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ラピスの心臓  作者: 羽二重銀太郎
銀星石攻略編
106/184

釘付け 2

釘付け 2






 給仕担当者に会いたいという要求を受けたクロンは、なかなか目的の人物を見つけることができずにいた。


「給仕を担当している者を知っているかね」


 クロンに問われたカトレイの輝士は、困った表情を浮かべて首を捻った。

「給仕……ですか……」


 要領を得ない様子の輝士に対してクロンは言い換えて、

「雑務を担当する者がいるはずだが」


 輝士は強く頷き、

「ああ、それなら補給担当のレノアに聞くのがいいかと」


 クロンはあごをゆったりと撫で、

「補給担当、か」


 輝士は通路の奥へ手の先を向け、

「ご案内いたします」


 クロンは輝士に頷き、同行しているシュオウに頭を下げる。


「お待たせして申し訳ありません」

 先導する輝士について歩きながらシュオウは、無言で頷いた。


 案内に従って進むにつれ、城塞の隅のほうへ続く道に入ると、これといった施設のない方面からカトレイの兵士達が次々と現れ、すれ違っていく。


「なにをお求めかは存じませんが、先にいる者がご期待に添えるかどうかは保証いたしかねます」

 クロンがそう切り出した。


「どういう意味だ」


 シュオウの問いにクロンは、

「指揮官代行と言っても、私は急場で送られた新参にすぎず、ここの内情をよく存じておりませんで」


「複雑なことを考えているわけじゃない、頼み事をする前に直接会ってみたいだけだ」


 クロンは頷き、

「そういうことであれば」


 少し歩いた後、案内をする輝士がぴたりと足を止めた。

「こちらです」


 その部屋は日当たりの悪い通路の奥にある、物資保管用の倉庫部屋のようだった。


 部屋へ入ろうとした途端、

「っと、失礼しました――」

 鉢合わせになったカトレイ輝士とぶつかりそうになった。


 輝士を行かせて部屋に入ると、倉庫部屋の奥に一つだけ置かれた机と椅子に座りながら、気怠そうに頬杖をついた女輝士の姿があった。


 クロンがその女輝士に、

「君」

 そう声をかけると、

「あ?」

 女輝士は険しい顔で、ぎろりとシュオウとクロンの二人を睨めつけた。


 だらしなく着崩したカトレイの輝士服は、ところどころ独自の装飾が施され、ほとんど原型がない。

 雲のように膨らんだ青緑色のくせっ毛、黄土色の瞳、長身に薄い褐色の肌。容姿の特徴には、西方人と南方人、両方の個性を合わせたような趣がある。


 ある程度成熟した大人の雰囲気を帯びるその女輝士は、強烈にクロンを睨み、

「……あんたか」

 一人で理解した様子で、視線に込めた敵意を解いた。


 クロンは咳払いをして、

「私はバーナ・クロン、一時的に派遣軍を――」


 女輝士は気怠そうに視線を流し、

「知ってるよ、貧乏くじ引いたね、じいさん」


 敬意を欠いた言葉づかいに、クロンは面食らった様子で、まばたきを繰り返す。


「……それで君は」


「補給、物資管理担当、リ・レノア輝士」

 レノアは自らの役職を添えて流暢りゅうちょうに名乗った。


 クロンはシュオウへ手の平を向け、

「こちらは――」


 レノアは最後まで聞かず、

「そうか……そっちは新任の司令官……」

