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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
銀星石攻略編
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殺戮 3

殺戮 3






 鈍足での行進の果てに、ボウバイト軍は先行していた遠征隊に遅れてターフェスタ領内を目前に控える位置に到達していた。


 のんびりと馬を進めるボウバイト軍の先頭に、待ち構えていたエリスとその直属の部下たちが歩み寄った。


「お待ちしておりました、ボウバイト将軍」


 エリス・テイファニーは、暗い顔で出迎えの挨拶を述べて頭を垂れた。


 馬上から応じるエゥーデ・ボウバイトは一瞥し、

「冬華ともあろう者が、この老いぼれを出迎えるために寒空に立ち尽くしていたか。あのくずどもを内に引き入れた件に対する罰か?」


 エリスは痛みに耐えるように奥歯を噛みしめ、

「……殿下からも強くお叱りを受けました。我が身の不徳を、あらためてお詫びいたします」


 エゥーデは馬上から年季の入った目元を鋭く尖らせ、

「過ぎたことだ、気にするな」


「恐れ入ります。先に上がられた殿下がお待ちです。今からでも急げば凱旋式にも間に合うはず――」


 言いかけで、エゥーデは大きく咳払いを挟む。


「そのことだが、どうにも馬の調子が優れん。ここまで無理をさせながら行軍を続けたが、坂路を歩かせる前に休ませてやりたい」


 エゥーデの言葉の意図を汲み、エリスは溜息を吐いた。


「こんなところで駐屯なされるおつもりでしょうか」


「駐屯などと大袈裟なものではない。一日……いや、半日ほどでも、小休止をとるだけのこと」


 言葉通りの意味にとられないことなど、両者ともに理解している。


 エリスは苦い表情で唇を噛み、

「将軍の名に傷を与えたと、殿下は強く後悔を示されております。そのために私を出迎えに残されました。どうか、凱旋式への参加をご検討ください」


 追い詰められたエリスの心を知りつつ、エゥーデはしたたかに笑みを返す。


「そろそろ薬の時間でもあるしな。湯を沸かすついでに、茶を入れさせよう。共にしたければ歓迎してやる、強制はしないがな」


 思う通りにならず、エリスは苦々しく歯を擦り合わせた。その時、


「将軍ッ――」


 護衛兵らが武器を構え、エリス一行が待機しているさらに後方を注視する。


 背中を向けていたエゥーデが前に視線を戻し、

「なんだ……?」


 エリスはその視線を追い、背後へ振り返った。


 白道の奥から輝士らしき男が馬を走らせて向かって来る。黄緑色の髪にすらりとした長身、遠目でもすぐにわかる特徴を備えた異邦の輝士、ジェダ・サーペンティアだった。


 目の前まで距離を詰め、ジェダは馬を止めて汗ばんだ顔でエリスを一瞥して微笑を浮かべた。


 ジェダは馬を下りてエリスの前を素通りし、訝るエゥーデの前に立って一礼する。


「将軍閣下に拝謁を――」


 エゥーデは見違えるように不機嫌さを出し、

「またか……きさまなど呼んだ覚えはないが」


 ジェダは息を切らしているのを隠すように深く息を吐き、

「まあ、そうおっしゃらずに。ターフェスタ大公が増援軍の動向を気に掛けていましてね」


 エゥーデはエリスとジェダを交互に見やり、

「ふん、次から次へと……今から小休止で茶を入れるところだ」


 ジェダは片足を踏み込み、

「その茶会に、僕も是非参加させていただきたい」


 エゥーデは渋々背を向け、

「好きにしろ」


 すでに設営が開始されている天幕の下へ向かう二人の背中を見つめつつ、エリスはひそかに首を傾げる。


 ――殿下が?


