狂乱 2
狂乱 2
雲の流れが影を動かし、昼の世界に幕を下ろす。
死肉を貪る大柄な鳥の群れが、森の中から対峙する二つの軍隊を監視している。合唱のように響く醜い鳴き声が、争乱の前の静寂を濁した。
白道を埋める青い軍服のムラクモ輝士達は、誰一人として祈りを捧げる者はなく、静かに、それでいて品良く馬上から前を見つめる。
軍事大国であるムラクモ王国は、すべての貴族階級にある者達が兵役義務を負う。ムラクモ輝士は、幼い頃から専門的な教育を施され、長剣と馬術、磨かれた晶気の技で白道を制圧することに特化した精鋭である。
本来ここにカトレイ軍をまとめる指揮官として在るはずのマルケは、名高いムラクモ軍と対しながら、その最先頭に身を置いていた。
戦馬の嘶きが圧となって押し寄せるなか、マルケは全身に冷や汗を浮かべながら、自分の体を抱き寄せた。
「こんなのは、私の知る戦場の景色じゃない……」
マルケをこの事態に引きずり込んだ元凶であるシュオウは、
「準備はいいか」
淡々とした声でそう聞いた。
マルケは引きつった顔でぶんぶんと大きく顔を振り、
「いいわけないだろう……」
騎乗したレオンとバレンのアガサス親子が、馬を進めて隣に並ぶ。
バレンはシュオウに向けて頷き、
「いつでも行けます、准砂」
シュオウはバレンに頷き返し、
「一番手で敵陣に突っ込む」
――むりだむりだ。
マルケは首を小刻みに振りながら、心の中で悲鳴を上げた。
バレンは僅かに目を潤ませ、
「勇猛果敢なるお振る舞い、さすがです。両翼の警護はアガサス家におまかせください」
感極まった調子で敬礼をした。
逆側にいるレオンも力強く敬礼し、
「おまかせくださいッ」
シュオウは二人に頷いて、
「頼んだ」
シュオウは後ろに視線を送り、
「行けるか?」
短く問いかける。
後ろに控えていたクロムが手に持った白い弓を大きく振りながら、
「我が君ッ、御身に指一本触れさせはしません!」
シガは血走った目で、太く逞しい腕を回し、無言で頷いた。
シュオウは前を向き、
「よし、行くぞ」
マルケの背中をとんと叩く。
しかし、マルケは身動きをとらないまま、真っ白になった頭の中で、呆然と思いにふけっていた。
――行く、どこに?
まだ誰も前に出ていないまっさらな戦場を凝視する。
「どうした?」
微動だにしないマルケを気にしてシュオウが肩を強く揺すった。
「む、無理だ……」
「なに?」
マルケは肩を上下に揺らしながら息を切らせ、
「歩兵も送らずにいきなり飛び出すなんて、こんなのは猛獣の前に放り出される、ただの無防備な餌でしかない……ッ」
「話を聞いてなかったのか」
「聞いてたがッ、運び役は私のはずじゃなかった! そうだ、今からでも他のやつに――」
「もうそんな暇はない」
硬い声でシュオウが言う。
すると、
「はぁッ!」
バレンが、マルケの馬の尻を思いきり叩いた。
「なあッ?!」
心の準備が出来ないまま一騎で飛び出したマルケは、シュオウを乗せたまま白道を駆け抜ける。直後に、戦闘開始を告げる角笛の音が戦場一帯に轟いた。
「向こうに俺が出てきたと気づかせたい、挑発できるか」
背後からかけられるシュオウの言葉に、マルケは思いきり首を振った。
「できないッ。頼む、一度戻ってやり直そう、やはり従来通りに軟石兵を先に出すべきだ、晶士を消耗させなければ狙い撃ちにされるぞッ」
「無駄死にを増やすだけで意味がない。俺に注意を惹きつけて、先にムラクモの精鋭部隊を引っ張り出す。相手を挑発して怒らせろッ」
がっちりとマルケに捕まるシュオウが、背後で左右に大きく体を振り始めた。馬の走行が乱れ、不格好な蛇行状態となる。