 ゆっくりと立ち上がり敬礼をした。


 あごを高くあげ、シュオウのほうへ顔を向けつつも、その視線は天井のほうへ向いている。


 シュオウはレノアの顔を見つめ、

「シュオウだ」

 短く名乗った。


 レノアは肩に力を入れ、

「私になんのご用でしょうか」

 淡泊な口調でそう述べた。


「客をもてなすための場を用意したい」

 シュオウは端的に目的を告げる。


 レノアは声を低くし、

「それをなぜ私に」


「担当に会いたいと言ったら、ここに連れて来られた」


 レノアは気怠そうに後ろ頭をかき、

「……はあ、めんどくさい」


 クロンが即座に、

「君――」

 諫めようと声をあげた途端、レノアは自身の言葉をかぶせ、

「口を慎めって? 生憎と生まれがよくないんでね、これが性分なんだ、気に入らないなら別にいいよ、担当を他の奴に代わってやる」


 先手を取られたクロンは、喉の奥で鳴らした唸り声を、一人静かに飲み込んだ。


 シュオウは一連のやり取りを見て小さく笑声を漏らした。

「俺はこれから大事な話をまとめたい」


 レノアはシュオウに視線を合わせ、

「客って言ってたな、その相手は」


「ボウバイト将軍、俺の部下だ」


 レノアは視線を上げ、

「ボウバイト、牛飼いの頭領か……それで?」


「話をする席に飲み食いできるものを用意してほしい。できれば――」


 シュオウの話の途中で、突然部屋にカトレイの輝士が飛び込んできた。

「レノアさん、第二に閉じ込めてる連中が――」


 レノアは相手が言い終えるより先に口を開き、

「酒と遊戯盤を渡して遊ばせておきな、連中を退屈させるんじゃない、暇になったら余計なことを考え出すからね。食料庫の地下、西側の壁際に熊が倒れるくらい強い料理酒がある、葡萄酒に混ぜて連中を酔い潰せ」


 訪れた輝士は何度も頷き、来た時の勢いで足早に去って行く。


 レノアはシュオウを鋭く見つめ、

「で?」


 シュオウは意識を戻し、

「できるだけ長く話ができるよう――」


 レノアは話を最後まで聞かず、

「客の接待をしろってことか」


 シュオウは頷き、

「ボウバイト将軍はもうすぐここに入る、あまり時間の猶予がない」


 レノアは腕を組んでシュオウを凝視し、

「それを頼むなら、そこの指揮官代行に言えばすんだだろう。なんでわざわざここに来た――いや、いいわかるよ、担当する人間を品定めにきたんだね」


 シュオウは躊躇なく頷き、

「頼んでもいい相手かどうか、自分の目でたしかめておきたかった」


 レノアは腕を組んだまま落ち着きなく手の指を上下に揺らし、

「……それで?」


 シュオウは真っ直ぐレノアを見つめ、

「頼みたい、そう思った」


 レノアは視線を床へ流し、

「……一つ聞きたいことがある」


 シュオウは頷き、

「言ってくれ」


 レノアは鋭く目に力を入れ、

「司令官の指示で閉じ込めてる連中をどうするつもりだ」


 シュオウは間髪入れず、

「なにも。こちらから傷つけるつもりはない」


 僅かな沈黙が流れた後、レノアは目元の力を抜き、


「うちらだけじゃ人手が足りない。今はアリオトの兵士だけじゃなく、下働き連中も労働者用の宿舎に押し込めてるんでね。そこから人手を回収していいんなら、なんとかやってみる。大急ぎだし、用意するものの内容をいちいち確認する手間もはぶきたい、好きにやらせてもらうよ」