 突然現れ、どこか焦った様子を滲ませるジェダの登場に違和感を覚えつつも、


「行きますよ」


 エリスは部下たちを引き連れ、二人の後を追いかけた。




     *




 白道に張られた天幕の下で、置かれた椅子にどっしりと座るエゥーデは、副官のアーカイド・バライトから渡された湯気があがる白湯に息を吹きかける。


 隣にはエゥーデの孫であるディカ・ボウバイトが控え、天幕の周囲には背中を向けて周囲を警戒するボウバイト軍の兵士たちが屹立していた。


「こんなところで、この老いぼれが湯をすするところを、風蛇の子と冬華が見つめている。両名とも、度し難いほどに暇人だな」


 エゥーデの軽口にエリスが苛立ちと共に反応し、

「暇ではありませんッ、誰のせいでこんな――」

 失言にはっとなり、慌てて自らの口を塞いだ。


 エリスは身なりを正して座り直し、

「凱旋式への参加をご検討いただければ、将軍を含め増援軍の兵士たちも、都でゆっくりと暖を取り、疲れを癒やすことができるというもの」


 エゥーデはにやりと片頬をあげ、

「さすがは名高い冬華どの、我が軍の兵の体調までご案じくださるか」


 エリスは上半身を乗り出し、

「本気で言っています――」


「ふ」

 くすりと笑声を零したジェダに、エリスは声を止めて睨みつける。


 エリスは近くに座るジェダに体を向け、

「おかしいですか? あなたも私と同じ目的でここに来た、と言っていたはずですが」


 ジェダは曖昧に視線を逸らし、肩を竦めてエリスの言葉をやり過ごす。


「まあ、色々と思惑がおありでしょうが、ボウバイト将軍があえて歩みを遅らせていることには別の理由もあるのでは?」


 余裕の態度をみせていたエゥーデが、ジェダの言葉に顔を顰めた。


「それはどういう意味だ」


「ご一族から派遣されてきたというあの男の件ですよ」


 ジェダが指摘すると、エゥーデは目元を震わせ、明らかな動揺を示す。


「僕が自分の目で見たことと、他者から聞いた話を合わせるに、ボウバイト家は現在後継者問題の渦中にある、と思っていますが?」


 エゥーデはぎろりとジェダを睨み、

「だとすれば、なんだという」


「将軍と不和の関係にある親族内の一派が中央都におられるのでしょう。そこへ戻れば、否応なしに話し合いに応じざるを得なくなる。将軍はディカ殿を後継に付けたいとお望みですが、それを後押しする決定打を欠いているとお見受けします。この遠征にご令孫を同行させたのも、反対派に次期当主に相応しいと見せつけるためだったのではありませんか。わざわざ命の危険すらある戦地につれていったというのは、そこまでしなければディカ殿を後継者の席に座らせられないとお考えだから、でしょう」


 ジェダの語りに、ディカが顔に暗い色を滲ませる。


 エゥーデは湯気の立つ湯飲みを強く握りしめ、

「あまつさえ当家の内情に首を突っ込み、ディカに能がないと愚弄するつもりか」


「予測を語ることを愚弄と捉えられるなら仕方がありません。ですが、お怒りのご様子を見るに、僕の考えはそれほど真実と乖離はしていないのでは」


 エゥーデは歯を剥いてジェダを睨む。緊迫する空気を察し、ディカがエゥーデに声をかけた。


「お婆さま、私は気にしてなど――」


 エゥーデは大きく舌打ちをして、

「お前は黙っていろ! 蛇の子め、きさまわざわざ私の気分を害するような言葉を吐くため、ここまで顔を出したのか」


 ジェダは顔に張り付けた微笑を徐々に無表情へと変化させ、

「いいえ。僕は、あなたと交渉をするためにここに来ました」


「交渉……?」

 エゥーデに代わり、エリスが激しく訝りながらジェダを見やる。


 ジェダはエリスを無視して立ち上がり、

「例えばの話をします……例えば僕が、いまお話しした将軍の抱えるすべての問題を解決する、と言えばどうです?」


 突拍子もない発言を受け、エゥーデは苛立ちを捨ててきょとんと首を傾げた。


「なにを言い出す……? 公子の立場を捨て去った身の上でいったいなにができるという。リシアに承認も受けていないきさまの身分など、ここでは輝士としてすら正式に認められたものではない。それともなにか、風蛇の家に復帰し、その力を用いてディカの後ろ盾にでもなるというつもりか?」


