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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
開戦編
71/184

曇天下の戦い <後>

 曇天下の戦い 2






 その眼の鈍い輝きには、たしかな見覚えがあった。


 それは、この場にあるなによりも強い。


 悪意を含み、なによりも純粋に、迷いなく目的を遂行する意思を秘めている。


 開いたままの口をだらしないとは感じない。大きく片目を塞いだ黒い眼帯に、不利を抱えた様子もない。武器も持たず、彩石もなく、二本の足で地に立つ。


 視界に映る他の誰よりも、その男は強かった。


 馬上から晶気による攻撃を仕掛けた。すべての状況が、自身の有利を告げている。


 相手は難なく攻撃を躱す。わかっていたことだ。彼はここへ至るまで同様の事を繰り返していた。


 次の手は用意している。抜き放った長剣をすれ違いざまに薙ぎ払った。


 剣は空を切り裂く。伸ばした腕が地面へ吸い込まれ、身体は白道の上に投げ出された。これもまた、わかっていたことだった。


 次に起こる事もわかっていた。手か足か、あらぬ方へと体の芯たる骨を折られるのだ。


 脱力する。早くしてくれと、卑屈に願った。

 だが、男は手を下すことなく前へと進む。

 顔を上げた。


 とどめを忘れたのか。そんな甘い考えが脳裏に浮かぶ。無防備な背中を前にして、一滴の欲が湧いた。


 打ち付けた身体以外に怪我はない。伏せた姿勢のまま、晶気を構築した。


 僅か、男が振り返り、鋭い視線が一瞬合わさる。戦慄と、同等の畏怖に気圧され、息を吐く方法すら忘れた。


 瞬間、その眼の輝きを思い。飢えた獣。一点に収束した本能を実行するだけの存在。


 餓狼のようなその眼が告げていた。おとなしく、じっとしていろ、と。


 伏したまま、はい――と、小さく呟いた。

 期待を込めて創造したはずの力は、もはや跡形もなく霧散している。


 輝石の色の有無も忘れた。自信、誇り、人の世界で選ばれし存在であったことも。もう、自身の名さえ思い出せない。


 ただ、生物としての本能が、逆らうなと全身に告げている。


 叶うなら、ただじっとこの男の前に跪き、許されたいと、切に願った。




     *




 ムラクモ軍から放たれた巨大な晶気の塊が自軍深くへ突き刺さった。


 現状を知ったゴッシェは息を呑み、

 「晶士隊に直撃したのか……まさか……」


 急ぎ駆けつけた現場の被害は甚大であった。

 眼前に横たわる無数の晶士、兵士達。僅かな生存者はしかし、各々が重症を負い、再起が危ぶまれるほどの状態にある者も少なくない。彼らは自身の口で助けを求める余力すら持ち合わせてはいなかった。


 漂い出した陰の気配を掻き分け、ゴッシェは手薄となった自軍左翼へ向かう。


 途中、立ち尽くす兵士達が障害物となり、幾度も身体にぶつかった。


 「どけッ――」


 意を汲み、行動を共にする親衛隊が前方に壁を成すように展開し、道を拓いた。


 大剣を肩に乗せ、大股で前進を続ける。


 ――おかしい。


 自陣を汚染する得体の知れない感覚を肌で感じる。すれ違う者たちの顔に覇気がなく、息も浅い。戦に臨む興奮は微塵も窺えず、皆、司令官であるゴッシェを見た途端、怯えと罪悪感にも似た複雑な顔色を見せるのだ。


 「な……」


 前から起こる、ありえない光景を目にし、ゴッシェはその場に立ち尽くして絶句した。


 それは、通常ありえない、あってはならない人の流れ。

 前から後ろへ向けて、自軍の兵士らが、雪崩のように後退する様が繰り広げられている。


 しばしの間、呆然として佇んでいたゴッシェは突如目を見開き、引き返す兵士の一人を片手で掴みあげ投げ飛ばした。


 「前を向けッ、許可なき後退は重罪に処す!」


 声を張って言ったゴッシェに、しかし注目する者はほとんどいない。


 逃げ惑う者達は一様に、押し寄せて来るなにかに怯えているようだった。


 「報告ッ――」


 物見から戻った親衛隊の一人があげた報告により、ゴッシェはようやくこの事態の原因を知る。


 聞き知った情報を元に、駆け出した先に、その男達は居た。


 右方に尋常ならざる怪力で暴れる巨体の南方人。しかし、左手甲に彩石を鈍く光らせるその男よりも、前に在るもう一人の男へゴッシェの目は釘付けとなっていた。


 銀髪隻眼。痩身の若い男だ。北方、同族の特徴を濃く帯びたその男は、ムラクモの茶色い軍服を着て戦場に立っている。石の色は濁った白。それは持つ者が並の存在であることをなによりも鮮明に証明していた。が、


 ――なんだ、あれは。


 瞳が映す世界。注視したその相手は、並のそれとはかけ離れ、今まさに多くの兵士をなぎ倒しつつ、躍動している。


 素手のまま生身で舞うように戦果を上げる。その両手が生み出す結果はまさに、異常である。


 手足、肘膝。あらゆる部位を用い、人体を掌握した途端、対象とされた者の腕、足があってはならない方へと折れ曲がる。直後、まるで玩具に飽きた子供のように対象を切り替え、次から次へとその奇妙な技の餌食とする。


 人体を破壊された者たちの悲痛に満ちた濁った叫びが、耳朶を残酷かつ不快に犯していく。


 人は感じ、伝え合う生き物だ。一つ所から発生した恐怖は波紋の如く広がり、伝染する。


 正しくあるはずの物が破壊される。目に見える、恐怖。

 危険を伝えるために発せられる耐え難い痛みに悶える悲鳴。耳に汚れを運ぶ、恐怖。

 正常が損なわれ、戦意を失う。勇気を蝕む、恐怖。


 まるでそれは、そうするためだけに編み出された体術のようだった。美しいと感じるほどの流麗な所作。服に汚れ一つつけぬほど洗練された回避の動作。見たこともない洗練された技の数々が、他ならぬ、年若い濁石を持つ一人の男によって行われている。


 ――これは現実のことか。


 一時、眼前の光景に見入っていたゴッシェを親衛隊の輝士が発した声が呼び戻した。


 「ゴッシェ様、ご指示を!」


 呆けていた意識を慌てて洗い流す。前にあるのは二つの恐怖の根。断たねばならない。


 ――あれは真の猛者だ。


 一瞬の思考の後、

 「総掛かりであれを今すぐ――眼帯の男を討ちとれッ」


 指さした先、隻眼のムラクモ従士へ向け、直後に選りすぐりのターフェスタ輝士らが襲いかかる。


 逃げ惑う兵士達へ活を入れつつ、ゴッシェは前の様子を観察する。


 長槍を握る輝士が六人。全員が一人の従士を狙って動き出す。本来なら圧倒的有利なはずの状況。しかし、固まって群れた自軍のなかにあって馬の機動力は本来の力を発揮できず、また味方に当たることを厭い、遠隔攻撃用の晶気を放つこともままならない。


