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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
銀星石攻略編
136/184

服従 5

服従 5






 ユウギリの影を取り仕切る組織、カンノを頭目とする巨利の館には無数の下部組織が存在し、それぞれが種類別に分けられた地域や商売を監視し、保護と治安維持を名目として金を巻き上げていた。


 下部組織の筆頭、カンノの長子であるミノクは、自らが仕切る組織の住処に身を置きながら、部下たちを前に険しい顔で腕を組み、深く腰掛けた椅子の上でふんぞりかえっていた。


「本当に下の軍隊が動いてんのか」


 ミノクはドスの利いた声で部下に問う。


 部下は額の汗を拭い、

「間違いありやせん、大軍率いて北方の奴らが攻め込んでくるみたいです……」


 その報告に、居並ぶ部下たちが、一斉に顔色を悪くする。


 部下の一人が嘆息し、

「ここが奴らに支配されたら俺らはどうなる……皆殺しにされんじゃねえのか? 奴らはリシアとかいう神を信じねえ奴を人間扱いしないって聞いたこともあるぜ……」


 ミノクは体を起こして酒を注いだ杯を部下の顔に投げつけた。

「ばかやろうが、軍人が殺すのは軍人なんだよ。金を生む働き手になる民を殺してまわったって奴らは少しも得しねえんだ。少しは考えてものを言え」


「じゃあ、俺らは無理矢理働かされるってことですか? いやっすよ、今さら石掘りや種植えになれなんて……」


 ミノクは頭をかき、

「そうはさせねえよ。万が一のための蓄えはある、もしものときは、そいつを使って侵略軍を仕切ってるやつに上手く取り入りゃあいい。まあ、親父がしくじりゃあって話だが。親父んとこの奴の話じゃ、情勢はそれほど悪くねえってことだ。上手くいきゃあ追い払えるかもしれねえ」


