うるさい俺たちのグループが、負けヒロインたちと出会ってしまった件
校内には、少し変わった現象が存在していた。彼ら四人が中央廊下のドアをくぐるたび、クラス全体の音量が警戒心から二デシベルほど下がるのだ。
セイジは片方の肩に鞄をかけ、昇降口で靴箱を開ける生徒たちを避けながら先頭を歩いていた。
そのすぐ後ろを、レンジが購買で買ってきたばかりのクリームパンを頬張りながらついてくる。
「セイジ、マジで言ってるんだけどさ。牛乳パックって歯で開けた方が絶対うまいって」
セイジは足を止めず、視線を前に向けたまま答えた。
「レンジ、俺は絶対に歯で開けない。文明人らしくハサミを使う」
突如横からダイキが現れ、セイジの首に腕を回してその髪をガシガシと雑に撫で回した。
「固いこと言うなよー。二十一世紀の男はワイルドでなきゃな。見ろよ俺を。今日数学の教科書忘れたけど、すべては信心で解くつもりだぜ」
最後尾からは、カイトがゆっくりとした足取りで歩いていた。ズボンのポケットに両手を突っ込み、首にはイヤホンをかけている。他の二人の相手をするセイジに向け、無言の同情を込めて軽く頷いて見せた。
それが彼らの日常だった。大きな野望もなく、目立った部活にも所属せず、彼らの評判と言えば「自動販売機の近くでいつも無駄に騒いでいる四人組」という程度だ。
しかし、教室に足を踏み入れた瞬間、そこにあったのはいつもの空気ではなかった。女子のグループがあちこちで声をひそめて話し合い、教室の奥にある誰もいない席を指さしている。
ドアの近くにいた女子生徒のひとりが、彼らが通り過ぎるのを見ながらひそひそと囁いた。
「聞いた? 文芸部の子の件、相当エグかったらしいよ……告白すら最後まで言えなかったんだって」
教室に漂う重苦しい空気に気づき、セイジは自分の席の前で足を止めた。
緊迫感など微塵も感じていないレンジは、三メートル離れたゴミ箱に向かってパンのゴミを投げたが、盛大に外した。床に落ちたゴミを見下ろしながら、ポツリとつぶやく。
「うわ。今日の風向き、俺に逆らってんな」
セイジは席に座り、机の上に両拳を置いた。
「レンジ、拾え。掃除当番に見つかったら殺されるぞ」
レンジは面倒くさそうにしゃがんでビニールを拾い上げると me、ドアのところで噂話をしている女子たちに視線を向けた。
「あのふたり、朝から何をそんなに話してんだ? まだ朝の八時だってのに、お通夜みたいな顔しやがって」
ダイキが自分の椅子を引いて近づき、セイジの椅子の背もたれにもたれかかった。
「文芸部の子の件だよ。昨日の放課後、屋上近くで2組の男に告白したらしいんだけどさ、相手にはもう留学生の彼女がいるからって一瞬で振られたんだと」
セイジは少し首を傾げ、ダイキを見上げた。
「お前、登校して三分しか経ってないのになんでそんな詳しいんだよ」
ダイキはドヤ顔を浮かべ、セイジの机をポンと軽く叩いた。
「ゴシップの力を舐めるなよ、我が友セイジ。可哀想に、その子ボロボロ涙流しながら中央廊下を走り去ったんだから、全校生徒に丸わかりだっての」
一番後ろの席から、カイトがポケットからクッキーの袋を取り出し、セイジの机の上に置いた。そして一言だけ呟く。
「切ないな」
レンジは今度こそゴミ箱にプラスチックくずを投げ入れ、見事に命中させると腕を組んだ。
「まあでも、告白できただけマシだろ。俺なんて購買のおばちゃんに値引き交渉する勇気すらないのに」
セイジは一時間目の授業のためにノートを開きながら、ため息をついた。
「論点はそこじゃないだろ、レンジ。問題は、お前たちが騒ぐせいで、他人の不幸に寄り添おうとしてる教室全体が気まずい空気になってるってことだ」
担任の教師が教室のドアを開ける直前、ダイキが短く笑い声を上げた。
「あいつらが陰で落ち込んでるからって、俺たちまで凍りつく必要はないだろ。それに、俺たちには午後のメロンパンが待ってるしな」
セイジは窓の外に目をやり、誰もいない校庭を見つめた。
この時の学校の誰も、まだ知る由もなかった。
この失恋が、今週この学校を揺るがすことになる「三つの悲劇」の、ほんの最初の一つに過ぎないということを。
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二度目の衝撃は、それほど時間を置かずにやってきた。