 親衛隊輝士はそれでも、熟練の技を活かし左右から二人の輝士が交差するように標的へ槍の一撃を仕掛けた。


 二本の槍は虚空を穿つ。それだけでは終わらなかった。次に起こった事にゴッシェは自身の目を疑った。槍を突き出した二人の輝士の身体が、直後にふわりと浮き、落馬したのだ。各々の手首には吸い寄せられたように隻眼の男の手が掴んでいる。決して軽くはない装備に身を包む二人の輝士を、その男は難なく掴み、駆け抜ける馬の上から引きずり降ろした。


 落馬した二人の輝士は惨い末路へと至る。手足を一瞬で破壊され、叫びと共に虫のように地面を這う様を晒す。治癒の見込みを想像できぬほど、その有様は酷く凄惨だ。


 「こんな人間が…………」


 無意識に口をついて出た言葉。ゴッシェは、この見知らぬ男の技に見惚れ、感心していた。味方を手酷くやられた事への怒りが湧かない。起伏激しく波打ちながら沸き起こった感情は内へと留まり、感傷に浸る自身の軟弱さを酷く露呈させた。


 圧倒的存在感を持って戦果を上げる活躍ぶり。その身には一つの汚れも見えず、見開いた猛禽のように鋭い眼には一切の濁りもなく、一見してだらしなくも見える半開きの口には気負いも窺えず、額には一滴の汗も浮かんでいない。


 彼は手の甲の石の色を以外、あらゆる非凡さを全身から滲ませていた。ふと、直感した。この戦い、自軍の片翼に不慮の傷を負わせたのは、この男なのでは、と。


 が、相手は極少数である。目下、起こりつつある左翼軍内の混乱も、未だ小規模の小さな波紋として留まっている。大軍に突破を許したわけでもなく、挽回の機会はいくらでも残されていた。


 いかに相手が並外れた武人であろうとも、所詮は迷い込んだ一匹の羽虫にすぎない。


 ――これ以上はさせん。


 手にした大剣を両手で高々と振り上げた。


 決して勝てぬ相手ではない。その強い確信は、ダイトスという家名の歴史を積み重ねてきた血にあり、積み上げてきた研鑽の日々にあり、手にした希少鉱石を用いた伝統ある剣によって生ずるものである。


 強靭な身体を意味するログの石名が証明するように、南方人のそれにも勝る優れた身体能力にさらなる自信を得て、ゴッシェは大きく一歩を刻んだ。その直後、


 「ぐうッ――」


 真横から伸びる長い腕による拳の強打。顔面にそれを受け、ゴッシェは大剣を握ったまま、転がりそうになる身体をふんばってどうにかその場に留まった。


 視界の中に、幾重にも交差して弾け飛ぶ光線がチラつく。


 攻撃を仕掛けてきた主は、暴れていたあの南方人だった。尖った歯をギラリと見せ、獣のように眼光鋭く、男は言う。


 「雑魚ばかりかと思ったが、少しはましなのが交じってたな」


 切れた口の中から血を吐き出したゴッシェは、

 「口に気をつけろ、卑しい蛮族め」


 飛び抜けて体格の良いゴッシェよりもさらに、この南方人の体格は大きい。人体を柔い草葉のように難なく殺す戦い方からして、持って生まれた石の能力は、ゴッシェと同様ログの石名に相当する、強化された身体能力であることは間違いない。


 同じ石の力を持つ者同士。戦えば、より力の強い者、優れた技を持つ者が勝者となる。どちらにおいても、相手に劣っているとは微塵も感じない。


 この南方人の力の在り方は極単純である。彩石もなく、遥かな格上であるはずの輝士を生殺しにして直進を続ける隻眼の男のほうが、よほど不気味で恐ろしい、とゴッシェは感じていた。


 南方人の男は無言のまま、さらに唇を上げ、歯を剥き出しにした。様相はまさに、怒りと威嚇を込めて唸る野獣のそれである。


 大剣を両手で構え、片足をずり下げた。しかし、戦いに挑む型を整える暇もなく、男は鋭い拳を打ち付けてくる。


 ゴッシェは前に残した足を引いて躱しつつ、

 「醜い戦い方だ。無作法者めッ――」


 突進してくる敵に対し、ゴッシェは後方から前方へ大剣を振り抜いた。重さと切れ味、膂力によって生み出される破壊力を秘めた一撃に、南方人の男は素早く身を引き、距離を取った。


 強者、達人であるほど、対戦者の放つ一つの技によって知る事は多い。今の一太刀により、自身の強さを知らしめることができたはず。が、しかし――


 「ははッ――」


 男は笑った。なにより軽く、鮮烈に。


 直後に爆風が舞い上がる。眼前にある男の姿が消えた、そう錯覚するほどの速さだった。


 次に、男の姿を見たのは自身の懐の内。地の底から鋭く打ち上げられた拳がゴッシェの顎を痛打する。二度、三度、激しく頭が揺れた。割れた歯が口内に突き刺さる痛みを感じる間もなく、よろけた身体に追い打ちとして、男の強烈な打撃が腹に刺さる。


 「が、はッ――」


 血反吐を吐き、目眩と痛みに強く握った大剣を手放し、ゴッシェはその場に崩れ落ちた。


 下げた頭。先にある地面に、大きく長く、一本の影が伸びて落ちる。


 強く拳を握り、決死の力を足腰へ込める。だが、見上げた先にある光景を前に、ゴッシェの思考は広大な地を埋め尽くすまっさらな雪原のように白く――――――無へと染め上げられた。


 ダイトス家に伝わる古の大剣。並外れた力を持つゴッシェをしても両手で扱うのがやっとであったそれを、この対戦者は片手で軽々と持ち上げ、構えている。


 無様にあがくだけの余力はあった。が、ゴッシェは膝をついたまま、握った拳の力を緩め、溜めていた足腰の力を逃がし、その場に脱力する。


 ――ああ。


 片手で軽々と大剣を操る男の様。その光景はゴッシェの抱く勝利への自信のすべてをことごとく打ち砕いた。


 だらりと肩の力を抜き、指揮官という立場を忘れ、一人の戦士としての敗けを受け入れる。


 長らく自身の手の先のように扱ってきた大剣が、己の身へと振り下ろされる。


 真っ二つに切り裂かれたゴッシェの肉体は、その場の誰よりも凄絶に、敗北と死の汚臭を撒き散らし、砕け散った。




     *




 イレイ・シオサを筆頭とした若く有能な精鋭輝士達を引き連れ、ムラクモ軍を率いるアスオン・リーゴールは自ら進んで戦場の中心で剣を握っていた。


 操る能力は水に由来した晶気を起点とする。手の平大の粘性のある水泡を発し、対象へ投じて動きを鈍らせるという特徴があった。優雅な輝士が操る技のなかでも特に地味なそれも、しかし敵を殺めるという目的においては、十分に実戦で効果を発揮する。


 アスオンは敵輝士とすれ違いざま、相手の手足、馬に向けて糊のようにねばつく水泡を浴びせた。泡は付着と同時に弾け、糸を引くほど粘り気を帯び、重い沼のように相手の身体にまとわりつく。人馬ともに動きを封じられ、ターフェスタ輝士は馬ごと転げてその身を地面に横たえる。すかさず、アスオンの長剣が藻掻く輝士の喉を突き刺した。


