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売れない物語術師としてギルドを追放された俺、なぜかSSS級に覚醒しました ~今さら戻れと言われても、もう遅い。俺も一度言ってみたかった~

作者: レイヴ
掲載日:2026/08/30

 ギルドの酒場で、また一人、英雄が生まれた。


 掲示板へ貼られた紙が金色に輝き、天井から星が降り始める。一つ、二つ、三つ。星が紙へ吸い込まれるたび、横に置かれた水晶の数字が跳ね上がった。


「来たぞ!」


「追放だ!」


「無能扱いだ!」


「実は最強!」


「聖女も出たぞ!」


「元婚約者が戻ってきた!」


「遅えよ!」


「主人公にはもう王女がいる!」


「ざまああああ!」


 酒場が揺れた。


 俺――レイヴも立ち上がる。


「いいぞ!」


 星が降る。


「そこで断れ!」


 十。


「そうだ!」


 五十。


「今さら戻れと言われても――」


 紙の中で主人公が言った。


『もう遅い』


「よっしゃあああ!」


 思わず拳を握った。


 隣で酒を飲んでいた術者が、冷めた目で俺を見る。


「お前、他人の作品で喜びすぎじゃね?」


「面白いものは面白いだろ」


「お前も物語術師だろ」


「だから何だ」


「自分の作品は?」


「……」


「レイヴ」


「何だ」


「お前の作品は?」


「聞くな」


 男が掲示板の端を見る。


「あ」


「見るな」


「ゼロじゃん」


「見るなって」


「昨日もゼロだったよな」


「殺すぞ」


「物語術師が物騒だな」


 掲示板の中央では、人気作が眩しいほど金色に輝いている。


 星、百二十七。


 その隣にある俺の作品は、驚くほど静かだった。


 星。


 ゼロ。


「何でだ……」


 今回こそ売れる物語を書いたはずだった。


 主人公は才能のない剣士。仲間から馬鹿にされ、役立たずと罵られ、最後には冒険者パーティーから追放される。


 ここまでは完璧。


 俺自身、書きながら思った。


 来た。


 今回は来た。


 問題は、その後だった。


 主人公は小さな村へ行き、畑仕事を始めた。


 五年後。


 近所の子供たちに剣を教えながら、普通に幸せに暮らしている。


「お前さ」


「何だ」


「覚醒は?」


「しなかった」


「何で?」


「才能なかったから」


「最強は?」


「ならない」


「ざまあは?」


「追放した奴ら、普通に幸せに暮らしてる」


「じゃあ何で追放から始めたんだよ!」


「俺が聞きたい!」


 周囲から笑いが起きた。


「またレイヴか!」


「今度は追放もの!」


「五年後、農家になってるぞ!」


「何でだよ!」


 俺は机を叩いた。


「俺だって最強を書きたいんだよ!」


「書けよ!」


「俺もそう思ってる!」


「聖女出せよ!」


「出した!」


「どこに!?」


「村の診療所で働いてる!」


「ヒロインだろ!?」


「四十七歳で既婚だ!」


「何でだよ!」


「知らねえよ!」


 酒場が笑いに包まれた。


 俺は頭を抱えた。


 追放。好き。


 覚醒。大好き。


 最強。最高。


 ざまあ。もっとくれ。


 読む側なら、俺ほど素直な読者はいないと思う。


 理不尽に踏みつけられた主人公が本当の力を見せつけ、散々馬鹿にしてきた連中が青ざめる。追い出した側が後悔し、戻ってきてくれと頭を下げる。


 そして主人公が言う。


『今さら戻れと言われても、もう遅い』


 最高だ。


 なのに自分で書くと、何故か普通の人間が普通に頑張って生きる話になる。


「またゼロか」


 背後から声がした。


 振り返ると、ギルド長が立っていた。


「レイヴ。少しいいか」


「嫌です」


「来い」


「はい」


 逆らえなかった。


 ギルド長は俺の作品を掲示板から剥がし、そのまま酒場の奥へ連れていった。