文芸部の子の事件から二日後、陸上部の副キャプテンがサッカー部のキャプテンに思いを伝え、玉砕という同じ道をたどったのだ。
昼休みのことだった。
中庭の奥、トラックを囲む植え込みの陰で、陸上部の副キャプテンは部員たちに泣き顔を見られないよう、振られたショックを噛みしめるための静かな時間を探していた。
だが、中庭のその一角にはすでに先客がいた。
ベンチの横に立ち、炭酸飲料のペットボトルを手にしたレンジだ。
「いいかお前ら、開ける前にちょうど三回振るとさ、炭酸が吹き出さずに味だけが濃縮されるんだよ」
ベンチに腰掛けたセイジは、心底疑わしそうな terrified 視線をレンジに向けていた。
「レンジ、それは今週聞いた中で一番バカげた説だ。お前、絶対にびしょ濡れになるぞ」
ダイキはベンチの背もたれに肘をかけ、下品にハハッと笑った。
「放っておけよセイジ。知識ってのは苦痛を通して得るもんなんだからさ。ペットボトルが爆発したら動画に撮るわ」
カイトはセイジの隣に静かに座っていた。鞄からプラスチックのコップを二つ取り出し、無言でベンチの上に並べる。
そこからわずか数メートル離れた植え込みの陰で、陸上部の副キャプテンは拳を握りしめ、すすり泣きを必死にこらえていた。
頬の涙をぬぐい、男子たちの騒ぎ声を聞きながら苛立ちの溜息をつく。
「なんなの、マジで……? ここで静かに落ち込むことすら許されないわけ?」
レンジにはその声が聞こえていなかった。勢いよくペットボトルを連続で三回振る。
「科学の最高到達点ってやつを目に焼き付けな!」
キャップを一気にひねり開けた。
高圧の泡となった炭酸が一直線に噴き出し、彼女が隠れていた植え込みのてっぺんを直撃する。
ベタベタする炭酸の雨が、彼女の頭の上に容赦なく降り注いだ。
中庭に訪れたのは、完全なる静寂だった。
植え込みからゆっくりと姿を現した副キャプテンの制服は濡れて斑点になり、その瞳には純粋な殺意が宿っていた。
「あんたたち……一体なにやってんの?」
ダイキは爆笑をこらえるため、両手で口を覆った。
セイジは即座に立ち上がり、絶望的な恥ずかしさから片手で顔を覆った。
「本当にすみません! うちのバカが思考回路に深刻な問題を抱えてて……」
レンジは手の中のほぼ空になったペットボトルを見つめ、それから彼女を見た。彼女が抱えていたであろう悲恋のドラマなど、微塵も察していない様子だ。
「マジか。どうやら三回じゃなくて四回振るのが正解だったらしい」
副キャプテンは歯を食いしばり、叫び出したい衝動を必死に抑え込んだ。
「配慮ってものを知らない無神経なデリカシーゼロ野郎ども! さっさとどっか行きなさいよ!」
カイトが静かに立ち上がった。彼女に向かって二歩近づき、新品のポケットティッシュを差し出すと、表情ひとつ変えずに元の位置へと戻った。
突然の行動に、彼女は手に握らされたティッシュのパックを呆然と見つめた。
直前まで燃え上がっていた怒りは、この見知らぬ四人組のあまりにも奇妙な立ち振る舞いと衝突し、昼休みを通して作り上げよう wan としていたメランコリックな空気は完全に粉砕された。
セイジはレンジの襟首を掴み、現場から引きずり出そうとする。
「生徒会に通報される前に撤退だ。行くぞレンジ!」
ダイキは笑い転げながら彼らの後ろを追いかけた。
「実験は一部成功ってことで! ターゲット確認!」
中庭の通路を猛スピードで走り去っていくグループを見送りながら、陸上部の副キャプテンは炭酸で濡れた頭とティッシュを手に、ぽつんと取り残された。
失恋の悲しみは、純粋な困惑の波によって跡形もなく押し流されていた。
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炭酸事件からわずか二日後、三つ目のピースが崩れ落ちた。
図書委員の女子生徒――委員会の同級生に何ヶ月も密かな思いを寄せていた彼女は、彼が目の前で別の女子に告白する瞬間を目撃してしまったのだ。
金曜日の放課後、校内の空気は耐えがたいほど重苦しくなっていた。
二階の廊下の隅で、三人の女子が初めて直接顔を合わせた。
陸上部の副キャプテンの顔にはいまだ悔しさが滲み出ており、文芸部の子はうつむきながら本を胸に強く抱きしめ、図書委員の子は通り過ぎる生徒たちの同情に満ちた視線を避けようとしていた。
陸上部の副キャプテンが重い溜息をつき、先に口を開く。