 派手さはなくとも、力ある輝士を鮮やかに屠る様に、帯同するイレイが自己流の称賛を贈る。


 「手並み見事だ。お前はいつもそうだった。無害そうな顔をして、時がくれば誰よりも事を上手く片付ける。能を隠す、その姑息な才腕に敬意を表するぞ、司令官代理殿」


 横目に、アスオンはイレイへ苦笑して、

 「それが褒め言葉でないのなら、反逆の罪に値する暴言だ」


 イレイは浅黒い顔に皮肉な笑みを浮かべ、

 「当然、この上ない賛辞に決まっている」


 言い終えるや、対面から迫る三人のターフェスタ輝士へ向け、握る長槍を軽々と振り、展開された薄い晶壁を叩き壊して一人を馬上から叩き落とした。


 落馬した輝士へ、親衛隊として帯同する輝士らの晶気が見舞われる。弾けて散った死の音と臭いに、アスオンは微かに眉を顰めた。


 連続して起こる死という不幸。両軍、横たわる屍のほとんどは白濁した石を持つ者ばかりだが、その中には少なからず彩石を持つ者の死体も交じっている。晶気という苛烈な力によって戦う輝士の宿命か、敗者となる者の様は、見るに堪えない状態を晒す事が多い。


 一つずつ、惨い光景に心を揺らす暇などなかった。生よりも死。心より殺意が勝る。それが戦場だ。


 戦いの最中、周囲の怒号をかき消すほどのざわめきが広がった。異様な気配に、見渡すかぎりの両軍の兵士らが一時動きを止めて硬直する。


 二人の子を引き連れたバレン・アガサスが急いだ様子で駆け寄り、険しい顔相で重く報告を上げた。


 「司令官代理へ報告します――右翼、サーペンティア隊が早々に敵陣を突破しました。結果、ターフェスタ軍指揮官、討ち死にとのことッ」


 熟練の軍人であるバレンには珍しく、興奮した様子で鼻を膨らませ、大きく声を張り上げた。


 呆然として報告を聞いたアスオンは、つい先程言葉を交えたばかりの男の顔を思い浮かべ、


 「そんな、まさか……こんなに、早く……?」


 バレンはさらに前のめりになって、

 「比類なき戦功です、まったく、見事としか言いようがありません」


 バレンは常の仏頂面に、しかし普段より頬が緩んでいるようにも見えた。


 イレイが忌々しげに、

 「まぐれだッ。間抜けな敵が奇策に翻弄されただけにすぎんッ」


 イレイの嫌味を無視して、バレンはアスオンへ重く進言する。


 「突破したとはいえ、つけた傷は極小。上手く立て直しをされれば、先行するサーペンティア隊は敵地の内で孤立します。リーゴール司令官代理、私に後方の余剰人員をまとめ、助力に向かう許可をお与え願いたい。混乱状態の敵陣へさらなる圧をかけてまいります」


 願いと言いつつ、バレンの顔は生来の恐ろしげな雰囲気も相まって、ほとんど脅迫に近い迫力がある。


 アスオンは形ばかりの副官から視線をはずし、実質的な補佐役であるイレイへ目を向けた。


 目を合わせたイレイは不機嫌さを隠しもせず、仏頂面のままアスオンから視線をはずす。


 いつのまにか、深い水たまりのように溜まっていた唾を嚥下する。握りしめた長剣の柄は、微かに震えを帯びるほど力が込められていた。


 「…………」


 答えは決まっていた。しかし、当たり前の言葉を放つ声が出てこない。


 「アスオン殿……?」


 バレンが不思議そうに首を傾げる。この男は、言って当然の答えを渋る若き指揮官へ疑念を抱いている。


 再び、アスオンは喉を鳴らす。しかし、通るものはなにもなかった。


 握った拳の力を解放し、ようやく、アスオンは声を絞り出した。


 「許可……します……」




     *




 後背より漂う戦禍の気。

 爆音と爆風を肌で感じ、虚ろを漂っていた意識がはっきりと覚醒する。


 先にある安穏とした空気との境に立ち、ミオトは手綱を奪って馬の向きを反転させた。


 「ええい、誰が退却を許可したッ!」


 怒りにまかせ、裏返った声で叫びを上げる。突然の所業に、馬は嘶いて身体を揺さぶり、不安定な姿勢のまま前に座っていたミオトは振り落とされた。


 腕をかばいながら慌てて歩み寄るルイの手を跳ね除けたミオトは、

 「触れるなッ――ルイ、貴様が許可なく我が隊に後退を命じたな」


 ルイは苦しげに跪き、

 「申し訳、ありません。ですが、御身を思えばこそ。今すぐその目を治療しなければ――」


 ミオトは猛る片目で醜く口を歪める。


 「場違いな心遣い! ただの一騎も討ち取ることなく、聖輝士の名を冠した我が隊がおめおめと逃げられるものか、とくと考えろ」


 「ですが、しかし……」


 案じた様子でミオトの片目に突き刺さった物を見るルイ。ミオトはその視線を振り払うように叫んだ。


 「戦場へ引き返す、今すぐ私に馬を――」


 要求を伝えるため、自身の隊を見渡して、ミオトは声を止めた。

 精鋭を揃え、壮麗なリシアの輝士装束に身を包む聖輝士隊の姿はどこにもない。この場に揃う者たちの数は半分以下。残りの者たちが死んだのか、未だ戦場に残っているのか、それすら定かではない。


 顔面に熱を帯びて響く痛みを忘れ、ミオトは全身、凍えるような寒さをその身に感じていた。


 自らが招いた結果が、どれほどの失態、不名誉であるか。筆舌に尽くしがたいほどの敗北、与えられた役を、僅かにすらこなすことができていない。


 もう元には戻せないであろう傷ついた片目と同様。失った物の大きさは果てしなく、あったはずの絢爛な未来には暗い影が落ちかけている。


 ――いやだッ。


 戦いは未だ続いている。失態を僅かにでも取り戻せるのなら――


 強い意思を持って握った拳に、柔く触れる手があった。


 「……ルイ?」


 ルイは沈痛な面持ちで、

 「申し訳ありません――――聖輝士隊、ダーカ隊長を拘束。速やかに戦線から離脱する」


 下馬した数名の聖輝士が、両脇からミオトを抱えて動きを封じた。


 「なにをするッ――き、さまッ!」


 しかし、苦しげなルイの表情に反逆の気配は窺えない。

 ルイは深々と一礼し、


 「お許しを……ですが、我々は聖下より、なににかえてもあなたを無事に連れ帰るよう厳命されているのです」


 両腕を拘束されながら、ミオトは細い腕で身体を強烈に振り、


 「知らない、そんな話はッ、私はなにも聞いていない! 今すぐ我が身を解放しろ、これは反逆だッ、我が意に逆らう者は全員処罰の対象とするぞ!」


 ルイはしかし、動じた様子なく粛々と聖輝士隊に退却の指示を伝えた。


 怒り猛るミオトを見て、

 「この後、お叱りをすべて受け止める覚悟――」


 しかし、言いかけで聖輝士の一人が不可思議な報告を上げた。


 「副長――から……森から誰か……来ます」


 ルイは素っ頓狂な報告に疑念を抱き、首を傾げた。


 「誰か……? こんな時になにを言って……」


 戦いの最中、それも深界の森から、のこのこと人が姿を見せることなどありえない。


 が、たしかに、報告を上げた者の見る先に、人影のような姿が見えた。


 長い手足、筋骨隆々、毛むくじゃらな巨体。際立って尖った牙を、まるで笑うように剥いて見せ、黒ずんだ灰色の体毛を持ち、二足で立つその生物。左右それぞれの森の影から、それらが群れを成して姿を見せる。