 シュオウは口元に小さく微笑みを浮かべ、

「全部まかせる」


 レノアは気怠そうに頭を掻き、

「……はあ、私も貧乏くじか」

 足早に部屋を出て行った。


 遅れて部屋を出たシュオウは、視線の先にあるレノアの背中を見つめ、

「彼女は?」


 クロンは、

「わかりかねますが……たしか、マルケ将軍と共に前任地からここへ着任した者の一人かと思います。あの態度……教育が行き届いておらず、申し訳ありません」

 頭を下げて謝罪を述べた。


 視線の先のレノアは、通路の奥からやってくるカトレイ兵達に、次々と相談を持ちかけられていた。


 身振り手振りで対応するレノアの印象的な姿に未練を残しながら、シュオウは進路を変える。

 その通路の先には、待ち構えるように佇むネディムとクロム、二人の姿があった。


「我が君に報告、愚劣なるボウバイトの連中をこのクロムが黙らせました」


 興奮気味に語るクロムを押しのけて、ネディムが深く一礼した。

「ボウバイト将軍をご案内しております。成り行きで先方の同行者を複数名受け入れました、お許しください」


「それでいい。落ち着いて話をするために、食事を用意させることにした」


 ネディムは微笑み、

「それはよかった、私の方からもお願いをしたいと思っていたところです」


 シュオウは頷いて、

「話を付けるぞ」


「よろしければ、ボウバイト将軍への対応について私から助言をさしあげたいと思いますが」


 シュオウ首を振り、

「必要ない」


 ネディムは面食らったようにまばたきを繰り返し、

「……私では不足でしょうか」


 シュオウは首を振り、

「違う。ただボウバイト将軍には、自分の思ったままに話したいんだ」


 クロムがしたり顔でネディムを見やり、

「ふふん」

 得意げに鼻を鳴らした。


 ネディムは平静を取り戻して微笑み、

「わかりました、ではまいりましょう。後陣はカルセドニー家が固めております、どうぞご安心くださいますよう」

 まるで舞台劇のように大袈裟な辞儀をした。


 クロムは歯を剥きだして笑み、

「その通り、我が君、このクロムが常に目を光らせておりますッ」


 シュオウは小さく笑みを浮かべ、

「頼んだ」




     *




 エゥーデ・ボウバイト将軍一行が待機していた応接間の空気は、雨に濡れた毛布のように重かった。


 カルセドニー兄弟を引き連れたシュオウが部屋に入るなり、

「偉そうに……」


 ボウバイト側から、そんな声がぼそりと漏れる。

 シュオウの後から続々とジェダやシガ、アガサス親子が入室し、場の空気はさらに重さを増していく。


 シュオウは大きな卓の中央に腰掛けたエゥーデと視線を合わせ、

「楽にしていい」

 上から見下ろすような言葉をあえて吐く。


 エゥーデは怒りを押し殺した表情で歯を擦り合わせ、

「……そうしている」

 と苦々しく言った。


 険しい顔のボウバイト一行の中に、一人だけあまりにも場違いに柔らかい表情で品良く席に着く女輝士の姿を見つけ、シュオウは小さく首を傾げた。


「准砂のお席はこちらに」

 ネディムに促され、エゥーデと対面する位置に置かれた椅子に座る。


 シュオウの両隣にはネディムとジェダが腰掛け、後方にはクロムが待機し、アガサス親子とシガは、ボウバイト一行を警戒するように部屋の左右に陣取った。


 護衛として帯同するボウバイト側の若い輝士達が、緊張した面持ちで威圧感を振りまくシガやクロムを注視している。


「まずは無事な合流を祝って、この後に杯を交わすことにしましょう」


 ネディムは、まるで旧知の友と再会でもしたかのように、柔らかい声音で言った。しかし、その言葉は室内の重々しい空気とはまるで一致しないものである。


 すかさず、

「合流だと? 増援軍を白道の上に野ざらしのままにしておいて、いったいいつ誰が合流したというんだッ」

 ボウバイト側の中年の輝士が声を荒げる。


 全員が緊張した面持ちで肩に力を込めた時、入り口の戸を叩き、カトレイの女輝士が入室して一礼した。