「もうこれ以上、憐れむような目で見られるのは耐えられない。部活に行っても、みんな私が今にも死にそうな顔してるみたいに扱ってくるし」
文芸部の子が両手で本のハードカバーを強く握りしめた。
「本校舎にいたら心が休まる場所なんてないよ。どこに行ってもひそひそ話ばかり……」
図書委員の子が眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「……知ってる場所があるの。裏手にある旧校舎、この時間ならほとんど使われてないから。放課後になれば誰も来ないはず」
三人は無言で頷き合った。彼女たちには避難所が必要だった。見下すような憐れみも、教室の噂話も、自分たちとは無縁のラブコメも存在しない、隔離された場所が。
三人は揃ってキャンパスの裏手へと向かい、旧校舎のきしむ木製の階段を上っていった。
二階の踊り場にたどり着くと、夕日が差し込む窓の近くで、彼女たちは壁に寄りかかるようにしてへたり込んだ。
文芸部の子が膝を抱え、深々と溜息をつく。
「やっと……静かになった……」
しかし、その平穏は静かに四秒で終わりを告げた。
廊下の奥にある使われていない教室のドアの向こうから、木製の机を叩くような鈍い sound と共に、騒がしい声が聞こえ始めたのだ。
「バナナを窓から投げるなと言ったろダイキ! 園芸部が威嚇射撃だと勘違いしたらどうすんだ!」
セイジの声が階全体にハッキリと響き渡った。
陸上部の副キャプテンがその声を聞きつけ、ガタッと立ち上がった。
「嘘でしょ……まさかあいつら、ここにもいるの!?」
図書委員の子が恐る恐る廊下の角から顔を覗かせた。
荒れ果てた教室の中では、レンジが顎の上にほうきを立ててバランスを取ろうとしており、ダイキがスマホのストップウォッチでタイムを計測していた。
壊れた学校の椅子に座ったカイトは、二人を止める気などサラサラない様子でクッキーの袋を貪っている。
セイジは窓の横に腕組みをして立ち、精神の崩壊寸前といった表情を浮かべていた。
「俺たちは放課後ダラダラ過ごすために二年近くこの階を使ってんだぞレンジ。お前のくだらない遊びのせいでバレたら、トイレ掃除に回されるのは俺たちだ」
レンジがバランスを崩し、倒れたほうきがドアを直撃して、バタンと勢いよく開いた。
四人の男子生徒は凍りつき、廊下の方を凝視した。
ドア枠の向こう側では、三人の女子が絶望と怒り、そして完全な困惑が入り混じった eyes で彼らを見つめていた。
ダイキはゆっくりとスマホを下げ、セイジを見た。
「うわぁ。どうやら秘密基地に客人がお越しみたいだぜ」
セイジは額に手を当て、猛烈な頭痛が戻ってくるのを感じていた。
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旧校舎の廊下に漂う静寂は、数秒間つづいた。陸上部の副キャプテンが一歩前に踏み出し、腕を組んで明らかな不快感を露わにしながら四人の男子を睨みつける。
「あんたたち……ここで何やってんの? ここ、使われてない校舎のはずでしょ」
セイジはグループを代表して対応するため、ドアのところへ一歩歩み出た。
「俺たちは一年生の一学期からこの教室を使ってんだ。放課後にだらだら過ごすための場所なんだよ」
文芸部の子が立ち上がり、スカートを整えながら警戒するような姿勢をとる。
「私たちにはこの場所が必要なの。本校舎にいたら、一瞬たりとも心を落ち着かせる時間がないんだから」
レンジはほうきを壁に立てかけ、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
「俺たちが先客だぞ。一年以上誰にも邪魔されずにここで過ごしてんだ。静けさを求めてんなら、屋上にでも行きな」
後ろから図書委員の子がひょっこりと顔を出し、ノートを胸に強く抱きしめた。
「屋上にはいつもカップルとか生徒会の人たちがいるの。静かに一人になれる場所は、もうここしか残ってないの……」
ダイキは軽やかに笑うと、古びた机の上に腰掛けた。
「ま、これからは共有スペースってことでいいじゃん。そんな大騒ぎしなきゃ、余裕で全員入れる広さだしさ」
陸上部の副キャプテンは憤慨して拳を握りしめた。
「大騒ぎしに来たんじゃないわよ! 私たちはただ、起きたことに対して憐れみの目で見られない場所にいたかっただけ!」