 風に乗って漂う獣臭と共に、怖気が肺から身体の芯を凍らせる。


 深界にその身を置く者すべてが潜在的に抱く恐怖。灰色の森に巣食う生々しい凶事。


 狂鬼の群れがそこにいた。




     *




 醜く濁った咆哮が四方から轟いた。

 人の争いが生む喧騒は一瞬にして静寂に包まれる。

 咆哮の正体がなにか、皆語らずとも理解していた。


 「狂鬼……」


 その一言はどこからともなく上がり、流血を求めて武器を構えていた両軍の兵士らも、目的を忘れてその場にだらりと腕を下げた。


 「ぎゃああッ――」


 人の悲鳴が幾重にも、あちらこちらからあがった。


 人馬入り乱れる戦場に飛び込んできたのは、一見して人間のような形をした獣。しかし、体毛豊かで体躯は大人の男二人分ほどにもなる。混乱する人々の群れの中で大きな手を振り、太鼓を叩くように規則的に白道へ拳を打ち付ける。


 醜悪に突き出した黄色い牙を見せる様は、まるで脆弱な生物を見て嘲笑う子供のようだった。


 その特徴、仕草からして、猿によく似た相を持ち合わせている。


 左右両翼の森から群れを成して現れた狂鬼は、人間が彼らに抱く恐怖をそのままに、殺戮を開始した。


 彩石を持つ者、持たぬ者の差など、狂鬼の前では消滅する。

 晶気による一撃は、頑丈な体毛に身を鎧う狂鬼に意味をなさず、高速で駆ける馬は易易と転ばされ、強烈な拳の一撃で即死へと至った。




 輝士隊を連れ、サーペンティア隊の援護に向かう途中であったバレンは眼前の光景を前に絶句する。


 巨体の猿に似た狂鬼達が人波に飛び込み、本能の赴くままに殺戮を繰り広げていた。


 ――醜悪な。


 生きたまま人間の目玉をえぐりだし、水のはじけたような音を立てながら奥歯で咀嚼する様。逃げ惑う者たちの足を取り、踏み砕いて動きを封じ、愉快そうに吠え、何度も頭を拳で殴る。ちぎった腕からこぼれ落ちる血を頭から浴び、己の身を赤く染める。


 おおよそ、正常な生物であれば想像すらしないであろう残虐な殺し方。この狂鬼は一見して、この虐殺を娯楽として楽しんでいるようにすら見える。


 バレンは隣にいるレオンの声に耳を傾けた。


 「本当に出ました、父上……」


 頷きを返したバレンは、

 「聞いていた通り、群れの狂鬼……」


 万が一の事態があるかもしれない、とそう伝え聞いていた。忠告の主は若き従士長であるシュオウ。彼は戦いの最中、それ以外であっても、近隣の森にそのような脅威が潜んでいる可能性を語っていたのだ。


 それはしかし、深界での戦闘においては常に横たわる不安である。その忠告自体を不自然には感じなかったが、件の狂鬼が群れを成す性質であるという予想がどこから得られたものであるかだけは不思議だった。


 初めて見知るそれに驚いている余裕はない。状況は一変したのだ。人の世界の国、国境の意識なく、ただ貪欲に敵意を剥き出しにして迫りくる真の脅威が今、そこに在る。


 狂鬼の群れに対処すべく、バレンは引き連れる輝士達へ的確に命令を告げた。各々が散っていくのと同時、レオン、テッサを連れて狂鬼へ突撃する。


 腰の布袋に溜めた質の良い石を取り出し、右手の中で晶気と化す。増幅して形を変えた石は、剣と盾、両方の性質を併せ持つ形状を成し、馬上からすれ違い様に伸縮する刃で狂鬼の首を切りつけた。


 手応えはある。が、鉄剣にも引けを取らない硬度を持つ石の剣は、枯れ枝のようにぽきりと先が折れ、狂鬼には見た目、傷の一つもつけることができなかった。


 予想を遥かに上回る速さで、狂鬼が距離を詰めて長い拳を振り払う。バレンは寸前でそれを躱し、馬を駆って距離をとった。


 背筋に冷たい汗が落ちる。


 見える光景に、もはや軍隊と呼べるものは存在していない。手足の長い猿に蹂躙される、脆弱で哀れな生き物の群れがそこにある。


 「父上、これでは……」


 不安そうに言うテッサに、バレンは神妙な顔のままうなずいた。


 「勝負を挑めるような相手ではない――急ぎ指揮官と合流せねば」




     *




 怯えつつ後ずさっていくターフェスタ兵。それを前にして、シュオウはぴたりと足を止める。


 その起こりがどこから始まったのかはわからない。しかし、いつの間にか人の作り出した戦場に、まるで別種の勢力が加わっている。


 ムラクモ、ターフェスタの境なく、縦横無尽に暴れる狂鬼の群れが跋扈していた。


 もはや、ターフェスタ兵らはシュオウやシガ、その背後にある部隊に注意を向けてはいない。敵味方を問わず、恐怖の対象は人ならざるものへと向けられていた。


 ――出たな。


 驚きはなかった。

 巨体の猿に似た狂鬼。知識にはない未知の生物だ。たしかな確証はなくとも、旅商の男から伝え聞いていた話と合わせ、この狂鬼こそが〈タイザ〉であろうと推測する。


 ひと目では数を把握できないほどの群れを成した狂鬼。その生態にシュオウは深刻な顔で喉を鳴らす。


 群れで行動する狂鬼は、単体で巨大なものよりも、人間にとってはより脅威となる。


 人間よりは大きくとも、ここに現れたタイザは全体から見れば小型の狂鬼だ。最大の弱点である輝石はより小さくなり、一撃必殺を見舞うには、難度を増す敵となる。


 一切の余地なく、シュオウは判断を下す。


 ――逃げる。


 必死に掘削を続けた道を逆へと引き返す。


 途中、タイザに組み敷かれたターフェスタ輝士の姿が見えた。走りながら、シュオウは落ちていた長剣を拾い、タイザ目掛けて刃を薙ぎ払う。狙ったのは黒々とした大きな目。不意打ちとなり、刃の先がタイザの眼球を微かに傷つけた。狂鬼は悲鳴を上げてよろけ、素早く身を翻し、転がるように集団のなかに逃げおおせた。