「君には何度も言ったはずだ。もっと売れる物語を書け」


「書きました」


「これが?」


「追放から始まってます」


「農家になっているだろう!」


「本人が幸せそうだったので」


「何で作者のお前が主人公に負けてるんだ!」


「俺にも分かりません」


 ギルド長は額を押さえた。


 まあ、この人の気持ちも分かる。


 ギルドは慈善事業ではない。作品へ落ちた星の一部で建物を維持し、術者たちを支えている。


 星を生まない俺は、七年間ずっと赤字商品だった。


「読者が求めているものは何だ」


「追放」


「そうだ」


「覚醒」


「そうだ」


「最強」


「そうだ」


「ざまあ」


「分かってるじゃないか!」


「全部好きです」


「なら書け!」


「書いてるんですよ!」


 俺も声を上げた。


「最初は最強にするつもりなんです!」


「なら何故ならない!」


「途中で、こいつ本当にそんな簡単に強くなるか? って思い始めるんです!」


「知らん!」


「俺も困ってるんです!」


「なら直せ!」


「直したら面白くなくなる!」


「誰にとってだ!」


「俺にとって!」


 静かになった。


「……それだよ」


「はい?」


「君が売れない理由だ」


 ギルド長は紙を持ち上げる。


「才能なし。努力しても届かない。仲間にも置いていかれる。最後には、たった一人の子供を救う」


「はい」


「英雄には?」


「なりません」


「世界は?」


「救いません」


「姫は?」


「出ません」


「伝説の剣は?」


「折れました」


「何でだ!」


「古かったので」


「レイヴ!」


「はい!」


 ギルド長は深く息を吐いた。


「暗い。地味。爽快感がない。ざまあもない。最強でもない」


「はい」


「なら何がある?」


 紙を突きつけられた。


 答えは決まっていた。


「……頑張って生きてます」


「だから売れないんだよ!」


 酒場から笑い声が聞こえた。


 俺だって分かっている。


 疲れた夜には、主人公に強くなってほしい。悪い奴はぶっ飛ばしてほしい。最後には笑ってほしい。


 分かっているのに、書くとこうなる。


「もう何年になる」


「七年です」


「星はいくつだ」


「累計十二個」


 誰かが吹き出した。


「七年で!?」


「累計十二!?」


「うるせえ!」


 俺は振り返る。


「十二人には届いたんだよ!」


「少なっ!」


「一人より十二倍だ!」


「基準そこ!?」


 また笑いが起きた。


 ギルド長だけは笑わなかった。


「レイヴ。今日で終わりだ」


「……何がですか」


「君を、このギルドから追放する」


 酒場が静かになった。


 俺の頭の中に、一つの言葉が浮かぶ。


 追放。


「……来た」


「何?」


「いや」


 待て。


 これ、俺が何百本も読んできたやつじゃないか。


 才能なし。


 周囲から馬鹿にされる。


 ギルド追放。


 ここまで完璧。


 なら次は――。


 覚醒。


「レイヴ?」


「大丈夫です」


 俺は紙を受け取り、羽ペンとインクを鞄へ詰めた。


 七年もいた場所なのに、荷物にしてみれば驚くほど少ない。


 出口へ向かう。


「七年で星十二!」


「才能ねえよ!」


「追放されたんだから次は覚醒だな!」


 俺は止まった。


「……それ」


「ん?」


「俺も期待してる」


 扉を開けた。


 その夜、俺は雨の中に一人で立っていた。


 一分。


 二分。


 三分。


「……」


 何も起きない。


「覚醒は?」


 雨。


「おい」


 空を見る。


「こういう時って、何か頭の中に声が聞こえるだろ?」


 雷が鳴った。


「それじゃない」


 歩く。


「謎の老人」


 誰もいない。


「聖女」


 いない。


