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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
銀星石攻略編
121/184

飛翔 4

飛翔 4






 城塞ムツキの西門に、アリオトの輝士たちが押し寄せる。


 戦火の咆哮が轟くなか、シュオウは馬を飛び降り、門前で突っ伏したクロムに駆け寄った。


「クロムッ」


 背中にくくりつけられた縄を切り、絞りかすのように衰弱したクロムを抱きかかえる。


「頼む、死んでると言ってくれ」

 シガが期待を込めて聞いた。


 クロムはぐったりとして身動き一つとらない。口元に耳を寄せると、微かに息をしているのが伝わってきた。


「生きてる……治療を受けさせないと」


「空から落ちても死なないような野郎だぞ、そのへんに転がしときゃいいんだ」

 シガが湿った声で吐き捨てた。


 シュオウはクロムの肩を支え、

「手を貸せ」


 シガは嫌々片側のクロムの腕を掴み上げ、マルケの馬にうつぶせで乗せた。


「マルケ、後ろまでクロムを運べるか」


 シュオウの願いに、マルケは嬉しそうに頷き、

「運べるに決まっている。往復でないのならまかせておけ」


 来た時とは正反対に、弾むように馬を走らせるマルケの馬が、遅れて向かってくるカトレイ軍の中に飲まれていくのを見届けた。


 シュオウは意識を門の奥へと向ける。


 音と晶気が生み出す無数の閃光を通じて、激しい戦いの気配が伝わってくる。


「連中、やけに士気が高いな」


 シガの感想にシュオウは無言で頷いた。


「俺たちも行くぞ」


 門の内側の線を越えると、シガが中の景色を鷹揚に見渡し、

「勝手知ったる、ってやつだな」

 感慨深げに吐息を漏らした。


 話をしているうち、カトレイ軍が門前に到達していた。


 その先頭で指揮を執るレノアはシュオウの前で馬を止め、

「中の状態は」


 シュオウは視線の先にある複数の赤い軍服を見つめ、

「こっちが優勢だ」


「なら、予定通りに進める」


 シュオウはレノアに頷いて、


「逆側の門を開けてムラクモ兵のために逃げ道を作っておく。戦う意思のない人間にはなるべく手を出すな、兵士以外の下働きが多くいるはずだ。抵抗できない人間には特に注意しろ」


 レノアはシュオウを見つめ、

「戦場でもそんなこと言ってたね……今日逃がした敵は明日の敵になるかもしれない、それでも?」


 シュオウはレノアの視線を真っ直ぐ受け止め、

「それでもだ」


 レノアはシュオウから視線をはずし、

「了解――」

 後ろを振り返り、無言の指さしで四方へ兵を展開した。




     *




「各隊、予定通りの持ち場から各施設に侵入、速やかに内部を占拠する。同士討ちに注意ッ、優勢でも手を抜かせるな! それと、ご主人様からの命令だ、戦う意思のない者、とくに兵士以外の労働者たちの動向に注意、可能な限り手を出さないように、忘れるんじゃない!」