 シュオウは一瞬、それが誰だかわからなかった。整えられた長い髪に、皺一つなく美しく着こなされた輝士服、姿勢良く佇み、宮廷の礼儀作法のように腰を落として頭を垂れる。


 顔を上げた女輝士の黄土色の瞳と青緑色の髪とを記憶に擦り合わせ、ようやくそれがさきほど会ったばかりのリ・レノアという名のカトレイ輝士だと理解した。


「飲み物と軽食をご用意いたしました、よろしいでしょうか」


 シュオウは視線を合わせるレノアに頷き、

「頼む」

 と頷いて伝える。


 レノアの合図によって料理と飲み物が運ばれてくる。

 運ばれてくる料理は短時間で用意させたとは思えないほど充実していたが、どれも見慣れない北方の趣を感じる料理ばかりだった。


 エゥーデは卓上に並べられる料理皿を睨みつけ、

「うっとうしい、今すぐ下げろ。飯を喰らいにきたのではなく、話をつけにきたのだ」


 シュオウは真っ直ぐエゥーデを見据え、

「なら、話をしよう」


 エゥーデは険しい顔で腕を組み、

「アリオトの将兵達をどうした」


「全員を部屋に軟禁している。知る限り、死傷者は一人もいない」


 ボウバイト陣営に、一瞬小さくどよめきがたった。

 エゥーデは歯を剥いた後、一度深く呼吸を整える。


「カトレイを使ってアリオトを押さえこみ、次は我らを中におびき寄せ、この首を狙う算段か?」


 シュオウは平素のまま、

「そんなことをするつもりはない。大公に与えられた役目をまっとうする、それだけを考えている」


 エゥーデは声を荒げ、

「ふざけおって、言っている事とやっていることがまるで違うではないかッ」

 卓の上を拳で強く叩きつけた。


 呼応するように、ボウバイト陣営の者達が顔を強ばらせる。


 シュオウは冷静に対面する者達の顔をゆっくりと観察した。そこにあるのは敵意と緊張、そして隠しようのない恐怖心である。


 シュオウは大勢の視線を一身に受けながら、一度深く呼吸を整える。


 怯える者、戦いに備える者、鋭い目で観察している者、ボウバイト陣営の輝士達それぞれの個性を見つめながら、最後にエゥーデに視線を合わせ、そして、静かに語り始めた。


「大切な人達をターフェスタに預けてきた。ジェダは姉を、アガサス重輝士は娘を、俺にとってはかけがえのない友と仲間達だ。俺はターフェスタを裏切れない、目的は勝つことだけ。ムラクモと戦って勝利を得る、それなしでターフェスタに戻ることは考えていない」


 エゥーデは険しい表情を変えず、

「で、これか?」

 大きく手を広げる仕草をした。


 シュオウは頷き、

「ここの兵士達は俺を司令官とは認めない」


 エゥーデは口元を大きく歪め、

「閉じ込めておけば、貴様の言うムラクモへの勝利を得られると?」


 シュオウは小さく首を振り、

「いや、戦争には数がいる、ここにいる全員の力が必要だ。それは外にいる増援軍も同じ」


「ならばすぐに門を開けよッ」


「それはできない、理由はあなたがよくわかっているはずだ」


 エゥーデは目の下をひくつかせ、舌打ちをする。


「馬鹿馬鹿しい、埒のあかない問答など続けていられるか。我が口から大公にこのことをすべて報告申し上げる」


 静観していたジェダが割って入り、

「泣きつくのなら早くしたほうがいいですよ。なにも出来なかったと伝えれば、大公はさぞお優しく慰めてくださることでしょう」

 挑発するように鼻で笑った。


「いまなんと言った貴様!」


 ボウバイトの輝士が激高するが、その直後、再びレノアが現れ頭を下げた。


「主菜の用意がととのいました」


 シュオウは間髪入れず頷く。

 レノアが手を叩くと、蓋付きの大皿が四人がかりで運び込まれた。

 レノアが蓋をとると、中からこんもりとした湯気が昇る。


 ボウバイト陣営の輝士達から、小さく感嘆するような声が漏れた。


 皿には溢れんばかりの牛肉料理が乗っていた。表面を炙るように焼かれ、中心部分には絶妙に赤身を残している。熱々の肉汁が池のように溜まり、肉本体には白いソースがたっぷりとかけられている。