「や、やめてくれッ――」
真っ先に飛び出し、くねくねと蛇行して馬を走らせる聖職者の格好をした二人乗りの男達。この事態に巻き込まれたマルケは、この戦場において、これ以上なく悪目立ちした存在と化していた。
風を切って進む馬上の極寒と死出の恐怖に、マルケの鼻から大筋の鼻水が垂れ下がる。
その時、
「出てきました、輝士隊が四、十二騎ですッ」
レオンが大きな声で報告をあげた。
馬を駆る青い軍服が塊となって押し寄せる。それはまるで、平穏を飲み込む暗い濁流のようだった。
――こんなのは。
父に反発し、聖職者としての道を捨て、国にも居づらくなり、傭兵軍を派遣するカトレイ軍人という道を選択したマルケは、その人生において、人並みの努力と、小さじ一杯ほどの武勇、そして特筆すべき幸運や処世術によって、比較的若くして一個の軍隊を統率する将軍という地位を得たが、その結果に今、目の前に広がる光景は、苦労して手に入れた職位にまるで釣り合わない悪夢そのものだった。
家柄や生まれに恵まれない下級輝士であろうとも、生涯で一度も見る事がないかもしれない光景を前に、見栄のために現状にしがみついた自らの選択を激しく悔いる。
剥き出しの殺意に晒されながら、マルケは現実逃避をするように、幼い頃の事を思い出していた。
温かい陽光が差す家の庭、水のせせらぎ、小鳥の鳴き声。母の微笑みが脳裏に浮かんだ直後、耳の奥に泣き声が木霊した。眼前に暗闇が広がり、闇の中から蝋燭の明かりに照らされた、酷く顔色の悪い男の顔面が浮かび上がる。それは記憶にこびりつく父の顔だった。つんざくような鞭の音、破けた皮膚から漂う血の臭い。聖典の内容を覚えるまで繰り返された体罰が、今も目を閉じる度に皮膚を焼く。
生きてきたなかで窮地にたたされる度、目を閉じて子供の頃を思い出した。そうすることで、どんな苦難も不運も耐えられたのだ、あの頃に戻るより、辛いことはない、と。
「聖祖に従いし四使徒四神器、枝条を束ねて衛と成す、千線の盾アンミネを手にせし聖アゼリアス――」
恐怖から逃れるため、マルケは無意識のうちに聖典に書かれた神話の一説を暗唱していた。
背後にいるシュオウは酷く冷静な声で、
「先頭の奴を叩く」
前方から向かってくるムラクモ輝士達との衝突寸前、シュオウが剣を抜き放った。
輝士集団から晶気の攻撃が放たれる。すかさず、両脇を固めるアガサス親子が前に出て、岩石を用いた晶壁を展開し、これを完全に防ぎきった。
先頭の輝士隊に随伴する他のムラクモ輝士も同様に晶気を繰り出す構えをとるが、直後に彼らの目に、クロムの放った矢が深く突き刺さり、絶叫をあげながら次々に落馬していく。
側面から回り込もうとしていたムラクモ輝士たちの元に、人間離れした足の速さで走り込むシガが立ちはだかり、長い腕を伸ばして、馬上の輝士を引きずり下ろした。強靱な拳が、その胴体を突き破る。
先頭を走っていた勇壮な気を漂わせる指揮官であろうムラクモ輝士が、シュオウを睨みつつ、鋭い長剣を構えた。
マルケは暗唱を続けながら、無心で馬を進めていた。すれ違いざま、背後にいるシュオウに頭を押されると、その頭上を重い鉄の塊が通り抜ける。直後に、相対するムラクモ輝士の首から赤い鮮血が吹き出した。
暗唱を止めたマルケが驚愕の眼で、首を押さえて崩れ落ちるムラクモ輝士を見つめる。
残されたムラクモ輝士達は、突如芯を失ったかのように散り散りとなり、自陣に向けて退散した。
シュオウは何事もなかったかのように軽く剣を回して血を払い、
「それで?」