 部下たちに命令を伝えた後、レノアは城塞の中庭の各所で起こる戦闘の状況を評価する。


 あきらかに赤が青を圧している。ここまでの進軍過程で受けた晶士からの砲撃も、予想よりも手数が少なかった。


 補充を受け万全の状態であることを心配もしていたが、早期の進軍という賭けが功を奏したことを実感する。


 別働隊を指揮していたシルフが駆けつけ、レノアの前で敬礼した。

「西側の厩舎を押さえましたッ、抵抗少なく、負傷者はいません」


 声をかけられたのと同時に、走って中庭を突っ切るシュオウが見え、レノアは思わずその姿に気を取られていた。


 シルフの報告に反応することなく、一点を見つめるレノアに、シルフが不思議そうに首を傾げる。


「あの、今後のご指示ですが……」


 レノアは一帯を見渡して、

「外の制圧に手が必要な状況じゃなさそうだ。手の空いた人員で各出入り口の封鎖を強化する――横穴から余計な漏れがないように、そっちの監督はまかせる」


「は、はいッ」


 シルフに命令を伝えたレノアは、一番大きな兵舎の入り口に向かった。そのまま、突入を控えて待機している部下たちの後ろに身を置く。


 カトレイの兵士たちは軽装の鎧を身につけ、各々が取り回しの良い長さの短い武器を手にしている。その出で立ちは、狭い建物内を制圧に特化させた装備だった。


 斥候せっこうが大盾を手に建物内の様子をたしかめる。直後に振り返り、緊張した面持ちで指でいくつかの数字を作って見せた。その直後、


「――ぎゃあああ?!」


 通路の奥から鋭い風の矢が放たれ、斥候の左腕が切り落とされた。そのまま倒れ込み、通路に取り残された状態で、血だまりの中で悲鳴を上げ続ける。


 レノアは待機している兵士らに手を振り、

「通路に蓋をしろッ、行け!」


 机のように大きく重たい盾を持った二人の兵が通路に入り、血だまりを踏み越えて横たわる斥候の前に盾を構えた。


 再度の攻撃を覚悟して盾を持った兵士たちが汗を滲ませる。だが、通路の奥は静まりかえり、なにも気配を感じない。


 レノアは身を屈めて通路に残された斥候の元へ向かう。斥候は必死に自らの手で血を止めようと片手で腋の下を押さえ付けていた。


 レノアは切り落とされた左腕についた輝石を見つめ、暗く鼻息を落とす。輝石が体から切り離されれば、血を止めたところで、その先に待ち受けるのは悶え苦しむ死、のみである。


