 「取って戦え」


 アスオンは目を細め、唇を震わせながら、剣に手を伸ばそうとはしない。


 ――おのれ。


 シュオウの死角に立つニルナは、再び晶気による攻撃を試みる。しかし、


 「余計な真似だ、将軍閣下」


 冷たい剣の刃が首に当てられた。剣を向けるジェダが、射貫くような鋭い視線でニルナに睨みを利かす。


 「くッ――アスオン、戦え! 気が狂った裏切り者達に鉄槌をくだすのだ!」


 アスオンはしかし、戦意なくシュオウをただ見つめていた。


 「……魔が差したんだ。あれは、僕が望んでいたことではなかった、ほんの少し、あなたを眩しいと思ってしまった、勝ちたいと思ってしまった、それだけだったのに」


 シュオウはさらに目に溜めた怒気を高め、


 「死んでいった仲間達は、俺にとっては家族だった。生きていたんだ、全員……なのに、お前が無理矢理死に追いやったッ。剣を取れ、無抵抗の人間を殺したくない、あれだけの事をしたのなら、最後までそれらしい態度をしてみせろ! 戦え、抗えッ!」


 シュオウの激しい恫喝を受け、アスオンは絶望を顔に貼り付けて、首を振り続ける。


 「いやだ……いやだ、いやだ……こんな不名誉を抱えたまま、こんな死に方はしたくない……お願い、します、助けてください、あなたのためにどんな事でもする、償う機会を与えてください、金でも、労働でも……あなたのために仕えてもいい……どうか、お願いします……許してください、僕はまだ、死にたくありません」


 身を縮め、謝罪と償いの意思を口にする。変わり果てたアスオンの無様な姿を前に、ニルナは目に涙を溜めて我が子から目を背けた。


 「死んだ仲間達も、誰一人死にたいとは思っていなかった。戦場にでる覚悟のなかった者達もたくさんいた、皆、お前達のために洗濯や掃除、荷運びをしていた者達だったッ、彼らにはもう、どんな機会も残されていない」


 アスオンは床に手を置き、土下座の姿勢をとった。涙に震える声で、


 「ごめんなさい、ごめんなさい。お願いします、本当の僕はこんなことをする人間ではありません。償いたい、やり直したい、許してください、許して、ください……ッ」


 シュオウを支配していた怒りが和らぎ、その顔に苦しさが滲む。


 「………………許したい、でも、今はそれ以上に、お前の首が欲しいんだ。立って戦え、でなければ、今すぐその背中に剣を突き立てる」


 名誉を重んじる輝士として、背中に傷を負うことの意味を、アスオンも理解している。


 アスオンはゆっくりと頭を上げ、目の前にあるトガサカの武器を握った。


 「アスオン、坊ちゃま……」


 アスオンはトガサカへ頷き、立ち上がった。その目に、ようやく戦う意思の光が微かに宿る。


 アスオンは晶気を繰り出した。リーゴールの血筋に代々受け継がれる、粘性を持つ水を操る力だ。しかしそれはアスオンの手元には現れず、天井高くより生じる、対する者の不意をつく粘り気のある水は、体や衣服につけば、身動きを封じられるほどの粘度を有する。体術を得意とする相手には、相性の良い能力といえる。


 一瞬の事、ニルナはアスオンの勝機の片鱗を見いだした。しかし、


 晶気がシュオウへ届く前に、その身体は予期していたかのように位置を代え、水はだらりと糸を垂らし、音も鳴く床の上を汚しただけに終わった。


 「それだけか」


 抑揚のない声、シュオウは一言そう言うと、前へ踏み込み、アスオンの手首を捻って武器を奪い、ほんの少しもためらうことなく、息を吸って吐くように、首に当てた刃をひいた。


 粉のように細かい血が、アスオンの首から噴き出した。首を押さえて膝から崩れ落ちる我が子を前にしてニルナは、


 「あああああああああああッ――――」


 半狂乱で叫ぶニルナの首を、直後にジェダが深く切り裂いた。


 血を零しながらのたうち回るニルナは、出血し崩れ落ちたアスオンの下へと這うようにして近づいた。側に身を置き、我が子の背に顔を乗せ、短い痙攣を繰り返し、目を見開いたまま死へと至った。