 たいした根拠もない話を聞き、しかしミノクの部下たちは顔を合わせてほっとしたように頬を緩ませた。


 その時、部下の一人が現れ、言いにくそうに視線を逸らし、

「ミノクの旦那、親父さんのとこから使いがきたんだが……」


 ミノクは顔を顰め、

「今度はなんていってる?」


 部下は後ろ頭をかきながら、

「……また兵隊を寄越せって」


 ミノクは大きく舌打ちをして、

「ち、またかよ、何人連れてきゃ満足するんだッ」


「仕方ねえですよ、カンノの親方が言うんなら……」


 ミノクは立ち上がって、言った部下の顔面を殴りつけ、

「館に吸われてる下のもんは全部俺が食わせてる連中だ! くそ、親父の奴、うちの連中を軍隊とやり合わせる気じゃねえだろうな……」


 殴られた部下が口の血を拭いながら、

「ミノク様、提案なんですがね、そのへんの奴らを適当に集めて、うちのもんだって言って送っちまうってのはどうですかね」


 ミノクは神妙な顔つきで息を飲み、

「お前……」


 部下は恐る恐る視線を上げ、

「すいませんッ、変なこと言っちまって」


 ミノクは股を開いて品悪く中腰になり、

「いいことを言うじゃねえか」

 破顔した。




     *




 町民たちの悲痛な叫びが、街中に響いていた。


 気配を感じ取り、傭兵団の長、ロ・シェンは一帯に注意を向けた。


 子どもが母を求める声、父親や夫たち、病人や老人まで、老若男女を問わず、やくざ者たちが無理矢理に家から人々を引きずり出し、通りに並べていく。


 一人ずつ、手首に縄をかけ、数珠つなぎに町民を束ねている者たちを見つけ、ロ・シェンは一人歩いてやくざ者たちに声をかける。


「お前たち、筆頭支部の者だな?」


 やくざ者たちは一瞬激しく警戒心をみせ、

「ん……? ああ、あんた親方のとこの」

 ロ・シェンの立場に気づき、警戒心を解いた。


 やくざ者たちはばつが悪そうに、仲間うちで視線を交わす。

「これはそのぉ、ちょっと人手が足りなくってよ、忘れてくれるとありがてえんだが……」

 懐に手をつっこみ、賄賂を渡すような素振りをしてみせる。


 ロ・シェンは、

「気にするな、興味はない。ところで、お前たちの主人はここにいないのか?」


「ミノク様なら本部に――」


 言った途端、

「そうか」

 ロ・シェンは前を向いたまま背後の暗闇に向け、手招きする。


 闇の中から、武装した南方人の武人たちがぞろぞろと姿を現し、やくざ者たちを素早く取り囲んだ。


 急な事態に戸惑いつつ、異様な雰囲気を感じ取ったやくざ者たちは、怯えた様子で互いに顔を見合わせる。


 ロ・シェンは部下たちに、

「制圧しろ」

 敵意を込めてやくざ者たちを睥睨する。


 事態を察したやくざ者たちは、

「はあッ?! お、おい、なんなんだよッ、くそ、お前らやっちまえ!」

 慌てて戦闘態勢を整えた。


 やくざ者たちは若く、体格の良い男たちばかりだ。皆が戦い慣れている様子だが、ロ・シェン率いる百刃門に対しては、その武力はまったく意味をなさなかった。


 その大半が一合のうちに切り伏せられる。悲鳴は流れる血と共に流れ落ち、間もなく、そのすべてが死に至る。


 縛られたまま怯えて縮こまる人々を前に、


「大師範、こいつらをどうしますか」

 武人の一人が辞儀をして問うが、そこには別の意が隠されていた。


 彼らは百刃門の裏切りを見た者たちである。兵法に則れば、葬るか少なくとも管理下に置く必要がある。


 しかしロ・シェンは、

「……自由にしてやれ」

 怯え、震え上がった人々を前に、部下たちに解放を指示した。