「王女」


 猫がいた。


「……お前じゃない」


「ニャー」


「伝説の剣」


 道端に木の棒が落ちていた。


 三歩通り過ぎる。


 戻った。


「……一応」


 拾って振った。


 折れた。


「……」


 捨てる。


「現実って厳しいな」


 追放された。


 覚醒しない。


 美女も来ない。


 金もない。


 七年間笑って読んできた展開を、自分が経験して初めて知った。


 追放された直後って、普通に寒い。


「せめて一個くらいテンプレ仕事しろよ……」


 雨の中を歩き続け、ようやく一軒の小さな酒場を見つけた。


 古い扉。


 消えかけた看板。


 中へ入ると客はほとんどいなかった。


 無愛想な店主。


 眠そうな老人。


 そして店の奥で、一人の男が酒を飲んでいる。


 右腕がなかった。


「……来た」


 男がこちらを見る。


「何がだ」


「いえ」


 俺は真顔に戻った。


 追放された夜。


 寂れた酒場。


 隻腕の謎の男。


 これはある。


「隣、いいですか」


「好きにしろ」


 椅子へ座る。


「名前は」


「レイヴ」


「グリムだ」


 グリムは俺の鞄から覗く羽ペンを見た。


「物語術師か」


「一応」


「一応?」


「今日、追放されまして」


 グリムが噴き出した。


「物語術師が追放されたのか」


「はい」


「面白いな」


「俺もそう思ってます」


 まだ少し期待していた。


 この男が実は元SSS級だとか、王家の血筋だとか、伝説の師匠だとか。


 そういうやつ。


「何か書けるか」


「何を?」


「眠れる話」


 俺の中に残っていた期待が、少し消えた。


「眠れないんですか」


「ああ」


「いつから?」


「三ヶ月」


 グリムは、ない右腕へ目を向けた。


「これを失ってから。仲間も死んだ」


 俺は黙った。


 さっきまで、隻腕の男と出会うなんて何かが始まりそうだと思っていた。


 馬鹿だった。


 この男にとっては何かが始まる場面じゃない。


 全部が終わった後だった。


「五人いた。帰ってきたのは俺だけだ」


「……」


「目を閉じるとな、出てくる」


「仲間が?」


「ああ」


「どんな人でした」


「聞いてどうする」


「書きます」


 グリムが俺を見る。


「眠れる話を?」


「眠れるかは分かりません。でも、今見てるものとは違う形にはできるかもしれない」


 しばらく返事はなかった。


 やがてグリムが笑った。


「馬鹿だったよ。全員」


「特に?」


「ガインって奴」


「どんな?」


「弱い。剣も下手。酒も弱い。女にもモテねえ」


「最後の必要です?」


「書け」


「はい」


 羽ペンを動かす。


「でも、いつも前に出た」


 ペンが止まった。


「弱いのに?」


「ああ」


「何で」


「知らねえ。馬鹿だからだろ」


 グリムは少し笑った。


 その笑顔が、ゆっくり崩れた。


「最後もそうだった。勝てるわけがなかった。あいつも分かってたはずだ」


 ない右腕を見る。


「俺が逃げろって言ったら、あいつは俺を突き飛ばした」


 雨音が、やけに大きく聞こえた。


「気づいた時には、この腕がなくなってて。全員、死んでた」


 俺は紙へ目を落とした。


 強くない男の話を書いた。


 才能もない。


 剣も下手。


 酒も弱い。


 女にもモテない。


 怖くて、逃げたくて、それでも最後の一歩だけは仲間より前へ出た男。


 勝たない。


 覚醒もしない。


 奇跡も起きない。


 敵も倒せない。


 名前も残らない。


 ただ一人だけ。


 自分の命を使って、生きて帰した。


 最後に、一行だけ書いた。


『だから、彼が守った命は、生きていていい』


 紙を渡す。


 グリムは黙って読んだ。


「……おい」


「はい」


