11.帰還
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「アリア!…ルティ!」
耳元で叫ぶ声があまりにも大きくて、ルティは思わず顔を顰めた。
目を開ければそこには、鼻と鼻がくっつきそうなほど近くにある―――これは、ジス?
そう気がついて、焦ったところでずるりと右足が落ちた。
「ひゃあっ!?」
何とかジスの腕にしがみついて踏ん張りこらえて下を見れば…ひゃ―、地面まで結構な高さ!
「よかった…気がついたかい?」
ほっと安堵したようなジスの腕に抱かれ、アリアとルティは一番初めにアリアと会ったあの木の上にいた。
「おにぃちゃん…」
気がついたらしいアリアも、戸惑うようにして辺りを見回していた。
どうなってんのか全く分からない気持ちなら、ルティにもよぉく分かる。
そんな混乱している二人を見て、ジスはクレイとそっくりな穏やかな微笑を浮かべた。
「二人とも体が光って…消えようとしてたから、思わず木に登って掴まえてたんだ。
このまま消えていなくなったら、どうしようかと思った」
だから、こんな不安定な場所で危うい状態だったのか。
すごい密接しすぎだしっ。そんなことを思っていたら、ジスを見上げていたアリアがぼろぼろとまた泣き出した。
「おにぃちゃん…ごめんなさいっ…」
そう言って、ジスにしがみつく。
…私、邪魔な気がするよぉ。
そうは思いつつも動けないのだからしょうがない。いきなり謝って泣き出した妹に困惑しながらも、やっぱりクレイと同じ優しい瞳を向けるジスの横顔に、なんだか幸せな気持ちになってまぁいいかと思った。
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白い、小さな光に呼ばれた気がした。
姿は見えないし声も聞こえないけど、ミレーシャが呼んでいると確信があったから、ルティはその光に向かって歩いていった。
空は、もう闇夜ではなく濃い紺色へと変わっていた。
シン、と静まり返っていた森が次第にざわめきだすように、歩くたびにいつもの住み慣れた場所へと変わっていく。
どこか遠くで、鳥の鳴き声がした。
「おかえり」
ぱちん、と光がはじけて姿を現したのは、ルティのよく知るミレーシャだった。
「…ただいま、ミレーシャ」
ほんわり心の中に安堵の波が広がって、ルティの顔は自然緩む。
「全く…帰ってくるとは思っていたけど、心配したんだから」
その言葉通り、安堵したように一つ息を吐くミレーシャにルティは「ごめん」と謝り、それからずっと気になっていたことを聞いた。
「ねぇミレーシャ、あなた、幸せの子供の話、知ってる?」
問われてミレーシャははっとしたようにルティを見ると、それからにっこり笑っていった。
「もちろん。だってあの話、私があなたのお母さんに伝えたのだもの」
「え?---だ、だって母さんはミレーシャ達の事は見えないんじゃ…」
「ふふふ、光の妖精はね、人の夢に潜り込めることがあるのよ。
幸せや、希望の光を強く抱いている人の夢の中にね。ルティが現れてから、あなたのお母さんに接触するのはとても容易だったわ」
ルティが驚いてミレーシャを見やると、彼女はいたずらっぽくくすくすと笑った。
「どうしてもルティにはこっちの話を聞かせてあげて欲しかったの。
月の子供の昔話は、もともとすんごい暗いお話でね―――。
だから私が、この森に来る前に出合ったもう一つの月の子供のお話を教えたのよ。どうせ聞くなら、ハッピーエンドの話の方が良いでしょう?」
「ハッピーエンド?」
…だっただろうか。
幸せの子供も、結局最後は雫となって月に消えたのではなかったか。
不思議そうなルティに顔を寄せて、ミレーシャは内緒話でもするかのように囁いた。
「幸せの子供には続きがあるの。
月の雫となってお城を逃げ出したアリアは―――無事、ジスのもとへと戻って二人で静かに暮らせたわ。
月の子供と幸せの子供は全く別のお話」
ぽかんとするルティを見上げて、ミレーシャは企みが成功したとでも言うように満足そうに微笑んだ。
「ルティが“帰ってきた”ら、教えてあげようと思って。
…彼女たちは、ちゃんと幸せになったわ」
ミレーシャの小さな体を呆然と眺めて、ルティは思う。
ずっと過去をやり直したいと思っていたアリア。なぜかまた、月の子供としてジスのそばに落とされたアリア。過去と同じ境遇におかれ、そこで彼女は、―――やり直すことが、出来たのだ。
「ミレーシャ…あなた、一体いくつなの」
それに、ミレーシャはやっぱり笑って応えた。
ルティはそんなミレーシャを見ながら、次第に胸へと広がる喜びに満面の笑みを浮かべた。
終わり