 「ニルナ……様……アスオン……坊ちゃま……あああ……ッ」


 トガサカの悲鳴に近い泣き声が木霊する。倒れたまま、落ちていた輝士の長剣の刃を手で掴み、自身の首へと突き立てた。


 三人の死体を前に、シュオウはだらりと刀を下げたまま、微動だにしない。


 ジェダはシュオウの顔を覗き込み、

 「報いは受けさせた、君が望んだ通りにね。司令官を討ち取り、正当な理由を持って復讐を果たし、君は勝ったんだ、誇っていい」


 シュオウは白くなった顔で、

 「そんな気持ちにはなれない…………嫌な気分だ……」


 ジェダが驚いた顔で、

 「シュオウ、首から血が――」


 シュオウは首を撫で、血に汚れた手の平を見つめる。


 「ああ、確実に避けたと思ったのに、寸前で刃が伸びてきたんだ――」


 自刃したトガサカへ視線を送り、


 「――こんなところに、凄腕の剣士がいた」


 切られたのは薄皮一枚程度、小さな傷ではあるが、しかしそれは並の者では確実に到達できなかった領域である。


 ジェダもトガサカを見つめ、

 「世界は広い、ということか。僕らはこれから、そこで勝負しなければならないんだ」


 シュオウは頷き、トガサカの傍らに、彼の持っていた刀を置いた。


 「バリウム侯爵を迎えに行く。追っ手を気にしながらここを出る気はない、中の掌握を進めるぞ」


 「承知した。だがその前に、裏切りの証明を確保しておこう、僕らの今後を決めるかもしれない、重要な証拠品だ。君達――」


 ジェダは部屋の片隅で固まっているニルナの部下達へ声をかけた。彼らは目を合わせないように必死に俯いている。


 「――心配はいらない、無抵抗の姿勢を維持するなら、無事なままこの嵐をやり過ごせる。君達には、この親子の遺体を運ぶのを手伝ってほしいんだ。ちょうどいい入れ物が僕の部屋に置いてあってね」


 ジェダは言って、自身が放り投げたゼランの首を拾い上げた。


 シュオウは死者の群れから視線をはずす。強く望んでいた目的を果たしても、晴れやかな気持ちは、微塵も感じられない。


 許して欲しい、そう言い続けていたアスオンの命乞いが、いつまでも耳について離れなかった。




     *




 ミオトは牢部屋にこもり、ルイとバリウム侯爵の警護を受けながら晶気の展開を続けていた。しかし、


 「敵が、こないな……」


 そっと呟いたミオトへ、


 「はい、ダーカ隊長」


 「地味、だな……」


 「地味が一番です」


 静けさのなか、淡々と時が過ぎていく。


















     *



     *



     *














 その日、ターフェスタ公国領内は冬の嵐に見舞われていた。


 大粒の雪が降りしきるなか、時折、怒りを溜め込んだかのような雷雲の唸りが、ゴロ、と重く響いて天空を揺らす。


 不穏な空の下、ターフェスタ領主の城に多くの臣下、輝士達が集っていた。彼らの注目を一身に集めながら、ショルザイが身振り手振りで話を紡ぐ。


 「――――以上が、このショルザイ・バリウムが無事に祖国へ帰還するに至った経緯であります」


 やや誇張を含みつつ、しかし野太くよく通る声で、まるで歌劇のように一連の出来事を語ったショルザイへ、しかし拍手は一つも起こらない。聴衆達の囁き声と厳しい視線は、自然、玉座の前で膝を屈するシュオウ達へ寄せられた。


 ターフェスタ大公は困惑の表情を浮かべていた。目の下は寝不足か、病んでいるかのように黒く染まり、口角は下がりきっている。


 大公の両翼には、冬の花の紋章を携えた二人の男女が控えていた。一人は長衣を纏った品の良い長髪の男、もう一人は優しげな顔付きをした美しい女である。


 長髪の男はシュオウ達のほうを見つめながら、にっこりと微笑んだ。すると、シュオウと共に控えていたクロムが、


 「ふん」


 と機嫌を損ねたようにそっぽを向く。


 大公は深い呼吸を数度繰り返し、


 「今、我が義弟より発せられた話、にわかには信じがたい。が、私はお前を覚えているぞ、ムラクモの従士。この件の首謀者が、あの時の者であれば納得もいく。悪逆なるムラクモに囚われていた親愛なる義弟と捕虜を救い出し、崇高なるリシアの聖輝士達をも救出した、その功績は無視できない」


 ショルザイは再び口を開き、

 「殿下、この者とその部下達は、戦いにおいて類い希なる才を持ち合わせております。戦果は著しく、少数でありながらあのムツキを一時手中へ収めてみせました。ここへ並べたいくつもの戦利品が、その力を証明しております――」


 ショルザイは玉座の足元へ並べられた、シュオウの持ち物を指さしていった。それらの品は、名のある剣士の剣やムラクモ王国軍からの勲章、リシアより贈られた褒賞品や感謝状もそえられている。