 ジェダは吹き出すように笑い、

「まさか。僕は蛇紋石の第一継承権を持つ兄を殺してここにいるのです。どうやってもあの家に戻れる選択肢など存在しませんし、その気もありません」


 エゥーデは再び顔に怒りを戻し、

「ならば糞の役にもたたん。思い上がった糞ガキめ、世迷い言にこれ以上私の時間を浪費させるつもりなら、鞭でしばいて犬のように即刻主の下に送り返してくれるッ」


 怒声を浴びるジェダは、しかし冷静さを保ったまま再び席に着き、

「僕の言った言葉を、もう少し簡単に受け止めていただきたいのですがね」


 その時、アーカイドが口を挟み、

「例えばの話だと言われたのはあなたでは?」


 ジェダは視線を上に回し、

「……たしかに」

 自嘲の笑みを零した。


 ジェダは身を乗り出し、

「はっきりと申し上げましょう、ボウバイト家の後継者問題において、将軍と敵対する勢力を僕がこの手で一掃するというのはいかがでしょう」


 過激な発言を言い放ち、ジェダは挑発するように微笑を鋭利に研ぎ澄ませる。


 エリスが途端に声を荒げ、

「あなた、なにを言っているの!?」


 驚きに眉をあげるアーカイドに、その側で声を失うディカ。エゥーデは怒りを露わにするエリスに向かって手を上げ、


「待て――蛇の子よ、いったいなんのつもりだ?」


「交渉だと申し上げました。僕がいま提示した条件をどう思われるか、正直なところをお伺いしたい」


 突拍子もない発言にまっさきに怒りを露わにしそうなエゥーデは、しかし一人冷静にジェダを見つめ、


「……きさまがそれをしたところで、罪人として裁かれるだけのことではないのか」


「そのことに関しては、ないものとしてお考えください」


 耐えかねたようにエリスが腰を上げ、

「この愚かなやりとりに時間を浪費するくらいなら、今すぐ腰をあげて殿下の下へ向かってください。凱旋式に副司令を務めた将軍が参加をしなければ、内外にあらぬ噂をたてられてしまいますッ」


 エゥーデはエリスの発言を苦笑し、


「本音を聞けて喜ばしいぞ、テイファニー卿。ならば私も本音を返そう、あのような辺境くんだりまで自腹で軍を出し、身を切って勝利に貢献したボウバイトに対し、大公殿下は褒賞を約束するどころか、新たな領地の支配権をぽっと出の小僧にくれてやった。そのうえで身中の虫であるあの混沌領域のごみ糞どもを目の前に持ち込まれ、当家が受けた侮辱はもはや耐えがたい。このうえ式への出席を望むのであれば、それを願いにくるべきなのはドストフ・ターフェスタ大公ご本人であろう。当然、当家に対する論功の結果に見合う土産を持参されるのが筋というものだ」


 エリスは不快感を露わに、

「無礼な、いくらボウバイト将軍であろうと、大公家に対してそのような――」


 熱が高まる空気に、ジェダが冷ややかな咳払いを挟んだ。


「その件で、ひとつ言っておきたいことがあるのですが。残念ながら、大公がここまで足を運び、将軍の機嫌をとるというのは不可能です」


 エリスが声を荒らげ、

「あたりまえでしょうッ」


 ジェダは冷淡に苦笑を浮かべ、

「そういうことではなく。理由がどうであれ無理なんですよ、なにせ、大公の身柄を我々が拘束してしまいましたから」


 エリスは一瞬声を失い、

「……は?」


 エゥーデは顔から怒気を消し、真顔でジェダを凝視した。


「……冗談で済まされる類の言葉ではないぞ」


「冗談など言いませんよ。中央都へ戻ると、市街地は焼け落ちて廃墟と化していました。どうやら住民たちが叛乱を起こしたらしく、その情報を得た大公は加担する者たちの皆殺しを命じられた。その命令をシュオウが止めたことをきっかけにして、結果的に大公を拘束するという運びになりまして」


 この場にいる者全員が目を丸くするばかり、誰も声を発せず沈黙が場を支配する。


 一時をあけてようやく、

「……うそ、そんなのありえない」

 エリスが声を振り絞った。


 エゥーデは強くジェダを睨みつけ、

「私を強引に呼び寄せるために、ネディム・カルセドニーあたりに吹き込まれたくだらん策略であろう」


 信憑性を得られぬ言葉に微かな苛立ちを覚えつつ、ジェダは静かに立ち上がった。


 ジェダは皆の視線を集めつつ、

「信じていただくために、こうでもしなければ――」

 手元で指を鳴らした。


 天幕のなかに向け、外から圧のある風が吸い込まれる。直後、


「が、あ……?!」


 控えていたエリスの部下たちが、一斉に地面に崩れ落ちる。その身は一瞬にして切り刻まれながら、収束する風が出血を抑え込み、その凄惨な死の末路からはかけ離れて見えるほど、周囲を汚すことなく殺害が行われた。