 料理に目を奪われた者達が喉を鳴らすなか、レノアは淡々と、

「司令官の指示で、ボウバイト産の牛肉と岩塩を使いました」


 ボウバイト陣営にいる年配の輝士が、

「うちの牛に塩か……道理で美味そうなわけだ」

 その一言に、一部の者達が嬉しそうに頬を緩めた。


 しかし、エゥーデは不機嫌さを露わに、

「下げろと言ったはず、こんな時に飯を食う気分になど――」


 言いかけで、ボウバイト陣営から料理皿に手が伸びた。


「ディカ様ッ――」


 慌てて引き留めるような声をかけられながらも、ディカと呼ばれた女輝士は、運ばれてきたばかりの肉料理を勢いよく口に頬張った。


 ディカの名を呼んだエゥーデの副官が、

「――おやめください、中になにが入っているか」


 ディカは気にした様子もなく肉を噛み、

「……美味しい、以前にここにいたときには、こんな美味しい料理はありませんでした」

 レノアを見る。


 レノアは頭を垂れ、

「ありがとうございます」


 ディカはエゥーデを見やり、

「お婆さま、ここへ来るまで移動ばかりで、とてもお腹が減りました」


 その言葉が出た途端、ボウバイト陣営の誰かから、腹の音がぐうっと鳴った。


 エゥーデは溜息を吐きだし、肩の力を抜いて深く椅子に腰掛ける。


「ここはもとより我らの駐屯地、その飯を食うのに躊躇ためらいなど一切無用だ、食いたければ好きにしろ」


 その一言を合図に、椅子に座る者達が一斉に皿を手に取った。


 レノアはそっとシュオウの横に立ち、

「大急ぎで甘味の用意もさせてるが、それ以上は出す物がない。話をつけるなら急ぎな」

 小声で言い残して部屋を後にした。


 横に座るネディムが満足そうに頷き、

「我々もいただきましょうか」


 シュオウは頷き返し、

「ああ、食べよう」


 席に着く者達が一斉に食事に手を付ける。警戒するように壁際に立っていた者達にも皿が渡され、室内の緊張は一時、雨雲が消えたように和やかな空気となっていた。




     *




 皆が食事にとりかかるなか、エゥーデは一人仏頂面でシュオウを睨みつけ、

「わざわざ呼びつけておいてただ飯を食わせるためでもなかろう、言え、いったいなにを企んでいる」


 シュオウは料理に伸ばしていた手を引っ込め、

「できるだけ早くここをまとめたい。そのために副司令に力を貸してほしい、アリオトの兵士達はあなたの言う事なら聞くはずだ」


 エゥーデは鼻で笑って、

「門を閉ざしておきながら協力を求めるか、ふざけるな。私は副司令であって副官ではない。副司令は司令官亡きあと、大公の承認なく次の司令として機能する。役職を頼りに純然たる将軍である私を自分の部下だなどと思うな、この糞む――」