 次にレノアが振り返った時、その目は獣のように様相を変えていた。途端、斥候は酷く怯えた顔で首を揺らし、逃れようと足を泳がせる。


「いや――いやだッ――」


 レノアは鋭く尖らせた爪先で斥候の喉を切り裂いた。

 斥候が事切れたのを見届け、盾持ちの二人の肩に手を置き、通路の奥をじっと見つめる。


 暗い通路の奥は依然として人気を感じず、静まりかえっていた。


「退いたのか……?」


 振り返り、斥候の持っていた頑丈な大盾をじっと見つめる。


 さきほど放たれた晶気は盾を貫通して斥候の腕を切り裂いていた。狙いの正確さと威力、それに不気味なほどの退き際の早さに、レノアは渋面で通路の奥を睨みつけた。


 ――腕の良い奴がいる。


 建物内の戦いは外での戦いよりも神経をすり減らす。外とは違い、一帯を見渡すことのできない狭い空間では、そこに潜むものをすべて把握することが難しいからだ。


 レノアは慎重に様子を窺い、

「通路奥まで確保する、進め――」

 盾持ちの兵を前進させた。


 レノアの指示を受け、待機していた兵士たちが通路の中になだれ込む。


 各所から戦いの気配が伝わってくる。散発的な戦闘は、概ねカトレイ側に有利な状況で進行していた。


「一番確保!」

「二番確保!」


 予め決めておいた各所の番号で、制圧完了の報告が次々にあげられる。


 レノアは懐から見取り図を取り出し、尖った爪先で制圧を終えた部屋に穴を開けた。


「よし、このまま次の区画に移る――」


 告げた直後、

「ぐわああ?!」


 通路奥から爆風が吹き荒れ、監視していた兵士らが風に煽られて体勢を崩した。


 生じた防御の隙間に、矢の形状をした風の晶気が放たれる。


 晶気はレノアの顔のすぐ横を通り抜け、背後にいた輝士の右目を穿ち、そのまま頭を貫通した。


 撃たれた輝士は手を泳がせながら、背中からばたりと倒れ込む。状況から判断して即死している。


 レノアはその場に屈み、

「――どこからだ?! 誰か敵を見たかッ」


「あれを!」

 部下の一人が奥を指さした。


 通路の最奥に見える階段に、何者かの足がわずかに見えている。


 そこは輝士のための居住区に通じる階段と、一階の各施設や細かい部屋に繋がる危険な広間だった。


 その何者かは、階段を上がり、再び前方の通路から気配が消える。


 少し手を出しては退いていく。その手法に苛立ちを感じ、レノアは歯を食いしばり、左右を見渡した。


「六、七、どうなってる、確認急げ――」

 指を差して制圧箇所を指示していく。


 広間から通じる各所の封鎖を進め、進路の手前から通路の安全を確保していく。


 専門の装備と訓練を施されたカトレイ兵たちは、素早く目標の制圧を完了させていく。だが、見取り図に無傷な部分を見つけ、レノアは周囲を見渡して問いかけた。


「七番は?」


 指定の位置に差し向けた隊から制圧完了の報告が入っていない。


 その時、通路の奥にある階段から、青い軍服を着たムラクモ輝士が悠々と姿を見せた。


 男の輝士はレノアと視線を交わし、まるで招き入れるかのように、階段の上に視線を送って、再びレノアへ視線を戻す。


 敵の侵入を許し、追い詰められているはずの状況で、その輝士は落ち着き払った態度で前髪をかき上げ、再び階段の上へと姿を消した。


 ――あいつッ。


 殺された部下たちを思い、レノアは怒気を帯びて肩を力ませた。


「あの輝士が先だ」


 有能で殺意も高い。無理に仕掛けてくるわけでもなく、侵入者であるカトレイを翻弄するように絶妙な距離をとって数を減らしにかかってくる。後には回せない相手である、とレノアは判断した。


「先行します!」

 小隊を率いる部下の一人が手を上げた。


 空間のかぎられた室内で、同時に運用できる輝士の数には限りがあるが、この派遣軍の兵士たちは、深界戦に特化して教育を施されている。名乗りを上げた部下は、さらにこうした状況を得意とする者を集めた隊を率いていた。


 適材適所の志願者にレノアは頷き、

「上をとられてる、十分に注意しな」


 承知を告げた隊長が装備を整えて階段の前に部下を配置した。


 レノアは見取り図を苦々しく睨みつけた。


 上階に上がる別口の階段は、制圧を完了していない区画に存在している。本来の予定では一階をすべて制してから上に取りかかる予定だったが、それを躊躇わせる難敵の存在が予定を狂わせた。


 手玉に取られ、部下を易々と殺されたことで、自身の気が立っていることをレノアは自覚できている。


 不自然に顔を見せた先ほどの輝士の態度が、もし挑発だったとしたら、その可能性に気づいていながらも、次の犠牲者を想像し、やはりこの標的の優先順位を上げざるを得ないのだ。


 怒りから生じる熱と、不安から漏れる冷気、ふたつの矛盾する感情を半々に折り混ぜながら、レノアは作戦の行く末を見守った。


「行くぞ、注意しろ……」

 志願した隊長が隊に指示を告げた。


 晶壁の扱いに長けた輝士を先頭にして、盾持ちの軟石兵数人、そして短距離、小範囲での戦闘に特化した輝士数人が階段を上がって上階へと突入する。


 戦いの音や気配が階下にまで響き渡る。


 叫び声と金属音が断続的に聞こえ、その後、上階は静寂に包まれた。


 レノアは歯を食いしばった。


 上階からは戦闘が継続されている様子は伝わってこない。もし部下たちが制圧を完了したのだとしたら、即座にその報告が届いている。なにも反応がないという状況は、送り出した小隊の敗北を意味していた。