マルケは鼻水を垂らしたままの顔で振り返り、
「へ……?」
「それでどうなったんだ、話の続きが気になる」
九死に一生を得た直後に、ただ純粋に話の続きを求めるシュオウに、マルケは呆然として思いきり鼻水を吸い上げた。
*
「うわ、行ったよ、本当に――」
カトレイ全軍を一身に預かるリ・レノア重輝士は、少数を引き連れて突撃を開始したシュオウに視線を向け、馬上からしみじみと嘆息した。
大軍を相手に、真っ先に自分から突っ込んで行く司令官など見た事がない。だがそれも、彼のこれまでの話を思い返せば、まったく不思議な光景ともいえなかった。
「ふ――」
レノアは軽く笑い、すぐに表情険しくカトレイ軍に目を向けた。
兵士達は、すでに祈りを終えている。
隠せぬ恐怖に耐える者達も、天地を震わす角笛の音に鼓舞されたように、震えを止めて瞼を大きく見開いた。
レノアは馬上から剣を抜き、
「私の下じゃ誰一人死なせるつもりはない――――傷ついた者を見捨てるな、怪我をしたら許可を待たずに退いていい。未払いの賃金を受け取るまで死にたくないだろ」
殺気だった兵士達の中から、盛大な笑いが起こった。
レノアは白道を駆け抜けるシュオウを見やり、
「歩兵全隊は晶士隊と共に砲撃射程圏外に待機、輝士隊の総力で先発する。常識破りの作戦だけど、金で戦う私達には関係ない。雇い主の要求通りの結果を出してこその傭兵軍だ――」
レノアは手にした剣を高く突き上げ、
「――あんたらの命を預かる、私についてきなッ」
兵士達があげた雄叫びが、地鳴りのように戦場を震わせる。
先行して馬を駆るレノアの隣に、高速で追いついたシルフ・ニーステルが併走した。
「見事な演説でした、お姉様。あんなにやる気に満ちた声を聞いたのは初めてですッ」
紅潮した顔で興奮気味に語るシルフに、レノアは若干身を退き気味に頷き返した。
「そう、そりゃよかった……」
見せしめに痛めつけ、こっぴどく脅してから後、シルフは妙にレノアに懐いていた。曰く、愛ある仕置きに目が覚めたのだとか。
「お姉様の背後はおまかせください、かならずお守りいたしますのでッ」
言いながら、シルフは熱の籠もった視線でレノアを凝視する。
レノアは目を細めて、
「あんた、変な男に引っかからないように気をつけなよ」
心からの心配を込めて言った。
シルフは不思議そうに首を傾げ、
「えっと……? はい、仰るとおりに」
レノアは呆れ顔で前を向き、
「まったく……」
向かう白道の先、怯えきった表情のムラクモの軟石歩兵の集団が前進を開始する。
「接敵――」
次の瞬間、口を開いたレノアの口から長い犬歯が鋭く伸びた。
*
カトレイ兵が動き出した。
中央左翼寄りに陣を敷く増援軍の中に身を置きながら、ディカ・ボウバイトは移りゆく戦場の様子を俯瞰する。
中央右翼寄りからはシュオウを先頭にした少数が飛び出し、それを仕留めようとしてムラクモの輝士隊がまばらに前に出始めている。
一方でカトレイは輝士全隊が一斉に突撃を開始した。本来先に前進させるはずの軟石歩兵は、置き去りにした少数の晶士隊に対しての壁となるように、そのすべてを残している。
圧倒的な力の差がある輝士隊に対して、ムラクモ軍は従来通りに軟石歩兵の集団を送り出す。
遠目からでも伝わってくる、ムラクモ軍の従士達の戸惑いと怯え、なによりも強い恐怖が。
右翼側に置かれたアリオト兵は、ネディム・カルセドニーの指揮下にありながら、今は静観を決め込んでいる。
一方で、ボウバイトが指揮する増援軍に与えられた役割は、従来通りに歩兵隊を送り込むことだった。
