大戦 6
大戦 6
世界を額の中に収めて見る癖のあるディカの目に映るのは、思いもしなかった穏やかな風景だった。
占領が進むユウギリの地は、戦場として想定されていたとは思えないほど落ち着きを取り戻し、他国からの侵略を受けながらも、市中はすでに人々が行き交い、日々を生きるための仕事や商売に勤しんでいる。
兵士たちは街の入り口から奥に向け、徐々に支配域を広げていた。通常、その過程で起こるはずの流血事は、今のところ、どこからも報告があがってこない。
それは軍を指揮する司令官から発せられた、厳しい軍令が強く影響を及ぼしている結果であり、各所の制圧を進める兵士たちと共に、選ばれた領民たちが案内役として同行しているのも、この平穏な占領が進行する大きな要因となっていた。
始まりから終わりまで、異例のこと尽くめで進んだ戦争の結末を、司令官であるシュオウの名を上げ喝采を送る者たちがいる一方、まるで納得がいかない様子で、不平を漏らす者も多くいた。ディカの祖母、エゥーデ・ボウバイトが率いる、ボウバイト軍の兵士たちである。
「市中に入ることすら許されん。奴らはまるで我らを監視しているかのように兵を並べている、このような扱いが許されていいのか?!」
人目も憚らず、ボウバイト軍の兵士が不満を叫ぶ。
「目の前にまともな食いもんがあるってのに、俺たちには硬いパンに渇いた肉のかけらを食えと、命懸けでここまできた見返りがこれか?」
「ここには上等な牛も馬も腐るほどあるってのに、指一本触れるなってよ、あの糞野郎が――」
口汚く司令官を罵る言葉が次々と耳に届き、ディカは淀みを嫌って、その場を離れた。
ボウバイトが率い、管理する兵士たちは、激しい怒りと苛立ちを溜めていた。苦しい戦いも行軍も、得られるものがあるという期待感を糧に耐えていた者たちは少なからずいる。
同じ陣営にありながら、心が彼らの側にはないディカは、この事態を不安に感じずにはいられなかった。
陣営の指揮官であるエゥーデは、広めの空き家を仮置きの寝所とし、そこに入ってから一向に姿を現さない。
エゥーデが、激しくシュオウと口論をしていた姿を思い、ディカは兵の不満を諫めてほしい、と願いたくなる心に蓋をした。
「アーカイド」
ディカは増援軍を監督するアーカイドに声をかける。
「ディカ様」
アーカイドは恭しく辞儀をした。
「お婆さまは……?」
「エゥーデ様は中でお休みになられております。ここまでの道すがら、疲れを溜めておられたご様子でしたので」
ディカはエゥーデが宿泊する建物を見やり、
「……お婆さまにご相談したいことがある、会える?」
アーカイドは表情を曇らせ、
「今は……やめておかれるのがよろしいかと……司令官との一件があってから、エゥーデは様はとても気分を害されているご様子で。後処理を私に一任され、しばらく人を寄せるなとの指示を受けておりますので」
祖母の機嫌が悪いという。幼い頃から震え上がるほど恐ろしかったエゥーデの怒声を思い出し、ディカは思わず肩を竦めた。しかし、
「……それでも、会わなければいけない。こちらの兵たちが司令官に不満を溜めていて、なにかの間違いで兵が暴走しないように手を打つ必要がある。私にまかせていただけないか、お婆さまに相談したいの」
強い意志を込めて、アーカイドの目を見ながら言った。
「承知いたしました。ディカ様より面会の申し入れがあると、私が先にお伝えしてまいりましょう。こちらへどうぞ――」
*
まるで生活感のない建物の中は、エゥーデのために持ち込まれた物資や私物がまばらに置かれていた。
ディカを伴うアーカイドは、
「ここでお待ち下さい」
そう言って、通路の先にある一室の前で足を止めた。
「エゥーデ様」
アーカイドが扉を叩いて声をかけると、
「アーカイドか、入れ」
扉の向こうから、エゥーデのこもった声が返ってくる。
アーカイドはディカに頷いた後、扉を開けて部屋に入った。直後に、締まりきらなかった扉が、微かな軋み音をあげながら隙間を残す。