 その逃げ足の素早さにシュオウは怖気を感じる。シガのそれを優に超える圧倒的な身体能力だ。これほどの力を持つ狂鬼が、複数体この戦場に紛れ込んでいる。


 震えて生気を失っているターフェスタ輝士を助け起こし、その背を押した。


 「今すぐ逃げろ」


 シュオウの言った声が輝士の耳に届く。恐怖で濁った目に、たしかな光が再び宿り、輝士の女はシュオウへ幾度か小刻みな頷きを返し、背を向けて走り去って行った。


 再び、シュオウはムラクモ軍本陣へ向けて歩を進める。間もなく、見慣れぬ大剣を担いで立つシガの姿が見えた。


 シガは、

 「おい、こいつら、お前が言ってた――」


 シュオウは明確に首肯し、

 「そうだ。今すぐ後ろへ下がるぞ」


 シガは神妙に頷いた。が、引きずられたように狂鬼になぶり殺しにされる人々を見やり、歯を食いしばる。


 彼の思いが、シュオウには手に取るように理解できた。


 無残に、そして一方的に殺される人々の怒号、悲鳴。救いを求める声が、そこかしこから上がり続ける。


 この場に、もはや国家間の争いは存在しない。ここにいるのは人間とそれを狩るモノだけなのだ。


 ――くそッ。


 自身の根底から湧き上がる、身勝手な正義心を押し殺す。


 「今は隊の安全な撤退を優先する」


 誰へでもなく、シュオウは無色透明な声でそう告げた。




     *




 ――不愉快だ。


 突然の乱入者により、秩序を失った戦場を俯瞰して、ジェダは内心で強く毒を吐いた。


 大勝へ通じる突破口を開いたばかり。シュオウがその名に得られるはずだった多大な戦功を目前にして、これまでの努力すべてが無に帰そうとしているのだ。


 苛立ちを隠しもせず、帯同する部隊へ後退の指示を伝え、その中心に居るシトリへ問いかける。


 「アイセ・モートレッドの状態は――」


 ぐったりとして肩を支えられるアイセの顔を覗き込むシトリは、自身もくたびれきった顔で首を横に振った。


 部隊が擁する硬石を持つ二人はすでに戦力として役には立たない。


 急ぎ後退する部隊の殿につき、ジェダは狂鬼が跋扈する景色に目をやった。


 凄惨で残酷。そうした性質を持つ戦場にあってもなお、それを軽々と超越する薄汚い殺戮劇が繰り広げられていた。


 輝士も従士も、おしなべてバケモノの前ではただの餌と成り下がる。


 奥歯を噛み締め、ジェダは手綱を握る拳に強く力を込める。


 ――よくも台無しにしてくれた。


 この戦場はシュオウの物。彼が刻む伝説の新たな一幕となるはずだった場所なのだ。そうしたジェダの強い想いは今、無益な乱入者達により汚されている最中なのである。


 近場にいた狂鬼が、馬から放り落とされた輝士の左腕を千切り取った。溢れる鮮血を頭の上から浴び、嬉しそうに叫びをあげる。その視線がゆっくりとジェダのほうへと向いた。が、しかし視線は交差していない。


 ――狙いは。


 後ろを見た。黒々とした化物の瞳は、黒盾を手に群れて固まるシュオウの隊の兵士たちへと向いている。そこへ向かう視線は一つだけではなかった。左右それぞれ、計三匹の狂鬼が注視している。


 ジェダは噛み締めた歯を剥いて、

 「やはり、群れていれば目立つ、か」


 獲物と定めた狂鬼の行動は早い。三体が四足で素早く駆け出していた。


 怯えて首を振り、後ろへ下がろうとする馬をどうにかその場に踏みとどまらせる。


 「何であろうと、ここは通せない」


 シュオウは何より隊の安全に心を砕いてきた。護りの要という、与えられた役を忠実にこなさなければ、信頼を失う事になる。


 前方、空中へ網を張り巡らせるように鋭利な風の晶気を仕掛けた。これまで何度も、戦場を高速で行き交う輝士を屠ってきた技だ。が、迫りくる狂鬼達は、罠を張った地点から早々に道を反れ、角度を変える。


 張った罠が察知されている、と早々に判断を下した。


 ――ありえることだ。


 深界に巣食う化物に、人間の常識など通用しない。


 突進と共に鋭い爪の一振り。躱す、などという考えが微塵も湧かぬほどの速さだった。


 ジェダは呼吸を止め、自身の前面に球の形を思い描く。攻撃のための晶気を球の型へ流し込む。鋭い風は幾重にも重なり、暴風となって一つ所に閉じ込められた。


 抉るような狂鬼の前足が球状の暴風に飲み込まれる。荒れ狂う局所的な風に巻き込まれ、狂鬼の身体は押し戻されて後方へ吹き飛んだ。晶気へ突っ込んだ腕はしかし、無数に切り傷をつけてどす黒い血を零しながらも、未だ身体についたままである。


 「丈夫さにも程がある……」


 今のが人体であれば、突っ込んだ腕ごと跡形も残さず切り刻まれているはず。


 恐怖と呆れの入り交じる感嘆の思いを抱いてすぐ、ジェダの横を一体の狂鬼が走り抜けた。


 「くッ――」


 全速力で馬を駆る。背中から強風を吹き流し、無理やりに初速を早めた。風に巻かれ、馬が均衡を崩して足元から崩れ落ちる。寸前で身を投げた。


 狂鬼の構えた長い腕が狙うのは、シュオウの隊の最後尾。そこにいた幾人かはすでに、眼前に迫った脅威に気づき、怯えた様子で身を低く屈めていた。


 自身の創り出した風に乗り、ジェダは飛び込むようにして、狂鬼の前に身を投げ出す。


 ――護れと言われている。


 愚直に、その言葉が脳裏に木霊した。


 ほとんど無意識に、身を護るための晶気を展開する。攻撃の形を強引に防御の形へと転ずる手法。得意とする技により、狂鬼の一撃へ壁となるよう風の刃を発生させる。


 切り裂かれる痛みに狂鬼の腕は僅か、威力を落とした。しかし――


 「が、ぐッ――」


 岩よりも硬い狂鬼の拳が、飛び込んだジェダの肩を強烈に叩きつける。意識が途切れそうなほどの痛み、しかし叩きつけられた地面の冷たさが、どうにか正気を繋ぎ止める。


 腕に受けた傷など気にした素振りもなく、振り返って見た狂鬼は次の攻撃のため、再び歯を剥き出して腕を振り上げた。次の瞬間、


 鈍い風切り音をたてながら、突如現れた大剣の刃先が狂鬼の腹を切り払った。シガである。狂鬼は苦しげに唾液を零し、その場で身を屈めて腹部を押さえた。直後、不意に姿を現したシュオウの長剣による一突きが、狂鬼の片目へ突き刺さる。


