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お義父様と顔合わせ


「奥様、クリスラン閣下がいらっしゃいました!」


エイミーが血相を変えて飛び込んできたのは、入浴も終えて寝間着に着替え、夜のお供の長編小説を熟考の末に本棚から引き抜いた時だった。


「クリスラン閣下? お義父(とう)様が?」

「はい、すぐにお着替えをいたします。お出迎えしませんと」

エイミーは本を引っ手繰ると大慌てで私の身なりを整え始めた。

「ごめんなさい、奥様。初めてのお着替えのお手伝いがこんなに雑になってしまって」

「いいわよ、そんなこと。それよりなぜヴラオゴーネ公爵がこんな時間に?」

「わかりません、誰も聞いていないんです。お忍びでいらっしゃったみたいで」

そんな馬鹿な。ヴラオゴーネ公爵が抜き打ちで? 息子が婿入りしたとはいえここはイーロンデールの領土なのに。


「できました、とってもお綺麗ですよ。さあ、いってらっしゃいまし」

頭を整理する暇もなくエイミーに部屋から送り出された。勢いそのままに玄関ホールへ急ぐと、

「やあ、君がシエラか。会うのは初めてだね」


本当にいた。


ヴラオゴーネ家当主、クリスラン・ヴラオゴーネ公爵。

顔を見るのは初めてだけれど見た瞬間にそれとわかったのは、全身から発されている武人のオーラのせいだった。幾多の修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の面構え、体も年齢の割に引き締まっており、どこかの道楽公爵の太鼓腹とは比べようもない。高い背丈はジュリアンと同じだが、髪の毛の色は遺伝しなかったようで豊かな黒髪を後ろで一つに束ねていた。


「お初にお目にかかります、シエラ・イーロンデールでございます。お会いできて光栄ですわ、閣下」

「堅苦しい挨拶はいい、親子じゃないか。どうだ、土地には慣れたか。いい所じゃないか、緑が美しい。空気もうまい。私も住み着きたいくらいだ」

「まったくです。それで、今日はどういったご用事で?」

「何、急に息子と新しい娘の顔を見たくなってね。いや、それにしても、そうか……」

無遠慮に私の顔を眺めるクリスラン、何が珍しいのだろう、視線に不思議な力を感じる。


「なるほどな、これはディミトリス陛下に感謝せねばならん。ジュリアンに最高の嫁を見つけてくれたものだ」

「はあ、ありがとうございます。ところで今日の来訪はお父様に――イーロンデール公爵に伝えられているのでしょうか?」

「んん? 家族の顔を見るのに誰の許可がいるというのかね?」

「つまり、お忍びでということでしょうか」

それは侵略行為です、とはさすがに言えなかった。隣国を切り取りまくるヴラオゴーネ、昼間に聞いたエイミーの言葉が警告として頭をよぎる。

「で、ジュリアンはどこかな?」

「お待ちください。もう遅うございます。今日のところは一旦お引き取りを――」


「何をしている」

その時背後から聞こえたのは、聞き覚えはあるけれど聞き馴染みのない声だった。


「旦那様」

「ここはいい。下がれ」

いつの間にそこにいたのだろうか、ジュリアンは素早く身を滑らせて私とクリスランの間に立った。まるで、私をクリスランから遠ざけるように。

「久しぶりだな、ジュリアン」

「……お久しぶりです、父上」

「……」

「……」

なんだろう、このぎこちない会話は。

久しぶりに会うはずなのに、親子は微笑み合うでもなく握手を交わすでもなく、それでも互いに目は逸らさない。イーロンデール家もたいがいだけど、ヴラオゴーネ家の親子関係も一筋縄というわけにはいかないようだ。


ジュリアンは視線で切り合うようにクリスランとしばし相対し、

「立ち話もなんですので、部屋にどうぞ」

半身を引いて奥へと導いた。

「お待ちください、旦那様」

止めないと。これ以上は重大な政治行為になる。慌てて後を追おうとしたが、

「ジュリアン様は下がれと仰いました」

護衛の騎士が立ち塞がる。


眼つきの鋭い精悍な騎士、イーロンデール屋敷を出たときに最初に話しかけてきたのもこの騎士だ。彼はここへ来てからもずっとジュリアンの傍を離れることがない。自己紹介を受けた覚えはないが、ジュリアンがザックと呼んでいることは知っている。

「通してください、ザック」

「部屋にお戻りください」

 ザックの目にいっそうの鋭さが宿った。かといって、大人しく引き下がれる状況ではない。

しかし、


「……わかったわ」

 そう答えてしまったのは、エイミーの泣きそうな顔が目に入ったからだ。


健気なメイドの両目が潤んでいるのを見てしまうと、それ以上抗弁することはできなかった。


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