扉の隙間から、否応なく中にいる二人の声が漏れ伝わってくる。エゥーデの機嫌が気になり、ディカはこっそり部屋に足を踏み入れて、物影から部屋の奥を覗き込んだ。
「どうした、顔を出した途端に呆けた顔をしおって」
そう言ったエゥーデは寝台の上で寝間着姿で横になっていた。
「いえ……」
アーカイドが戸惑っている理由を、ディカは即座に理解した。怒りを溜めて機嫌悪く部屋にこもっていると思っていた主が、存外穏やかな顔つきで、寝間着姿でくつろいでいたからだ。
面食らった様子のアーカイドは、
「……てっきり、お怒りであられると思っていたもので」
エゥーデは鼻の下を伸ばし、
「糞虫のことか? あの程度のこと、引きずるほどのことでもない。私が怒り狂っていないということが、それがそれほど驚くことか」
ディカの立つ位置からはアーカイドの背中しか見えないが、エゥーデが不思議そうに首を傾げたところを見るに、よほどの顔をしているのだろう。
「……行軍に挑む前のことを思えば、はい、たしかに驚いております」
エゥーデは目を細めて笑み、
「噂に違わぬ、並の者ではなかったな。戦の運びにつけ、数に勝る我が軍の兵を前にして、私に向かって獲物に手を出すなと睨みつけてくるような輩だ。まったく、これっぽっちも、このエゥーデ・ボウバイトを恐れていない。あれが、まともな家の出であれば、頭を下げてでもディカの婿に迎えるものをな。四、五人でも子が生まれれば、なにを案ずることもなく死ねる。奴に種馬としての価値がないのは、実に惜しいことよ」
エゥーデが言った思わぬ言葉に、ディカは身を引いて顔を強ばらせる。押さえようもなく芽生えた妄想の結果、しだいに頬が上気していく感覚に気づき、冷えた手を当て、熱くなった頬を冷ました。
「……それほどまでに、見込まれておられるとは思ってもいませんでした」
エゥーデは自嘲するように笑い、
「ふん、こんな戦に付き合わされるのは二度とごめんだがな。それで、なんの用件でここにきた」
エゥーデが聞くと、アーカイドは慌てた様子で、
「そうでした。ディカ様に、エゥーデ様への取り次ぎを願われました」
「……用件はなんだ?」
「端的に申せば、我が軍の指揮権を求められております。略奪を禁じた司令官に対して、兵が不満をためていると心配されておられて」
エゥーデの答えを聞く前に、ディカは身を強ばらせる。だが直後、室内に響いたのは、エゥーデの温かみのある笑声だった。意外な反応に、ディカは思わず大きく瞼を見開いた。
「絵具や紙を寄越せとでも言ってくるかと思えば、軍の指揮をとらせろと言ってきたか……わざわざ大枚をはたき、このような敵地にまで行軍してきた甲斐も、多少なりあったということか」
アーカイドは緊張を帯びた声で、
「……どうなさいますか」
「すでに大事には片が付いた。欲しがっているのならくれてやる、この地に留まる間、ディカを正式な副司令代行役として司令官に推挙しておこう。ディカに全権を持たせる、お前が補佐について手を貸してやれ」
アーカイドは嬉しげに声を漏らし、
「はッ」
「それと、密かに持ち込ませていた嗜好品があったな。すべて兵士たちにくれてやれ、不満を溜めた者たちも、少しは気が紛れるだろう。それらをディカの計らいによるものとして広めよ、多少なり、やりやすくなるはずだ」
「承知いたしました」
話に一段落がついた気配を察し、ディカは慌てて部屋を出て、音がでないように扉を閉めた。
すぐにアーカイドが部屋を出るが、
「ディカ様……私から話をお伝えする必要はないですね……」
その顔には、幼い頃から見る、優しげに見守る家族のような暖かさが滲んでいた。
ディカは目に大粒の涙を浮かべていた。それを一目見た瞬間、アーカイドには、ディカが話を聞いていたことが一目でわかったのだ。
*
ターフェスタ軍によるユウギリの占領は、布地が水に浸されるかのように、じわりと、しかし確実に進んでいった。
各所の制圧任務ではカトレイの兵士たちが中心となり、そこに現地住民の案内人が付きそう。案内人たちは、地域の特色を教えながら住民たちとの関係を取り持ち、巨利の館に関わる者や、下部組織の者たちの捕縛にも協力した。
