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国王陛下にお目見えを


「失礼いたします」

 

大聖堂の集会室は想像よりも小さな作りをしていた。

質素を旨とするハイセン教の教義によるものなのだろう。ただでさえ狭苦しい集会室を、居並ぶ人間達の重圧がさらに圧迫している。


抜身の槍を持った衛兵に囲まれた円卓、そこに着座するのは四人の男達だった。

扉に近い末席に座るのは憲兵隊総隊長のアルカディア、議長席を占める老人はハイセン領主と大司教を兼ねるハイセン八世だろう。そして、その横に陣取る貴人が、


「お初にお目にかかります、陛下」


ヴィシュカ王国、国王ディミトリス三世。

疑心が深いとの噂から老齢の姿を想像されがちだが、実物は三十歳を超えた程度に見えた。残るは一人、ディミトリスの隣を占めるのが、


「遅いぞ、ナディーン」


言わずと知れたクリスラン・ヴラオゴーネ。ナディーンの遅参を窘め、すぐに眉間の皺を深くした。


「ジュリアン、なぜお前がここにいる!」

「お久しぶりです、父上。そして、お初にお目にかかります、ディミトリス陛下。ヴラオゴーネ家の長男、今はイーロンデールの姓をいただきましたジュリアン・イーロンデールと申します」

「無礼だぞ、誰がお前を呼んだ! 控えんか!」

「まあ、そう吠えるな。クリス、いいではないか」


瞬時に怒気を発したクリスランを、ディミトリスは猟犬の首紐でも引くように抑えつけた。芯の通った大きな声だ。筋肉質の体といい鋭い眼光といい、風貌だけ見れば王というよりはむしろ将軍と呼ばれた方がしっくりとくる。


「不死王だな、一度会ってみたかったぞ。どうだ、新婚生活は? 戦場が恋しいか?」

「いいえ、戦場はもう忘れました。今は陛下に頂いた休息を存分に楽しんでおります」

「そうか、骨を折ってやった甲斐があるというものだ。で、今日は何をしに来た。まさかそれだけを言うために余の会議に割り込んだわけではあるまい」 

「はい、今日は一つお願いがあって参りました」

「ジュリアン!」

「よい、仲人と言えば親も同然だ。申してみろ。」

「ありがたき幸せ。では、本年の祈年祭の警護に私も加えていただきたく思います」

「……いい加減にしろ」


ついに、クリスランが立ち上がった。

声量こそ絞っているものの怒気は明らかに増している。底を見せない黒い瞳は、目の前にいる息子を完全に敵と見做していた。


「思い上がりもそこまでだ。衛兵、こいつを叩き出せ」

「お待ちください、父上。ジュリアンの提案、私は賛成です」

「僕も賛成でーす」

「お前達……」


姉弟がジュリアンの肩を持ったことがよほど意外だったのだろうか。まるで白昼に幽霊でも見たかのように三人の顔を眺めるクリスラン。


「どういうことだ、不死王」


固まるクリスランを横目にディミトリスが問うた。

「国王陛下の警護は臣下にとって最上級の誉れ。もし、イーロンデール家に婿入りしていなければ、私もその栄誉に預かれたと思うと居ても立ってもおられず、こうして馳せ参じてしまいました。お願いいたします、ディミトリス陛下。何卒、このジュリアンを警備の端にお加えください」

「無理だ、警護の配置はすでに固まっている。今更変更はきかん」

ディミトリスの返事を待たず、クリスランが切り捨てる。


「どうしても、無理ですか」

「くどい、昨日今日決めた警備配置ではない。一兵たりとも動かせん」


再び言下に突っぱねるクリスラン、しかし、ジュリアンはわが意を得たとばかりに笑みを浮かべた。


「そうですか。では、すでに決定した配置はそのままで結構です。私はそうですね……配置図をみたところ、一番手薄と思われる神泉の警護につかせていただきましょう。なあに、兵などいなくても私一人で十分です」

「ジュリアン、貴様……」


ここに来てようやくクリスランは全てを悟ったようだった。


ジュリアンが何をしに来たのか。

ジュリアンは何を知っているのか。


「ああ、いいんじゃない? 一騎当千の兄上なら一人でも安心でしょ。ねえ、姉上?」

「そうだな、私もそこの警備は気になっていたんだ。なんなら私の兵も貸してやろう」

 ナディーンとアルカディアの意思を。

「お前達……」


そして、自分が今、どういう位置に追い込まれているのかを。


「よろしいですな、父上」

うろたえの隠せないクリスランに、ジュリアンが言葉を突きつける。決して声を荒らげることなく、語気を強めることもなく、ただ静かに言葉に研ぎ澄まされた意思をのせて。

「ジュリアン……」

クリスランは断れない。断れるはずがない。疑心の深い王の前で、手薄だと指摘された警備を断る理由がない。クリスランは怒りに燃える目でジュリアンを睨み付けると、

「いい……だろう」


そのまま、ゆっくりゆっくりと椅子に腰を下ろすしかなかった。

――勝った。

ヴラオゴーネの兄弟達がそんな視線を交わす中、


「解せんな」


一言で空気を破壊したのは、ディミトリスその人だった。


「確かに、神泉の警備の薄さは余も気にはなっていた。しかし、それは例年のことでもある。神泉は王族しか立ち入れない神域だからな。不死王、お前はなぜそこの警備を申し出る」

「それは――」

「質問を変えよう。お前は神泉の警備を強化しなくてはならない何かを知っているのか、例えば……誰かの二心であるとかを」


――二心。


疑り深い国王の口から出たその言葉は、その場にいた全員を震え上がらせた。静まり返った集会室に衛兵が槍を握り直す音が通る。


「答えろ、不死王。お前はどうして、直前の警備を申し出た。何か知っているのか」

「違います――」

「国王陛下――」


同時に発されたジュリアンとナディーンの言葉がお互いの声を消し合った。直後にイラついた姉弟の視線がぶつかり合う。


「違います、国王陛下」

言葉を続けたのはジュリアンだった。

「私はただ、陛下に忠誠を示したいというだけです」

「だから、なぜ、今、それを示す必要があるのだと聞いている。余の会議に乗り込んでまで忠誠を示さねばならない理由はなんだ。他意があるのか」


「それは――」

「違います――」


今度はジュリアンとアルカディアの言葉がぶつかった。また兄弟の間で不穏な視線が交錯する。まずい。

『まず俺達三人が罵り合いになる可能性がある』

 ジュリアンの悪い予想が頭をよぎる。その次の瞬間、


「理由はございます」


 他の声をかき消すように誰よりも大きな声を上げたのは――――誰だ?

「……」

「……」

「……」


私だ。

私が叫んでいた。


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