「どうしますか……?」

 同じく状況を察しながら、そう聞いた部下の声は暗い。


 レノアは次の指示を躊躇った。


 数では圧倒しているはず。だが、建物内での制圧任務では、力押しが通用しない状況も発生する。

 地の利を得た敵が未知の強者であるのなら、正面からやり合うのは得策ではない。


「……一度退くか」


 部下をやられた怒りを押し殺し、慎重な判断を検討する。だが、この兵舎は拠点内でも特に大きな建物であり、他の兵舎にも繋がる重要な場所だ。


 ――その前に。


 レノアは階段の前に立って上階を見上げ、

「聞こえているか? 私はカトレイ軍指揮官リ・レノア重輝士だ。こちらに殲滅の意志はない、望むのなら拠点からの退去に協力する用意がある、話を聞く気はあるかッ」


 返答はない。


 無反応が続いた後、突如ごろごろと転がる丸い物体が階段の上から投げ落とされた。


 階下に転がされたものを見て、レノアは目を見開いて上階を睨めつける。それは、先に送り出した部下の生首だった。


 最初の一つが転がされた直後に、他の生首がいくつも階段から転がり落とされる。


「そうか、よくわかったよ」


 明確な意志を受け取ったレノアは、眼光鋭く部下たちを見つめた。


「周辺を確保しつつ一時撤退、制圧手順を再検討する――」


 しかしその時、

「指揮官ッ!!」

 小隊の一つが、負傷した兵を抱えて姿を見せた。


「なにがあった?!」


「七番付近に複数の敵ッ」


 また、他の部下が慌てて駆けつけ、

「四番側の通路に敵兵複数!」


 すでに制圧を完了していたはずの区画から上がった報告に、

「どこから入った……」

 驚きつつ、レノアは声を荒げる。


「危険です、このままでは挟まれますッ」


 切迫した部下の声に、レノアは指揮官としての判断を迫られる。


 上階を制圧するか、後方の伏兵を始末するか。


 危険を排するために慎重に兵を進めてきた結果、難敵に気を取られていた間に、気がつけば敵に包囲されかけている。


 ――やられたのか。


 転がった部下たちの生首を見つめ、レノアは上階を見上げた。


 状況を整えるため、後方から現れた伏兵を片付けて退路を確保するしかない。だが、この状況が敵の意志によって生み出されたものだとしたら、今後の行動も読まれている可能性が高い。


 ――こうなったら。


 自らを囮にして上階に突っ込み、その間に部下たちに退路を確保させる。現状で取り得る最も犠牲を減らせる方法を考え、その指示を伝えようと口をひらいたその瞬間、


「どうした?」


 その一言と共に、未だ手つかずの東側の兵舎から、突然ひょろりとシュオウが姿を現した。


 レノアは一瞬言葉を失い、

「……あ、どうしたって」

 思わず、足元に転がる生首に視線を送る。


 シュオウはその視線を追った後、上階を見上げた。


 レノアは続けて、

「上に不気味な奴がいて、小隊を送り込んだが、おそらく全滅だ。その間に後ろをとられた。私の失態だ、下手に動けば挟撃されかねない……そっちは東側から現れたみたいだけど……」


 シュオウは首を振り、

「向こう側から真っ直ぐここまで歩いてきた。全部は見ていない、まだ敵兵が多く残ってる」


 レノアは視線を沈め、

「そうか……」


 シュオウは階段に足をかけ、

「ここで待ってろ、俺が上を見てくる」


 レノアは慌ててシュオウの腕を掴み、

「一人で行く気か?」


 シュオウは淡々と頷き、

「確認したら声をかける、それまで待っていてくれ」

 言って、優しくレノアの掌握を遠ざけた。


 ゆったりと階段を上がるシュオウの背中に、

「気をつけな、最低でも手練れが一人いる」


 シュオウは反応することなく上階へ上がり、下からではその姿は完全に見えなくなった。


「よし、今のうちに後ろに注力する――」

 レノアは部下たちに後方から迫る敵への対処を命じた。


 カトレイの兵士たちは、迫り来るムラクモ軍人たちへの対応のため、各々が戦闘状態に突入していった。


 階段の前に待機するレノアは、上階からシュオウの声が聞こえてくるのを待った。しかし、反応がない。


「しまった……」


 最悪の事態を繰り返したのではないのか。シュオウのあまりの平静な態度に感化され、強く止めなかったことを後悔する。


「待ってろ、今――」


 上階への突入を覚悟したその時、


「終わった」


 平素と変わらぬシュオウの声が、上階から聞こえてくる。


「あ……え……?」


 レノアは信じがたい気持ちを抱きながら階段を駆け上がった。


 二階の通路に横たわるムラクモ兵士たちの姿が在る。輝士と従士が複数人、床に倒れ込んで微動だにしない者、苦しみ悶えながら悲鳴を押し殺す者、多くの者たちが、完全に無力化させられ、見えるかぎりの場所の制圧が完了している。