その任務はレノアの指揮のもと、カトレイ兵たちが中心となりつつ執り行われ、ユウギリに燻る反抗の芽は粛々と摘み取られていった。
そのような状況下で、シュオウはジェダとノラン、さらにセナを連れてユウギリでもっとも大きい市場を訪れていた。
「好きな物を、好きなだけ選んでいい」
色とりどりの露店を前にして、シュオウの言った言葉を聞いたセナは、激しく目を輝かせた。
「いいの……本当に……?」
「いい、本当に」
「わあ――ッ」
シュオウはセナに対して、自由に買い物をする権利を贈った。それはセナの働きへの対価として支払う、恩賞の一部だった。
シュオウが目配せをすると、ジェダは重たい硬貨を入れた革袋を担ぎ、セナの横に身を置いた。
ジェダはセナに、
「僕のことは歩く財布兼、荷物持ちだと思ってくれていい」
セナはぽかんと口を開け、
「あなた……貴族でしょ……?」
難しそうに眉を曲げて、首を傾げながらジェダを見上げる。
「何人であろうと、主の命令には逆らえないんだ」
そう言いながら、ジェダの視線がちらりとシュオウをかすめる。
「へえ、見た目に寄らず苦労してるのね……よかったら先の運勢を占ってあげましょうか?」
「そういうものに、あまり興味はないな」
「そう? じゃあ、こっちからね!」
セナは快活に駆けだし、露店の物色を開始した。
「風蛇公のご子息が、このようなことになっていたとは……」
シュオウを含めた他の者たちが、ムラクモを離れたことを知らなかったノランは、額に汗を浮かべて重たい袋を担ぎながら、忙しなく動き回るセナについて回るジェダを見つめつつ、しみじみと言った。
市場で商いを行う者、行き交う客たちが、目立つ外套を羽織っているシュオウに視線を送るなか、隣に立つノランは一つ、大きな咳払いをする。
「あの南方人たちについてだが――」
ノランはそう切り出し、
「――重罪を科すつもりなのか?」
シュオウは小さく喉奥で唸り、
「どんな罪か、どんな罰がいいのか、俺にはわからない。後方に置いてきた仲間に詳しそうな奴がいる、相談してみるつもりだ」
「……そうか、ならばターフェスタの法で裁かれることになりそうだな」
彼らに身内をひどい目にあわされていた立場としては、むしろ喜びを露わにしそうな事でありながら、ノランの声はその逆に沈んでいた。
ロ・シェンたちを捕らえた場においても、ノランは喉に小骨が刺さったように、はっきりとしない態度をみせていた。
「なにか気になることがあるのか?」
ノランは肩に力を込めて図星を突かれた様子で、
「あの傭兵団の中に、ユウギリの防衛に協力的だった者たちがいる。彼らは私たちの家族に行われていた加虐的な行為に参加しておらず、それを知ってもいなかった。その者たちがロ・シェンと同じ罪で裁かれるのは……公平ではない」
「刑を軽くしろ、と言ってるのか」
ノランは慌てて首を振り、
「いいやッ、私は敗軍の将に等しい、過分な要求をするつもりはない。現状の寛大な扱いに十分満足している……」
ノランの態度には僅かな媚びが混じっていた。それは、敵の大軍の中に家族や大勢の仲間たちを置いている身ゆえの気遣いであろう。
「そうしてほしいと言うのなら、考える」
シュオウの言葉を受け、ノランは熟考の後、
「……望めるのならば、罪の重さを適切に判断してもらいたい」
そう言って、頭を下げた。
「わかった。言ってた人間をたしかめる、あとで確認を手伝ってくれ」
ノランは頭を下げたまま、
「感謝する……」
その時、
「ぐ……く……」
ジェダが苦しげに声を漏らしながら、買い込んだ品々を地面に置いた。
その奥で、
「早く! 次はこっちねッ」
セナがジェダを急かし、足をばたつかせる。
ジェダは抗議を込めた目でシュオウを睨みつつ、汗を拭った。
「……こういうことに向いた人間がいるだろう」
シュオウは頭のなかでシガの顔を思いつつ、
「俺がいない間に軍を危険に晒したんだろう」
