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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
銀星石攻略編
116/184

狂乱 4

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狂乱 4






 慣れ親しんだ祖国の色に囲まれながら、バレン・アガサスは主君の背中を目で追っていた。


 ――なにが見えているのか。


 そう思わずにはいられない。シュオウの意志を反映した馬が、最善の進路を選択して敵陣の奥深くへ分け入っていく。


 あの日見たのと同じ、シュオウの姿が目の前にある。


 敵意で埋め尽くされた空間に、裸で放り出されたような状況に身を置きながらも、バレンは少しも恐怖を感じていなかった。


 シュオウは敵軍の隙間を縫うように進みながら、邪魔になる相手を的確に仕留めていく。また、ときには背後からの接近に対して、それを知らせるように、バレンに目配せをした。


 バレンは晶気を用い、レオンと連携してムラクモ輝士の迎撃をいなしていく。


 快進撃の最中、ふと違和感に襲われた。


 ――おかしい。


 それは漠然としていながらも、長年輝士として、軍人として、ムラクモ軍に務めた経験からくる違和感だった。


 拒否権のない徴兵制度によって作られる強大な軍隊は、他国からも畏怖の対象にされるほど洗練されている。


 的確に補充される兵においても隙のないムラクモ軍が、異様なほど痩せて見えるのだ。


「父上、なにか変です」


 併走するレオンが疑念を口にすると、バレンはすかさず頷いた。

 なにが、とはっきり理解せずとも、レオンも不自然さに気づいたようである。


 シュオウが前衛の集団を突破した。


 突破してきた後方の進路から、隊列の維持を叫ぶ声が聞こえてくる。アリオト兵がまとまって前線に残っている現状、前衛に配置された兵士たちは戦列を崩すことができないのだ。


 入り込んだ僅かな敵を叩くための遊撃兵は、シガとクロムによって完璧に足止めされている。

 戦士としてシュオウに帯同する二人の力は、まさに驚嘆に値する域にあった。


 開けた空間に抜けだし、後陣に配置された晶士隊と、少数の護衛の姿が一望できた。


 シュオウは強行突破を成功させ、敵陣深くに到達していた。


 馬を下りたシュオウが剣を抜くと、晶士たちは途端に怯えた様子で逃げ惑う。


 彼らの混乱ぶりは常軌を逸していた。戦場の一部分からは戦況を正確に知る事は難しい。後陣に配置された兵士たちにとっては、敵兵が中に侵入してきた時点で、圧倒的な敗戦状況を想像する。


 混沌は渦を巻き、ムラクモ軍の混乱が、毒のように浸透していく。


 ――やはり。


 バレンは配置されている晶士隊の数を見て、疑念を確信に変えた。


 バレンはシュオウの隣に並び、

「准砂、相手の陣容がおかしい、情報収集のため、逃げられる前に指揮官級の身柄を確保する許可をください」


 シュオウは頷き、

「まかせる、俺は平気だ」


「はッ――」

 バレンは短く敬礼を返し、

「――レオ、行くぞ」

 バレンはレオンを連れて、後陣深くに回り込む。混乱に陥った兵士たちを観察する。


「父上、どうするのですかッ」


 敵陣の奥深くで捕虜の品定めをする、という常軌を逸した瞬間に、焦りを隠せないレオンが叫ぶように問うた。


 晶士隊をまとめる重晶士、護衛兵の従士長、それに混乱を収めようと必死に命令を叫ぶ重輝士の姿がある。


「あれはアロエス家の――」

 バレンは呟き、そこに見知った顔を見つけた。

「――あれだッ」


 バレンが指さした先に、馬上から必死に統制を取り戻そうと叫ぶ重輝士の姿がある。バレンとは歳の近いメディル・アロエスだった。


 ――あのお喋りがいい。


 アロエスは社交界の噂話をなにより好物とし、軽蔑に値するほど口の軽い男だった。


「お前は左からだ、無傷で集団から孤立させる」

 バレンの指示にレオンが頷き、

「はいッ」

 二人は携帯していた石を掴み、晶気を用いて頑丈な棒状に形を変化させる。


「メディル・アロエスッ!」


 バレンが野太い声で名を呼ぶと、アロエスは狙われていることに気づき、怯えた顔で慌てて馬を走らせた。


 予め逃げ場を限定するように追い込んだ成果で、アロエスは誘導されるように自らの足で孤立していく。何度も振り返りながら、バレンとレオンから必死に距離を取ろうとするアロエスの体が、突然地面に引き倒された。