セイジは深いため息をつき、天井を見上げてから答えた。
「俺たちからすれば、お前らが誰に告白して誰に振られようが知ったこっちゃない。俺たちはただ、何の責任も追わされずにここで平和に過ごしたいだけだ」
カイトが音もなく椅子から立ち上がった。ドアの方へ歩いていくと、鞄から紙パックのジュースを取り出し、両者のグループを隔てる廊下の手すりの真ん中に置いた。そして、完全な無言のまま自分の席へと戻っていった。
文芸部の子は紙パックのジュースを見つめ、それから奇妙そうな目でカイトを見た。
「……これ、どういう意味?」
教室の奥から、ダイキがニヤリと笑みを浮かべる。
「和親条約の品だよ。カイトがジュースを他人にやるなんて滅多にないぜ」
陸上部の副キャプテンは呆れたように顔を背けた。こいつらと議論しても完全に無駄だと悟ったのだ。配慮もなければデリカシーもなく、縄張りを譲る気も一切ない。
「本当に胸くそ悪いやつら。私たちは外の廊下にいるから、干渉してこないで」
レンジは鞄からスナック菓子の袋を取り出し、空気中でシャカシャカと振ってみせた。
「好きにしな。でも、溜息のつきすぎでお腹が空いても、一口頂戴とか言うなよ」
セイジは二つのグループを隔てる距離が、古びた木床わずか数メートルに縮まったのを見ながら、首の後ろに手をやった。この停戦協定が長くは持たないことを、彼は察していた。
外の廊下で、三人の女子は壁に背をもたせかけて座り、割れた窓ガラス越しに夕日を眺めていた。自分たちの悲しい思考の糸を手を手を手繰り寄せようとするが、教室から漏れ出てくる絶え間ない雑音のせいで、哀愁に浸ることができない。
文芸部の子は膝を抱え、深々と溜息をついた。
「バカバカしい……こんなBGMがあったら、ドラマチックな雰囲気に浸れるわけないじゃない」
陸上部の副キャプテンは歯を食いしばり、半開きになったドアを見つめた。
「一秒たりとも口を閉じられないのかしら、あいつら」
教室の中では、レンジが手の中のスナック菓子の袋を見つめていた。椅子から立ち上がる前に、セイジを見る me。
「セイジ、落ち込むのってカロリー消費激しいんだぜ。あの顔のまま放置したら、外で倒れるかもしれないぞ」
セイジは指 uno 一本動かさず、スマホに視線を固定したままだ。
「レンジ、余計な手を出すな。向こうはプライベートな時間が欲しいってハッキリ言ってたろ」
ダイキは座席で仰け反りながら、大声で笑い飛ばした。
「無視しろ無視しろ、レンジ。外交ミッションを果たしてこい」
カイトは鞄からもう一本の紙パックジュースを取り出すと、静かに立ち上がり、レンジの後を追って廊下へと向かった。
レンジは手すりまで歩いていき、三人の女子の真 sentence 前で足を止めた。許可も取らずに木製の手すりに身を乗り出す。
「そんな顔して、アイスクリーム工場でも潰れたのか? それともサッカー部の奴に一年生に乗り換えられたからか?」
直後、凍りつくような静寂が訪れた。
文芸部の子は頭を上げ、涙で潤んだ目を強く見開いて拳を握りしめた。
「あなたには関係ないでしょ。私たちは今、そっとしておいてほしいの」
レンジはスナック菓子の袋を一気に破り開けると、そのまま彼女たちに差し出した。
「まあ、落ち込むとお腹空くだろ。お前らが食べないならカラスにやるけどな」
数歩後ろで、ダイキが教室のドアから顔を覗かせて大爆笑している。その隣で、カイトは一言も発せずに腕を伸ばし、紙パックのジュースを差し出していた。
セイジが廊下に出てきて、もう災難を止めるのは不可能だと悟りながら首の後ろを押さえた。
陸上部の副キャプテンはスナック菓子の袋を見つめ、次にカイトのジュースを見、最後にセイジへと視線を向けた。完全に状況に圧倒されている。
「あんたたち……本当に最低ね」
セイジは両腕をダランと体の脇に落とした。
「知ってる。だが、この階を共有することになった以上、この騒がしさに慣れてもらうしかないな」
三人の誰も、邪魔をされることなんて望んでいなかった。ましてや、救いようのない騒がしい四人組に巻き込まれることなんて。
しかし、まさにこの瞬間。開けられたスナック菓子の袋と困惑の視線の間で――負けヒロインたちの哀愁漂う失恋の mourning は、永遠に台無しにされたのだった。
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