「ガインは、こんな格好いい奴じゃねえぞ」


「酒に弱くて」


「ああ」


「女にもモテない」


「ああ」


「でも、格好いいですよ」


 グリムはまた紙へ目を落とした。


 しばらくして、肩が震えた。


「……ずるいな」


「何がですか」


「こんなの、思い出すだろ」


 涙が紙へ落ちた。


「俺、ずっと思ってた。何で俺だけ生きてんだって」


 紙を握りしめる。


「でも……そうか」


 泣きながら笑った。


「こいつが、生かしたのか」


 その瞬間。


 紙が青く光った。


「……え?」


 光がグリムの胸へ吸い込まれ、ないはずの右肩へ集まる。


 肩。


 上腕。


 肘。


 手首。


 指。


「……は?」


 光が消えた。


 そこには、右腕があった。


 グリムがゆっくり拳を握る。


「……動く」


 その時。


【物語術師としての真の適性が確認されました】


【SSS級技能〈物語共鳴〉を獲得しました】


【読者の心が真に動いた時、物語は現実へ干渉します】


 俺は固まった。


「レイヴ?」


「グリム」


「何だ」


「俺、覚醒した」


「何の話だ?」


「いや」


 俺は少しだけ笑った。


「こっちの話です」


 翌朝には、噂が街中へ広がっていた。


「腕を失った冒険者が治った!」


「聖女か!?」


「物語だ!」


「誰が書いた!?」


「星ゼロのレイヴ!」


「余計怪しい!」


 俺もそう思った。


 技能には、こうある。


【読者の心が真に動いた時、物語は現実へ干渉します】


 それだけだった。


 治そうとして書けば必ず治るわけでもない。


 俺が書く。


 誰かが読む。


 心が動く。


 そして、何かが起きる。


 分かるのはそれだけだった。


 三日後。


「レイヴさん!」


 宿の前で、一人の少女が待っていた。


「お母さんを助けてください」


「俺は治癒術師じゃない」


「でも、腕を治したって」


「あれは俺にも分からないんだ」


 少女は小さな手を開いた。


 銅貨が三枚。


「これしかないけど」


 俺はその手を閉じた。


「いらない」


「でも」


「その代わり、お母さんの話を聞かせて」


 病気になって半年。


 父親はいない。


 少女は毎朝、水を汲み、母親の額を拭き、夜には手を握る。


「何が一番怖い?」


「朝」


「朝?」


「起きた時、お母さんが起きなくなってること」


 俺は紙を広げた。


 魔法も使えず、薬も買えず、自分には何もできないと思っている少女の話を書いた。


 でも母親にとっては、毎朝握られる小さな手の温かさが、今日も目を開けようと思える理由だった。


 紙が淡い青色に光った。


 翌朝。


 母親は、自分の足で家の外へ出た。


 それから一週間。


 老人も来た。


 声を失った歌姫も来た。


 剣を握れなくなった冒険者も来た。


 奇跡が起きる時もあれば、何も起きない時もあった。


 それでも。


「少し楽になりました」


「また来てもいいですか」


 そう言って帰る人がいた。


 だから俺は書いた。


 気づけば、小さな酒場の前には列ができていた。


「レイヴ!」


 グリムが両腕で酒樽を抱えながら言う。


「飯食え」


「後で」


「昨日も言った」


「食べた」


「パン一個だろ」


「十分」


「死ぬぞ」


「その時は俺の話を書いてください」


「誰が書くんだよ」


「……あ」


「馬鹿」


 グリムが笑う。


 俺も笑った。


 忙しかった。


 でも、ギルドにいた七年間よりずっと楽しかった。


 星はまだゼロ。


 それでも俺の物語を待つ人がいる。


 それで、もう十分な気がしていた。


 十日目の昼。


 ポトン。


「……ん?」


 机の上に、小さな銀色の星が落ちていた。


「星?」


 店主が言う。