 馬から引きずり下ろされたアロエスの体を、シュオウが瞬時に組み敷く。手首を掴んで背中に回し、転がるように体重を移動させ、掴んだ手首をあってはならない方向へ押し曲げた。


「ぐぎゃあああ――」

 聞いたこともないような悲鳴を上げ、アロエスが地面にうずくまる。


「確保しろ」

 シュオウは制圧したアロエスを残し、一人前に向けて走り出した。


 バレンは、

「レオ、准砂をお守りしろ!」


 頷いてシュオウに帯同するレオンを見送り、バレンはアロエスの前で馬を下りて、手に持つ石棒の形状を短く変化させた。


 腕を押さえて倒れ込むアロエスが顔を上げ、

「アガサスッ、この大罪人が……ッ」


 バレンは血走ったアロエスの目と視線を重ね、

「ひさしいな、その後、御母上の容態はどうだ――」


 場違いな社交辞令の声をかけつつ、振り上げた石棒で、アロエスの顔面を強打した。


 ぐったりと気絶したアロエスの体を抱え、

「マルケ殿――」


 一人で馬に乗ったまま敵地のど真ん中で恐怖し、狼狽しきっているマルケを呼ぶ。


「――手伝ってくれ」


 抱え上げたアロエスの体を持ち上げ、マルケの馬の上へと引き上げさせる。うつ伏せ状態で、ぐったりと力なく気を失っているアロエスを乗せたのを確認し、


「この捕虜を後方に護送してもらいたい」

 西側の自軍のほうを指さした。


 マルケは来た道に視線を動かす。兵士たちを相手に暴れているシガとクロムの二人を見つめ、


「……むり」

 一言呟いて、ゆっくりと何度も首を横に振った。


 バレンは顰めっ面で鼻息を落とし、

「では、私から離れないように」


 マルケは目を輝かせ、

「一緒に戻るんだなッ」


 バレンは自分の馬に戻って乗って、

「否、准砂と共にッ」

 石棒を高く突き上げた。


「ああ……」

 マルケは顔に絶望を浮かべ、筆舌に尽くしがたい表情で天を仰いだ。




     *




 ジェダは最前線に突撃をかけるボウバイト将軍の姿を確認し、

「やればできるじゃないか」

 腰に差したまま剣の柄を握り戦場を俯瞰する。


 戦場は混沌としていた。


 ムラクモ晶士の砲撃に荒らされたボウバイト軍から、幾重にも悲鳴が重なり、散開を指示する怒号が鳴り響く。


 その音は、ジェダにとって自らの行動が一定の成果を得たことの証明として聞こえていた。


 必死に密集状態を改善しようと足掻くボウバイトの兵士たちは、誰も後方を振り返ろうともしない。撤退、という選択肢は、すでに彼らの頭の中から完全に消えていた。


 青い軍服の輝士たちは暗中を彷徨い歩いているかの如く不揃いに行動し、両軍からの晶士の砲撃もまばらである。進軍の機会を見失った従士隊の多くが最前線に立たされたまま放置されていた。


「ふ――」

 ジェダは満足げに微笑し、見える景色と聞こえる音に酔いしれる。


 貴族たちが作り上げ、固持してきた旧態依然とした制度に縛られた世界はここにはない。あるのはシュオウの創り出した狂気と混沌、常識の通用しない戦場である。


 広大な白い道に、初めてシュオウが描いた戦場は、酷く不格好で醜いが、ジェダの目には、それが風になびく緑の草原や、夜空を明るく照らす満月よりも美しく見えていた。


 ジェダは長剣を抜き放ち、

「さて、僕も参戦といきたいが――」

 視線を回し、一瞬の躊躇を挟む。


 ――どこへ行くべきだろうか。


 刹那の後、ジェダは鋭く目を光らせて馬を走らせた。




     *




 三つの小隊、九騎のムラクモ輝士が、ディカを中心とした輝士隊に襲いかかる。


 ディカを守るように前面に展開する輝士たちに対して、ムラクモ輝士は晶気による攻撃をしかけるが、その威力は猫を撫でるように手緩かった。


 途端、ディカを守る輝士たちの緊張に僅かに緩みが生じた。


「バライト重輝士、あれくらいなら仕留められますッ」

 一人が振り返ってアーカイドに言った。だが、


 ――違う。


 以前の戦闘でムラクモ輝士たちの実力を知るディカは、その評価に疑念を抱く。


 ムラクモの輝士隊は、併走する輝士たちの位置を素早く入れ替えた。その中心にいる重輝士らしき男が、手を振って仲間たちになんらかの意志を伝達すると、二人の輝士がこちらに向かって大きく突出する。


