第1話|校正室の朝
7時41分、外気温17.3℃。
校正室の蛍光灯が、いつもの順番で点いていく。奥から手前へ。白い光が机の端に置かれたノギスの金属部分を細く反射させる。白衣のポケットからUSBメモリを取り出し、測定機の脇にあるPCに挿す。差し込むときのわずかな抵抗が、毎朝ほとんど同じ強さで指先に返る。
三年前の9月14日のログを開く。画面には数値が並んでいる。0.011、0.013、0.009。今日も同じ部品を測定する。ノギスを当てると、金属同士が触れる乾いた音が一瞬だけ鳴る。目盛りを読む。0.009。
記録用のExcelに打ち込む。日付、ロット番号、測定値。誤差は三年前より0.003縮まっている。セルの色は変えない。理由は書かない。保存を押すと、右下に小さく「更新完了」と表示される。
午前10時過ぎ、若手が入ってくる。
「先輩、これ0.01mmずれてるんですけど、そんなに違いますか?」
画面を指で示す。三年前の0.013と、今日の0.009。その二つの数字の間で、カーソルが点滅している。若手は数秒だけ黙って頷き、出ていく。
昼休み。休憩室のテレビでは、展示会で披露された人型ロボットが階段を駆け上がっている映像が流れている。関節が折れ、着地の瞬間にわずかな振動が床に伝わる。誰かが「すごいな」と言う。紙コップの縁にできた薄いコーヒーの輪を見ながら、お茶を飲み、自販機の前に立つ。
17時22分、測定を終える。最後にもう一度、0.009の表示を確認する。白衣を脱ぎ、タイムカードを押す。カードの端が少し擦れている。
駐車場まで歩く途中、スマートフォンが光る。メッセージの通知。画面に指を触れたが、開かずにポケットに戻す。
車に乗る。エンジンをかける。メーターの針がゆっくり上がる。バックミラーを合わせ、ギアを入れる。