 通路に立つシュオウは衣服の汚れもなく、血も浴びず、そのままの姿でそこにいる。


「あんたが、一人でこれを、全部……?」


 シュオウは表情一つ変えずに頷いた。


 レノアは無意識のうち、シュオウの左手の甲をじっと見つめていた。その手の甲には、紛うことなき、白く濁った濁石が乗っている。


 シュオウは通路で横たわる輝士を指さし、

「このなかでは一番手強かった、言ってたのはこいつのことか?」


 シュオウが指した相手は、まさしく、階段から姿を現したあの男の輝士だった。


 レノアは言葉に言い表せない感情を胸に、シュオウに向かって小さく頷いて見せた。


 シュオウは一人で階段の下に足を向け、

「他も見てくる」


「一人でか?」


 レノアの言葉にシュオウは当然のように頷き、

「俺なら大丈夫だ。そっちも気をつけろ」


「あ……」

 

 一人ですたすたと階段を降りていくシュオウに、レノアは思わず縋るように手を伸ばしていた。


 すぐにその姿が見えなくなり、

「違うんだよ」

 レノアは小さく独り言を呟いた。


 一人で行くと言ったシュオウを心配して声をかけたのではなく、置いて行かれる事に、無意識に不安を感じてしまったのだ。


 レノアは気合いを戻すために自らの頬をひっぱたいた。


 部下が階段を駆け上がり、

「後方各所の制圧完了、退路を再確保しました」


 ひやりとさせられた状況が片付いたことを知り、

「よし、よくやった」

 レノアは部下に頷いた。


 じんと腫れて熱を持つ頬を押さえながら、振り返って通路を見つめ、横たわる男の輝士の前に立ち、腰から短剣を抜き放ち、構えた。


 男の輝士は左腕を折り曲げられた状態で、顔面をなにかに叩きつけられたように鼻血を零しながら気を失っている。


 レノアは構えた短剣の刃を、無抵抗の輝士の喉元に押し当てた。


 その行動を見て部下が、

「いいのですか、アリオト司令の命令は……」


 二階の通路に横たわるムラクモの兵士たちのさらに奥に、首を切られた部下たちの亡骸が折り重なって置かれている。レノアはその光景を視て、顔を強ばらせた。


「こういう奴を逃がせば、次はこっちがやられるかもしれない、ただそれだけだ」


 手に力を込め、名も知らぬ一人の男の命を終わらせる。


 レノアは立ち上がって輝士の死体を見下ろし、

「司令官の意志に反した。絶対に気づかれないように、こいつの身元がわからないようにして死者の山に紛れ込ませておけ」


 その指示に部下は戸惑い、

「そこまでする必要がありますか」


 レノアは虚空を見つめて戯けて微笑み、

「嫌われたら、この後の仕事がやりづらくなるだろ、それに――――」

 その後に続く言葉を飲み込んだ。


 通路に横たわるムラクモの兵士たちを見てそう思ったのではない。ただ一人で、これだけの相手を簡単に制圧してしまった腕に対しても同様である。


 問題なのは、ここに横たわる者たち全員が生きているということ。どれほどの力の差があればこれほどの高みに立てるのか、その結果こそが、心を大きく揺さぶられた事象の根源だった。


 レノアはシュオウに対し、底知れぬ不気味さと畏怖を合わせ、


 ――あの男が、少し恐くなった。


 喉の奥にしまい込んだ言葉を、心の中で呟いた。











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小説の表紙
― 新着の感想 ―
「頼む、死んでると言ってくれ」 シガなら絶対言わないような事言ってて 爆笑したわw
屋内戦でのシュオウやばいな
[一言] 安全が担保されてウッキウキのマルケで笑った
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