 言葉を最後まで言い切る直前、クロムが不自然なほど大きく咳払いを連発した。

 気味が悪いほどの無表情で、大きく目を見開いて凝視するクロムに、エゥーデは一瞬たじろいだ様子で言葉を飲んで咳払いをし、黙り込んだ。


 エゥーデの態度に首を捻りつつ、シュオウはさきほどからちらちらと視線を送ってくるディカの視線に、どこか落ち着かない心地を感じていた。


 視線を向けるとディカはすぐに目をそらし、見るのをやめると、またすぐに視線を送ってくる。

 まるで興味はない、というふりをしながら連続で送られてくる視線が気になってしかたがない。


 シュオウは一度ディカから大きく顔を逸らした後、不意を突いて再度ディカに視線を戻した。その途端、二人の視線が完全に重なり合う。


「俺になにか」

 ディカに話しかけると、彼女は顔を引きつらせ、

「い、いえ……なにも……」

 手を膝の上に置き、顔を沈めた。


 ネディムがすかざす、

「そちらはボウバイト将軍のご令孫れいそん、ディカ・ボウバイト殿です、准砂のご希望を伝え、招待に応じていただきました」


 シュオウはネディムを見やり、

「俺が?」

 ネディムは顔を寄せ、

「話を合わせてください」

 と小声で告げた。


 ディカは視線をぎょろぎょろと泳がせながら立ち上がり、

「ディ、ディカ・ボウバイトと申します、その節は……ありがとうございました」

 美しく品のある所作で辞儀をした。


 シュオウは大きく首を傾げたい状況に戸惑いつつ、

「あ……いや……」


 ネディムが、

「ディカ殿は先の戦の際に、准砂に命を救われたとか」

 強く主張するように、一段声を上げて言った。


 ディカは紅潮させた顔で頷き、

「あの日の事が忘れられず、あの気持ちを絵に残そうと努めてまいりました。そのことでお招きいただいたと……あの、嬉しいです……」


「あ……」


 敵対的であったボウバイト側の人間から、突如好意的な言葉をかけられ、シュオウは突然調子を崩したように硬直した。


 すると、食卓の下で誰かに足を蹴られ、直後にジェダが大袈裟に咳払いをした。


 ジェダは何か合図を送るように視線をディカのほうへ動かしている。

 気づけば、食事にがっついていた全員が手を止め、シュオウを凝視していた。


 シュオウは、

「……こちらこそ」


 ディカは微笑みながら、うつむき気味に再び席に座った。


 しんと静まった部屋の中で、ネディムが、

「戦の最中に敵国の人間を助けるというのは、なかなか出来る事ではありません。准砂の行いはまさしく、英雄と呼ぶに相応しい」


 持ち上げるように言うが、エゥーデは鼻で笑った。

「ふん、なにが――」


 エゥーデの言葉を遮りディカが、

「いいえ」

 突如無表情になり、ネディムにそう返す。


 ネディムはきょとんとして、

「おや、そうではないと?」


 ディカは室内にいる全員の視線を集めつつ、シュオウを見つめた。


「熟練の輝士であろうと、戦いに臨む前には震えて眠れない人もいるのに、二国の兵士達が命懸けで戦っていたあの場所で、あなたは平然と誰を生かして、誰が死ぬかを決めていた。そんなこと、ただの英雄にできる事ではありません。他人の生死を選択できるのは、運命の糸を紡ぐ使者――死神の成せる技です」


 鬼気迫るような声で語ったディカに、シュオウは視線を逸らすことなく、その言葉を受け止める。


 静寂に包まれる室内で、ディカはふっと我に返ったように当たりを見回し、自身がほぼ全員から見られていることに気づいて顔を下に向けた。


「申し訳ありません……変な事を言ってしまって……」


 エゥーデが大きく咳払いをして、

「もういいだろう、余興は終わりだ、話をつけるぞ。結局の所、門を開放するつもりはないということだな」


 シュオウはエゥーデに頷き、

「開門はしない」


 エゥーデは険しく鼻に皺を寄せ、

「そうか……」

 力強く立ち上がった。


 同時に、ボウバイト側の者達が一斉に身構える。対するシュオウ側の者達も臨戦態勢をとった。


 ディカは立ち上がり、

「やめてください、お婆さま!」


「将軍と呼べ――アーカイドッ」


 アーカイドは頷いて、ディカを強引に部屋の片隅へと連れ去った。


 ジェダも立ち上がろうとするが、シュオウは強く睨みつけ、

「ジェダ、立たなくていい」

 ジェダはシュオウを見た後、浮かせた腰を席に戻した。


 シュオウは席に着いたまま、眼光鋭くエゥーデを見つめ、

「一度だけでいい」


 エゥーデは眉を顰め、

「なに……?」


「一度だけ、ムラクモと戦う機会が欲しい。結果を残せなければ、その時は司令官の座を降りる」


 エゥーデは口を大きく開き、

「一度も二度もない、今すぐ降りろ。でなければ――」

 目の前に置かれていた肉切りナイフの上に手をかざした。


 シュオウは座ったまま微動だにせずにエゥーデを見つめ、

「この場で手を出すつもりなら反撃する。こちらにも被害がでるかもしれないが、ジェダとシガの二人だけでも全員に対処できる。ここにいるのが俺一人だったとしても、恐れる理由はまったくない」


 淡々と語る口調は、気負いもなく滑らかだった。


「我が君ッ、このクロムもお忘れなく! ご命令をいただければ、即座にそこの小煩い老婆の頭を消し飛ばしてごらんにいれますッ」


 シュオウの背中から、頼もしい宣言が室内一杯に轟いた。


 エゥーデは僅かに怯んだ様子を見せ、

「うぬぼれた若造が……現実を教えてやらねばならんようだな」


 部屋の隅にやられていたディカが飛び出し、

「お婆さま、やめてください! この方の言っていることは真実です。輝士が束になっても抗えるような相手ではありません」


 エゥーデは額に汗を滲ませながら室内をゆっくりと見回した。


 今すぐ飛び出しそうなほど上半身をしならせているシガ。目線だけで相手を殺せそうなほどの殺気を放つジェダに、なにごともなく平素のままの態度で座っているネディム、その後方で弓を構えるクロム。


