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大篝火を特等席で


次の日、祈年祭二日目。


大勢の見物人が見守る中、ハイセン卿の手によって厳かに聖火が運び込まれた。


昨晩、聖女が舞を奉納した舞台には、高々と木組みが積み上げられている。たっぷりと油の染み込んだ白木は投げ入れられた聖火を一度飲み、直後に赤々と炎を燃え上がらせた。

大篝火。

観客達の拍手と歓声が一斉に湧き上がる。


「すごい! 火事みたいです」

「なんだ、その子供みたいな感想は」


思ったままを口にすると、そこにいる全員に笑われた。

ナディーンが一棟丸々借り上げた宿の三階バルコニーは、真正面から見下ろす篝火の火の粉が飛び込んでくるほどの特等席だった。

なんでも、リンシャの舞を見物するために一年前から予約していたらしい。


「よし、祝勝会だ! 大いに飲め!」


既に酔いの回っているナディーンがワインのボトルを高々と掲げた。酔っ払いが嫌いだと言っていたリンシャも今日ばかりはナディーンを止めようとしない。ジュリアンもザックも私も、皆が各々リラックスして祭りの二日目を楽しんでいた。

ただ一人、


「たき火とかどうでもいいんだけど。流星は降らないの、流星は」

アルカディアだけがつまらなさそうに夜空を見上げている。

「せっかく晴れても流星が降らなきゃ意味ないじゃん。義姉さんと二人で『結びの流星』が見たかったのにな」

「なんだ、アルカディア。お前と小娘が『結びの流星』を見るなど許すわけがないだろう」

「はあ? 何で姉上の許可がいるんですかー?」

「二人とも祈年祭ですよ、喧嘩は止めてください」


全くこの姉弟は隙あらばぶつかり合うから面倒だ。

「そうよ、ナディーン。喧嘩するなら私帰るから」

今はリンシャも止めてくれるからだいぶマシではあるけれど。

「どころで、今、『結びの流星』と仰いましたけど、もしかしてヴラオゴーネでは『祈りの雨』をそう呼ぶのですか?」

「ええ、そうなんです」


 話題を変えるつもりでそう言うと、リンシャが即座に意図を察して後を引き取ってくれた。

「祈年祭の流星群は各地で様々な呼ばれ方をされ、それぞれにご利益があると言われています。ここハイセンでは『神の涙』と呼ばれ心身の健康をもたらせてくれると信じられていますね。ヴラオゴーネでは確か縁結びだったっけ? ねえ、ナディーン。聞いてる? ナディーンってば」

「んん? ああ、そうだな。男女で流星を見るとその後幸せに結ばれると言われている。だから、『結びの流星』だ」

「え、そうなのですか?」

すっかり出来上がった赤ら顔のナディーンからジュリアンに目を移すと、

「……まあ、それが一般的だな」

 旦那様は少し決まり悪そうに頷いた。きっと、いつかの私の言葉を思い出しているのだろう。


『一緒に見れたらいいですね』


知らぬこととは言え、なかなか大胆なことを言い放ったものだ。

「どうしたの、二人とも。なんか……もじもじしてない?」

こういう時、アルカディアは厭らしいほど勘が鋭い。夫婦揃って憲兵隊総隊長の視線を無言でやり過ごした。

「しかし、あれだな。この時間に見えないなら今日は流星は降らんだろうな。代わりに飲むんで踊るぞ」

「だめよ、ナディーン。もう飲み過ぎ。酔い覚ましに少し歩かない? 屋台を見に行きましょうよ」

「そうだな、そうするか」

 リンシャの誘いに乗り、ナディーンは千鳥足でバルコニーを出た。


「お前も来い」

ずだ袋でも引き摺るように、アルカディアの襟首を引っ掴みながら。


「え、僕も? 何で?」

「いいから来い」

「ナディーン様、お気を付けください。アルカディア様はまだお怪我が」


その後を慌ててザックが追いかけていく。騒がしかったバルコニーは、あっという間に私とジュリアンの二人だけになってしまった。

もしかして、気を遣ってくれたのだろうか。


「寒くないか、シエラ」

「はい、旦那様」

どちらともなく立ち上がり、手摺の前に二人で並んだ。二人の距離は変わらずタイル一つ分。篝火に焙られるハイセンの空はハルロップで見るより星が少なかったけれど、それでも二人で見上げる夜空は美しかった。

遠くから賑やかな笛の音が聞こえてくる。

どこか懐かしいその節を一通り楽しんでから、


「……クリスラン閣下はもう諦めてくれたでしょうか」

 私はジュリアンに尋ねた。

「そう簡単に野望を捨てるような父ではない。だが、陛下の口から二心の言葉を聞いた以上、しばらくは大きな動きはできないはずだ」

「そうですか。ハイセン卿は結婚の話を何も聞いていなかったようですが、ちゃんと旦那様を受けて入れてくれますかしら」

「大丈夫だろう。国王にああまで言われては断れないはずだ。白い結婚の約束も安心材料になるだろうしな」

「……そうですか」


また、黙って二人で空を見上げる。


笛の音が途切れた。

不意に訪れた沈黙は、私に決断を促しているかのようだった。


そろそろ言わなくてはならない。

これは、私が言い出さなくてはいけないことだ。

覚悟はもう決まっていた。それでも、言葉を喉に通すために僅かばかりの時間を要した。


「旦那様、ご依頼は達成したと思ってよろしいでしょうか」

「……そうだな」


長い長い沈黙の後に、ジュリアンはそう答えた。


生贄令嬢と不死王の仮初の結婚が今、終わった。


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