「その点については、主観の違いによる意見の相違だね。これが罰なのだとしたら、そもそもの原因をつくったのは君だろう、君も同様に罰せられるべきじゃないのかい」
シュオウはジェダの抗議をすんなりと受け入れ、
「明日は俺が財布になる」
ジェダはげっそりとした顔でセナを見やり、
「明日もやるのか……」
荷物を置いてとぼとぼとセナの下へ戻って行った。
従順なジェダの姿を見たノランは、珍品でも見るような目でその姿を追い、
「聞き知っていた公子の人物像とは、随分異なるようだが……」
驚くノランを愉快に思い、シュオウは密かに笑みを零した。
一つ呼吸を置き、会話に間が生じる。
喧騒と活気に僅かな不安と好奇心が入り交じる市場を眺めつつ、ノランが伺うようにシュオウを見つめた。
「ユウギリはどうなる?」
シュオウは表情に影を落とし、
「わからない。戦勝の報告を後方に送った、いつになるかわからないが、近いうちにターフェスタ大公の耳にも届く。その後、ユウギリは大公のものになる。俺は軍の指揮権を借りて戦いに出ていただけの雇われ人だ、准砂将という階級も仮のものにすぎない。ここがどうなるかを決定できる権利は、俺にはない……」
暗くなる声にはシュオウが抱える不安も入り交じる。平和を望んで降伏を決断した住民たちの思いが、必ずしも守られるという状況にはないのだ。この地の行く末を決定できる人物は、遥か後方の異国の地にいるドストフ・ターフェスタ大公なのである。
ノランは神妙に胸に手を置き、
「……かつてなんの縁もなかったこのユウギリは、母の眠る地となった。あつかましい願いだが、少しでも良い方へ向かうよう、尽力を願いたい」
その言葉にシュオウが真剣に頷いた直後、
「准砂に報告――」
その一言と共に、後方に控えていた護衛の兵士たちが左右に割れ、バレンが姿を現した。
バレンはシュオウの前で敬礼し、
「――裏街周辺に潜伏していた巨利の館の残党、その他の反抗的な者たちを武力で制圧しました。怪我人を出しましたが、いまのところ双方に死者は出ていません。ご許可があれば、さらに奥の区画へ手を広げたいと思いますが」
シュオウはバレンを見た後にノランを見やり、
「よくやってくれた、あとのことはレノアに一任する。約束通り、ノラン重輝士一行をムラクモ側へ送り出したい。俺が付き添えればいいが、今はここを離れられない。ここで一番、信頼できる人間にまかせたい」
バレンは老練な軍人としての厳しい表情の内で目を輝かせ、
「おまかせいただけるのであれば、その任をお引き受けいたします。そちらがよろしければ、ですが」
ノランを見た。
ノランはゆっくりとバレンへ体を向け、
「よろしく、頼みます」
と頭を下げた。
*
ノランとバレンの二人は、肩を並べて歩いていた。
一方はムラクモ軍の重輝士、そしてもう一方はかつてムラクモ軍の重輝士だった関係上、両者の間には、多少なり気まずい空気が漂っている。
「私のようなものに送られるのはご不満であろう」
バレンが漏らした一言に、ノランは首に手を当て、
「少し前の私なら、あなたを裏切り者と呼び、その首に剣を突きつけていたかもしれませんが――」
ノランはそう言いながら後ろを振り返った。その視線の先には、遠くに見えるシュオウの姿が在る。
「――今は、どうして国を離れたのか、わからなくもありません。しかし、准砂将、とは」
聞き慣れないであろう、シュオウが冠する階級を口ずさんだ。
ノランは続けて、
「あの生まれで将の位を受け、さらに大軍の指揮をまかせられるとは。過去、噂に聞いていたターフェスタ大公の評判からは、信じられないような抜擢だが」
バレンはどこか誇らしげに胸を張り、
「このユウギリが流血に塗れていない現在も、准砂でなければ実現してはいなかったはず、あの方のやりようには常道がない、日々驚かされています――」
バレンはシュオウを見やるノランの視線を追いつつ、
「――准砂の信頼に応えるため、命を賭けてあなた方をお送りする」
ノランはバレンに軽く頭を下げ、
「感謝します、アガサス重輝士。あなたの立場を思えば、この先のご苦労が偲ばれますが」
バレンは強面を僅かに緩ませ、