 狼狽し、怯えた様子で狂鬼は片目に突き刺さった剣をそのままに、その身を引きずるように森のある方へと逃げ去った。


 人心地つく間もなく、差し出されたシュオウの手に力強く引き起こされた。


 「逃げるぞ」


 淡々と告げるシュオウへ、ジェダは苦しげな顔のまま、


 「ああ…………全力で賛成する」




     *




 「状況は把握しています、アガサス重輝士」


 深刻な表情で参上したバレンが口を開く前にアスオンはそう告げた。


 「得体の知れぬ未知の狂鬼です。ただちに全軍へ撤退命令をお出しくださいッ」


 「なにを馬鹿なことを――」


 馬を操り、アスオン、バレン両者の間に割って入ったイレイは猛る顔面に怒気を乗せ、


 「――むざむざ優勢を捨て、勝敗を決することなく引き下がるなどあってたまるかッ」


 バレンは強面を苦々しく歪め、

 「敵、味方とも総崩れ。ここはもはや戦場にあらず。ただの狩場と成り果てている」


 イレイはバレンを無視して背を向けアスオンへ向き直り、


 「――アスオン、追撃の好機だ。俺たちは歴史に残る圧倒的勝利を得られるぞ。司令官の名が、リーゴール家の名が後世に残るんだ。これがどれほどの事かわからないわけがないだろう。撤退などありえない、蹂躙戦だ、この混乱に乗じ、敵軍の主力を一網打尽にするッ。大丈夫だ、ムラクモ輝士にとって、小粒の狂鬼如き、打ち払うだけの力は十分にある」


 野心深く言ったイレイへバレンが焦って止めに入る。


 「な――待て、なにを言い出すッ――」


 イレイの背に隠れ、指揮権を持つアスオンの顔は見えない。バレンがイレイを躱し、前へ出ようとしたその時、イレイの家、シオサに連なる司令官代理親衛隊が壁を成して整列した。


 「お前たち、そこをどけッ――」


 頑なに道を譲らない輝士達を前に、どうにかアスオンと顔を合わせようと、馬上から背筋を伸ばし、


 「――リーゴール司令官代理ッ! アスオン殿! 今すぐ撤退命令をッ」




 アスオンは無言のまま、静かに馬上にあって視線を落とす。


 その心は惑乱していた。


 周囲にある人々。少なくない人数が今まさに、狂鬼に命を絡め取られている不快な音が聞こえてくる。と同時に、目の前にある友人は前へ進めと強く訴えていた。


 戦いに挑むにあたり、勝ち目を計算する事はなにより重要だ。

 戦力の比較、どちらが優れ劣っているか。思考の過程で、バレンの吐いた言葉が耳朶のより深い部分に反響した。


 ここはもう、人間同士が争う場ではない。


 だが、イレイの言葉もまた、脳裏の奥底に汚泥のようにこびりつく。そこには無視できない甘美な魅力があった。


 ――いや。


 良識と常識、理性と知性は、唯一の答えをすでに用意している。


 ――撤退だ、なによりも早急に。


 おおよそ、視界に映る範囲だけでも、兵士達はまるで狂鬼の群れに対抗できていない。戦いを継続した場合、自軍にどれほどの被害が出るか、まるで想像ができなかった。


 その言葉を吐く寸前、また、イレイの言葉が耳を打った。


 「アスオン、こんな機会二度とはないぞ」


 「…………」


 出しかけた言葉を飲む。


 その通りだ――――そんな言葉を脳裏で紡いだのは、自尊心か、あるいは名をつける価値もないありきたりな欲望の類だろう。


 総崩れとなった敵を追撃すれば、敵軍に甚大な被害を与える事ができる。この一戦でターフェスタが再起を危ぶむほどの損害を被れば、早々に休戦からの講和へ持ち込むことも夢ではない。それが叶えば、どれほどの人、物、金が守られることになるだろうか。


 一戦で膨大な戦果を上げた若き指揮官の名がどれほど高まるか、と想像せずにはいられない。歴史に残ると主張するイレイの言は、まったく間違ってはいないのだ。


 舌の奥に湧き水のように液が溢れた。


 ――撤退したところで。


 狂鬼は数、力、性質とも未知の存在。逃げた所で追いつかれ、さらなる被害を受けぬという保証はなにもない。


 ――もし。


 重く、喉が鳴る。


 戦に勝利することもなく、ただ兵を減らし消耗だけをしたとなれば。どのような理由があろうとも、その戦を指揮していた、リーゴールの名に泥がつくことは避けられない。


 母、ニルナが本来の資格には足りない息子へ、重役と大舞台を与えるためにどれほどの労を要したか。


 ――二度とはない、かもしれない。


 イレイの言葉はいちいち的確だ。


 逃げたところで今以上の得られる利はなく、前へ進めば、少なくとも、並の人生では得られないような多大な名誉をもたらすであろう、武功がそこにある。


 その答えへ自らを導くための理由は無限に見出すことができた。

 一か八かでも、失う事を恐れていては大きな成功など得られない。


 しかし、


 「アスオン殿ッ――」


 太く、実直なバレンの声が、常の平常心を呼び戻す。


 ――だめだ、だめだ。


 アスオンは顔を上げ、周囲を見渡した。

 冷めた目に映る光景。労せず人間をゴミのように千切り殺し、その血を喜んで浴びる災い、狂った鬼がそこかしこに蔓延っている。


 ここに居てはいけない。血染めの光景は、本能に強くそう訴えかけた。


 「速やかに全軍、この場から撤退を――」


 言い終えるより前に、イレイが顔面を怒りに歪め、一人前に向けて飛び出した。


 「――イレイ、待てッ」


 イレイは後ろを振り返ることなく、

 「軟弱な言葉など一切聞こえんぞ。前を見ろアスオン、敵はすでに半狂乱で逃げ惑っている……すぐそこに栄光があるんだッ」


 幾人か、シオサ家に仕える輝士達がイレイの後へ続く。


 周囲を囲む親衛隊の輝士達が口々に、

 「アスオン様。行きましょう、我らに迷いはありません」


 アスオンは浅くなっていく呼吸を自覚していた。


 その時、強引に親衛隊の間に割って入り、バレンが姿を見せる。常になく、その表情には不安が滲んでいた。


 先を行くイレイ、そして現れたバレンを交互に見やるアスオンへ、バレンは重く言葉を投げる。


 「アスオン殿、追ってはなりません」


 「……ですが、しかし」


 「今すぐ指揮官として撤退命令を。このままでは混乱はますます深まります。命令を待ち留まる者、恐れをなして逃げる者。迷いを帯びた軍は烏合の衆と化す。引き時にこそ、なにより強い指示が必要なのです」