 俺はそっと指で触れた。


「……来た」


「一個?」


「一個」


「良かったな」


「……はい」


 奇跡が起きた時とは、違う嬉しさだった。


 七年間。


 ずっと欲しかったもの。


 誰かが俺の物語を読んで、星を一つ置いてくれた。


「やっと……」


 ポトン。


「ん?」


 もう一つ。


 ポトン。


 ポトン。


 ポトン。


「増えてるぞ」


「気のせいでは」


 ポトポトポトポト。


「気のせいじゃねえ!」


 十。


 百。


 五百。


 千。


 銀色の星が酒場中へ降り注ぐ。


【C級作品認定】


【B級作品認定】


【A級作品認定】


【S級作品認定】


「待て待て待て!」


 一度、すべての光が消えた。


 次の瞬間。


【SSS級作品認定】


「SSS!?」


「王国初だぞ!」


「星ゼロだった奴だぞ!」


「十日前までな!」


 俺は机に落ちていた一個の星を拾った。


「……一個でよかったんだけど」


 グリムが俺の頭を叩く。


「贅沢言うな」


 その日の午後、酒場の前に黒い馬車が止まった。


 出版貴族だった。


「レイヴ殿。専属契約を結びたい」


「俺と?」


「あなた以外に誰が?」


 契約書を見る。


 数字を数える。


 もう一度数える。


「桁、間違ってません?」


「いいえ」


「多いですよ」


「少ない?」


「逆」


「では倍に」


「人の話聞いてます?」


 酒場が笑った。


 その時だった。


「レイヴ!」


 入口に、ギルド長が立っていた。


「戻ってきてくれ!」


 俺は固まった。


「レイヴ?」


 グリムが見る。


「来た」


「何が?」


「ついに来た」


 ギルド長が駆け寄る。


「報酬は十倍出す! 専用の執筆室も用意する! 好きな物語を書いていい!」


 心臓が少し速くなった。


 ずっと言ってみたかった。


 何百回も読んだ。


 あの台詞。


「戻ってきてくれ!」


 俺は一拍置いた。


「今さら戻れと言われても」


 グリムが目を細めた。


「あ」


「もう遅い」


 一秒。


 二秒。


「うおおおおおお!」


 酒場が爆発した。


「言った!」


「本当に言った!」


「ざまあ来た!」


 グリムが腹を抱えて笑う。


「お前、それ言いたかっただけだろ!」


「七年待った」


「長えよ!」


 最高だった。


 想像の三倍気持ちよかった。


「レイヴ!」


「戻りません」


「何故だ!」


「俺を追放したの、そっちですよね」


「謝る!」


「はい」


「私が悪かった!」


「はい」


「なら――」


「謝ったら戻らないといけないんですか?」


 ギルド長は言葉を失った。


 俺は周囲を見る。


 古い酒場。


 無愛想な店主。


 少女。


 老人。


 冒険者。


 そして、両腕で酒樽を抱えるグリム。


「俺、ここ好きなんです」


 店主が鼻を擦った。


「家賃は取るぞ」


「そこは無料にしてください」


「嫌だ」


「感動返してください」


 笑いが起きた。


 俺は出版貴族を見る。


「契約します。ただ、好きな物語を書かせてください」


「もちろん」


「売れなくても?」


「それを届けるのが、我々の仕事です」


「……お願いします」


 握手を交わした。


 その直後、一人の術者が酒場へ飛び込んでくる。


「ギルド長! ランキングが!」


「何!?」


「看板作品に新しい星が入ってません! 読者がレイヴへ流れてます!」


 ギルド長の顔から血の気が引いた。


 それを見て、俺は思った。


 ざまあ。


 やっぱり気持ちいい。


 読むのも。


 やるのも。


 最高だ。


 ただ。


 思っていたより、その満足感は長く続かなかった。


 その夜、酒場は祝賀会になった。