 拘束を解かれた町民たちは安堵の表情を浮かべ、

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 何度も礼を言って頭を下げる。


 ロ・シェンはなんの感情もなく冷めた目で町民らの様子を見る。

 その行為は正義でもなく同情でもなかった。

 脳裏にはただ、隻眼から放たれる、あの鋭い光が浮かんでいた。




     *




 自らの屋敷のなかで、ミノクは町民の捕縛を命じた部下の帰りを待っていた。


 部屋の中央に置かれた大きな卓の上には、加工肉や酒などの嗜好品がたっぷりと並べられている。


「親父はあの店の米酒が好きだからな、とっておいて正解だったぜ」


 用意した品々はすべてカンノに対しての機嫌取りのためのものだった。兵隊を寄越せと言ってきた父親に対して、条件を満たせないものを送りつけることへの詫びも込めての心を尽くした工夫である。


 あとは部下たちが町民たちを集めて戻ってくるのを待つばかり。だがその時、部屋の外から悲鳴と物が壊れる音が激しく鳴った。


 身構えたミノクが隠しておいた武器に手を伸ばす間もなく、部屋の扉が押し開けられる。


 そこに姿を現したのは、カンノが雇い侍らせていた南方人の傭兵たちだった。


 開かれた扉の奥に、床に伏して血を流す部下たちの姿を見つけ、ミノクは必死に怯えを隠しながら、


「お、お前ら……なんなんだよ急に……?」


 傭兵集団が左右に割れ、中央から一人の男が姿を現した。傭兵たちを統率するロ・シェンという名の男だった。


 ミノクは額から顎まで汗を伝わらせ、

「……親父の、命令なのか?」


 ロ・シェンは軽く首を傾げ、

「いいや、親から命を狙われるような心辺りでもあるのか?」

 薄ら笑いを浮かべる。


 逆に聞かれたミノクは額に汗を滲ませ、

「ならなんなんだよ……まさか、裏切ったのか?!」


 ロ・シェンはゆっくり歩を進め、

「この状況を見ろ、そうとしか言えんだろう」


 ミノクは尻餅をついて、

「く、くるなッ!」

 必死に足を蹴り出した。


 ロ・シェンはミノクの上にのし掛かり、

「殺意はない。だが、少々聞かせてもらいたい事がある」


「……な、なんだよ」


「たいしたことじゃない、お前の兄弟たち、つまりカンノの血を継ぐ者たちについての情報を知りたい」


 ミノクは恐怖に困惑を混ぜ、

「俺の兄弟、だと……? そんなこと知ってどうするってんだ」


 突如、

「うお……ッ?!」

 のしかかるロ・シェンの重さが増した。それはまるで、四肢の上を巨岩に挟まれたような衝撃だった。


 ロ・シェンは笑み、

「急いでいるのでな、殺しはしないが、聴取の手段は問わんぞ」


 その声と視線は、酷く冷徹だった。


 手や足、各所から伝わる激しい痛みと共に、

「話すッ、すべて! なんでもッ!!」

 ミノクは一瞬にして服従を宣言した。




     *




「おそらく、ここら辺のはずなのだがな……」

 ビ・キョウは呟きながら、地図を凝視した。


 真新しい血の染みがついた地図には、目立つように目印がつけられているが、正確にその位置を割り出すには、ビ・キョウには土地勘が欠けていた。


「師範、あやしい家が――」


 なにかに気づいた門弟から声をかけられ、ビ・キョウはその家の様子を確認する。


「ほう、たしかにわかりやすい」


 比較的小ぶりな家でありながら、その家の前に人相の悪い男たちが机と椅子を置き、札遊びに興じている。傍らには武器が置かれ、どう見てもその家を監視しているか、警備しているかのどちらかだ。