 「――命懸けで我らの脱出に協力した者へ、どうかその功に報い、この者に機会をお与えください」


 「……機会、とは」


 ショルザイが振り返り、シュオウへ向けて頷いて見せた。


 シュオウははっきりと顔を上げ、

 「兵をお与えいただければ、ムラクモの領地、ユウギリを落とし、殿下に献上いたします」


 聴衆達の間から、地鳴りのようなどよめき声があがった。人々の間から、


 「信用できるものか、ジェダ・サーペンティアがいる、神を冒涜する大罪人だ!」


 そうだ、と次から次に声が上がった。


 大公は同意を告げ、


 「たしかに、私はそこに控えるサーペンティア家の公子に処罰を下すはずだった。尊厳もなく輝士の身体を傷つけるような輩を、どうして信用することができようか。バリウム侯爵を我が義弟と知りながら、それを利用して我らを欺こうという魂胆なのではないのか、そうした疑念は消えることはない」


 聴衆達の間から、大きく拍手が上がった。


 シュオウは後ろを振り返り、シガへ合図を送った。シガが大きな樽を担ぎ、その中身を絨毯の上にぶちまける。


 樽の中から二人の遺体と、人の頭部が転がり落ちる。見ていた者達は小さく悲鳴をあげ、最前列に立つ者達は一斉に鼻を覆った。


 ショルザイは覗き込むように背を伸ばし、

 「その者達は……」


 「ムツキの司令官ニルナ・リーゴール将軍、そしてその子息の司令官代理、アスオン・リーゴール重輝士、この頭部は、サーペンティア家の長子、ゼラン・サーペンティアのものです」


 場が騒然とするなか大公は鷹揚に頷き、

 「さきほどの話、これもその証拠というわけだな」


 「はい、私はムラクモの大敵となりました。このジェダも、兄をその手にかけています、それにこの男は――」


 シュオウは立ち上がり、すぐ側に控えていたジェダの顔面を殴りつけた。倒れ込むジェダの顔を靴で踏みつけにし、


 「ご覧のように、この男は私に従い、意のままに動きます。ジェダ・サーペンティアがこの国の輝士達を惨殺してきたことには、その生まれによって行動を強制されていたために他なりません」


 シュオウは背後を見やり、車椅子に腰掛けたジュナと視線を合わせる。彼女の周囲に控えるアイセとシトリは、突然知らされたジュナの存在に、未だに戸惑いの態度を隠せていなかった。


 ジェダの姉弟でありながら、彩石を持たないその姿は、聴衆達の好奇の目を集めていた。


 大公は再び頷き、

 「家族を守るためにしかたなくそうしていた、と?」


 シュオウは首肯し、

 「この者の力はご存じのはず、お許しをいただければ、今後その力はターフェスタの勝利のために使われることになります。それをあがないとして、罪を償う機会を、この者にお与えください」


 大公は計るようにじっとジェダを見つめる。内に秘めた考えが、表情や目つきから、決して悪いものではないという空気が伝わった。そこへ、


 「いけません、殿下!」


 謁見の間の奥の控え通路から、声があがる。そこから姿を見せた者に、皆は一瞬時を忘れて息をのんだ。


 「プラチナ様……」

 「プラチナ様だ」


 白銀の髪をなびかせ、プラチナ・ワーベリアムが鎧姿で颯爽と姿を現した。


 プラチナはシュオウ達の横を通り抜けて玉座の前に膝を折り、

 「ターフェスタ大公殿下に拝謁いたします」


 大公は頬をひくつかせ、

 「控えていろと言いつけてあったはずだが」


 「耐えきれず、参上いたしました。殿下ッ、このような者達を信じてはなりません! いかなる理由があろうとも、仕える主を惨殺し、その遺体を身を立てるために利用しようとする不誠実な者に大権を与えるなど、絶対にあってはならないことです」


 言葉はなくとも、聴衆達の多くがプラチナの言葉に頷きを繰り返している。


 大公は歯を食いしばり、震える拳を玉座に叩きつけた。


 「黙れ! 身分を考慮し恥を欠かせないよう後で話そうと思っていたが、お前は勝利を目前にしておきながら軍を退いたという報告があがっている。私はムラクモの領土をとれと命じたのだ、第二戦、大勝した後に敵地へ攻め上れば、ムラクモの拠点を落とせたと主張する者達も多い、絶好の機会を捨てておきながら、大公たる我が意に、臣下の前でけちをつけるつもりなのか!」