 睨むようにアスオンを見つめ、言ったバレンへ、しかしアスオンは度々視線をはずす。迷う双眸の先にあるのは、死地へと向かう友の背だった。


 「我らの御当主を見殺しにされるおつもりか。お二人は無二のご友人であったはず……」


 親衛隊の中から、ぼそりとそんな言葉が漏れ伝わった。


 ――見殺し。


 見放せば友は確実に死ぬのだ。


 前を見つめたまま、バレンへ告げた。


 「各隊、隊形を整え進軍を継続。狂鬼を討伐しつつ、ターフェスタ軍を追撃する。アガサス重輝士、指示を各隊へ伝えてください」


 バレンは拳を強く握り、

 「お待ちをッ、それだけは――」


 抗議の意思を見せた熟練の輝士を、強く睨むように凝視する。


 「指揮権を行使する――今言ったことはすべて命令です」


 バレンの握った拳が小刻みに震えるほど、力が込められる。


 「承知……いたしました……」


 そう告げたバレンの目は、白々しくアスオンからはずされていた。




     *




 アスオン・リーゴールは前進する。


 追いかけ、追いついた友の背を越し、並走して顔を見合わせたイレイは、笑っていた。


 「それでいい。さすがだ、アスオン。今日の事、共に髪を白く染め上げる時まで忘れるなよ」


 いつも強引に、そして思うままに事を運んできた悪友へ、アスオンは微笑する。刹那に瞬く、暗幕の裏側で、かつての思い出のいくつかが流れ、去った。


 アスオンは一瞬、前を向き、


 「――君は本当に、いつもそうやって僕の前、に…………え?」


 視線を戻すと、そこにイレイの姿はない。

 慌てて馬を止め、振り返った。その先に、地面に横たわるイレイの姿がある。


 イレイを見下ろすように立つ、一体の狂鬼。毛むくじゃらの前腕を伸ばし、輝石のついた腕を掴み、胸を踏みつけて勢いよく引きちぎる。噴き出した血しぶきと共に、イレイは悲痛な叫びをあげ、悶え苦しむ。


 狂鬼は笑んだように口を開け、口角を上げながら、イレイの腕から溢れる鮮血を頭へかける。直後、四方から現れた別の狂鬼らが、イレイの残る手足を掴み、一斉に引きちぎった。


 「ギギャァァッ――――」


 イレイの上げた悲鳴は、もはや人のものとも思えない。それは獣じみていて、知性や理性をかけらも残さぬほど、汚れていた。


 喜びに満ちた表情で、巨体の猿達がイレイの血をその身に浴びる。赤く染まっていく醜い獣の足元で、胴体に頭だけが残されたイレイが、口から泡と涎を零し、虚ろに開閉を繰り返した。しだいに、その動きは鈍くなり、血溜まりの中、僅かな身動きすらしなくなる。


 時間にして、僅か一瞬の出来事である。


 つい先程まで快活に、そして悪辣な笑みを浮かべていた友は、すでにない。


 華やかで強靭であった様相は消え、あるのは、かつてイレイ・シオサという輝士であった者の亡骸だけ。


 「イレイ……そんな……」


 呆然とするアスオンへ強く、親衛隊達の声がかかる。


 「お逃げくださいッ――」


 体毛から血を滴らせる狂鬼の暗い瞳がアスオンと交差する。芯から凍るような恐怖に、身震いをし、アスオンは馬を駆り逃げ惑った。


 ――いやだいやだいやだ。


 友の死へと至る光景が幾度も頭に浮かび、こびりつく。


 ――あんな死に方は。


 唇の震えが収まらず、震えを抑えようとして噛み締めるも、力が入らず、半端に合わせた上下の歯は、カタカタと無様に音をたてた。


 前も後ろもなく逃げ続ける。


 死体の上を飛び、混乱の最中、半狂乱で逃げ惑う人々の隙間をすり抜ける。


 すれ違いざま、見える人間の纏う服、髪の色のすべてが、雑多に入り交じっていた。


 ここへ至り、アスオンはようやく現状を真に把握する。


 バレンの言った通り、この場に、すでに敵軍などいなかったのだ、と。




     *




 ターフェスタ軍指揮官ゴッシェの死が伝わり、カトレイ華金兵団を預かる将、オーデイン・バルは嘆息した。


 「知らぬまに死んでいたとは。後ろで大人しくしていればよいものを――」


 冷淡に、感情の色なくオーデインは告げる。


 「――狂鬼の襲撃、及びターフェスタ指揮官討ち死ににより、契約の履行は困難であると見做す。これより我らは独自の判断により撤退を開始する。残る軟石兵を束ね殿として配置。怪我人は置いて行く。馬上にない者へ手を伸ばす事は禁じる。以上」


 オーデインの指示は彩石を持たぬ者たちを盾とし、輝士らを安全に逃がす事を意味していた。


 生身で狂鬼の前に晒された軟石兵らは、間違いなく皆殺しにあうだろう。


 ――代わりはいくらでもある。


 拠点である要塞アリオトがある方向へと駆け出してまもなく、帯同する部隊から知らせがあがった。


 「閣下、向こうにリシアの輝士隊が――」


 「……ん」


 見やった方角、遥か先の光景に、複数体の狂鬼に取り囲まれた聖輝士達の様子が見て取れる。


 「救援に向かいますか。我々にはまだ余力が――」


 副官からの進言を、オーデインは一笑に付した。


 「契約内容に、あれの面倒を見る事は入っていない。放っておけ――」


 戸惑う副官は、

 「は、はい……」


 オーデインは不敵に笑み、

 「それに、逃げ場はまだあろう」


 迫る狂鬼を前に、聖輝士隊が背負った深い灰色の森を見て、オーデインは愉快そうに微笑し、馬を走らせた。




     *




 ムラクモ軍指揮官、アスオン・リーゴールの指示の下、バレンはその場に残り、二人の子供達を率いて、前へ駆けていったアスオンの後を追っていた。


 白い道の上にあった戦場は赤く染まっていた。横たわる数々の死体は、戦争での死者と狂鬼によるものとで、はっきりと区別できる。それほどに、後者の死に様は酷かった。


 「父上ッ!」


 切迫した様子で、レオンが大声をあげる。示された先に、狂鬼に囲まれ行き場をなくしたアスオンと、少数の生き残りと思しき親衛隊の姿があった。


 狂鬼達は彼らを弄ぶかのように、徐々に輪を狭め、馬を殺めて逃げ足を奪う。アスオンもまた、馬の足をとられ、落馬して激しく地面に身体を打ち付けた。


 未熟な判断の末に招いた結果であると、眼の前で言ってやりたいほどに無様な姿であった。見捨てることもできる。が、義を重んじて職務を全うしてきた輝士としてのバレンの矜持が、それを拒絶した。