「――?!」

 ディカが小さく悲鳴をあげた。


「なんということをッ!!」

 アーカイドが剣を抜き、ディカを守るように前に立つ。


 エリスは全身を震え上がらせ、血の気の失せた顔で硬直し、大きく見開いた目でジェダを見つめた。


 アーカイドの叫び声で状況を察知した周囲の護衛兵たちが、一斉に天幕のなかへ武器を突き立てる。


 エゥーデは肉塊になった輝士たちを一瞥し、

「きさま……やってくれたな……」


 ジェダは涼しい態度で全員の視線を受け止め、

「これで、信じていただけるといいのですが」


 アーカイドが抜いた剣をジェダに向け、

「エゥーデ様、ご命令いただければただちにッ」


 緊張が場を支配し、周囲を取り囲む護衛兵たちも得物を握る拳に力を込める。


 エゥーデは、顔に微笑を張り付けたジェダと視線を交わし、

「きさまらは大公を拘束した、のだな?」


「はい」


 エゥーデはすっかり冷めた湯飲みを見つめ、

「交渉がどうとか言っていたのは、それか……」


 ジェダは無言で首肯した。


 エゥーデは湯飲みをアーカイドに差し出し、

「アーカイド、人払いをしてもう一度湯を沸かせ――」

 直後にジェダを睨んで、

「――沸くまでの間、交渉とやらの続きを聞いてやる」


 アーカイドはジェダを警戒しつつ剣を納め、

「……承知いたしました」

 湯飲みを受け取り、護衛兵たちに離れるよう合図を送った。


 緊張が溶け込む静寂のなか、話を始める前にエゥーデは不自然に硬直したままのエリスを見て首を傾げた。


「どうした、テイファニー卿。この男がしでかしたことに鉄槌をくだすというのなら止めはせんぞ」


 エリスは返事をせず、顔面に脂汗を滲ませながら、ただ浅い呼吸を繰り返している。


 ジェダはその様子を面白がるように笑い、

「彼女は僕の力の使い方を知っているのでしょう。風刃を目に見えないほど細く、こまやかに張り巡らせる。触れたものを容易く両断するこの方法を知る者に対しては、このように一定の足止め効果も期待できる。僕がテイファニー卿の周囲に罠を張っているかどうか、判断がつかずに動くことができなくなっているのだと思いますよ」


 エリスは血走った眼でジェダを睨み、

「……どっちなのッ?!」


 ジェダは意図して、エリスの縋るような視線から目を外し、

「今はここへ来た目的を果たさせてもらいたいので、もうしばらくそうやって大人しくしていてもらえると助かります」


 エゥーデは早々にエリスへの興味を捨て、ジェダを注視する。


「やはり当初の懸念通り、きさまらは祖国を裏切った――ただの外道であったな」


「どのような呼び方であろうとも、甘んじて受け入れます」


「さきほどの愚にもつかない話の続きをしたいのであろう。交渉というからには引き換えに望むものがあるはずだ」


「シュオウは中央都の乱を治めるための道順を模索しています。奥に残る兵力に合わせて、上では遠征隊を押さえ込むための策を講じている頃でしょう。そのうえで、ボウバイト家旗下の増援軍にまで応じている余裕など、いまの我々にはありません」


 エゥーデは片眉を深く下げ、

「見逃せというつもりか?」


「その案も魅力的ですが、よろしければ謀反に加わっていただきたい」


 耐えかねるように、エゥーデは喉の奥から咳をするように笑声を漏らした。だが、その表情に笑みの気配は一切ない。


「大罪を犯すことと引き換えにして、ボウバイトが長年の間に盟約を結んできたターフェスタ大公家を裏切ると、本気でそう思っているのか」


 ジェダは頷いて、


「お家は問題を抱えておられる。僕も後継問題に関わるいざこざは、この身を以て見てきたので、将軍のご苦労は想像できます。面倒なものですよね、誰を次代の当主に据えるのかという問題は酷くありふれた問題でありながら、当事者たちにとっては時に生死が関わる重大事でもある。将軍は僕の差し出した提案を愚かだとおっしゃいますが、実際のところはすでに興味を惹かれているはず。そうでなければ、あなたはすでに僕の抹殺を声高に命令されているはずですから」