「討ちますッ」


 ボウバイト軍の輝士たちが前に出ようとするなか、アーカイドが強く頷いた。


 ディカは走り去る輝士の背に向けて手を伸ばし、

「待ってッ――」

 呼び止める声はすでに遅く、三人の輝士たちが隊を離れて、前に抜け出していた。


 ムラクモ輝士二人が洗練された動きで左右に展開する。


 迎え撃つ三人のうち、先頭を行く輝士に対して左右から晶気の攻撃を仕掛けた。


 一方からは投げやりの形状をした風の刃が、もう一方からは雨粒ように細かい水球が放たれる。どちらの威力も、最初の攻撃とは比べものにならない。


 狙われた輝士が晶壁を展開し、水球を防いだ。が、もう一方から放たれた風の刃が肩を抉り、致命傷を受けて落馬する。


 実力の差を悟った他の二人が左右に散ると、ムラクモ輝士は一騎ずつに分かれて追撃する。


 残った七人のムラクモ輝士が、守りが手薄になったディカの輝士隊に突撃をしかけてくる。


「ディカ様、お下がりくださいッ――」

 アーカイドの声が聞こえたとき、すべては手遅れとなっていた。


 ムラクモ輝士たちの巧みな馬術により、予想よりも早く間合いが詰められる。

 先頭に立つムラクモ輝士から、投網とあみのように広範囲に土塊つちくれがばらまかれた。


 土塊に妨害され、勢いを失ったアーカイドたちに対し、ムラクモ輝士たちの鋭い攻撃が浴びせられ、ディカを守るように配置されていた隊列に乱れが生じた。


 生じた隙間に、ムラクモ輝士が太い矢のような形状の水の晶気を放った。その水の矢は誰よりも先にディカを狙って空を駆ける。


 ――私?


 複数人の輝士たちを従えて突撃を仕掛ける指揮者であると誤解されたのか、この瞬間、対峙するムラクモ輝士隊の狙いが自分であったことに、ディカは気づいた。


 前に出ていたアーカイドが必死の形相で振り返る。

「ディカ様!」


 音と光を放ちながら、豪速で向かい来る水の矢を前に、ディカは反射的に晶壁を展開する。


 ――だめ。

 心の底ではわかっていた。


 ディカの能力で創り出すことのできる防御の壁では、この晶気の矢を防ぐことはできない、と。


 技を磨いてきたわけでもなく、優れた素質を感じたこともない。


 付け焼き刃のディカの晶壁は、ほとんど抵抗もなく水の矢に打ち砕かれる。


 晶壁を砕き、僅かにだけ威力を落とした水の矢がディカの体に届く寸前、横から水流を纏った指揮杖が突き出され、水の矢の一撃を打ち砕いた。


 砕けてもなお威力を残す、弾けた水の矢の破片に全身を強打され、ディカは爆ぜるように落馬する。


 全身の痛みに悶えていると、

「立てッ」

 手から血を滴らせる、エゥーデが馬上からディカを見下ろしていた。


 後方から続々と赤い軍服の輝士たちが駆け上り、両軍が衝突する激しい戦闘状態に陥った。


 ディカはよろよろと立ち上がる。自分をかばって傷を負ったエゥーデの手を見て、

「ごめんなさい……」

 俯いて頭を下げた。


 怒鳴り声を想像していたディカの耳に、

「顔を上げろ」

 奇妙なほど穏やかな声が届いた。


 ディカが顔を上げると、エゥーデの仏頂面と目が合った。


 エゥーデの手から滴る血と、混乱状態に陥ったボウバイト軍から上がる怒号や悲鳴が、ディカの罪悪感を刺激する。


「私は……」


 沈黙の間にエゥーデは、

「やりたいようにやったのだろう、ならば胸を張り、ふんぞり返っていろ。他人の顔色など見るな、決定を下せば、それが天の意志であるが如く振る舞い、後悔など微塵にも見せはしない、それが支配者の振る舞いだ、覚えておけ。尻拭いはここまでだ――」