 ビ・キョウは迷いなく家の前まで向かい、男たちの前で後ろ手を組んで立った。


 男たちは腰を浮かせ、

「おい、なんだ? ここはてめえらの来るようなところじゃねえぞ」


 ビ・キョウは胸を張り、

「この家の住人に用があってな」


 男たちは明らかに警戒心を強め、

「なにか知らねえが引き返せ……誰が来ようが中には入れねえ。どうしてもってんならカンノの親方の許可が必要だ」


 ビ・キョウは微笑を浮かべ、

「やはり、ここで間違いないな。入らせてもらうぞ」


 途端、男たちは武器をとり、いきりたつ。

「だめだって言ってんだろうが! おい、ぶっころすぞ!」


 ビ・キョウの手の甲には一目見てわかる彩石がある。大声をあげ威嚇しながらも、男たちは明らかに怯えていた。


 ビ・キョウは、

「仕事とはいえ、辛い立場だな」

 言いながら足を止めず歩き続ける。


 入り口を塞ぐ男たちの目前にまで迫った直後、一人の男が鋭い大鉈を振り上げた。だが、


「ふ――」


 かけ声と共に飛び込んだビ・キョウの手が男の腕に触れた瞬間、腕の肉がはじけ飛ぶ。男の腕は大鉈を握った状態のまま、ごろりと地面に転がった。


 一人目が悲鳴をあげる間もなく、ビ・キョウの力が、男たちの腕を吹き飛ばし、切断していく。それはビ・キョウが持つ尋常ならざる握力が成せる技だった。


 落ちた腕には切り口すら存在しない。手で触れられた部位そのものが、まるで闇に飲まれたように消え失せている。


 ようやく、事態に気づいた一人目の男が悲鳴をあげた直後、ビ・キョウは男の前で屈み、

「ごくろうだったな、お前たちは立派に役目を果たしたぞ――」

 男の服で、血肉のしたたる指先を丁寧に拭った。


 ビ・キョウは立ち上がり、前を向いて歩きながら、自分の首を手の平で叩く。それはとどめを刺すよう、門弟たちへ伝える合図だった。


 背後から絶命していく男たちの気配を感じつつ、家の扉に手をかけるが、中から鍵がかけられていた。手早く晶気を用い、指先の力で扉の一部を粉々に打ち砕く。


 生じたすき間から扉を開け、中に侵入した直後、

「うああああッ!!」

 突然、武器を構えた男が襲いかかってきた。


 ビ・キョウは素早く体勢を整え、男の首を吹き飛ばす。ごとりと転がった死体の奥に、さらに複数人の男たちが身構えていた。


「これほど厳重な警備を敷いていたとは、よほど大切なものを仕舞っているとみえる――」


 一家族が暮らすほどの家一つに割く警備としては異様である。


 男たちは皆、一様に怯えを滲ませ、状況に激しく動揺していた。彼らの不幸にかまうことなく、ビ・キョウは一人ずつを一瞬のうちに仕留め、制圧を完了する。


 厳重に守られていた家の奥に入ると、若い娘と幼い少年の姿があった。


 少年を守るように抱きかかえる若い娘は、少年の姉にも見えるような年頃だが、


「カンノの妻、だな」


 ロ・シェンから渡された情報を元に、そう問いかける。


 若い娘は恐る恐る頷き、

「……はい」


 ビ・キョウが少年に目を向けると、若い娘はその視線を遮るように、全身で少年に覆い被さった。


「お願いしますッ、この子はまだ小さい、私の命ならいくらでも差し出します、だからこの子だけはどうか……ッ」


 平民の身分ながら、この娘には品がある。見目もよく、カンノという街の影の権力者の目にとまったのも頷けた。


 ビ・キョウは微笑みながら膝をつき、

「母の無償の愛、というものか、大変けっこうだ。よかったな、坊や? 守ってくれる母がいるというのは幸せなことなのだぞ」


 少年にかぶさる娘の体をそっと押し目で制した後、ビ・キョウは少年の顔を覗きこむ。


 母親に似て、理知的で整った顔だちの少年を見ながら、

「坊や、名前はなんという?」


 少年は眠そうな顔を上げ、

「……カンノ」

 と告げた。


 思いがけない答えを聞き、ビ・キョウは一瞬目を見開いた後、

「カンノ……? 面白い」

 破顔して少年の体を抱き上げた。




     *




 暗がりが夜を束ねている。


 街の明かりは消え、歓楽街を出歩く者の姿もない。


 一晩を越え、再び街を訪れたシュオウは、一変した街の空気を如実に感じ取っていた。


「……ッ」


 一人で跨がる馬が嘶きをあげ、ぎこちなく歩みを止めて首を振る。馬の首にはびっしょりと汗が浮かんでいた。


 思い通りにならない馬に苦戦していると、併走するアマイが馬を止め、苦笑を滲ませる。


「馬術に関しては、あまり進歩がないようですね」


 アマイの後ろに乗るアレリーが、

「よろしければ、私が前に乗りましょうか……?」


 手負いでくたびれきっている少女の後ろに乗るというのははばかれる。シュオウは手綱を必死に引きながら首を振り、


「いや……なんとかできる……ッ」


 言いながら、頭の中でジェダとマルケの顔が浮かび上がった。乗り心地の良かった二人の馬術を思いつつ、シュオウはようやく落ち着けることに成功した馬を、おそるおそる前進させる。


 併走するアマイが不思議そうに首を傾げ、

「おとなしそうな馬に見えたのですがね……」


 シュオウは相変わらず首を振って嫌がる馬を操りながら、

「その逆ですッ」


 アマイは視線を街並みに移し、

「捕らえられていた間に様相が一変している。ここは活気のある通りだったのですが」


 街は静まりかえっている。だが、どこか人が潜んでいる気配も滲ませる。


 シュオウはアマイの視線を追い、街並みを観察する。

 街は無風の湖面のように静かだ。だが、静寂の中にも動がある、締め切られた扉の奥から漏れる微かな光が、それを思わせた。


「なにかあったみたいだ」

 様子からそう推測する。


 アマイは頷き、

「このまま行っても大丈夫でしょうか、一度戻り、体勢を整えてから出直すというのも一つの手だと思いますよ」


 シュオウは、

「手遅れになる前に、少しでも早く片付けたいので」


「問題は使役されているムラクモ兵たちです。彼らに人質を解放したことを効率的に知らせることができなければ、下手をすれば同士討ちにもなりかねない」


 その時、アレリーが顔を伸ばし、

「父に――アルデリック・ノランに私の姿を見せることができればッ」


 シュオウはアレリーに頷く。しかしアマイは眉を顰め、

「この広いユウギリのなかのどこにいるのか……簡単に見つけられればいいのですがね……」


 馬に乗りながらシュオウは周囲を見渡し、

「この辺りで間違いないか?」

 アレリーに問うた。


 アレリーは頷き、

「右に赤い屋根の二階建ての建物、そこ過ぎると、通りの中央に根の浮いた大木があって、少し行くと割れた看板の食堂があり、そこから左に曲がって少し行った先が目的の館です。最初に一度だけ、そこに連れて行かれたときに見ていたので、間違いありません」