 シュオウは座ったまま、鋭くエゥーデを睨めつけ、

「戦いになれば抵抗する、あなた達が死ねば、俺はその責を大公に問われることになる。なにも起こらずここを出た後、増援軍を連れてここを離れるなら、俺は後ろから増援軍を強襲する。あなた達は死に、俺はその責を大公に問われることになる」


 エゥーデは疲れを滲ませた表情で苦笑し、

「どちらにせよ私は死に、貴様はターフェスタに居場所を失う、と言いたいか」


 シュオウは頷いて、

「どちらが起こっても、互いにただ失うだけだ。でも俺に一度だけ協力すれば、その結果によっては、あなたは俺を安全に排除できる」


 エゥーデは最後にシュオウとディカの間に交互に視線を揺らし、

「ち……」

 ナイフの上にかざしていた手を引っ込め、上げていた腰を席に戻した。


 緊張の糸がふつりと切れたかのように、全員がゆっくりと息を吐いた。


 エゥーデは深く腰掛け、腹の上で両手の指を絡め合わせる。

「その時がきたとして、貴様らが大人しく身をひくかどうかわかるものか……なにを根拠にその言葉を信用できる」


 シュオウは横の席を見やり、

「ネディムに証人になってもらう」


 ネディムはにっこりと微笑んで頷き、

「冬華たる我が身は適任です、お望みとあれば、滞りなくその任を務めさせていただきましょう。協定を記した文書を作成し、両者が調印した後、証人として私が署名して大公殿下のもとへ届くよう手配いたします」


 エゥーデは腕を組み、シュオウを睨めつける。

「……ただ司令官の座を降りるなぞぬるい、一度の機会でしくじれば、その時はこのアリオトでの即時処刑を受け入れろ」


 ディカが声を荒げ、

「お婆さまッ」


 シュオウは間髪入れずにはっきりと頷き、

「それでいい」


 エゥーデは血走った眼を大きく開き、

「言ったな、二度と後戻りは許さんッ――」


 その時、

「失礼いたします、食後の甘味をお持ちしました」

 再びレノアが給仕の者達と共に現れ、一礼した。


 給仕達が色鮮やかな甘味を食卓に並べていく。


 エゥーデは誰よりも早く甘味に手を伸ばし、

「糞忌々しい……」

 そう吐き捨てて、やけくそ気味に頬張った。


 その直後に、ボウバイト側の者達がふっと緊張を解いていく空気が伝わってくる。

 

 レノアはシュオウの隣に歩み寄り、

「――やるね」

 その小さな囁きと共に、美味そうな甘味を目の前に置いた。


 蜜漬けの果物の香りを感じながら、シュオウはたっぷりとクリームを乗せた菓子を、口いっぱいに頬張った。






いただいた温かな感想や言葉に、いつも心から感謝しています。

心の栄養となり、大きな励みになっています、本当にありがとうございます。


また、誤字脱字の報告もとても助かっています。いつも本当にありがとうございます。



年内の更新は12月22日が最後になり、再開は年明け1月12日からを予定しています。


前回活動報告で触れた内容と合わせて、作品ページを本文のみ表示する形式に変更する予定です。

現在掲載している本編以外のページは、当面再掲載の予定はありません。

加えて、あらすじの修正やタグ付けなども検討しています。

これらの点についても、今回合わせて報告させていただきます。

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小説の表紙
― 新着の感想 ―
[良い点] レノア優秀…。 ただ一度の協力の約束。だがその一度で結果を見せれば良いだけですね。というか、今のシュオウの置かれた状況では、どちらにしろ一度の失敗で人質共々切り捨てられる状況だから、一度…
[良い点] 一触即発の緊張感がひしひしと伝わってくる
[良い点] 読んでいて緊張しました。なんとか話がついてよかった
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