 怒りを露わにする大公に対し、プラチナはたじろいだ様子で、

 「それは……ッ」


 「お前が我が命を守り、敵拠点を落としてさえいれば、その時点で我が義弟と聖輝士達は救いだされていただろう。だが実際にその者らを我が下へ連れてきたのは、お前のいう不誠実な者達ではないか! お前を信じ大権を委ねた私を裏切っておきながら、不誠実とはいったいだれのことを言っているッ!」


 大公は前のめりで立ち上がり、顔を赤くして怒鳴り散らす。直後にふらついた体を、控える女の輝士が支え玉座へ戻した。


 プラチナは顔を沈め、沈黙した。シュオウの見る角度から、彼女が苦渋に満ちた顔付きで唇を噛んでいる様子が見て取れる。


 静まりかえった謁見の間で、大公は息を荒げながら手を振りかざす。


 「ターフェスタ大公ドストフとして、バリウム侯爵の強い薦めを受け入れることとした」


 プラチナは切羽詰まった顔をして、

 「殿下……」


 人々が騒然とするなか、大公は一枚の書簡を取り出して皆に掲げ、

 「教皇聖下よりお言葉をいただいている、神に仕える神聖なるリシアの宝を、二度も無事に我が下へ送り届けてくれたことに強い感謝の念を感じている、その者の処遇について、良いようにしてほしい、とのこと。私はこの聖下のお言葉も、無視することはできない」


 それを聞き、不満を漏らしていた者達は突然に押し黙った。


 大公は書簡を控える者達に預け、


 「シュオウ、といったな、大変に異例ながら、その身に東滅軍の指揮権を与える。よって大公たる我が権威において、軍を率いるに相応しい身分として准砂じゅんさ将軍の階級を仮のものとして貸し与える。言った言葉通りの結果を出せば、正式にリシアへ承認を求めることも検討しよう。彩石を持たぬ者に与えられる将の階級となるが、歴史上この地位についた者はそう多くはない、励みになるだろう」


 顔を踏みつけにされたままのジェダが目を合わせ、一瞬だけふっと笑みを浮かべた。


 しかし再び、聴衆達が異口同音に抗議をしはじめた。それらは制御できないほどの騒音を奏でるが、進行を司る官吏が鳴らした鐘の音によってようやく鎮まった。


 大公は皆を鋭く睥睨し、

 「私は多くの者達に侮られているようだ。この者は義弟の恩人ではあるが、突然現れたよそ者であることに他ならない。当然の事ながら人質をとり、そのうえで派遣軍の監視役として後見となる者を据えることとする。誰にするかは――」


 「殿下、僭越ながら私がその不名誉な役、お引き受けさせていただきましょう」


 言って前に出てきたのは、高位の軍服を纏った老女だった。彼女は皆の囁き声を背負いながら、プラチナの横で膝を折り、頭を垂れる。


 「ボウバイト将軍……本心からの言葉か」


 ボウバイト将軍は首肯し、

 「我が孫娘が、この男に深界において度々命を救われたと、朝な夕なに聞かされていたのです。これはその恩義に報いる好機になるかと」


 ボウバイト将軍は振り返り、シュオウと目を合わせた。しかし、その目は感謝の念を抱いている気配など微塵もなく、まるで殺意を秘めているかのように鋭く、厳しい。


 ボウバイト将軍は大公へ視線を戻し、


 「寸前まで戦っていた相手、それも恨みあるムラクモの出の者が上についたとて、兵士達も大人しく命に従うとは思えません。私が監視し、軍容を正します。そしてこの者の真意を見定め、だいそれた事を口にしただけの無能であると判断した場合、ターフェスタに仇をなす前に、即刻戦地にて我が手で始末をつけさせていただく所存」


 「それなら――」


 と、大公の側に控えていた長衣を着た男が声をあげ、


 「――私も参りましょう」


 大公は驚いた顔でその男を見上げ、

 「ネディム、お前まで……」


 ネディムは優しげな顔で微笑み、


 「ボウバイト将軍が恩義を口にされました、そうであれば、私も弟を敵地より連れ戻していただいた恩義がございます、ご許可をいただけるのであれば、冬華六家の一員として、殿下のご命令が滞りなく実行されるよう、助力をさせていただきたいのです」