 一度通っただけの道順を整然と答えるアレリーに、アマイが感心した様子で頷いた。


 シュオウもアレリーに頷いてみせ、彼女の言う目印に沿って馬を進める。


 根の浮いた大木を見つけ、左右に割れた看板の食堂を見つけ、通りを左に曲がり、目指していた地点へと辿り着いた。


 四方を高い壁で囲まれた大きく物々しい建物がある。


 出入り口である門前に明かりは灯されていない。しかし、一目でわかるほど不自然に、物々しい警備が敷かれていた。


 シュオウたちに気づいた警備の一人が、

「そこで止まり、引き返してください」


 手の平を突き出してそう制したのはムラクモ王国軍の軍服を纏った女の輝士だった。


 シュオウはアマイに頷いて合図を送る。


 アマイは馬上から懸命に声を張り、

「王家付き親衛隊隊長シシジシ・アマイです」


 そう告げると、女輝士に動揺が走る。

「え……?」


 アマイはゆっくりと馬を進め、

「わけあって軍服を着てはいませんが、証明できることがあるなら、どんなことでも聞いてください」

 自らの顔が見えるように背筋を伸ばす。


 女輝士は、

「いいえ、あなたをよく存じ上げております、アマイ先生」


 アマイはさらに馬を進め、

「あなたでしたか、いつ以来でしょうね……」


 知己の仲である様子の二人は少しずつ距離を詰める、しかし、


「おいッ――」

 門前から強く制すような男の声がした。


 女輝士は途端に肩を竦ませ、

「先生、下がってくださいッ。許可なく近づく者を、殺すように指示されているのです……」


 シュオウは馬を下り、

「カンノにか?」


 聞かれた女輝士は躊躇いがちに首肯した。


 アマイは騎乗したまま体をずらして、

「安心してください、あなた方を縛り付けていたものなら、すでに解放されました」


 アレリーが顔を覗かせ神妙な顔付きで辞儀をして、

「私はアレリー・ノランです。父は――」


 女輝士は目を見開き、

「ノラン重輝士の……?」


 アレリーははっきりと頷き、

「はい」


 女輝士はアレリーが跨がる馬に駆け寄り、

「ケインは――ケイン・クーヴレという名の子どもを知らない? 金髪で、森に生えた苔のように、深い緑の瞳をしている……」


 問われたアレリーは戸惑いを表情に浮かべ、一瞬シュオウへ視線を送った。


「…………いいえ、そのような子は、見ておりません」


 女輝士は蒼白の顔で後ずさり、

「そんな……じゃあ、あなたたちとは……?」


 その時、さきほど声を荒げた男が、

「くそ、まじかよ……ッ、おいてめえら、そいつらを絶対中に入れるな、逆らったらどうなるか、わかってるな?」

 そう言い残し、門のすき間へ滑り込む。


 女輝士はうつむいたまま剣を抜き、

「私たちはノラン隊に直前で合流しました、おそらくこちら側の人質たちは別の場所に置かれていたのでしょう……ごめんなさい、こうする以外に方法がありません」


 女輝士と共に警備についていたムラクモ軍の従士や輝士らしき者たちが一斉に武器を構える。


 アマイがゆっくりと馬を後退させ、

「これはまずい、一度出直して作戦を立て直しましょう……ッ」


 しかし、シュオウは下がることなく前進する。


 女輝士は険しい顔でシュオウを睨み、

「脅しではありませんよ」

 剣を握り、晶気を構築するような姿勢をとった。


「シュオウ君! まって――」


 制止を促すアマイの声を最後まで聞くことなく、シュオウは女輝士と間合いを詰める。


 シュオウの躊躇いのない一瞬の動作に虚を突かれ、女輝士は晶気と武器、どちらも用いる間もなく接近を許した。


 シュオウは女輝士の手首を掴み、足を払って背中から地面に叩き落とす。さらに間断なく奥の兵士たちに向けて距離をつめ、同様に一人ずつを地面に叩き伏せた。


 一連の流れは、まるで藁でも払うように軽々と実行される。


 一瞬で複数人の兵士たちを地面に落としたシュオウを見て、アレリーが、

「あ――」

 驚きに声を漏らした。


 地面に転がされた女輝士は地面に手を突き、落とした武器に手を伸ばしながら、苦しげな声を漏らして立ち上がろうとする。


 シュオウは女輝士を見やり、

「立ち上がるかどうか、自分の意志で選べるように致命傷を与えなかった」


 女輝士は目を見開いてシュオウを見つめ、

「……あなたは、いったい?」


 アマイが、

「捕らわれていた多くの人質を、傭兵たちの手から一人で救出したのは彼ですよ」


 地面に突っ伏す兵士たちが驚きの表情をもってシュオウを見上げる。


 シュオウは彼らに、

「そのままでいれば負けたことにできるだろ、後は俺がなんとかする」


 女輝士は、

「あなただけで、なにができると……?」


 その時、左右の道からぞろぞろと人の群れが集まりだした。

 集まった者たちが南方人の傭兵たちだと気づいた女輝士や兵士らが、苦しげな表情で顔を沈める。


 女輝士は、

「だから、こういうことになるのです。ごめんなさい、これ以上私にはどうすることも――」

 ゆっくりと武器を握り、膝を立たせる。


 現れた集団の中から、ロ・シェンとビ・キョウが姿を現す。二人は左右の道を塞ぐ集団から抜け出し、おもむろにシュオウの前で膝をついた。


 ロ・シェンは、

「使命を果たした。カンノの血に連なる者複数人、知ることのできた範囲で、そのすべてを捕らえることに成功したことを報告する。次の指示を請う……」

 南方の武人流の作法で頭を下げた。


 その言葉を聞き、女輝士は直後に、がらりと武器を手から落とした。











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― 新着の感想 ―
敵地に一人で潜入して転覆一歩手前まで勢力を築き上げてるの草
[良い点] ゴロツキ相手とはいえ素早い仕事ぶり。百刃門は優秀だなぁ。女輝士は愕然(呆然)としとるw (それはそれとして、シュオウはまだ馬乗れんのか。ここまでくると何かしら理由が有る気しますね) [一言…
[良い点] 名前すら名乗ってない女輝士を落としたぞこの将軍!モテっぷりにまで拍車がかかってますよ!
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