一貫性のない三つの塊が、別々の意図を持って行動する。これが、型破りなアリオト司令官シュオウが発した命令である。
中途半端に送り出された軟石歩兵と、シュオウを討ち取るために先発している輝士隊、まばらで芯のない対応を続けるムラクモ軍は、すでに戦場の混沌に悪影響を受け始めているように見えた。
戦いの熱気が増していく状況下で、ディカはなにもせずその場に留まるエゥーデを苦しげに見つめた。
「……お婆さま、予定通りに進軍しなければ、手薄になった中央から敵に飲まれてしまいます」
エゥーデは厭うような目でディカを睨み、
「お前に戦場のなにがわかる」
その視線に居心地の悪さを感じ、ディカは肩を竦ませ、力なく俯いた。
祖母の言葉はもっともだった。
ディカは幼い頃から輝士という存在にも、領主という立場にも興味がなかった。
関心があったのは、見たものを描くこと。
超常の力を操る術を磨き、君主に頭を下げて出世するより、筆と色を用いて目で見たものが形となって残されることのほうに価値を感じた。
まったく場違いとしか言い様がない戦場に立たされても、ひとを殺す技量などなく、兵を従える器量もなく、血の気の多い一族の者達からは見下されている。
だが、ディカにもたしかな自負はあった。
優れた観察眼、それがなければ見たものを正確に絵に落とし込むことなどできはしない。
この戦場には増援軍の戦力が必要だ。今前に出なければ、短時間で全軍が総崩れになる可能性も出てくる。
――できることを。
死を包括する戦場に身を置きながら、ディカは震える手を押さえ付け、顔を上げて強く奥歯を噛みしめた。
*
俯きながら体を震わせているディカを見て、エゥーデ・ボウバイトは盛大に溜息をついた。
――情けない。
ボウバイト家の当主に選ばれる者は、侯爵と将軍という二つの称号を背負うことになる。ディカは明らかに、そのどちらにも相応しいとは言えなかった。
次の当主の座を狙う一族のろくでなしでも、まだしも欲と覇気がある。
ボウバイト家に連なる者達の集いでディカの姿を見る度、エゥーデは所在なさげに佇む孫の姿から、何度も恥を感じて目を背けてきた。
「閣下……」
緊迫した様子のアーカイドがエゥーデに視線を向ける。
動き出した戦場は、顔色を徐々に変化させていく。
エゥーデは右翼側に気を配り、
「待て、まだだ。向こうが動くまでは絶対に兵を動かすな」
戦場に身を置きながら、エゥーデはムラクモと対峙していなかった。その動向に注意を向けるのは、アリオト司令の指揮下にある他の軍勢である。
増援軍以外のすべてが動き出したとき、戦場はもう後戻りのできない殺し合いの舞台となり、その瞬間こそが、戦場からの撤退を目論むエゥーデにとっての最大の好機となる。
エゥーデは改めて前方に広がる戦場を見つめ、
「糞虫め、聞きしに勝る不遜な態度だ……」
あえて目立つように先陣を切って突撃する姿に、呆れつつも、その気性が僅かでもディカに備わっていれば、という羨望にも似た気持ちが生じる。
孫を堕落させ、身分を超えて大権を握るシュオウを心の底から憎々しく思っているが、戦場を自在に駆けるその姿に、いつのまにかエゥーデは無意識にその目を釘付けにされていた。
その時、
「お婆さまッ」
思い詰めたようなディカの声に呼ばれ、視線を向ける。
怯えて顔を沈めていたディカが、いつのまにか顔を上げ、強い視線でエゥーデを凝視した。
「なんだ――」
ディカは黙したまま頭を下げ、顔を上げてからアーカイドをじっと見つめた。その直後、
「行ってまいります」
その一言を残し、疾風のように馬を走らせ、戦場のど真ん中に突っ込んで行く。