 その言葉に、クロムが、へ、と冷めた笑声を一つ零した。


 大公は拳を握り、

 「よかろう。二人の申し出、許可を与えることとする、本日は以上だ。お前も、それでよいな?」


 大公の濁った眼に見つめられ、シュオウは膝をついて深々と頭を下げた。


 「大公殿下の大恩に深く感謝し、謹んで御命を拝受いたします」




     *




 夜を前にして、ターフェスタ領主の城は、暗雲に覆われ、ほとんど闇の中にあった。


 玉座の間を離れ、シュオウは人気のない通路に、仲間達と共にその身を置いていた。


 ショルザイがそこへ現れ、シュオウの肩に手を置き、

 「うまくいったな」


 シュオウは頷き、

 「はい、おかげで」


 「約束が違うぞ、せいぜい傭兵隊として雇い入れるように進言するつもりだったが、派遣軍の指揮官につけろとは、無茶な内容だったな。もっと手こずると思っていたんだ。正直、俺もこうもすんなり義兄上が受け入れるとは思わなかったが、ワーベリアムが口を挟んでくれたおかげかもしれんな。諸侯らの前で忠言すれば反発する、あの見目麗しい銀星石の主にはそれがわかっていないのだ――――どうだ、少々不穏だが、望んでいた状況はとりあえずは整っただろう、これで借りは返せたか?」


 「十分すぎます、本当にありがとうございました」


 「よし、ならいい。それにしても、自分で見捨てておいてよく言えたものだ、義弟を救い出したなどと――」


 ショルザイは憎々しげに顔相を歪めて言った。


 「――俺はこれからすぐに領地バリウムへ戻り、地盤を固める。そちらも上手く成果を出せるよう健闘を祈る。では、また会おう、仮の准砂殿」


 ショルザイは待機させていた配下の輝士達を連れ立って、足早に去って行った。


 ジェダが隣に立ち、手巾に血を吐き出しながら、

 「もう少し手加減してくれてもよかったんじゃないか、歯が折れていないか一瞬不安になったじゃないか」


 シュオウは冷たく横目で睨み、

 「やれと言っただろ、派手に大袈裟にとしつこく」


 聴衆の前で殴り、踏みにじるように求めてきたのはジェダ本人である。敵視と疑いの目を持つターフェスタの人々に対し、少しでも感情を和らげるようにとの意図ではあったが、シュオウにはその行いに意味があったのか、よくわからないままだった。


 「危ない橋だったが、最初の一歩は無事に踏み出すことができたようだ」


 「そうだな……」


 シュオウは大勢の者達の運命を道連れにしたことを自覚していた。生まれ故郷を捨てたクモカリ、名のある家に謀反人の輩出という汚名を残してついてきたアイセやシトリ、長らくムラクモ王国軍にその身を捧げて生きてきたアガサス家の面々は、みなが見ている前でシュオウに膝を屈し、命懸けで付いていくことを宣言して見せたが、彼らはその決断により多くのものを失った。


 付いてくることを決意した者達の中でも、とくにアイセの表情は暗かった。ムラクモに残してきた一族の身を案じているのだ。


 「もう俺一人の事じゃない、ここから先は一歩でも踏み間違えることはできなくなった。早々に結果を出し、信頼を得る。そしてもっと大きなものを手に入れる」


 シュオウは決意と戒めを口にする。


 ジェダはまなじりを尖らせて、

 「わかっているのか、この国で大望を持てば、かならず立ちはだかる高い壁を倒さなくてはならない」


 言ったジェダの視線の先に、一族の輝士達を従えたプラチナの姿がある。プラチナはシュオウに気づき、鋭く目を光らせ、睨みを利かせた。


 シュオウはまっすぐプラチナと視線を交わし、

 「ああ、わかってる」


 プラチナは険しい顔をふいと背け、その場を去って行った。


 「ここで実績を重ねて、手の届くものはすべて手に入れる。そのためなら銀星石も攻略する、俺たちならそれができる――」


 シュオウは背後を振り返り、通路の奥の闇へ向け、


 「――そうだな?」

 と問いかけた。


 その時、雷雲が激しく音を鳴らし、雷光が一帯を白く染め上げる。窓越しに差した白光に照らされた通路に、二人の人物の姿が浮かび上がった。


 一人はターフェスタの元宰相、おどおどとした態度で、見違えるほどみすぼらしい格好をしていた。もう一人はぎょろりと飛び出た大きな双眸をまっすぐシュオウへ向け、轟く雷鳴を背負いながら、


 「当然、でありますッ」


 フクロウ、とそう呼ばれていたその男は、そう言ってにたりと笑みを浮かべた。














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小説の表紙
― 新着の感想 ―
これだけ、「王」とか「覇者」って言葉が似合う主人公も滅多に見ない。吹っ切れたシュオウはカッコいいっすねぇ!!
元宰相閣下もきちんと回収されてて草
フクロウ!そうじゃん!やばい!あつすぎる!
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