 形だけとはいえ、副官としての任を請け負った以上、最後まで上官に寄り添い、その身を護るのが義務である。


 バレンは振り返り、

 「突破してアスオン殿を救出する。お前たちは残って退路を確保しろ」


 苦々しく、テッサが声を絞る。

 「父上お一人では無理ですッ」


 レオンも頷き、

 「共にまいります」


 緩んだ目元に力を込め、バレンは頷いて前を見据えた。


 「叱りつけるだけの時間も惜しい。行くぞ――」


 息を合わせ、三人が一斉に狂鬼の輪を突破する。


 駆けつけたバレンへ驚いて見上げるアスオンの顔に、すでに覇気はない。


 「アスオン殿、これを――」


 バレンは馬から下り、倒れ込んだアスオンを抱え起こして手綱を渡した。


 手を震わせるアスオンは、溺れかけの子供のように馬にしがみつき、振り返ることもなく、そのまま馬を飛ばし、狂鬼の隙間を一人突破してこの場から逃げ出した。


 狂鬼達の興味は、すでにアスオンから離れ、場の空気を乱した三名の乱入者へと向いている。


 「父上ッ」


 レオンが出した手につかまり、バレンはそのまま跳び上がって後ろへと跨る。が、


 「ああ――」


 狂鬼の鋭い一撃が馬の足をなぎ払い、馬は悲鳴を上げて倒れ込み、レオンとバレンはその身を投げ出された。


 テッサもまた、乗った馬の足を長い狂鬼の前腕にとられ、落馬した。


 取り残された親衛隊の者たちが、手足、頭をもぎ取られ、命を奪われていく。アガサス家の三人にも、血染めの狂鬼達が襲いかかった。


 バレンは腰から石を取り、晶気を用いて全面に強固な壁を形成する。

 分厚い石壁に狂鬼の前腕がめり込んだ。さらに力をかけ、バレンは石を粘土のように形を変え、狂鬼の腕に深く巻きつける。


 異物が腕についた狂鬼は戸惑い、石の巻き付いた腕で地面を幾度も叩きつける。


 「逃げるぞ、今のうちに――」


 しかし、言ったバレンは周囲を見渡して絶句した。

 あるのは人、馬の死体ばかり。生き残りは半狂乱となり、ただ当てもなく右往左往しているだけだ。


 「もはや逃げ場が…………」


 力なく言うレオン。バレンは首を振って、

 「いや……まだ、ある」


 視線の先にあるのは深く、そして重い曇天下の灰色の森。


 神妙に喉を鳴らすテッサの肩に手を置き、バレンは頷いた。


 「愚かな決断であろうとも、最後まで生きる事を諦めるな」


 三人は交互に顔を見合わせ、深く深く、首を落とした。




     *




 騒乱の中心から離れても、周囲に安らぎの空気はなかった。


 シュオウは自身の仲間たちの様子をじっくりと眺め、

 「ふたりとも、大丈夫か」


 酷く怯えた顔色で、ぐったりとしているアイセとシトリへ声をかけた。はっきりと、そして微かな笑みも添えて二人が頷きと微笑を返す。やせ我慢であっても、心底よかったと、安堵の心地を抱いた。


 改めて周囲を見渡した。


 狂鬼の暴れていた戦場から逃げおおせた輝士や晶士、僅かな従士達。その中心には、蒼白となって馬にしがみつく若き指揮官の姿もある。


 シュオウは先に起こる諍いへ耳を傾けた。


 「いやァッ、あのひとがまだあそこに!」


 そう叫んでいるのは晶士の女だった。必死に元いた場所へ戻ろうとするが、周囲の者たちから拘束され、ふりほどこうと足掻きながら声を張り上げている。悲しみに包まれるその音色は酷く枯れ果て、悲痛だった。彼女が案じる者をどれほど大切に思っているかが、いやでも伝わってくる。


 その晶士は必死の形相で、指揮官たるアスオン・リーゴールへ懇願する。


 「リーゴール司令官代理ッ、お願いします、救出に行かせてくださいッ」


 その声に対する反応は様々である。顔を背けて下を向く者の中に、しかし残る勇気を振り絞り、同様の意思を伝える者たちがいた。


 若く、精悍な面立ちの輝士が傷を負った腕を押さえながら、

 「逃げ遅れた者たちの多くが行き場を失い、森へ逃げ込むのを見ました。残った戦力を整えれば、救出の見込みがあるかもしれません」


 その意見に賛同する者たちが徐々に声を上げ始めた。


 「不意をつかれた先ほどとは違い、初めから対処に望めば勝機も見いだせる。最悪、討伐が叶わなかったとしても、時間を稼いでそのうちに…………」


 また、別の者が状況を告げた。


 「アガサス重輝士とその子息らが取り残されたと。狂鬼に襲われていた最中、私の隊は彼らに助力をいただきました。見捨ててきたとあっては後に悔いを残します。救出部隊に私も加えていただきたい」


 遠目に見るアスオンの口元が、醜く下へと折れ曲がった。


 「だめだッ――」


 場に痛々しいほどの静寂が降りる。


 「――あそこへは戻れない。アレは、人間が戦いを挑んでいい相手じゃない! 僕には指揮官として一人でも多くの者を生還させる義務がある。現状の維持に努め、このままムツキへ帰還する」


 「ですがッ」


 追いすがる輝士へ、アスオンは取り憑かれたような暗く濁った眼で睨みつけた。


 「命令だ……」


 その一言を残し、誰よりも早く馬を駆り、去っていく。


 皆が沈黙し顔を沈め、輝士達は晶士を背に乗せ、まるでまとまりもなく各人が本拠へ向け、帰還を始めた。


 「いやッ、いやァッ――――」

 必死に足掻く晶士の女。彼女を取り押さえ、強引に輝士が馬に乗せ、走り去る。


 未練を残した様子の輝士達も、こびりつくような視線を残し、苦渋の表情で馬を走らせた。


 後に残される徒歩で帰るしかない従士達も、置いていかれまいと必死に走り去っていく。彼らに置き去りにされた重傷を負った者たちが、恨みがましい視線で道の先を見つめていた。


 一歩、シュオウは前へと足を踏み込み、振り返ってジェダを凝視した。


 「ジェダ――」


 曇った顔でジェダが、

 「助けに戻る、という言葉なら聞く耳はない」


 「まだきっと生き残りがいる。置き去りにはしたくない」


 ジェダは眉を顰め、


 「それは君の仕事じゃない。軍を預かる者の責任だ。君は自身の手の内にある者達は無事に護りきった。それで十分だろう……この世界にある不幸すべてに手を差し伸べる必要なんてないんだ……シュオウ」


 シュオウは合わせた目を外すことなく、

 「やらないための理由なら聞きたくない。行くと、決めたんだ」


 ジェダは怪我を負った身体をかばいつつ、一歩踏み出した。


 「……言っても聞かないのはわかっているさ。なら、僕も――」


 先手を打ち、シュオウは手の平を突き出して首を振った。


 「一人でいい、そのほうが動きやすい」


 苦々しく奥歯を噛みしめるジェダ。そのままシガを見た。その考えを手に取るように理解したシュオウはさらに先を制す。


 「シガ、お前は部隊に連れ添って無事にムツキ到着まで見届けろ」


 真剣な表情のシガは深く鼻息を落とし、

 「……いいんだな?」

 と聞く。


 シュオウはシガへ首肯を返し、次いでジェダを見た。


 「ジェダ、俺の隊を頼む。残された怪我人を全員連れて、少しでも早く拠点に帰れ」


 ジェダは不満げに一帯を見渡した後、シュオウから視線をはずして言った。


 「承知した。が、戻らなければ後を追う」


 背を向けたジェダ。

 シュオウも背を向け、来た道を振り返った。


 「シュオウ、忘れ物だ――」


 背後からジェダに呼ばれて振り返った。放り投げられた自身の装備一式を受け取る。改めて装備を整えるまでの僅かな間、群れのなかから、シトリとアイセが不安そうに顔を見せた。


 弱りきった顔でシトリに体を支えられるアイセは、暗い顔に懸命に柔らかな微笑を浮かべる。無言で目を合わせたシトリも、ゆっくりと頷き、微笑んだ。


 二人からかけられる言葉はない。それが彼女達から贈られる強い信頼によるものである、とシュオウは思う。


 受け取った心強さを自信に上乗せして、背中越しに仲間たちに手を振った。


 「行ってくる」


 死と狂気の入り乱れる狩場へ、一人、シュオウは再び一歩を踏み込んだ。






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