「…………」


 エゥーデはジェダの話に耳を傾けながら、その内容に否定的な態度を示さない。


 その時、アーカイドが鞘に収めた剣を握りしめ、エゥーデに向けて一歩距離を詰める。


「エゥーデ様、このような話を本気で検討をされておられるのですか。あってはならないことです、大公家を裏切るなど――」


 エゥーデは低く沈めた声で、

「黙れ……腹立たしいが、この話は聞き捨てにできん」


 ディカが苦しげにエゥーデを見つめ、

「おばあさま……私も、してはならないことだと思います……」


 エゥーデは神妙にディカを見やり、

「ディカ、一族にお前を恐れる者はいない。私が存命のうちであれば、そのような雑音も消せよう。だが、強引にお前を後継の座につけたとて、私が亡きあと、奴らは容赦なくお前を当主の座から引きずり下ろす。たとえ当主の座を明け渡したとしても、我が孫であり、我が娘の生んだ子であるお前の将来の影響力を恐れ、連中に命を狙われるのは必定」


 アーカイドが力を込め、

「私がお守りいたしますッ」


「お前一人ではどうにもならん、わかっているはずだ」


 エゥーデは腰を上げ、微笑を浮かべるジェダに詰め寄った。


「……どうやってやる?」


「一族の方々全員を一カ所に集めていただければ。あとは簡単なことですよ、僕の力はよくご存じのはずでしょう。その汚名も罪も、背負うのは僕一人。僕はただ、争乱のなかで偶然に遭遇した一族のお歴々と戦った。それだけのことで終わります」


 軽く言うジェダに対し、エゥーデは突如表情に怒気を爆発させ、そのままジェダの首を鷲掴みにした。


「私を操ったなどと、驕るなよ蛇の子め。手を貸すのはすべてを見届けた後だ、一匹たりとも逃さずに仕留めろ。もしも約束を違えば、このエゥーデが総力を持ってきさまらの命を蹂躙してくれる」


 ジェダは首を掴まれたまま抵抗をせず、

「約束を果たすと、誓います」


 しばらくの睨み合いの後、エゥーデは不意にアーカイドの腰から剣を抜き取り、勢いをつけて硬直したままのエリスの胴に突き刺した。


「あ、あ……そん、な……?!」


 エリスは驚きに瞳を揺らし、腹に剣を刺したまま、前のめりに倒れ込んだ。


 アーカイドが血の気の引いた声で、

「エゥーデ様……」


 ジェダは倒れ込むエリスを見つめ、

「いいのですか?」


 エゥーデは額に汗を滲ませながらエリスの背を見つめ、

「この密約を知る者は生かしておけない。アーカイド、知られぬうちに死体を隠せ――」


 短時間の間にひどくやつれたエゥーデは、倒れるように椅子に腰を落とした。かすかに震える指先が膝の上で握られる。


 暖められる白湯から昇り始めた白い湯気が静かに揺らぎ、天幕のなかの視界を霞ませた。


 エゥーデは白い(もや)をじっと見つめ、隠しきれぬ動揺を滲ませながら、深く、深く息を吐いた。











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小説の表紙
― 新着の感想 ―
エリスっちゃん死んじゃった ちょっと勿体無い 小動物みたいにあたふたする小者っぷりが見てて楽しかったのに 自らが招いた、都市の壊滅くらいは見せて絶望のうちに沈してほしかった
くずってわけじゃなく、立場の中でもがきながら生きてる人が退場していくたびかわいそう。と思ってしまう俺は覇道なんて理解できないしやれるわけないんだろうな。 自分を貫き通す為に、腕の中にいる大切なもの以外…
エリス死す。まぁどちらにしろ央都争乱を起こした傭兵関連も有って、半ば運命は決まってたようなもんだからな。それにしても、ジェダはネディムのアドバイスを上手く取り入れたなぁ。 エゥーデは主君への裏切りで…
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