 エゥーデは言って、ディカを置き去りに馬を走らせる。


「ディカ様! 申し訳ありません……」

 ムラクモ輝士の返り血を浴びたアーカイドが、ディカの馬を連れて現れる。


 ディカはエゥーデの背を見つめながら、

「私は大丈夫、アーカイド……隊をまとめて、前進継続を」


 アーカイドは了承を渋り、

「敵が優勢です、元々の人数で不利なうえ、やはり東方の輝士は手強い。このままではお守りできるかわかりません、一度お下がりください」


 弱音を吐いたその時、

「バライト重輝士、側面から狙われています!」

 報告があがる。


 さきほど攻撃を仕掛けてきたあの輝士隊が、豪速で馬を走らせて向かってくる。だが、その数は半数に減っていた。


「後退はしない、あの輝士隊を大人しくさせる。アーカイド、私を囮にして勝つための手を打って――次期ボウバイト家当主として命令する、逆らえばあなたを許さない」


 アーカイドは目にかかった血を拭い、口を引き結び、辞儀をした。


 アーカイドは部下達に指示を飛ばし、

「敵を両面から挟み込む、私に続け!」

 走り去って行く。


 ディカは死者の落とし物である武器を拾い、全身の痛みに耐えながら馬に跨がった。


 突っ込んでくるムラクモ輝士の群れを前に、懐に入れていたエゥーデの帯留めを取り出し、左拳の中に握り込む。


 ムラクモの輝士隊はなおも、ディカ目がけて突っ込んでくる。


 ――しつこい。


 何がそこまで思わせたのか、彼らはディカを特別な地位にある者と見定めたらしい。行動から絶対に仕留めようという、強固な意志を感じ取る。


 ――私なんて狙っても。


 後継者とは名ばかり、なにものでもない自分に目を付けられた事に対して、自嘲せずにはいられなかった。


 痛みのせいか、恐怖から来る全身の震えが、いつのまにか止まっている。


 突進する輝士隊が晶気を繰り出そうと手を振り上げた直後、両翼から展開するアーカイドの輝士隊が攻撃を仕掛けた。


 ムラクモの輝士隊はそれを予測していたように応戦し、指揮者と思しき男が一人だけで前に抜け出した。


 ディカは先ほど自分を狙って放たれた、水の矢の衝撃を思い出す。エゥーデの手によって砕かれてもなお、体が吹き飛ばされるほどの威力を維持していた。もしまた、あの直撃を受ければ即死は免れないだろう。


 ――それでも。


 諦めることなく、晶壁を視界全面に張り巡らせる。


 ムラクモ輝士が手を振り上げた。胸元に光を放つ水の矢が形成されていく。


 敵の攻撃を覚悟した次の瞬間、向かい来るムラクモ輝士の体が、ばらばらに切り刻まれ、血だまりと肉塊、内臓が白道の上を醜く汚した。


 ふと、背後から感じた風に振り返ると、馬上から剣を握って現れたジェダの姿があった。


 ジェダはアーカイドが相手をするムラクモ輝士の一人に向け、晶気による風刃を打ち放った。


 聞いたこともないような不気味な振動音を発しながら、強烈な風刃が輝士を襲うが、その一撃は不自然なほど速度が遅かった。


 ジェダの風刃に気づいたムラクモ輝士はすかさず回避行動に出る。巧みな馬術で馬の首をひねり、進路を変えて速度を上げるが、直後に、突然その輝士の体がばらばらになって崩れ落ちた。