「軍での出世も天井をつき、あとは引退して子らの成長を見守るだけと思っていたところ、再び先の見えない道に立つことになりましたが、今はそれを、喜ばしくも思っているところですので」
ノランはバレンに視線を移して微笑し、
「多少、うらやましくもありますが」
バレンは表情を再び固め、
「そちらも、ムラクモの現状に憂うところがありましょうな」
ノランはからりと晴れた表情で首を振り、
「今は自分たちの身を心配するのに精一杯だ。国の行く末については、誰が頼まずとも、上の人間がどうにかするでしょう」
バレンは頷き、
「落ち着いているとはいえ両者の関係上、出立の支度を急いだ方がよいでしょう。早ければ明日、夜明けと共にここを出られるように」
ノランは、
「ご配慮に、心より感謝を」
姿勢を正し、辞儀をした。
*
夜が過ぎ、ユウギリからの脱出を希望する者たちが門外に集っていた。
他の地方から紛れ込んでいたムラクモ軍の兵士一行とその家族たちを中心とした集団に、同行を希望する現地住民たちが入り交じる。その集団の中にはムラクモ王家親衛隊の面々も並んでいるが、その一部が集団から距離をとり、見送りに出てきたシュオウの前に整列した。
集団から離れた黒髪の輝士たちを統率する親衛隊隊長のアマイは、きつく口元を結びながら、シュオウの前に屹立した。
「我々はここに残り、あなたと行動を共にさせてもらいます」
決意を込めて言ったアマイに対してシュオウは、
「サーサリアのために、ですか」
アマイは大きく頷き、
「無事でおられると信じている。そうであれば、あのお方は必ず、あなたの下へ向かうはず」
アマイの揺らがぬ視線と同様に、その後ろに並ぶ輝士たちの顔つきも真剣だった。
シュオウが僅かに返答を迷う間に、ジェダがおもむろに両者の間に割って入り、
「同行を求めるのなら相応の態度は示して貰う。こちらは新天地で身を立てている最中だ、半端な者を側に置く余裕はない」
その言葉はアマイに言っているようで、実のところ、シュオウに釘を刺していた。
アマイは露骨に顔を顰めつつ膝をつき、
「……わかり、ました」
王侯にするよう、シュオウに対して頭を垂れる。
アマイは顔を沈め、
「サーサリア様と再会を果たすまでの間、シシジシ・アマイ、以下親衛隊に所属する輝士一同、シュオウ殿に対して、その麾下に加えていただけるように、伏して願います」
遥か高みの地位にあったアマイが深々と頭を下げている。この瞬間に、新たな主従関係が成立していた。
ジェダはシュオウの耳元に顔を寄せ、
「立場と誇りを捨てての決意だ、二心はないと思う。実力では間違いなく選び抜かれた精鋭輝士たちだ、側に置けばなにかと利用できることもあるだろうね。あとは君の心一つだ」
小声で囁いた。
シュオウは頭を下げるアマイを複雑な境地で見下ろし、
「部下として扱う、それでいいなら、同行を許可する」
アマイはなにも言わず、さらに深く頭を落とした。
「問題はありませんか、准砂」
険しい顔と警戒心を露わに、集団からはぐれたアマイたちを注視していたバレンが声をかける。
シュオウは頷き、
「大丈夫だ。伝令はもう届いている頃だな?」
退路の防衛のために置かれた軍を指してシュオウが聞くと、
「は、何事もなければ、頃合いかと思われます」
バレンが空の色を見つつ、そう応えた。
ユウギリから待避する集団のなかに、ノランの隣に立ちながら手を振るアレリーの姿を見つけ、シュオウはそっと手を上げて応えた。
「彼らを頼んだ」
バレンは胸の上で拳を握り、
「誰一人欠かせることなく、送り届けるとお約束いたします」
*
戦馬の嘶きと共に、無数の長剣が抜き放たれる。
白と灰色に覆われた深界を、青の軍服が埋め尽くしていた。
分割されたターフェスタ軍の一方、退路の確保に努める後衛軍を指揮するビュリヒ・マルケは、
「こうなるか……」
緊張して強ばらせた顔で溜息を落とした。
マルケの隣に立つネディムは布陣するムラクモ軍を眺め、
「……試練の時来る、というところでしょうか」
穏やかな声音で呟いた。