「ディカ様ッ!」
ディカの突然の奇行に呆然とするエゥーデは、アーカイドの大声ですぐに意識を取り戻し、今にも後を追って行きそうな副官を制止する。
「待てッ!」
「ですがッ」
周辺に、にわかに動揺が広がっていく。
遠ざかっていくディカの背を睨みながら、エゥーデは歯を剥きだした。
争い事から逃げ回って生きてきたディカが、単身で戦場へ突っ込んでいく勇気があったなど、到底考えられないことだった。
この現場には厳しい一族の目がある。ディカの命一つのために意志を曲げ、多大な損害を出すであろう戦場に飛び込めば、一族の支持を失いかねない。
「エゥーデ様、このままではディカ様がッ」
切迫したアーカイドの声が耳を突く。
エゥーデは目を見開き、困惑に塗れたまま、前方と後方に交互に視線を彷徨わせた。
ただ一人残された、自分と娘の血を受け継ぐ孫の背を見つめ、しかし、エゥーデは肩を落として、アーカイドを睨めつける。
「命令だ、アーカイド、い――」
アーカイドは猛る顔で背後を向き、
「ディカ様のもとへ向かう、心ある者は私に続けッ!」
叫んだ直後に全速力で馬を走らせる。その後を、アーカイドの直属の部下を含む複数人の輝士達が追従した。
エゥーデは声を失い、アーカイドの背中を見つめていた。
――あのアーカイドが。
主人であるエゥーデの命令を待たずにディカのもとへ向かった。
そのことに驚く間もなく、突然、後ろからなにかに押され、馬が姿勢を乱し、前に押し出される。
「なんだッ?!」
振り返ると、兵士たちが隙間なく、ぴったりと背後にまで迫っていた。
エゥーデは声を張り上げ、
「誰が動いていいと言った! 待機だ、持ち場に戻らせろッ」
重輝士の一人が声をあげ、
「将軍ッ、後方から押し上げられ、後退できませんッ」
人の群れが雪崩でも起こしたかのように、抗えない力が、後方から前へ、前へとのし掛かる。
「……なにが起こっている」
エゥーデは愛馬を駆り、蠢くように前に出てくる集団を掻き分け、後方へと急ぐ。
後ろへ進む度に、兵士達の顔色が悪くなっていく。
密集した増援軍の最後尾まで辿り尽き、エゥーデはそこにいた者を見て声を失った。
「ジェダ・サーペンティアがッ――」
怯えた兵士らが叫ぶその声が、幾重にも重なり耳に届く。
増援軍の最後尾に身を置きながら、馬に跨がったジェダが、余裕の笑みを浮かべて兵士ら睥睨していた。
ジェダは晶気を操り、強烈な風刃で左右一直線に白道に深い傷を刻みつけた。
「この線から出た者を、肉塊になるまで切り刻む」
ジェダは現れたエゥーデに気づきながらも、気にした様子もなく手を掲げ、
「さあ進め、怠惰な臆病者たちよ」
翠色に発光する突風が、増援軍の後尾に冷気を伴い吹き付けた。兵士たちが狂ったように前へ前へと逃げ惑う。
エゥーデは馬上から兵士らを怒鳴りつけ、
「待て! 動くな、待機しろ。相手はただ一人だ、全員でかかれ、奴を殺せぇ!」
エゥーデの命令は、断続的に吹き付ける突風の音に掻き消される。
ジェダは集団が前に進む度、白道に刻む線を押し上げ、不快な風切り音と共に新たな印をつけていく。
逃れようとして体をぶつけてくる兵士たちに怯え、エゥーデの愛馬が姿勢を乱して首を振り始めた。
「ちぃッ」
人の波に押し流され、その場に留まれなくなったエゥーデは、元居た位置へと引き返す。去り際に振り返り、歯を剥きだしてジェダを睨めつけ、
「貴様ァッ!!」
ジェダは挨拶でもするように、上げた手を左右に振り、嘲笑うような表情でエゥーデを見て、顎をしゃくって見送った。