 ジェダの手さばきを前にして、圧倒的な力の差を感じ取ったムラクモの輝士たちが競うように逃げ去っていく。


 あまりにも惨く、冒涜的な死に様をした死体を前にして、ディカは胃の奥からこみ上げてくるものを感じ、咄嗟に口元を抑えた。


 すかさず、アーカイドがディカを守るようにジェダとの間に割り込んだ。


「ディカ様、お怪我はありませんか」


 ディカは頷き、

「私は、大丈夫……」


 アーカイドはジェダを睨めつけ、

「敵とはいえ、命に対する敬意を持たないのか。それも、かつては仲間だった者たちだろう」


 ジェダは少しも気にした様子もなく、

「優しく踏んでも虫は死ぬ、どうやっても結果は変わらない」


 両者の間に僅かな緊張の空気が流れるのを感じ、ディカは無理をして声を張った。


「助けていただいて、ありがとうございます、ジェダ様」


 ジェダは首を傾けて、アーカイドの後ろから顔を見せ、

「君はもう十分に役割を果たしてくれた、これ以上無理をする必要はない」


 ディカは強い視線でジェダを見つめ、

「私だけ安全な場所に逃げるつもりはありません」


 ジェダは晶気の風を巻き起こして外套を後ろに流し、


「当然だろう、後退は僕が許さない。ボウバイトは前進した、今はそれで十分だ。あとは自分の身を守ることに専念していればいい」


 その言葉を残し、馬を進めて去って行った。




     *




「司令官が戻らない、と……」

 現状を判断しつつ、ネディムは手指に顎を乗せた。


 報告を伝えた前アリオト司令官代行サーシャ・ミスク重輝士は、険しい表情でネディムを見つめ、


「ここからではすでにその姿を見つけることができません。作戦通り、司令官が戻るまでアリオト軍は現状を維持、この場に待機するのが適切と判断します」


 ネディムは数瞬、視線を沈め、

「いいえ。晶士隊を残し、残りの全軍を以て進軍を開始すべきでしょう」


 ミスクは口元を固めて首を振り、

「このまま軍を進めれば、敵軍の砲撃で甚大な被害を受けかねません……」


 ネディムは涼しい顔で、

「あの人数で無傷の大軍を相手にできるはずもない。そうなると、司令官は少数で戦列を突破し、後陣に入り込んだとみるべきです。だとすれば晶士の狙い撃ちを受ける可能性は低いと予想できる」


 ミスクは鼻の穴を膨らませ、

「そんなこと、不可能です。おそらく、司令官は敵を釣り出すのに失敗し、戦死したのではないかと……」


 ネディムは苦笑いを浮かべ、

「私の身内も同行しているのですよ」


 ミスクはばつが悪そうに目をそらし、

「……失礼いたしました。ですが、どちらにせよ無理な話です。もし、敵の晶士が万全であれば、取り返しのつかない事になる」


「その時は、命令を下した私の責が問われることになりますが、従う立場にあるあなたが心配をすることではないでしょう」


 ミスクは睨むようにネディムを見つめ、強く拳を握りしめた。


「立場上、あなたが上官であろうとも、私の部下たちを無闇に死地に送るような真似は――」


 ネディムは嘲笑するように口元を緩め、


「なにか勘違いをしているようですが、無役の重輝士であるあなたに、冬華たる私の命令を拒否する権限は初めからない。それに、アリオト軍はあなたの部下ではなく、すべてはシュオウ司令官の部下です、サーシャ・ミスク重輝士、あなたも含めて」


 ミスクは怒りを噛み殺したような顔で目線を下げ、

「では、あなたの命令に逆らう私を解任されますか」


 ネディムは鼻で笑い、

「まさかとんでもない、ただの解任で終わりになどするはずがないでしょう。命令に従わないというのなら、我が身に与えられたすべての権能を用いて極刑に処し、重罪人の家族、親族に対しても、ターフェスタへの裏切り行為に加担した容疑をかけ、厳しい尋問が執り行われるよう、全力で手配します」


 ミスクは青ざめた顔で喉を鳴らし、

「……あなたというひとがわからない」


 ネディムはミスクから視線をはずして遠くを見やり、


「私からすれば、いつまでも駄々をこねていることのほうが理解に苦しむ。さあ、こうして無駄話に消費した時間はもう戻ってはこない、そのせいでもしもこの戦いの勝利を逃せば、時を失したあなたの責任を問わねばならなくなる、急いだほうがいいですよ」


 ミスクは顔を沈めて歯を擦り合わせ、

「軽蔑します――」

 小さな声で呟いて、勢いよく抜剣した。

「――晶士隊を残し、全軍で進行ッ、突撃する!」


 ミスクが命令を叫ぶと、アリオト兵たちが一斉に前に進んでいく。


 ネディムは血気盛んに前に出る兵士たちを見送りながら、

「ふぁ――」

 あくびを手で押し隠した。











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小説の表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] 「……むり」 どれだけマルケ君をかわいくする気なのかと、思わずにやにやしてしまいました。
[良い点] ジェダ圧倒的w やはりネディムはクロムの兄だな。というか、カルセドニーがこういう変わった人というか異端児?が産まれる家系なのか(ミスクもいい加減往生際が悪いな…) [一言] ムラクモが多…
[一言] ここ最近の数話を読み終わった僕は天井を見上げ、 「マルケがんばえ」と思った。
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