 料理が並び、人が溢れ、誰かが俺の名前を呼ぶたびに別の誰かが杯を掲げた。


 王国一位。


 SSS級。


 出版契約。


 七年間欲しかったものが、一日のうちに全部やってきた。


「レイヴ! 飲め!」


「弱いんですよ」


「一杯くらい平気だろ!」


 飲んだ。


 すぐ後悔した。


「弱っ」


 グリムが笑う。


「水ください」


「最初から飲むな」


 俺も笑った。


 楽しかった。


 これ以上、何を望むんだろう。


 そんなことを考えた時、店の隅に一枚の紙が落ちていることに気づいた。


「ん?」


 拾い上げる。


 古い紙だった。


 角は折れ、汚れ、誰かに踏まれた跡まである。


 けれど、見覚えがあった。


「……これ」


 昔、俺が書いた物語だった。


 才能のない男が、努力しても強くなれず、仲間にも置いていかれる。


 英雄にはならない。


 世界も救わない。


 ただ最後に、たった一人の子供だけを助ける。


 それだけの話。


 ずっと星ゼロだった。


 そのはずだった。


 紙の端に、小さな銀色の光があった。


 星。


 一つ。


「……誰が」


 裏返す。


 子供の字。


『ぼくのお父さんみたいでした』


 俺の指が止まった。


『お父さんは世界を救ってません』


『強くもありませんでした』


『でも、ぼくを助けて死にました』


『だから、このお話が好きです』


 何度も読んだ。


 たった数行なのに、紙から目を離せなかった。


 周りではまだ、俺の成功を祝う声が響いている。


 何万もの星。


 SSS級。


 出版契約。


 全部欲しかった。


 でも今、手の中にある一個の星が、やけに重かった。


「レイヴ?」


 グリムが来る。


「どうした」


「昔の作品が出てきて」


「お前の?」


「ああ」


 グリムも紙を見た。


 何も言わなかった。


 七年間で。


 十二個。


 少ないと思っていた。


 周りにも笑われた。


 俺自身も、たった十二個だと思っていた。


 でも。


 十二個の星があったんじゃない。


 十二人いたんだ。


 その向こうに、一人ずつ。


 俺の知らない誰かがいた。


 この子みたいに。


 笑った人がいたかもしれない。


 泣いた人がいたかもしれない。


 明日も生きようと思った人が、一人くらいいたかもしれない。


「グリム」


「何だ」


「星一個ってさ」


「ん?」


 紙の端の星へ触れる。


「結構すごいんだな」


 グリムは少しだけ笑った。


「ああ。そうかもな」


 俺も笑った。


「レイヴ!」


 酒場の奥から声が飛んだ。


「次は何を書くんだ!」


 俺は新しい紙を取り出した。


「次か」


 羽ペンを持つ。


 今度こそ最強を書こう。


 覚醒も。


 追放も。


 ざまあも。


 全部入れよう。


 絶対に面白い。


 そう思って書き始めて、たぶんまた途中で、普通の人間が必死に生きる話になる。


 今までは、それが嫌だった。


 でも。


 まあ。


 それでもいいか。


 俺は紙の一番上に題名を書いた。


『英雄になれなかった者の物語』


 グリムが覗き込む。


「売れそうか?」


「分からん」


「SSS級がそれでいいのか」


「いいんだよ」


「何で」


 俺は古い紙に残った一個の星を見る。


「一人くらいには、届くだろ」


 最初の一行を書こうとした。


 ポトン。


「……ん?」


 新しい紙の上に、小さな銀色の星が一つ落ちた。


 グリムが吹き出した。


「早えな」


「まだ一文字も書いてないんだけど」


「才能あるんじゃねえか?」


「七年間それ言ってくれる奴いなかったぞ」


 俺も笑った。


 今度は、心から。

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